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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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ALO編
  第144話 因縁に決着を


~記憶の深淵~



 彼女と初めてあったのは……そう、あの第1層 BOSS攻略会議だった。いや、それ以前にも出会った事、とまではいかないが、見かけた事は確かあった。当時の自分としては、全く意識はしてなかった。
 お互い 数多のSAOプレイヤーの内の1人だと言う事だけだった。

『……ねぇ? あなたは……その、ソロプレイヤーなの……?』

 攻略会議の最中、接触は彼女から、だった。パーティを組まなければ、BOSS戦に参加出来なかった。……だから、彼女から声をかけてくれた事は、本当に有難かったし、嬉しかったんだと思う。こちらからは、とある事情もあって、中々誰にも言えなかったから。

 そして、その後、正式にパーティを組んでキリト達とも話をした。

 当初、彼女は姉のアスナを避けていたんだ。だから、逃げる様にキリト達から離れた。……自分の手をしっかりと握って。

 そして、ゲーム内に風呂がある事実を教えた事もあった。その事実を知って、彼女はガッツポーズしていた。

『ねっ! その部屋! 後何部屋空いているの? 場所は何処に? お願いっ! 私も借りたいからそこ案内してっ! お願いっ!!』

 今思っても、結構な剣幕だったと思う。そして、部屋と言うより、一軒家。だから 空いてないと言う事を話した時の彼女の落胆ぶりにも驚いたものだった。その後、随分と時間がかかったお願いをされ、部屋を貸す事になったんだった。

 部屋には鼠の異名を持つアルゴと言う情報屋も押しかけてきて、更に賑やかになったんだ。

 ……賑やか、と言うより騒がしいと言った方が良いかもしれない。






 
 攻略も順調に進んでいたある日の事。

『ああああーーーーーーーっ!!!!!』

 本当に突然の絶叫だった。
 彼女の絶叫が街中に響いたし、自分にも直接大音量となって聞こえてきたんだ。……話をしてみるとどうやら、自分をずっと探していた様だった。特に用事があったという訳ではないようだったが。

 そして、再びパーティを組んで、色々な事を教えてくれたんだ。

 そう、料理の美味しさ、そして楽しさを。大切な事を、教えてくれた。

 その時は、本当に楽しくて時間が経つのが早かった。体感時間が本当に短く感じたんだ。

『うんっ! 《また》ねっ!』

 別れる時の彼女の笑顔は、今も鮮明に覚えている。なんで、今の今まで思い出せなかったのかが不思議な程に。





 そして、自分が過去の記憶に触れた時。





 彼女は包み込んでくれた。その胸に抱きしめてくれたんだ。安心出来る様に。……抱え込まない様に。自分の抱える悲しみ事、全て包み込んでくれたんだ。

『リュウキ君は……あの時。初めてあったあの時、私の話を聞いてくれた……。今度は私の番だから。私……リュウキ君の力になりたい……から』

 彼女はまるで自分のことの様に、涙を流してくれた。この時心が軽く……なったんだ。

 暖かさをくれたこの時から、きっと彼女の事を意識しだしたんだと思う。……彼女のおかげで、心が軽くなり、他人と向き合う勇気も芽生えたんだ。

 だけど……もう1つの闇も顔を出したんだ。


――……自分の中での最大の転機。好きだと言う感情を知って、再び自分の中の闇が心を蝕んだ。


 好きだと言う感情を知って、彼女の事を好きになったと言う事を理解して……嘗てのトラウマが心の中に湧き出てきた。守れなかった彼女の事。好きになった人を失ってしまう悲しみ。……自分と一緒だったから、と言う自責の念も。

