ソードアート・オンライン〜Another story〜
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ALO編
第145話 もう1つの闇
辺りはまだまだ暗く、闇が支配している。
……だが、自身の中の闇との決着をつけた。
それは過去から続く 心の内にも巣食う闇。あの男の姿を思い出す度に、彼女の事を……、守れなかった罪悪感と一緒に思い出してしまう。それが、嘗ての自分だった。
だけど、あの世界で……、SAOと言う世界で自分は 変わる事が出来たんだ。
あの世界で生まれた絆のおかげで。……大切な人の、大切な人達のおかげで。目の前の愛しい人のおかげで。
「っ………」
リュウキは、彼女を縛るその鎖を断ち切った所で、まるで時が止まったかの様に、膝を落として固まってしまった。指先も、動かす事が出来ない。脳から信号を発している筈なのに、まるで 身体が拒否をしているかの様に。
ただ……、思うのは 『自分が彼女の傍にいて良いのか?』と言う疑問だった。
今回の件、自分の中の闇が……彼女にまで牙を向いた。大切な愛しい人が自分のせいで、こんな事になった。……自分のせいで、SAOから生還する事が出来た筈の皆が囚われる事になった。隼人は、そう考え、自責の念に押しつぶされていく。
『オレ……、オレのせいで、玲奈が……っ皆が……っ』
……自分の中で葛藤が続く。
だけど、それと同じくらい、彼女をこの胸に抱きしめたいと言う気持ちが。彼女の事を、二度と離さないと、言わんばかりに強く、想いを伝えたいと言う気持ちが沸き起こる。
――……でも、そんな事 今の自分に許されるのか?そんな資格が自分にはあるのか?
彼女を抱きしめたい、でもその資格がない。
――……こんなことになったのは自分のせいだから。
それらの2つの相反する想いが、彼の中で渦巻いていた。目の前の彼女だけでなく、そこに立ち尽くしている彼女の事も考えて。
そう、考えていた時だ。
『早くっ……』
声が頭の中に流れ込んできた。とても懐かしい声が。
『早く、行ってあげて。待ってるんだよ。彼女は、ずっと、ずっと……』
それは、頭の中に、直接声が響いている様だった。
咄嗟に、顔をあげた。その先には、彼女がいた。……ただのNPCとして、作られたと言う彼女が、笑っていたんだ。だけど、主を失ったプログラムは、ゆっくりと足元から消滅していく。鮮やかな硝子片となって。そして、表情付近まで差し掛かった所で。
『ごめんね。リュウキの事、傷つけちゃって……。』
彼女の表情は、暗く険しくなっていた。
それは、あの時……、あの男に命令されてしてしまった事だろう。でも、リュウキはそんな事はどうでも良かった。また、会えた。それだけで、良かった。
だから 咄嗟に、『悪くない。君は悪くない』と、心の中で念じ続けた。すると……、彼女は再び微笑んだ。目に涙を浮かべて。
『……ありがとう。また、またリュウキに会えた……、それだけで私は報われたよ。……だから私の分も、全部、彼女にあげて』
笑顔で、にこりと笑いながら……、彼女は消失していった。
――……あの声は一体、なんだったのだろうか? あの笑顔は一体、なんだったのだろうか?
ただのプログラム。
あの男がいうによれば、彼女に限りなく近く似せたNPCだと言う事だ。でも、あの声は、笑顔は、間違いない。記憶の中の彼女と全く同じだ。まるで、呪縛が解かれたかの様に、笑顔で。
そしてそれは、時間間隔の矛盾だった。
彼女との会話もあり、ここまでで随分時間がたった。
……葛藤し、迷い、随分と時間が掛かったと思っていたのに、丁度今 リュウキの一閃が玲奈を縛っていた鎖が完全に断ち切る事ができ、その玲奈の身体がぐらりと崩れ……、リュウキの身体に、その身を完全に預けていた。
「……ご、めん」
彼女の身体を受け止めたリュウキ。
一瞬、沈黙していたのだが……、身体に伝わる温もりを感じた。そんな彼女を胸に抱き、嗚咽を漏らしたのはリュウキから、隼人からだった。
どうしても、どうしても謝りたかった。
赦される事なんかじゃないとも思える。あの研究は、悪魔の所業と思えるものだったから。
この場所に囚われてしまったと言う事実も含めて。
「ほんと……に、ごめん……。……の……せい……で、きず……っ……」
声を必死に圧し殺しながら、涙を流した。彼の嗚咽を聞いた玲奈は、そっと隼人の胸元に顔を埋め。
「良いん……だよ。だって、だって……」
玲奈は、必死に言葉を紡ぐ。でも玲奈は、もう我慢できなくなってしまった。
玲奈は隼人の葛藤は、知っている。
あの世界で、……涙を流しながら明らかにしてくれた嘗ての記憶。
《悪夢の記憶》
それを聞いているからこそ、玲奈は もう一度、またこの世界でも彼を安心させてあげようとした。だけど……、もう 無理だった。何も考えられなかった。ただただ湧き出る感情に身を委ねて、玲奈も涙を流した。
「あえた……、あなたに、はやとくんに、また……また……あえた。わたし……わたしっ……」
玲奈は、感情が高ぶり、言葉がうまく出せない。伝えたい言葉が、伝えたい筈の言葉が、声に出せない。隼人は、そんな彼女の姿を見て……、聞いて。
そっと、彼女の身体に腕を回し、抱きしめた。
……強く、強く。
「……ただ、いま」
隼人は、玲奈に伝えた。無事、帰還出来た事を。あの時の約束を……、果たせた事を。
「おかえり……おかえりなさい……」
そう言い、互いに涙を流した。
