剣の丘に花は咲く
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第四章 誓約の水精霊
第八話 闇からの誘い
前書き
モンモランシー 「ほらこれ、解除薬」
ルイズ 「はあ、これで助かるわ。もう本当にしんどかったわよ」
モンモランシー 「でも、そのおかげで色々と進展できたんじゃないの?」
ルイズ 「ま、まあ、それは否定しないけど……」
モンモランシー 「まあ、いいからさっさと飲みなさい」
ルイズ 「わかったわよ、それじゃあ……ごくごく……うげぇまずい」
モンモランシー 「まあ、不味いのは勘弁してね」
ルイズ 「うう、これで大丈夫なのよね?」
モンモランシー 「ええ、後は出すだけね」
ルイズ 「は? どう言う事?」
モンモランシー 「あなたが飲んだ解除薬はね、全身の毒素を抜く薬でね」
ルイズ 「毒素を抜く?」
モンモランシー 「そう、毒素を一箇所に集め、吐き出す……」
ルイズ 「一箇所?」
モンモランシー 「そう……直腸に」
ルイズ 「それ……どう言う意味?」
モンモランシー 「そうね、簡単に一言で言えば、この解除薬は……」
―――ピーゴロゴロ―――
モンモランシー 「強力な下剤よ」
ルイズ 「モンモッランシッ――っ!!!」
告げられた真実は、ルイズを地獄へと誘う。ルイズは天へたどり着くことができるか……それとも……。
それでは本編はじまります。
ベッドの上に横になり、暗い天蓋を見上げているのは、トリステインの新し王であるアンリエッタ。身に纏うものは、身体の線がハッキリと見えるほど、薄い肌着のみである。顔を横に向け、アンリエッタはぼんやりとした目で、机の上に積み上げられた書類の山を見つめる。
蝶よ花よと育てられたアンリエッタが、政治に精通しているわけはなく、側近の者の言うがままに政を行っている。政といっても、細かいところは全て周りの者が行い、アンリエッタは承認や印を押すだけでよかった。しかし、操り人形の様な王であるとはいえ、責任は生じる。
ただの馬鹿だったならよかった。
言われるがままに、何も見ず、聞かず、考えず、理解せず、知らずにいたならば……。
しかし、幸か不幸か、アンリエッタは馬鹿ではなかった。自身の決断が間違えれば、多くの国民を不幸にしてしまうことを理解していた。そこから生じる重圧は、まるで鉛のように全身にのしかかってくる。
「ふぅ……」
片手で顔を覆い、身体の中に感じる、ドロリとした熱を吐き出すように溜め息をつく。
指の隙間から、暗く染まる天涯を見上げる。
「ウェールズ様……」
アンリエッタの目に、闇が広がる天井に目映いほどに輝く星空が重なる。
三年前の、あのラグドリアン湖の一時は、まるで夢のようだった。
恋と言う甘い夢。
王の激務、奇跡の勝利、賞賛の声、聖女の称号……そのどれもが癒してはくれなかった悲しみを……。
その甘さだけが、一時、この身に満ちる悲しみを癒してくれた。
でも……。
「何故……あの時あなたは……」
それも、長くは続かない。
堰を切ったかのようにボロボロと涙が溢れ出す。
三年前。短い時間であったが、アンリエッタとウェールズは、ラグドリアン湖で何度も密会を繰り返した。そして、最後の密会の時。アンリエッタは水の精霊に愛を誓ったが、ウェールズは誓ってくれなかった。
ウェールズが自分を愛していたと確信してはいた。しかし、何故か彼は誓ってくれなかった。もし、あの時彼が誓ってくれたのなら……わたしは……。
静まり返った部屋の中、自身の耳にしか届かぬ声がする。
それは、三年前。
何度も耳にした言葉。
秘密の逢瀬の合言葉。
―――風吹く夜に―――
「……水の誓いを」
