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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第四章 誓約の水精霊
  第七話 誓い

 
前書き
士郎   「口臭よし! パンツよし! ドリンク補給よし! スタンバイOK!」

シエスタ 「あれが……」
ルイズ  「あいつが……」
ロングビル「こいつが……」

ルイズ・シエスタ・ロングビル「黒い淫魔ッ!?」

士郎   「イクぞっ!!」



  士郎が本気を出す。
  数多くの女をたらしこんだ、その絶技の封印を解き放つ。
  立ち向かうは三人の女……一人の男と三人の女の攻防は、ただ激烈であった。


  もっこり戦士シロウ、次回「突撃! 女三連激!!?」
  君は、生き延びることができるか!


 本編始まります。 

 
 眼下のラグドリアン湖が反射する朝日に目を細める。微かに揺らめく湖面は青く、反射する陽光は白い……筈なのだが、どうもその全てが黄色く見える。背伸びをすると、腰の辺りにずしりと凝りを感じ、それを手の甲で軽く叩くことで解す。目を細めたまま、肩越しに後ろを振り向く。視線の先には、不自然に離れた二台の馬車があるが、その内の一つに視線を送った。幌で覆われた荷台の奥には、三人の女性が疲れ果てて眠っていることだろう。
 振り返り、再度ラグドリアン湖を見下ろすと、顎を撫で……ポツリと呟く。

「やりすぎたか?」

 

 昇りきった太陽は、世界を照らし出していく。
 
 湖を、草原を、馬車を……そして……馬車から離れた位置に転がる――――

 ――――ロープに縛られた―――――

 ―――――ギーシュを――――


 




「あ~……その、そんな目で見ないでくれないかモンモランシー」 
「……どんな目ですか」
「その……獣を見るような目だ」
「……別にしてません」
「そう……か」
「そうです」

 麗らかな昼下がり、二台の馬車は並んで草原を進んでいた。御者台に座り、手綱を握るのは、浅黒い肌と灰色の髪色が特徴的な男と、長い金色の巻き毛が特徴的な少女。ガラガラと、車輪が回る音が響く中、金髪の少女、モンモランシーは、並んで馬車の手綱を握る男を蔑んだ目で睨みつけている。その事について、士郎はどうしても文句は言えない。
 チラリと横目でモンモランシーを見ると、完全に変態を見るような目の下には隈が、そして頬は微かに赤らんでいるのが確認できる。
 女の敵を見るような目つき、目の下の隈、赤らんだ頬、そこから考えられる答えは……。

「……聞こえてたか」
「っひゃっ! わっ、わ、わ、わ」

 ポツリと小さく呟くと、隣りの馬車が大きく道を外れる。
 道脇に車輪が出てしまい、大きな音を立てる。モンモランシーは慌てて手綱を操り、どうにか馬車を道に戻すことに成功する。聞かれていたなと、確信を抱きながら、その様子を見ていると、モンモランシーが泡を食った様子で突っかかってきた。

「なっ! ななん、ななっ何が聞こえていたって言うのよ!」
「……いや、何でもない」

 この様子では、どう見ても彼女は、昨日の夜、馬車の荷台で行われたことに気付いているようだ。御者台から身を乗り出し、今にも転がり落ちそうなモンモランシーに向かって手を振って応える。
 息を荒げながら前に向き直るも、モンモランシーの顔は今にも火を吹きそうなほど、真っ赤に染まったままだ。そして、顔を前に戻した士郎の浅黒い頬も微かに赤らんでいた。









「最近、大雨でも降ったのか?」
「? そんな話しは聞いたことないわよ。どうしたのシロウ?」
「いや何、そこの水面から屋根が見えてな。雨が降って、湖の水位が上がったのじゃないかと思ってな」

 延々と続くラグドリアン湖を眺めていた士郎が、ポツリと呟いた言葉に、荷台から身を乗り出したルイズが、士郎に顔を寄せながら答えた。
 甘える猫のようなその姿に、思わず目が細まる。手綱から右手を外し、手の甲でルイズの頬を優しく撫でる。気持ちよさそうに微笑むと、ルイズは自分からその柔らかな頬をすり寄せてきた。
 猫そのものの様子に、今度は喉をくすぐるように指を動かすと、ルイズは喉を鳴らして声を漏らす。

「くぅ、んぅふふ……」

 声を掛けるどころか目さえ向けにくい、そんな二人だけの世界に、躊躇なく二つの声が踏み込んでくる。

「確かにそうね。以前、ラグドリアン湖に来た時は、岸辺はもっと向こうだった気がするし」
「でも、雨じゃないと思いますよ。大雨でしたら、ここだけこんな風になるのはおかしいです。だって、ここまで来る間に見た池や湖は、そんな様子は見られませんでしたし」
「まあ、確かにそうだな」