 だから、彼女を遠ざけたんだ。

――……彼女を失いたくないから……。もう、二度と。



 その行動が彼女を傷つける結果になってしまった。彼女にあんな顔をさせたいと想った訳じゃないのに。勝手な自分の行動で、深く傷つけた。不快にさせた。

 だから、彼女に謝った。

 罵られても良かったから、全てを打ち明けて……謝った。謝って、必ず以前の様に戻ると言った。その時の彼女の返答が。


『私も……私もリュウキ君のことが好きだから! 大好きなんだからッ!!』


 告白と同時の抱擁だった。

 以前の優しく包み込むものではなく……、強く想いを伝えようと抱きしめてくれたんだ。


『ずっと、一緒……貴方の側にいる……から』


 彼女はその言葉通り。一緒にいてくれた。……心を守ってくれたんだ。想いが1つになった瞬間、だった。





 そして、世界が崩壊していくあの朱い空の下。全てを成し遂げて、もう悔いもなく消滅を受け入れようとした自分に、生きる活力をくれた。親友達の言葉と彼女の涙、だった。

 強い想いは時としてシステムにだって打ち勝つ事が出来る。

 それをあの世界で体感した筈だったのに……諦めてしまっていたんだ。また、彼女を泣かせてしまった事への後悔、そして 彼女は自分を守ってくれた、……自分も彼女を守りたいと強く想ったんだ。


『ほんと……っ? ほんとに、また会える……? あっちで……おつきあいして……けっこんして……一生あなたのとなりで……いられる……? あなたの傍でいられる……?』


 彼女は、涙を流しながら そう訊いていた。それは、自分が望んだ願いだった筈だったんだ。


――……ずっと、一緒にいたいと言う気持ちを。


 その彼女の名は。



『私は玲奈(れいな)。《結城(ゆうき) 玲奈(れいな)》』



 今、闇の世界が晴れ、光で満たされる。

 ずっと彷徨っていた。本当に長い旅路だった。……自分が残してきた足跡を辿ってきたつもりだったけど。 本当に……長かったんだ。












~????????~



 鎖に繋がれた少女……玲奈の目には涙が浮かび、ながれていた。目の前の少年を見て。倒れている彼の姿を見て。

――……間違いない、彼が……リュウキ、隼人君だ。

 玲奈は、彼を見た瞬間に確信していた。自分の心が、彼なんだと 叫んでいたんだ。如何に容姿があの世界と違っても……、彼は間違いなくそうなんだと。

「ふふふ……っ。これ程愉快な事は無い」

 目の前の男が手を翻したその瞬間。

〝ずしぃぃぃ!!!!〟

 まるで、地震が起きたかのように場が揺れ、そして彼の身体がこの暗黒の世界の闇へとめり込んだ。

「や、やめ……っ」

 声にならない声を必死に玲奈はあげる。彼を見つけた時の涙は取っておいたつもりだった。その涙と共に、精一杯抱きしめる筈だった。……抱きしめて、抱きしめてもらう筈だった。なのに……、彼は、隼人は地に伏し動く事も出来ず……苦しんでいる。

 そんなのを見せられて、玲奈が耐えれる筈がない。

「……やめてぇぇぇぇっ!!!!」

 声を、振り絞り……叫んだ。その言霊は、周囲の空気をぱんっと弾くかの様に広がり、狭山の顔を叩く。

「おやおや……、憔悴し切っていたかと思ったが……まだそんな元気があったとはな? 流石はあの世界の生き残りと言ったところか」

 そう言いながら、狭山はゆっくりと玲奈の方へと近付く。そして、今度は玲奈の顎に親指を当てながら、自分の視線と玲奈の視線を合わせた。目を見ながら。

「……そんなに大切なのかな? この餓鬼が」

 舌舐りをして、玲奈にそう問いた。……まるで邪悪が具現化したかの様な笑み。あの時、現実でも感じたものがそのままこの世界にトレースされているようだった。だが、玲奈は決して屈する事なく、はっきりと言い切った。