涙を乱暴に拭い、ベッドから起き上がる。明日は小康状態のこの戦争を、一気に打開させるための、大事な折衝がある。そんな重要な場に、腫れた目で行くことは許されない。顔を洗おうと、ベッドの上にある杖を持ち上げ、魔法で水を出そうと――。
扉から音が鳴る。
小さく、しかし確かに聞こえたその音に、何故か懐かしい気配を感じた。
その感触を気のせいだと首を微かに振り否定しながら、声を上げる。
「誰ですか? こんな夜中にどうかしたのですか?」
椅子の背に掛けたガウンを羽織ると、ゆっくりと扉に近づいていく。こんな夜更けに来るとは、また何か問題が起こったというのだろうか? また、わたしに背負わせるの……。
ぐるぐると嫌な思考が頭を周り、返事が返って来ないことに苛立ちながら、先程よりも乱暴に扉の向こうに声を――。
「アンリエッタ」
返ってきた声は、聞こえるはずのない声であった。
「ま、まだ、夢の中にいるのですね……い、嫌だわ……こん――」
声が震える。寒くもないにもかかわらず、ガタガタと身体が揺れる。
しかし、心臓は激しく胸を打ち、血が音を立て全身を巡る。
「僕だよアンリエッタ」
息を飲み……呟く。
「ウェールズ様」
扉の向こう、そこには、何度も夢に見た人……ウェールズの姿。
「な、何故? あなたは、死んだと」
「死んだのは、影武者だよ。信じられないのもしょうがないか……なら、証拠を聞かせてあげよう」
「え」
そっと、ウェールズが頬に触れる。
震える顔を、ゆっくりと上げると、耳にそっと囁かれる。
「風吹く夜に」
「……ああ」
ラグドリアン湖での密会で、何度となく聞いた声……言葉……そして、笑顔。
涙が流れる。
それは、先ほど流した涙とは違う。
嬉しくて、ただ、ただ嬉しくて……。
両手を広げるウェールズの胸に飛び込み、しっかりと抱きしめる。胸元で声を上げ泣き出したアンリエッタの頭を、ウェールズが優しく撫でる。
「泣き虫なところは変わらないね」
「そ、そんな、こと……だってっ、ぅあ……生きてい、たら、なぜ、もっと」
「すまない。敵に見つからないよう、ずっと隠れていたんだ。そして、つい数日前、やっと君のいるこのトリスタニアまでやって来れたんだ」
ウェールズがアンリエッタの身体に、優しく手を回すと、そっと抱きしめる。アンリエッタは、それに答えるように、自身もウェールズの身体に手を回す。
「お辛かったでしょう。でも、ご安心ください。アルビオンにこのハルケギニアを攻め込む力は既にありません。ここにいれば、ウェールズ様に指一本触れさせはしません。だから、ここに――」
「それは、だめなんだ」
「え?」
喜色を浮かべると、ウェールズは見上げてくるアンリエッタの唇を、人差し指で塞ぎ、ニッコリと笑い掛け。アンリエッタの提案を静かに却下した。戸惑いの声を上げるアンリエッタに、逆にウェールズが提案した。
「レコン・キスタからアルビオンを開放するため、僕はアルビオンに戻らなければならない」
「そんなっ!?」
「その時……君が傍に居て欲しいんだ」
「傍……に? どう言うこと、ですか?」
「あの戦いで、僕の力になってくれる人はその殆どが死んでしまった。だから、今は一人でも多くの信頼できる人が必要なんだ」
「でも、そんなことを言われても」
怯えたように、左右に首を振りながら、アンリエッタは後ずさり、ウェールズから離れていく。逃さないように、ウェールズは後ずさるアンリエッタの腕を掴む。そして、勢い良く引き寄せ、再度自身の胸にアンリエッタを収める。
「っあ」
「アンリエッタ。僕には君が必要なんだ」
「う、ウェールズ、さ、ま」
怯えを含ませた瞳で見上げ、アンリエッタはウェールズを呼ぶ。
女王としての責任がある。望んではなかったとはいえ、自身が選んだ結果だ。