 士郎とルイズの世界に割り込んできたのは、艶やかな緑色の髪を持つロングビルと、しっとりとした黒髪のシエスタであった。ルイズと同じように、二人は荷台から身を乗り出して士郎に話しかけている。ロングビルはその豊かな胸を士郎の後頭部に当てながら、背後から抱きしめている。シエスタはルイズの反対側に身を乗り出し、手綱を握る左手に自分の手を添えている。
 左右と後ろを美女と美少女の三人で囲まれながら、自然に談笑する士郎に、並んで進む馬車の御者台に座るモンモランシーが、呆れた声をかけた。

「あんた達……仲がいいわね」
「えっ……まあ、ある意味戦友だしね」
「戦友?」

 一度士郎に目を向けた後、首だけをモンモランシーに向けたルイズは、微妙な苦笑いを浮かべて答えた。ルイズの言った言葉の意味が分からず、モンモランシーはシエスタとロングビルに顔を向ける。すると、シエスタとロングビルは、互いに顔を見合わせ、ルイズと同じような微妙な苦笑を浮かべた。

「まあ、ね。確かに戦友みたいなものだね」
「ええ、確かにそうですね」
「?? どう言う意味? 意味分からないわよ。もっと分かりやすく教えて」

 困惑顔を向けてくるモンモランシーに、ルイズはもじもじと身体を揺すりながらそっぽを向く。シエスタは唇に人差し指を当てながら、眉根に皺を寄せて考え込んでいる。ロングビルは居心地が悪そうに、視線を微かに下げている士郎を見下ろすと、意地悪い笑みをモンモランシーに向ける。

「そうだねえ。姉妹とも言えるかもね」
「姉妹? どういう事ですかミス・ロングビル?」

 ますます意味が分からないと首を傾げるモンモランシーに、ロングビルは一度士郎達を見渡すと、ますます意地悪い笑みを濃くし。

「ふふ、所謂穴兄弟ならぬ、棒姉妹ってところかね」
「ぶふぉッ!!」
「わっ!」
「ひゃっ!」
「っちょっ、おま――……はあ」

 突然吹き出した士郎に驚いたルイズ達が、それぞれ小さな悲鳴を上げて士郎を戸惑った様子で見つめる。それに取り合わず、慌てた様子で士郎はロングビルを見上げると、ロングビルはにやにやとした笑みを浮かべ、そんな士郎の様子を見下ろしていた。
 心底楽しそうな笑みを向けてくるロングビルに、文句を言おうとした言葉を途中で飲み込む。そして、ジトリとした目を代わりに向ける。

「下品すぎるぞマチルダ」

 小さくロングビルだけに聞こえる程小さく呟く。それを耳に入れたロングビルは、士郎の身体にしなだれかかると、そっと囁いた。

「昨日の夜の仕返しだよ」
「うっ」
「もうやめてって言ったのに……本当に死ぬかと思ったよ」
「……すまない」

 昨夜の情事はちょっとやり過ぎたところがあったと自覚していたため、反論することなくうなだれていると、苛立ち混じりの声を向けられた。

「仲がいいのはいいんだけど……棒姉妹って何よ?」
「どういう意味? わたしも分からないんだけど?」
「え~と……棒……ぼう……ぼ……あっ、そう言う意味ですか」

 ルイズとモンモランシーはロングビルの言った言葉の意味が分からず、?マークを頭上に掲げて小首を捻っている。しかし、シエスタだけは、空を見上げてぶつぶつ呟いた後、ハッと、何かに気付いた様な顔をすると、ポッと、頬を赤らめ士郎の股間に視線を移動させた。
 士郎がシエスタの視線に気付き、視線を妨害するように手を移動させたが、それは悪手であった。シエスタの視線と士郎の手の動きに導かれるように、ルイズとモンモランシーの視線が士郎の股間に……。

「「……あ、ああっ!!」」

 示し合わせたように、ルイズとモンモランシーが悲鳴のような声を上げる。二人は顔を真っ赤にしながらも、視線は士郎の股間に固定している。二人の視線に居心地悪そうに腰をもぞもぞと動かすと、我に返った二人が、ロングビルに食ってかかった。

「みみみみみ、ミス・ろろっ、ロングビルッ! そ、それは、余りにも下品すぎですよっ!!」
「ななにゃッ、にゃにがぼぼぼ、ぼう、ぼうッしま、いッて!! ななにゃに言っているのよっ!!」
「ふふふっ、うぶだねえ……まっ、確かにちょっと下品だったかな?」
「そうですね、ちょっとと言うよりも、かなり下品だと思いますよ?」