「……私はどうなっても良い。だから、りゅうきくんは……っ はやとくんは……っ」

 玲奈の涙は枯れることなく流れ落ち、地面に触れた瞬間に硝子片となって周囲に漂う。その言葉を聞いた狭山は、含み笑いをしていた。

「うむ。……私の憎悪の対象が、この餓鬼ではなくキミだったら……今がもっと最高な展開、なんだがなぁ……残念だ」

 く、く、く、と笑いが堪えられないと言った様子だ。……この感じは、あの世界での《笑う棺桶(ラフコフ)》のそれに酷似している。いや、そのものだった。犯罪者が身に纏う雰囲気、そして言動だった。

「キミの様に、この餓鬼が 懇願し、地べたを這い、涙を流し……、このオレに赦しを請う。 そして、その願いを断ち切り、絶望と恐怖の中で殺す。それが最大の愉悦だったんだが。肝心の餓鬼の方がこの様子じゃあ、楽しみが減ったと言うもんだ」

 リュウキの頭を思い切り踏みつけながらそう言う狭山。……玲奈を見た瞬間から、リュウキの時は止まったままなのだ。

「っ……!!」
「ふふふ、戯れにオレのプランを教えてやろうか?」

 狭山は涙を流す玲奈にそう言う。玲奈は何も答えなかったが、YES、NOどちらを選ぼうが喋るつもりだったようだ。

「まず、私はこの餓鬼の能力は知っているつもりだ。忌々しいが、コンピュータにおいてはこの世界でも1,2を争う程の能力を持っている。……そんな相手を決して有利にもっていけるかどうか判らないデジタル・データの塊である仮想世界に呼び寄せた理由が、コレだ」

 指を鳴らした瞬間、玲奈の前にあの少女が現れた。……玲奈は一体誰なのか?と思った。だが、何処かでは判っていた。この最悪な男が取る手段を判っていたんだ。

「ご紹介しよう。この世界ではMobの様なものだが、現実ではあの餓鬼にとって重要な意味を持つ少女。……現実世界では、HN《サニー》と名乗っていた少女だ」

 両肩を持ち、そう紹介する狭山。


《サニー》


 彼にとってのかけがえのない少女。……彼が守れなかったと、10年経っても悔やみ続けていた少女。好きと言うベクトルが初めて当てられた異性だった。


「まぁ、アイツが君に言ったかどうかは知らんがね。……とあるアイツの仕事仲間、と言っていいだろう。お前が聞いた研究の骨組みを手がけた者達の1人だよ。……餓鬼の癖に、正義、良心に酔って、……研究の邪魔をした餓鬼の1人だ」

 そう説明する内に、ぎりっ……と両の肩に入る力が増した様だ。だが、少女は眉一つ動かす事はなかった。ここにいるのは、少女の姿を、声を象った人形……だからだ。

「そして、ここに誘った時、あの時の光景を再現した。……この世界の背景を変更した。……そして様々なオブジェクトも設置した。すべてはあの時のあの場所を再現するために、な? ここまで言えば、もう大体分かるんじゃないか? ……私が手掛けたプランが、その全容が」

 ニヤリと笑いながらそう言う狭山。……玲奈も、目を見開いていた。この男の考えが判ったから。

 そう、この男は……この悪魔は、嘗ての彼の記憶を。……意図的に彼の心的外傷を揺り起こしたんだ。彼の体験は、幼い少年には耐えられるものではない、……酷すぎる体験だから。心的外傷後ストレス障害になっても、おかしくない程に。

 この世界の頂点、たどり着いた頂き、たどり着いた世界樹の上に、嘗て自分が居た場所がある等と、誰が想像付くだろうか?予知能力でも使える超能力者でもない限り、そんなのは不可能だ。