自分の意思一つ、指示一つで、多くの人の運命が狂わさてしまう。
望んでいなかった権力。
欲しくない地位。
でも、自分が選んだのだ……。
なら、自分には責任が……ある。
でも……胸の奥から、燃える程に熱い何かが全身を巡る。愛する人から必要とされている。助けを求められている。この衝動に身を任せたい。ウェールズの手を取り、何もかも捨て共に行きたい。だけど、でも、しかし……。
「少し、もう少し待って下さい……お願い、明日まで待って。わた、わたしは……」
「だめだ、それでは間に合わない」
顔を背け、必死に声を振り絞るアンリエッタの肩を掴み、ウェールズが無理矢理自分の方に向けた。恋と女王としての責任の間に揺れ、怯えたような顔をするアンリエッタを見つめる。
見つめてくるウェールズに対し、何か言おうとしたのか、口を開け、
「アンリエッタ、君を愛している。だから、一緒に来てくれ」
「ウェーる――んむ」
ずっと欲しかった言葉と共に、口を塞がれる。身体が……心が満たされる。あの甘い、甘い感覚が全身を覆う。身体が溶けてしまいそうだ。
纏まらない思考、波打つ心……現実と夢が入り混じる感覚に、冷静な判断が出来ない。だから、アンリエッタは最後まで気付かなかった。いつの間にかウェールズが杖を握っていたことを。自身に眠りの魔法を掛けられていることを……。
アンリエッタが眠りの魔法にかかっている頃、ルイズ達は魔法の薬の効果を解除していた。
魔法学院に戻った士郎達は、直ぐにモンモランシーの部屋に向かった。部屋に戻ったモンモランシーは早速『水の精霊の涙』を使って、解除薬の調合を始める。暫らくの後……。
「で、出来た……こ、これで、ぎ、ギーシュが元に……」
「わ、わたし達の、ぶ、分は、どう、ぅあ……のよ」
「そ、ろそろ……げ、限界なんだけ、ど、ね」
「わた、わたしも、もう」
机の上に身体を投げ出し、震える声で完成を告げるモンモランシーに、ルイズ達がよろよろと躙り寄っていく。ルイズ達の顔は赤く、身体は小刻みに震え、瞳はねっとりとした色を帯びている。今にも崩れ落ちそうになる身体を必死に保ち、モンモランシーに手を差し出していた。
「あ、あなた達の分はそこよ」
モンモランシーが指し示した先には、どろりとした液体が入った、三つの壺があった。ルイズ達はのろのろとその壺を掴むと、一気に飲み干した。
まずかったのか、顔をしかめながら、三人が薬を飲みこむ様子を確認した士郎は、モンモランシーの目の前にある、出来上がったばかりの薬が入った壺を掴むと、それを持って床に転がっているギーシュに歩いていく。ロープで縛られたギーシュの顔を持ち上げ、強制的に口を開けさせると、手に持った壺を逆さまにし、中身を流し込んだ。
「コバぶっ!!」
どうやら惚れ薬の解除薬は、ことさら不味いのか、気絶していたギーシュが飛び起きた。
「グログロゲロゲロごぼえぇぇっっ!!」
飛び起きたのはいいが、身体の自由がきかなかったことから、そのまま床に顔から倒れ込む。痛みか薬の不味さのどちらなのか、それともその両方か? ゴロゴロとギーシュは床の上をのたうち回っている。
「ルイズ、ロングビル、シエスタ身体の様子はどうだ?」
床を転がるギーシュを足の裏で止めると、士郎は三人に身体の調子を尋ねた。顔をしかめたルイズ達は、口を手で抑えながら、士郎に顔を向け、顔をヒクつかせながらも笑顔を向けた。
「う、うう~ぐちのながが、にちゃにちゃする。で、でも、身体の調子は戻ったみたい」
「はしばみ草を凝縮したみたいな苦さだねぇ……全くこれじゃあ、今日は何を食べても味が分からないよ」
「はい、酷い味です。良薬口に苦しと言いますけど……うぅ、大分体は楽になりましたけど、今度は口の中が、うぅ……」