 食ってかかる二人を、士郎にしなだれかかりながら、ロングビルは手の平をひらひらと振ってあしらう。そんな様子に、シエスタは頬に指を当て、小首を傾げながら注意する。ニコリと笑いながらも、目が笑っていないシエスタに、表情が固まってしまったロングビルは、ぎこちない苦笑いをシエスタに向けた。

「そ、そうだねえ。ちょ、ちょっと下品すぎたね……ご、ごめん」
「はい、ちょっと下品でしたね」

 親に叱られた子供の様に、縮こまるロングビルに対し、シエスタはニコリとした笑み向け頷いた。
 そんな二人の様子に、呆然とした顔を向けるルイズとモンモランシー……と士郎。
 三人の呆然とした顔が自分に向けられていることに気付いたシエスタは、ニコリとした表情を変えずに小首を傾げながら尋ねた。

「何ですか?」
「「「いや何でもないです」」」

 一言一句外れることなく言葉を揃え、首を振る三人の様子に、シエスタは不思議そうな顔を向けていた。

「そ、それよりも、ららら、ラグドリアン湖の水位のじょ、上昇ね。ちょ、ちょっと調べてみるわ」
「わ、分かるのか?」
「ちょ、ちょっと待ってなさい」

 随分と昔に感じられる話題で、モンモランシーがこの何とも息苦しい空間を打破しようとする。それに士郎が乗ると、モンモランシーがラグドリアン湖をじっと見詰め。

「どうも、水の精霊が怒っているようね」
「そうなのか?」
「まあね。わたしが子供の頃までは、このラグドリアン湖に住む水の精霊との交渉役をしていたからね。少しは分かるのよ」
「水の精霊か……どんな姿をしているんだ?」
「とても綺麗よ。例えるのは難しいけど……そうね――」

 士郎の疑問に、モンモランシーが答えようとした瞬間。士郎は御者台から一瞬にして飛び降りると、ラグドリアン湖にデルフリンガーを構えた。

「ちょっと! どうしたのよ!」
「シロウ?」
「シロウさん?」
「どうしたんだい全く」

 ルイズ達が戸惑う中、ロングビルだけが何かがあったと判断し、士郎の後を追って荷台から飛び降りようとする。ロングビルが足に力を込めると同時に、ラグドリアン湖の水面が光りだした。








 光りだした水面がうねうねと蠢き、ゆっくりと盛り上がっていく。
 太陽の光を浴び、七色に変わるスライムのようなそれに、鋭く細めた目を向け、デルフリンガーを構える士郎。そんな張り詰めた空気の中、モンモランシーの声が響いた。

「ま、待ってシロウさんっ! それっ! それが水の精霊よっ!」
「何?」
「あれが水の精霊?」
「確かに綺麗だけど……」
「何だか気持ち悪いですね」

 水の精霊と言われたそれは、確かにキラキラと光を反射させ、宝石の様な美しさを感じられたが、アメーバのような生々しい動きに、生理的な嫌悪感を感じさせる。
 水の精霊だと言われるも、士郎はデルフリンガーを下ろすことなく、水の精霊に視線を固定したまま、馬車にいるモンモランシーに話しかける。

「水の精霊だとしても、何故急に現れる? 水の精霊とは、頻繁に姿を現すものなのか?」
「い、いいえ。滅多に姿を現さないはずなんだけど……」

 訝しげにモンモランシーが顔を顰めていると、水の精霊だと言われた水の塊は、段々と人の形に近づいていった。四肢と顔が出来ると、さらに段々と詳細が細かく整えられていく。

 頭から長い髪が伸びる。
 細っそりとした腰が出来る。
 スラリとした足が伸びる。
 高い鼻梁。
 柔らかそうな頬。
 優しげな瞳。

 不定形のスライムは、瞬く間に極上の美女に姿を変えた。

「……これは」
「……きれい」
「……すごい」
「……へぇ」
「……ほぇ~」

 その余りの美しさに、その場にいた者の口から感嘆の声が漏れる。
 水の精霊に慣れていたモンモランシーが、いち早く我に帰ると、馬車から飛び降り、水辺に駆け寄っていく。水際まで駆け寄ると、モンモランシーはポケットから針を取り出す。そして、その針で手の指を軽く刺し、ぷくりと出た赤い血の球を湖に落した。
 士郎達が見守る中、モンモランシーは魔法を唱え、指の怪我を治すと、水の精霊に顔を向け声をかける。
 