――……有り得ない場所で、有り得ないものがあり、有り得ない人がいた。

 幾ら彼でも、そんな状態で、そんな精神状態で、いつもの力なんて出せる訳ない。

 その卑怯な手段は、リュウキの思考を奪い、そして その手段は、リュウキの行動範囲を削いだ。彼をシステム的に、動けなくして……最後の仕上げは。最大の……仕上げは。

「わ……わたし……」

 レイナは、思わず口にしていた。彼を苦しめているその最後の……。

「そうだ。最後の一手、仕上げは……この餓鬼を縛る呪縛はキミだよ。玲奈君。……大切な人を、二度も守れなかったとすれば? ……もう帰ってこれないだろ? 現実に」

 親指を突きたて、そして下に突き落とした。地獄に突き落とした、と言わんばかりに。

「ひ、ひどい……っ。アンタなんて……アンタなんて……っ」

 ぎゅっ……と拳を握り、そして歯をくいしばらせた。この男は自分をも道具に使ったのだ。……最愛の人を苦しめる道具に。

「ふん。然るべき報いと言うヤツさ。当然の事をしたんだよ。この餓鬼は報いを受ける者だ」
「そんなっ……そんな訳ないっ。はやとくんは、正しいことをしたんだ! 非道な研究を、その研究で苦しむ人たちを救った……んだからっ。間違ってるのはあんた達よ!」

 玲奈は目に涙をいっぱいに溜め、そう言い放つ。その勢いで涙が宙に舞い、美しい硝子片となって散りばめた。

 だが、……そんな言葉に動じる筈もない。

「言いたいだけ言い給え。玲奈君。何を喚こうが君の彼氏が戻ってくる事はもう無い。……コイツの次は綺堂を、そして 現実世界でも死を与えてやろう。……ふ、メディアに姿を現さない度合いで言えばこの餓鬼はあの茅場晶彦以上だからな。その面でも好都合、と言ったものだ。……くくく、綺堂と共に葬ってやろう」

 リュウキの頭に乗せた足をゆっくりと除けた。

「はやと……くん……っ」

 流れ出る涙を止める事が出来ない。
 ……憎しみで、誰かを殺す事が出来たなら、きっと自分は殺人者になってしまうだろう。自分の今の表情は……それ程憎しみで彩られているに違いないんだ。

 そんな時だった。




『……似合わないよ。レイナにそんな顔。怒ってる顔は、君には似合わない。……ふさわしくない』



 
 声が……聞こえた。はっきりと、はっきりと聞こえた。玲奈は、はっと顔を上げた。

 どうやら、あの男も、狭山も聞こえていた様だ。辺りを見渡していた。     




『レイナはずっと笑顔でいて。……オレが何よりも好きだったのは、君の笑顔だから』




 間違いない。聞こえた。頭の中に……直接流れ込んでくるかの様に。愛しい人の声が。

「なに……?」

 狭山は逆に悪寒を感じていた。凄まじい凶兆を孕んだかの様な悪寒が……。

 そして、背中からまるで刃で突き刺されたかの様な、斬られたかの様な感覚に見舞われる。

「っ!!!」

 思わず、その場から飛び退く様に下がった。そこには……あの男が立っていた。

 この重力下において、立ち上がる事など有り得ない。通常の地球規模で言う重力の10倍もの負荷がかかっている筈だから。

「………」

 まるで、普通に起き上がる様に、何事も無かったかのように、そこに立っていた。

「おやおや、重力の効きが悪かった……かぁ!?」

 狭山が手を翻した瞬間。辺りの重圧が更に一段階……いや無限に増していく感じがした。それは、見るだけで判る。……重圧のラインが、可視化されて見える程までになっていたのだから。それは、押し付けられている空気さえも見える。隼人を中心に、半径がどれだけに及ぼうか……目測では判らない程、領域を広げていっていた。