「ふう、その様子なら大丈夫そうだな」
ぐちぐちと文句を言うルイズ達に、ふっと優しく笑いかけると、踏みつけているギーシュを見下ろした。目を白黒させながら、ギーシュは士郎と目を合わせる。
「ギーシュ気分はどうだ?」
「え~と、その……まずは足をどけてくれないかい?」
顔を背けながら、ギーシュは身体をもぞもぞと動かした。理性を取り戻したと判断した士郎は、ギーシュから足を退かすと、ギーシュを縛ったロープを解く。身体の自由を取り戻したギーシュは、よろよろと立ち上がると、机に突っ伏したモンモランシーに近づいていった。近づいてくるギーシュに気付くと、モンモランシーは、肩越しにばつの悪そうな顔を向ける。
「な、何よ? 何かよう?」
「その」
「あ、あなたがっ、わ、悪いのよっ、他の女にばかり声をかけ……る、か……ら」
「……モンモランシー」
「だから、その」
「君は」
「ごめ――」
「そんなに僕が好きなのかああぁぁぁあ!!!」
「なさってッッキャアアアアア!!」
「モンモランシーッボカぁもおッ! ボカぁもおッ!!」
「いい加減にしろおっ!!」
「こぺぶッ!?」
しおらしく謝ろうとしたモンモランシーに何を勘違いしたのか、ギーシュが奇声を上げながら飛びかかった。虚を突かれ悲鳴を上げたモンモランシーだったが、飛びかかって来る相手の対処方には、この数日で慣れたもので、冷静にギーシュの顎を打ち抜く。濁った悲鳴を上げ、またもや床の上を転がるギーシュ。
「もう信じられないッ! あんたなんかそこで転がっていなさいッ!!」
「ぐじぇえ……もぶ、もぶぶらんじ~」
「じゃあねッ!」
蠢くギーシュに一発蹴りを入れると、モンモランシーは髪を翻し扉に向かう。バタンッ! と扉が音を立てて閉まる。部屋にいる者の視線が、扉に向かって這いずるギーシュから音を立てて閉じる扉に移動し……。
「って言うか何でわたしが出て行かなきゃならないのよっ!!?」
「……自分から出て行ったんじゃない」
冷静にキュルケが突っ込むが、モンモランシーはその自慢の金髪を獅子の鬣の如く逆立て吠え立てた。
「い、い、か、ら、出てけェエエええええッ!!」
「ねえ、ルイズ達も解除薬を飲んでいたみたいだけど、何で?」
「え」
モンモランシーの部屋を追い出された後、士郎達はアウストリの広場に移動した。双月の光に照らされた広場にいる影は四つ。士郎、ルイズ、キュルケ、タバサの四人である。シエスタとロングビルは、明日の仕事のため、さっさと自分の部屋に戻っていった。では何故、士郎達がここにいるのかというと、
「ねえ、何で?」
「いや、だからそれは」
部屋を出た後、キュルケがしきりにルイズ達が解除薬を飲んだ理由を尋ねてきたのだ。ロングビルとシエスタの二人は、仕事というよりも、キュルケの追求を避けるため自室に戻ったようなものだ。しかし、士郎とルイズの二人は、アウストリの広場で哀れキュルケに捕まってしまったと言うわけで。
これは参ったな、どう誤魔化そうか? 半目になって迫ってくるキュルケから、背を反らしながら考えていると、
「もう、いいじゃない。それに、何でわたし達にじゃなくてシロウに聞いてるのよ」
「むぅ……別に、特に理由があるわけじゃ……」
キュルケの裾を引っ張りながら、ルイズが文句を言う。ルイズの言葉に、勢いをなくしたキュルケは、何か言おうと口を開いたが、結局何も言わず閉じてしまった。窮地を脱した士郎は、感謝の念をルイズに送ると、ルイズはそれにニッコリと笑顔を返した。
追求を断念したキュルケを確認したルイズは、うんと背を伸ばすとベンチに腰掛けた。足をぶらぶらとさせながら、月を見上げるルイズ。
「久しぶりに見たけど、ラグドリアン湖はやっぱり綺麗だったな」
「ん? ルイズはラグドリアン湖に行ったことあったのか?」