「水の精霊よ。わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。旧き盟約の一員である水の使い手です」
「……覚えている。単なる者よ」
「はあ、よかった。えっと、ここで会ったのも何かの縁だし。ちょっとお願いがあるんだけど……その、少しだけでいいの、あなたの一部を分けてくれないかしら」
「一部?」

 次に声を上げたのは、水の精霊ではなく士郎であった。どう言うことだと士郎が目で問うと、モンモランシーは士郎に顔を向けた。

「そうよ、水の精霊の涙って言われているけど、別に本物の涙って言うわけじゃなくて、精霊の一部のことなのよ」

 モンモランシーが士郎に説明していると、唐突に水の精霊が士郎達に声をかけた。

「いいだろう」
「えっ!?」
「……何でモンモランシーが驚くんだ?」

 水の精霊がモンモランシーの提案に了承すると、何故かモンモランシーが驚きの声を上げた。驚愕の声を上げるモンモランシーに、怪訝な顔を士郎は向ける。すると、モンモランシーは動揺の抜けきれない顔でごにょごにょと答えた。

「その、水の精霊の涙って、そんなに簡単に分けてくれるものじゃないのよ。長い時は何ヶ月もかかることがあるって言うのに……」

 む~と、唸りながら、モンモランシーが水の精霊を見つめると、水の精霊は士郎に話しかけた。

「その代わり条件がある」
「条件?」
「そうだ。我らに仇なす者達を退治してみせよ」
「仇なす者? それは一体誰のことだ?」
「そこにいる単なる者の同胞のだ」
「メイジのことか?」
「お前達はそう言うな」
「それを倒せばいいのか?」
「そうだ。我は今、水を増やすことに手をとられ、襲撃者の対処まで出来ぬ。お前が襲撃者を退治すれば、我の一部を進呈しよう」
「……水を増やしているだと」

 淡々とした口調で条件を伝えてくる水の精霊に、士郎が時折疑問を挟みながらも冷静に交渉を続けていく。しかし、水の精霊が水を増やしていると言った途端、士郎の声が一気に冷える。

「貴様が水位を上げているのか」
「そうだ」
「……何故だ」

 士郎のデルフリンガーを握る手に力が込もり、刺すような視線を水の精霊に向ける。
 今にも斬りかかってきそうな士郎の姿に、水の精霊は欠片も動揺することなく淡々と話しを続けていく。

「……お前ならば良いか」

 水の精霊はじっと睨みつけるかの様に士郎を見つめた後、一度大きく揺らめくと語りだした。

「数えるほども愚かしいほど月と太陽が交差する時の間、我が守りし秘宝を、メイジ達が盗んだのだ。それを取り返すため、水位を上げている」
「それと、水位を上げる理由がどう関係する」

 水底に沈んだ家屋に目をやり尋ねる。 

「盗まれた秘宝まで水が侵食すれば、そのありかが分かるからだ」
「随分と気の長い話だな」
「我にとっては、時の流れなど気にかけるものではないゆえな」

 呆れたような突っ込みに、水の精霊はゆらりと身体の表面を軽く波立たせた。

「それで、盗まれた物とは、どんな物だ」
「『アンドバリ』の指輪と呼ぶ、我と共に時を過ごした指輪だ」

 『アンドバリ』の指輪と聞いたモンモランシーが、驚きの声を上げる。

「それって、『水』系統の伝説のマジックアイテムじゃない。偽りの命を死者に与えるって言う……」
「そうだ、それを風の力を行使し、眠る我に触れることなく、メイジ達は秘宝を持ち去っていった」
「何か手掛かりはないのか」
「一人ではなく数個体いたな。その内の一人が、確か『クロムウェル』と呼ばれていた」
「『クロムウェル』……か。偽りの命を与えられた者はどうなる」
「指輪を使用した者に従うことになる」
「……そうか」

 一度目を閉じた士郎は、鞘にデルフリンガーを収める。

「ならその指輪、俺が取り返そう」
「お前がか」
「そうだ。だから水位を元に戻してくれないか」

 士郎の提案に、水の精霊の表面に、波紋が規則的に現れる。急に黙り込んだ水の精霊の様子に、モンモランシーが慌てた様子で士郎の外套を引っ張った。
 
「ちょ、ちょっとシロウさん。余り勝手なこと言わない方が……折角精霊の涙を分けてくれるって言ってるんだし、余計なことを言うのも……。それに、水の精霊がそんな提案に了承するわけが――」
「いいだろう」
「いいのッ?!」