「この世界のオレは重力の支配者。何人たりとも俺の前では跪く。立ち上がる事すら叶わない。」

〝ずしぃぃ!! みしみしみしっ……!!!〟

 この空間には何もない。無の空間だ。なのに、よく判る。……今、この場の重力が変わった。ついさっきより遥かに重いものに。

「……はや……っ ……くんっ」

 玲奈自身には、重力はかけられてはいない。なのに、それなのに、指一本動かす事すら出来ない。声すら、封じられているみたいに、出せない。

 あまりの重力下の中、空間すら歪んで見える。

 歪んでいるからこそ、彼の姿さえも見えなくなっていく。本当に圧倒的な力だった。
管理者の力。……理不尽な力。

――……はやと……くんっ……。

 ただ、玲奈はそんな中でも彼を想い続けた。相手がたとえ神だったとしても、異常な力の持ち主だったとしても。恐れず、彼を想い続けた。涙を、流しながら……。


 そんな玲奈を背に、狭山は両手を広げながら歩く。

「どうした?」

 薄く笑いを上げながらゆっくりと、震源地へと歩く。そして、今の彼を目視しようと覗き込んだ。

「……この世界はお前の土俵、なんだ……ろ……?」

 悠々とこの高重力下の中ただ1人だけ、動けると力を誇示する様に歩いていた狭山、グラビドンの表情が一変した。

『……重力の支配者?』

 この高重力の中心に、異様な光景が広がっていた。沈みゆく無の大地。その中で、1つだけ沈まない、屈さない者がいた。

『……何人たりとも?』

 このどんな者でも、それこそ巨大モンスターや邪神級のモンスターだろうとも動けず、立つ事すら出来ないであろう場に両の足で立ち。狭山を、見据えていた。

――……狭山を見据えるその眼は赤く染まっている。

『お前は、やってはいけない事をした……』

〝ずしぃぃ!!〟
 一歩一歩進む毎に、無の大地が揺れる。

『……皆を、あの世界から現実へ帰る事の出来た皆を、閉じ込めた』

 その一声は、無の大気を震わせた。

『……彼女を、まるで道具の様に使った』

 傍に佇んでいる嘗ての彼女の姿が浮かぶ。

『そして、何より……何よりも……』

 眼を閉じた。瞼に映るのは、彼女の姿。涙を流し、そしてその顔は苦しんでいる。

――……もう、流させないと、あの時強く想った筈なのに。

『……玲奈を傷つけた!!』

 地の底よりも低く、そしてこの重力よりも重い一言。その一言で、狭山は見えない何かに弾き飛ばされた。

「くぁっ!!」

 吹き飛ばされ、見えない壁に激突した狭山。その影響もあり、重力は解除された。

「は、はやと……くん……」

 玲奈は、今……立っている彼を見て、涙を流した。涙の質が変わったのだ。

「ちょっと、待ってて。玲奈。……終わらせてくる」

 リュウキ……隼人は、玲奈の方を見てにこりと笑った。この時、玲奈が思い浮かべるのはあの時の事。皆、動けなくて、動けるのは 彼等だけで……、動きたくても動けない。ただ、見守る事しか出来ない状況。

「……信じてくれ、玲奈。今度は、絶対に破らないから。……絶対にオレの手で終わらせる」

 その玲奈の表情から、隼人は何を考えているのか、判っていた様だ。玲奈はその言葉を聞いて、涙を流しながらも……笑みを浮かべ。

「うんっ……。信じてる、信じてるから……」

 そう言って、頷いた。

 その返事を聞いて、隼人は再び微笑み、そして視線を変えた。

 あの男の方へと。


「……く、くく、くはははは!!」

 吹き飛ばされた狭山、グラビドンは朗らかに高笑いをさせながら、隼人の方へと歩み寄る。

「そう、そうだなぁ!! この展開だ!」

 目をギラつかせながら吼える狭山。

「あのまま、ただ殺すのだけではつまらん! 絶望の中で殺してやる!!」

 そう言うと、次に狭山は手を翳した。そして上を、天を仰ぐと。

「システム・コマンド! オブジェクトID《レーヴァテイン》をジェネレート!」

 そう叫んだと同時に、天より赤き剣が舞い降りた。その剣は、ゆっくり舞い降り、狭山の手の中に吸い込まれる。

「この世界において、絶対なのはシステム管理者。たかだが、コンピュータが、ゲーム得意なだけの、貴様の様な餓鬼が抗えるものじゃねぇ」

 突きの構えをとり、そう吼える。

「………」

 隼人は、そんな狭山をただ、見据えていた。

「そして、この空間はシステムの最深部。セキュリティのレベルは最大レベルだ。……あのカーディナルを超える代物。……あの世界をクリアする事でしか脱出する事が出来なかったお前では絶対に抜ける事は出来ないし、改変する事も不可能だ」