「三年くらい前にね。……ああ、そう言えばその時だったわね、姫様とウェールズ様が出会ったのは」
「どういう事だ?」
「その頃、ラグドリアン湖で盛大な園遊会があってね、それにウェールズ様も参加していたのよ。わたしも姫様のお供でついて行ったんだけど……夜中になるといつも、散歩に行きたいから、その間身代わりにベッドに眠っていてって言われていたのよ」
懐かしげに目を細めるルイズ。
「今思えば、ウェールズ様と逢引していたのね……」
顔を俯かせ、悲しげな声を漏らすルイズに、士郎は労わるようにそっと手を肩に置く。肩に置かれた手に自分の手を重ねると、ルイズは士郎を見上げ、優しい笑顔を向ける。
「ありが――」
「ねえ、ウェールズ様って、アルビオンのあのウェールズ様のこと?」
「あ」
「あ」
「ん?」
唐突にキュルケに声をかけられたルイズは、士郎に向けた笑顔を凍りつかせた。ギギギと錆びついた機械の様にゆっくりとキュルケに向けるルイズ。顔をヒクつかせるルイズに、キュルケは首を傾げる。
「き、聞こえてた?」
「何言ってるのよ? さっきからここにいるんだから当たり前でしょ。でも、あのお姫様、って、今は女王様ね。が、アルビオンのウェールズ王子と……ああ、だからね」
「キュルケ、すまないが聞かなかったことにしてくれないか」
キュルケは何やら一人で頷きながら納得している。士郎は迂闊すぎる自分に罵声を浴びせながらキュルケに振り向く。士郎の懇願に、柔らかな唇に人差し指を当て、キュルケは下から覗き込むように士郎を見上げた。
「ふっふっふ。どうしようかなぁ~」
「キュルケ頼む」
「そうねぇ。シロウがわたしの言うことを一つ何でも聞いてくれるならいいけど?」
「ん? ああ、それぐらいなら、いい――」
「ッダメよっ!」
キュルケの要求に、それぐらいならと軽い気持ちで頷こうとした士郎に、ベンチから勢い良く立ち上がったルイズが意義を唱えた。
「何よルイズ。これはわたしと士郎との話しよ。あなたは関係ないでしょ」
「関係あるわよっ!! シロウはわたしの使い魔よっ! あなたのお願い何て一体何を要求するかわかったもんじゃないわよッ! シロウの○○○を○○にして、○○で○○○○すること要求するんじゃないのッ!!」
「「ッぶふっ!!」」
「さらに、シロウの――ふぐ」
「待って待ってルイズ。流石にそれはちょっとやばいやばい。いくらわたしでも、そんなこと頼むわけないでしょっ?! 何言ってんのよもうっ!!」
ルイズのとんでもない発言に、キュルケが慌ててルイズの口を塞ぐ。いつにない焦りを顔に浮かべたキュルケは、小さなルイズの体をガクガクと揺さぶっている。
「ちょ、ちょっと落ち着け二人共。まずはキュルケだ。ルイズが気絶するぞ」
「はっ、ご、ごめんなさい。ちょっとびっくりして」
「ケホッ、けほ……うう、何するのよキュルケ」
「あなたがいきなり変なこと言うからでしょ。もうっ、そんな変なこと頼むわけないでしょ」
むせながら非難がましい視線を向けてくるルイズに、キュルケは顔を真っ赤にしながら文句を言う。赤くなっているのは、急な運動のせいか、それとも……。
「はあ、もうびっくりした。もう、そんなに隠すようなものなの? もう、あの女王様とゲルマニアとの婚約は破談になったんだし」
「それは……そうだけど、でも――」
肩を竦めるキュルケに、視線を逸らしながらルイズが何かを言おうとしたが、キュルケはそれに気付かず話しを続ける。
「それに、ウェールズ王子も生きてるみたいだし、今度婚約発表でもあるんじゃないの?」
「スキャ――は?」
「何だと」
「な、何よ? どうしたのよ?」