 モンモランシーが驚いた顔を勢い良く水の精霊に向けると、水の精霊は再び口を開く。

「この者なら任せても大丈夫だと判断した」
「……さっきから疑問に思ってんだけど。随分とシロウのことを信用しているように見えるけど、何か理由があるのかい?」

 士郎と水の精霊の話し合いの間、ずっと黙っていたロングビルが、士郎の後ろから水の精霊に声をかけると、ぶるりと二度、三度身体を震わせ、水の精霊が答えた。

「その者から、微かにだが、同胞の気配を感じる」
「? 同胞? 水の精霊のことかい?」
「そうであり、そうでないと感じる」
「? どういう意味?」

 ぐにゃりと歪めたと思うと、ぶるぶると震え出すなど、忙しなく身体を蠢かしながら、水の精霊は話しを続ける。

「我にも分からない……ただ、その者から、我に近しい存在の気配を感じる」
「シロウから? シロウ、何か心当たりある?」

 ルイズが士郎の背中に声をかけると、腕を組んだ士郎が首を捻る。

「いや、ちょっと覚えがないんだが。どういうことだ」
「我にも分からないと言っただろう剣よ」
「剣?」
「シロウのこと?」

 水の精霊に問いただすと、どこか憮然とした口調で水の精霊が答えた。すると、水の精霊が最後に言った言葉に、ルイズが疑問を覚え質問する。

「そうだ。その者は剣だ」
「だからどう言う意味よ?」
「剣は剣としか言えん」
「……ふ~ん。剣ね……ま、その通りだね」
「まあ、そうね」
「剣……確かにシロウさんは、剣ですね」

 疑問の答えになっていない言葉に、ロングビル、ルイズ、シエスタは頷いた。

「何で納得してんのよあなた達?」

 納得している三人の様子に、モンモランシーが不思議そうな顔を向ける。
 どう言うことだと、モンモランシーが三人に顔を向けるが、三人は互いに顔を見合わせると、ニヤリとした笑みをモンモランシーに向ける。

「「「ひ・み・つ」」」
「……何よもう」










 水の精霊が言うには、襲撃者は夜になると現れると言う。なので、士郎達は夜までラグドリアン湖の岸辺の林で、襲撃者が現れるまで待ち受けることにした。
 襲撃者に対応するのは、士郎一人ということになった。最初はルイズとロングビルも一緒に戦うと言うことになっていたが、二人の体調の関係から、残念ながら二人の参戦は見合わせることになったのだ。
 


 日が落ち、辺りに夜の帳が下りる頃、士郎の視界が、岸辺に近づく人影を捉えた。人影は二つ。百七十サントと百四十サント程度の身長の人影だ。夜の闇に紛れるように、フード付きの黒いローブを、人影は頭からスッポリと被っているため、男か女か判断することは出来な……くはなかった。ローブの端から覗く繊細な手や歩き方から、二つの人影が女性であることを、士郎は確信していた。
 
「相棒」

 囁くようにデルフリンガーが忠告する。答えるように、デルフリンガーの柄を手の甲で叩く。

「分かっている……しかし」
「どうかしたのか?」
「いや。あの人影、何処かで見たことがあるような……」
「気のせいじゃねえのか?」
「だといいが」

 水際に立った人影の一人が、杖を掲げ何やら呪文を唱え始めたことを確認すると、士郎は五十メイル以上離れた位置から、一気に飛び出した。

「ッ!?」
「っ!」

 五十メイルの距離を三秒もかからず走破する。並みの相手なら、気付かれることなく無力化することが出来るハズだった。が、どうやら敵は並ではないようだ。接近する士郎に対し、敵の反応は迅速的確なものだった。
 二つの人影は、士郎の接近に気付くと、示し合わせたかのように二手に別れる。人影は士郎から離れるように飛び退りながら、呪文を唱え、杖を振るう。
 小さい人影が構える杖からは、目に見えない巨大な風の塊。
 大きい人影が構える杖からは、巨大な火の玉。
 一方を対応すれば、もう一つの魔法が背後を襲うよう、魔法がタイミングをズラし放たれる。

 向かってくる魔法の先。人影に目を向ければ、深く被りこまれたフードから覗く口元は、既に呪文を唱え始めていた。防げばもう一つの魔法が背後を襲う。避ければ次の魔法が同じように襲ってくる。ただ、交互に魔法を放つという、単純な方法。しかし、それは単純であるからこそ、強力で打ち破りにくいものであった。複数の相手に対しては効果は少ないが、単独の相手にはこの上もなく強力な戦法。
 どんなに強いメイジであっても、一人では勝てない。
 敵もそう考えていることだろう。
 