 剣を向けながらそう言う。己の力を過信している者の眼は何時もそうだ。……自分自身が絶対だと思っている男こそは。

「そして、疑似痛覚。ペインアブソーバーのレベルもイカス値に変えてある。じわじわと嬲ってやる」

 そう言い切った後に、沈黙していた隼人が口を開いた。

「……御託はいい」

 隼人はそう切り捨てる。そして、自身の剣を右手で構えた。

「決着を付けよう。……全ての因縁に」

 ギラリと銀の輝きを発する剣の切っ先を狭山に向け、そういった。言葉は狭山よりも遥かに少ない。その事が狭山の癇に障る。自分よりも遥かに歳下の子供に言われたのだから。

「舐めるな!! 糞餓鬼がぁ!!」

 癇癪を起こし、遮二無二に突っ込んでいく。そこには、センスの欠片もない。どちらが子供なのだろうか?とも思える。……が、狭山のその顔にはまだ何処かに余裕も視えた。まだ、何かがあるかの様に。

 隼人は、最小限の動きで、刃を掻い潜り……すれ違いざまに首筋に刃を当てた。

「が……っ!!!??」

 首筋の鈍い痛みを感じながら、狭山は目を見開いた。有り得ない、と言わんばかりの表情。

「ば、馬鹿な、な、なんだ、こ、こ、この痛み、は……! お、オレの……アバター、は……っ!!??」

 身体の芯にまで響く痛覚。例えて言うならば、痛覚神経を直接 弦にし、鋼の棹で弾かれているかの様な、痛み。ギコギコ……とゆっくりと、抉るように。

「システムに守られている筈、か?」

 ゆっくりとした動きで、隼人は振り返った。狭山はあまりの痛みに、足が、手が、身体が震えている。

「……ここがあの世界を、カーディナルを超えてる、だと?」

 剣を振りながらゆっくりと歩く隼人。

「お前達は、あそこにいた人達だけじゃなく、あの世界を盗んだんだ。……あの男が作ったあの世界は、もっと緻密で、もっと繊細で、もっと複雑」

 1つ1つの言葉から、あの世界の光景が鮮明に浮かび上がっていた。

「そして……!!」
「し、し、死ね!!!!!」

 隼人が間合いを詰めたところで、出鱈目に振るった狭山の剣が、隼人に袈裟斬りした。隼人の身体に斜めの赤いラインが出来る。

「け、けひゃっ! て、てめぇも痛がり……や……?」

 極限の痛みの最中、確かな手応えを感じる事が出来た狭山は必死に余裕を取り戻そうとした。小悪党とは決まって相手が弱みをみせればどれだけの傷を負っていても、元気を取り戻す。……だが。

「っ……ぁ?」

 隼人は、毅然とその場に立っていた。狭山よりも、傷は深い筈なのに……、まるで痛がる様子もまるでみせなかった。そして、更に赤く染まった眼を狭山に向け。

「そして、あの世界の刃は……もっと痛い!! こんなもんじゃない!!」
〝ずばぁぁぁっ!!!〟

 隼人の剣は右に薙いだ。扇状に振るわれたそれは、正確に狭山の右手を切断。

「は……!?」

 何が起きたのか判らない。脳が痛みの信号を発する刹那の時間。それは覚悟の時間。

 だが、この男にそんな覚悟は出来ていなかった。何をされたかすら判っていなかったから。そう、全ては終わっていた。

 あの重力魔法を防がれた時点で、隼人と狭山戦いは。

「ぎゃああああああああああああ!!!!!!! い、い、いだぁぁぁぁ!!!!」

 右腕を失った時の痛みで、ショック症状を起こしてしまった様だ。失った右腕は、硝子片となり消え去るが、尚も痛みは収まらない。それは幻肢痛と呼ばれる現象を忠実に再現していた。それは、皮肉にもこの男が設定したものだ。
 ……全ては目の前の男、隼人に究極の痛みを与える為に。