何でもないことのように言ったキュルケの言葉に、士郎とルイズが凍りついた。意味が分からないとキュルケを見るルイズ。寒気の様な嫌な予感を感じ、睨みつけるようにキュルケを見る士郎。
士郎達の視線の強さに驚き、戸惑うキュルケに対し、士郎は体ごと振り向くと、真剣な目で問いただした。
「ウェールズ王子は死んだはずだ。生きていると言うのはどういう事だ? それに婚約発表だと」
「ちょ、ちょっと待って士郎。敗戦で死んだって公布はあったけど。ウェールズ王子が死んだって確証はないじゃない?」
「そんなはずない……だってウェールズ様は、わたしの目の前で……」
「そうだ、ウェールズ王子が死んだのは俺が確認した。生きているはずがない。何故、生きていると?」
「え、死んだ? 確認したって? ど、どう言う事?」
真剣な表情をした士郎とルイズに迫られ、怯える様子を見せるキュルケに気付いた士郎は、落ち着かせるように、キュルケの両肩を叩いた。
「すまん。びっくりさせてしまったな」
「え、ええ。大丈夫よ。少しびっくりしただけだから。でも、ウェールズ王子が死んだのを確認したって、どう言うこと?」
「覚えていないか? アルビオンに一緒に行った時のことを、その時ウェールズ王子が死んだのを確認したんだ」
「そうよ、ウェールズ王子は死んだはずよ。何で生きてるって……」
「ああ、あの時……でも、わたしウェールズ王子をこの前見たんだけど?」
大分落ち着いた様子を見せたキュルケが、訝しげにポツリと呟く。
「見たというが、一体どこで見たんだ? そもそも、ウェールズ王子の顔を知っているのか?」
「どこって、この間ラグドリアン湖で見たのよ。何人も人を引き連れて歩いているのを。それにウェールズ王子の顔なら、昔ゲルマニアの肯定就任式の時に来てたから覚えているのよ。あれだけいい男なんだし忘れるわけないじゃない」
「ラグドリアン湖だと?」
募る嫌な予感は、確信へと変わっていく。
レコン・キスタ――クロムウェル――アンドバリの指輪――死者の復活――死んだはずのウェールズ――
喉の奥から絞り出すような声を士郎は出す。
「……ウェールズはどこに向かっていた」
「そうね、あたし達とすれ違ったから、首都のトリスタニアに向かっていたんじゃないかしら」
「ちっ」
「シロウ待って! わたしも行くっ!」
「ちょっと、どうしたのよっ!」
キュルケの返事を聞くやいなや、士郎は門に向かって駆け出した。その後をルイズも追いかける。
唐突に駆け出した二人を見て、キュルケも反射的に後を追う。ずっと黙って聞いていたタバサもそれに続く。
「シロウっ! 一体どうしたのよっ!」
あっという間に小さくなる士郎の背中に向け、大声で声をかけるキュルケ。ウェールズ王子が生きていると聞いてのこの慌てよう。ただ事ではないと分かるが、その理由が分からない。必死に士郎の後を追いかけていると、馬の用意を始めている士郎の元まで辿りついた。
膝に手をつき息を荒げるキュルケの後ろには、ルイズとタバサが必死に走っている姿が見える。士郎は手の動きを止めずに、硬い声で告げた。
「アンリエッタが危ない」
後書き
士郎 「アンリエッタっ! 君はその男を選ぶというのか!」
アンリエッタ 「士郎さん……だって」
ウェールズ 「君にそんなことを言われる筋合いはないと思うけどね」
士郎 「なんだと!?」
アンリエッタ 「待って二人共、わたしのために争わないでッ!!」
死に別れたはずの恋人が生きていた……元恋人に手を引かれ去って行くアンリエッタを、士郎が追う。追いついた先で、一人の女を巡る戦いが始まる……
次回「雄の尊厳」
士郎よ男なら力を示せッ!!
感想ご指摘お願いします。
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