 しかし、敵は知らない。
 魔法を向ける先にいる男のことを。
 衛宮士郎と言う男を。

 向かってくる魔法に目をやる。先に届くと判断した魔法――エア・ハンマーをデルフリンガー横凪に振るい切り裂く。弧を描くように振るった剣を止めることなく、身体を回転させ、背後から襲う巨大な炎の玉を断ち切る。魔法を破壊したことから発生するはずの、カマイタチや火の粉は、音速に迫る程の剣速が吹き飛ばす。

「えっ!?」
「っ!?」

 避けるか、何らかの魔法で防ぐだろうと思っていたのだろう。予想外の対処に一瞬詠唱が止まる。その隙を見逃すほど、士郎は甘くも間抜けでもなかった。地面を蹴り砕き、小さい襲撃者に懐に飛び込むと、フードの胸元を掴み、背後の大きい襲撃者に向かって投げつける。

「うそっ!」
「っぁ」

 小さい襲撃者は狙い違わず、大きい襲撃者にぶつかり地面に転がる。

「っもうッ! 何よいっ――」
「くぅっ」
「さて、少し話しを聞いてもよろしいかな?」

 急いで立ち上がろうとする襲撃者達に向かって、デルフリンガーを突きつける。夜の闇にその声は、冷酷、非情に――――ではなく、困惑気味に響いていた。
 
「え? この声?」
「……」
「何故ここにいるんだ――」

 デルフリンガーを鞘に収めながら士郎は腕を組む。フードから覗く、呆然と見上げてくる、見知った顔を見下ろし、奇妙に迫力のある、にっこりとした笑顔を向ける。

「キュルケ、タバサ」










 満天の星空の中天に二つの月が昇る頃、林の奥に隠した馬車の近くで、士郎達は焚き火を囲んでいた。フードを脱ぎ、見慣れない動きやすい格好をしたキュルケは、未だに困惑を感じる顔で焚き火を見つめている。同じような格好をしたタバサは、抱えた足の間に額をあて、俯いている。
 
「ほら、出来たぞ」
「あ、ありがとう」
「…………」
「……ふむ」

 焚き火にくべた鍋の中身をお椀に移すと、士郎はそれをキュルケとタバサに差し出した。キュルケはおずおずと手を伸ばし受け取ったが、タバサは受け取らず、顔を上げることもなかった。その様子に一つ溜め息をつくと、タバサの横にお椀を置く。そして、焚き火を間に挟み、士郎はキュルケ達に対面するよう座る。いつまでもお椀に口を付けない二人に、士郎の横に座る者達が声をかける。

「食べないの? 美味しいわよ」
「わたしの作ったヨシェナヴェに似てますけど……とっても美味しいですよ」
「ヨシェナヴェって何だい。聞いたこともないけど?」
「知らなくてもしょうがないですよ。わたしの村に伝わるシチューですから」
「ふ~ん。今度食べさせてもらってもいいかい?」
「ええ、喜んで」

 和気あいあいと話す三人に、声を上げたのは、キュルケではなく、もちろんタバサでもなく……。

「何和気あいあいと話してんのよっ! と言うか、何で襲撃者がキュルケとタバサなのよっ!!」
「それを今から聞こうとしているんだろう」
「何でそんなに落ち着いているのよシロウさんは!?」
「モンモランシーこそ、何でそんなに興奮しているんだ?」
「それは興奮もするわよ! 水の精霊の条件は、襲撃者の退治よ! クラスメイトを退治出来るかって!」

 うがー! と、頭を掻きむしりながら喚くモンモランシーを、落ち着かせるように頭をポンポンと叩くと、士郎は肩を竦めてみせた。

「あれは経過よりも結果を重視するタイプだ。別段退治しなくても、襲撃がなくなれば納得する。だからキュルケ達が水の精霊を襲う理由を聞き出し、それを解決すれば問題はない」
「え? そうなの?」
「それでいいの?」
「それでいいんですか?」
「いいのかい?」
「ま、大丈夫だろう」

 モンモランシーがルイズに、ルイズがシエスタに、シエスタがロングビルに顔を向け尋ねる。最終的に士郎に回ってきた問いに、士郎は頷く。そして顎を一撫ですると、対面に座るキュルケ達を視線を向ける。

「それで、何でキュルケ達は水の精霊を襲っていたんだ?」
「それは……」
「……」

 士郎の問いに、キュルケは横に座るタバサを見やる。タバサは膝に顔を当てたまま、ピクリとも動かない。その様子に、一瞬顔を悲しげに顔を歪めると、すぐにキッと、視線を強くし、キュルケは事情を説明しだした。

「ちょっとした家の事情と言うものね。ここら辺がタバサの実家があるんだけど。水の精霊のせいで水かさが増えてるじゃない。それで領地に被害があったから、退治を頼まれたと言うわけよ」
「……そうか」
「そう言うこと」