「……痛い、だと?」

 そんな狭山を見下ろしながら隼人は続けた。

「……お前が、お前が皆に、明日菜に、和人に……」

 頭に思い描いているのは、彼等の姿。あの世界で共に戦った事の全てを思い出したからこそ、浮かび上がる。そして、その中でも一際光を放っている存在がいた。

「……玲奈に!与えた痛みはこんなものじゃない!!」
〝ずがぁぁぁ!!!!〟

 裂帛の気合と怒気を元に放たれた剣閃は、かろうじて左手で持っていた伝説の武器。まだ発表すらしていない伝説級武器(レジェンダリーウェポン)をも斬裂きそして、喉笛に亀裂を入れた。

「げふあぁあぁぁぁぁ!!!」

 狭山は残った左手で喉を抑えながらのたうち回る。痛みの余り、涙腺も鼻腔も崩壊。顔面に存在するいたる体液を撒き散らしていた。

 転げまわる内に、狭山はある所まで転がった。

 そこには、控えていた彼女が立っていた。

「ひゃ、ひぁ……く、くひゃ……っ!!」

 強すぎる痛みの中、その姿を捉えた狭山は、無くなった右手と、現存する左手を必死に伸ばし、しがみつく様にその華奢な少女の身体に抱きついた。

「ひゃ、ひゃははは! ぐ、げ……っ!!お、ま、え……ぎひっ……、おまえ、に コイツを、コイツゴト、き、きれ、るか!?!?!?!?」

 それが、最後の足掻きだった。最も愚かで、滑稽な姿、だった。大の男が、過去に見下していた者にすがりつく。……彼女の事を、まるで道具の様に使い、そして 捨てた男が、最後に縋った者が、彼女だった。

「……汚い手で、汚い手で! これ以上サニーに触れるな!」

 リュウキにとって、大切な人だった。サニーも……自身にとって本当に大切な……人だったんだ。

「ぎひゃあ!!??」

 瞬時に、隼人は接近し、顔面を鷲掴みにした。ぎりぎり……と、自身の設定されている筋力値を超える力で締め上げていく。そして、向きを変えた。向いている場所は、キリト達が撮されている場所。

「おまえは……」

 隼人は、更に握る手の力を上げ……。

「おまえは地獄に落ちろ!」

〝ずがぁぁぁぁぁ!!!〟

 隼人は狭山の顔面を握ったまま、キリト達を映し出している大地へと叩きつけた。ぴきぴきぴき……ぺきぺきぺき……と、その衝撃からか、周囲の空間にまるで亀裂の様な筋が入り、広がっていく。
 狭山の顔面を構成している それはもう既に、叩きつけた瞬間に崩壊しており、声を発する機関部分も折損している。故に、悲鳴はもう聞こえてこないがその痛みは、電気信号は途絶える事は無い。

 永遠とも思える痛みがまだ、あの男を襲っている筈だ。そのアバターの全てが燃え尽きる瞬間まで……。

 そして、狭山のアバターが砕け切った所で、大地の一部が崩壊した。崩壊した場所から先に、キリト達が見えている。……彼等も、無事だった。




「……負けない、よな。こんな奴らになんか。……偽物なんかに」

 見えたのは、もう1人の黒幕であろう男に一撃を喰らわしている姿。キリトの大剣を天へと掲げ、偽物の神に突き立てた所、だった。


 彼等にももう一度合わなければならない。もう一度、声をかけなければならない。今自分の姿で、心で。でも……今は。


「………」

 隼人は、すっと振り返った。その先に、ずっと追い求めていた人が。



 玲奈が待っていた。






 
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