 キュルケの説明に士郎は小さく頷く。注視していなければ、見逃してしまう程、小さく息を吐くキュルケの様子に目を細めると、気付かれないように、そっとタバサに目を向ける。
 無口なのはいつもと変わらないが、かなり気落ちしている様子が伺える。
 タバサは他の学生達とは違いすぎた。身に纏う雰囲気。凍った瞳。変わらない表情。その姿は、元の世界の戦場でよく見かけた子供の姿によく似ていた。だから、たまにいなくなって帰ってきたタバサから、戦いの残滓のようなものを感じることには、早い段階で気付いていた。
 しかし……士郎はその理由を問うことはしなかった。

 それは……何故だ

 貴族の事情だと思ったからか?

 助けを求めていないからか?

 もう、決めてしまった目をしているからか?

 ルイズの使い魔だからか?

 …………違う

 ……ただ、怖いだけだ

 ……助けた結果

 ……助けたと思った結果

 



 ――――――絶対に許さない――――――





 ……似ているからか




「シロウ?」  

 黙り込んでしまった士郎に、キュルケが心配気に声をかけた。ルイズ達も労わるように、士郎の身体に触れる。そんな周りの様子を見て、気を取り直すように、士郎は軽く頭を振る。
   
「いや、何でもない。ふぅ……なら、もう大丈夫だな」
「どう言うこと?」
「水位の上昇については、俺が既に解決している」
「う――」
「本当?」

 キュルケの驚きの声を遮るように、今まで黙り込んでいたタバサが膝から顔を上げる。無表情であるが、その凍った蒼い瞳の中に、どこか縋るような感情が見えた気がした。そんなタバサに優しく笑い掛け、士郎は頷く。

「ああ。水位の上昇の理由は、盗まれた水の精霊の秘宝を探しているということだ」
「秘宝?」
「そう、『アンドバリ』と呼ばれる指輪だ」
「……『アンドバリ』」
「そうだ。それを探しているらしくてな。だから俺が代わりに探すことを条件に、水位を元に戻すことを了承させた」
「えっ!」   
「……そう」

 驚愕の声を上げるキュルケの横では、タバサが小さく頷いく。しかし、小さく吐いた息には、確かに安堵している様を感じられた。そのことに気付き、士郎の顔に浮かぶ笑顔が深くなる。士郎の視線に気付いたタバサは、その無表情の顔を微かにむっと、ばかりに顰めると、また膝で顔を隠した。

「問題が解決したのは分かったんだけど。シロウ達はどうしてここにいるのよ?」 
「ん? あ~……ちょっと事情があってな」
「事情? 何なのそれ?」

 士郎と戦わないでいいと分かり、気が楽になったキュルケは、士郎達がここに理由を聞いてみると、士郎達は微妙な表情を浮かべ互いに顔を見合わせた。そんな士郎達の様子に、キュルケが再度問いただそうとした瞬間……馬車の中から、ロープでぐるぐる巻きにされたギーシュが飛び出してきた。

「モンモッ! モンモッ!! モンモランシーッ!!!」
「な、何あれっ?!」
「……ッ!」
「ヒィッ!!」
「またかい」
「もう目が覚めたの」
「五月蝿いですね。これなら、猿轡もつけとけば良かったですね」
「シエスタ……流石にそれは」

 慌てた様子で立ち上がったキュルケは、ぐるぐる巻きのギーシュを指差し驚愕の声を上げる。タバサは怯えたように、座った状態で後ずさっている。手に持ったお椀を落とし、慌てて士郎の後ろにまわるモンモランシー。呆れ混じりの顔を向けるルイズとロングビル。シエスタは頬に手を当てニッコリと笑いながらも、さらりと怖いことを言う。それを宥めながら士郎は立ち上がると、地面に蠢く蓑虫――ギーシュに近づいていく。
 
「モンモラッ! モンモラッ! モンモランシッ! モンッ! モンッ! モンモランッシッー!!!」「ヒィーッ!!!」

 地面の上をのたうち回りながら迫ってくるギーシュに、飛び上がって逃げ出すモンモランシー。士郎は足元まできたギーシュ持ち上げる。ぐにぐにと蠢くギーシュに、生理的嫌悪感を感じ、口元をヒクつかせながらも、首に腕を回しキュッと絞める。意識を失ったギーシュを、無造作に士郎は馬車の中に放り込む。そして、背後で固まっているキュルケ達に、苦笑いを浮かべた顔を肩越しに向ける。

「こういうことだ」
「どう言うことよ?」

 キュルケが顔をヒクつかせながら聞き返すと、ルイズが頭を抱え座り込むモンモランシーを指差す。

「モンモランシーがギーシュに惚れ薬飲ませたのよ」
「惚れ薬って……飲んだらあんな風になるの?」
「ギーシュが特別じゃないのかい?」 

 呆れたような目を、キュルケはギーシュが放り込まれた馬車に向ける。それに答えるように、ロングビルが肩をすくめ、同じく呆れた様な目を馬車に向けた。
 
「で、だ。ギーシュを元に戻すために必要な水の精霊の涙を手に入れるために、ここに来たということだ」
「そう……。あれ? でも、それってモンモランシーの問題で、士郎には関係ないんじゃないの?」
「あ~……。まあ、それにはちょっと事情が……」
「何よ? 教えてくれたっていいでしょ」

 む~と、口を尖らせるキュルケに、士郎達は顔を見合わせると、士郎は頬を赤くした顔を向ける。

「そこは、秘密ということで」
「何よそれ?」
 







 翌朝、士郎はラグドリアン湖の辺に立つと、大きな声で水の精霊に呼びかけた。

「水の精霊っ! 聞こえていたら出てきてくれ!」

 暫らくすると、士郎の呼びかけに答えるように、水面が盛り上がっていく。そして、昨日と同じように、美しい女性の姿の水の精霊が、水面にその姿を現した。

「襲撃者はもう来ないことを約束しよう。だから、報酬のお前の一部をもらってもいいか」

 士郎がそう言うと、水面を滑るように水の精霊が士郎に近づいていき、手を差し出した。訝しげな顔をしながらも、士郎が手を出すと、水の精霊の指先から水滴を数滴垂らしだす。

「これが『水の精霊の涙』か」

 後ろにいるモンモランシーが持つ瓶の中に『水の精霊の涙』を入れる。溢れず瓶の中に入ったのを確認した士郎が振り返ると、水の精霊は水底に戻っていく途中であった。

「ありがとうな」

 去って行く水の精霊の背中に、士郎が声をかけると、

「待って」

 いつの間にか水際に立っていたタバサが、水の精霊を呼び止めていた。初めて見るタバサの行動に、その場にいる全員の目がタバサに向けられる。

「あなたに一つ聞きたい」
「何だ?」
「わたし達はあなたのことを『誓約』の精霊と呼んでいるが、その理由を聞きたい」
「根本的に異なる我とお前達ゆえ、完全に理解は出来ないが、察することは出来る……我はお前達とは違い、姿形は変われど、我は我のまま変わらずここにいる。だからお前達は、永き時の流れの中でも、変わらずにいる我と同じように変わらぬ何かを願ったのだろう」

 水の精霊が話し終えると、タバサは揺らめく水の精霊から顔を逸らし、遠くに見える森に顔を向けた。そして、目を瞑ると、膝を着き、水の精霊に対し手を合わせた。水の精霊に祈りを捧げ始めたタバサの背後に立つと、キュルケは自身の手を、そっとタバサの肩に優しく置いた。


 タバサが何かを祈る姿を、士郎はただじっと見つめていた。タバサを見つめる目は、迷うように、何処かゆらゆらと揺らめいているように見える。そんな士郎の傍に、三人の女性がゆっくりと近づいていく。
 三人の女性は、そっと士郎の身体に手を触れると、傍にいる者にしか聞こえないほど、小さな声で誓った。

「シロウ」

 しかし、小さくともそれは、偽りなく

「ずっと一緒よ」

 誓いの言葉であった。


 
 

 
後書き
ロングビル 「はっ……あ……ぅうっ……シロウめ、やっぱり只者じゃない……こうなれば仕方ないね……ルイズッ! シエスタッ! 一斉にシロウに仕掛けるよッ!!」
ルイズ   「う……っあ……はぁ、しょ、しょうがないわね」
シエスタ  「あ、は、はぁぅ……わ、分かりました」

ロングビル・ルイズ・シエスタ 「シロオオオオオッ!!」 
士郎    「むっ? 来るのか」
ロングビル 「シロぉぅあっはああぁんっ?! ぜ、全員を一度に押し倒すなんてッ?!」
ルイズ   「ま、まさか?」
シエスタ  「嘘、そんな」

士郎    「……イクぞ」

ルイズ・ロングビル・シエスタ「も、もうイヤアアアアん……ぁぅぅ……」


  三人の女を打ち破った士郎だが、士郎を狙うものはまだのこっている。
  その力は未知数……その力は士郎を討てるか。
  もっこり戦士シロウ、次回「炎の激戦」。君は、生き延びることができるか!

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