そんな2人の頭上で、キラキラと輝いていた青い粒子がまるで星屑の様に散りばめていた。
まるで、2人を見守る様に。まるで、再会を祝している様に。
それは、無の世界だと思っていたこの場所が、一際明るく、輝いた瞬間でもあった。
~????????~
ずっと届かなかった想い。
それが漸く届いたのは、隼人と玲奈の2人だけではなかった。
それは、隼人達と同じ時系列。遡ること数十分前。
キリト事、和人はユイと共に世界樹の上へ、あの扉を超えて世界樹の内部へと入る事が出来た。一瞬の意識の空白の後、先ほどまでとは全く違う空間に立っていた。
それは、あの世界で何度も体験した転移結晶の転送感覚と酷似していた。軽くその感覚の余韻を払い落としつつ、キリトはゆっくりと立ち上がった。
この場所に来ているのはユイと自分。
……2人だけだった。
「………」
「パパ…」
2人とも表情は暗い。キリトも、しきりに後ろを見ていた。あの時、あの世界では、どんな時でも自分よりも前にいた男。少し前に出て行っても、いつの間にか、気づかない間に追い抜かれてしまう。
今回も、簡単に追いついてく。そう、思って。
でも、振り返ってもそこには誰もいない。奇妙な光景がずっと……ずっと続いているだけだった。
「……大丈夫だ。大丈夫。アイツなら、きっと」
「そうです。……お兄さんですから。パパ、先に行って待ってましょう。きっと、きっと来てくれます」
「そうだな」
キリトは、気を入れなおした。ここは、もう本拠地なのだから。彼女を……、アスナを閉じ込めている悪の城と言っていい場所。
幻想の世界で、皆が憧れる世界樹と言う設定の裏に隠された醜い欲望の様な物が渦巻いている、そんな気がする場所。
その場所は、真っ白な空間だった。《白い監獄》そう、一瞬思ってしまう。
「……ユイ、ここが何処か判るか?」
「判りません。ナビゲート用のマップ情報が、この場所には無いようです……」
困惑した表情でそう言うユイ。ユイですら判らない場所だったのだ。キリトは聞く事を変えた。
「アスナのいる場所、判るか?」
それを聞くと、ユイは一瞬眼を閉じて、すぐに大きく頷いた。
「はいっ! かなり……かなり近いです。上、あの上の方です」
ユイは、妖精の姿から、あの時のあの世界での姿。白いワンピースの服を来た少女の姿になり、その伸びた素足で行かを蹴り、音もなく走り出した。キリトもユイに続き走り出した。このディテールやテクスチャの一切ない白い板の上を、走り続けた。
その白い壁、白い通路の先に幾つかの扉があった。ここだろうか?と高鳴る鼓動を必死に抑えるキリト。だが、キリトが思っていた場所ではなく、何もない場所で、ユイはピタリと止まった。
「この向こうです。……この向こうが」
そう言い、ユイは手を翳した。その小さな手のひらが壁に触れた瞬間、ゲートの様にブンっと音をたてながら円形状に壁が消滅した。
その先には……。
「―――っ!!」
その先には……今まさに沈みつつある巨大な太陽が見えた。世界を包んでいるその無限の夕焼け空。それが殆ど真正面に見えている。そこから紡ぎ出されるのは、この場所が相当高くに設計されている場所だと言う事。これ程の高度から太陽を眺めたことは……。
「そう……だ」
眺めたことは、あった。
あの世界の終演。
あの朱い空の下。
そう思った瞬間、あの世界での約束が頭の中に過ぎった。
『……やくそく……必ずまた、みんなで会おう。きっと、向こうでも』
世界の終焉の間近で、確かに約束したその言葉。まだ、半分も叶えられていない。果たせていない。
『ああ、……だから、オレはここに来たんだ。皆とのやくそくを果たす為に』
キリトは、そう呟き先へと進んだ。その場所は世界樹の木の枝。それも恐ろしく太い枝。この世界の頂。
「……スグが追い求めた場所、でもあるな」
不意にキリトはそう思った。夢見た世界樹の頂。だが、その場所には何もない。彼女が言っていた空中都市なんてものは何処にもない。
『あの上に来て欲しくないからだろう』
リュウキも言っていた。来て欲しくないからこそ、あのクエストに理不尽と言っていい程の難易度設定をした。
全ては中身のないギフトボックスだったと言う事だ。
――……永遠にこの空の上を自由に飛べる。
そんな飾りを立てて、豪華に仕上げたギフトボックス。だが、いざ開いて見れば、そこには、その内側には何もない。空疎な嘘のみだった。
「……赦されることじゃないぞ。こんなのは」
人は、たかがゲームだ、と言うだろう。だが、そのゲームの為に費やした時間と金、情熱は無限じゃない。如何なるものにも変えられないものだ。
「来て欲しくない。と言う事はこの上で一体何をしている、と言うんだ?」
キリトはそうも思っていた。リュウキが言ったあの言葉。意味深に言っていた。多分、リュウキはこの上で何が行われているのか、判っていたのかもしれない。そして、話さなかったのは……、その内容が安易に話せる様な事じゃなかったのだろう。
そんな時だ。
ユイがキリトの右手を軽く引っ張った。気遣わしそうな顔でキリトを見ている。キリトは、ユイに向かって頷いた。
「ああ、そうだな。行こう」
全ては、この上にいる筈のアスナを救い出してから。そして。
「ユイ。アスナ以外にも、誰かいないか? 何かプレイヤーの反応は?」
キリトはそれを聞きたかった。アスナがこの場にいると言う事が判ったのは、彼女のID情報があったからだ。彼女は、まだあのナーヴギアを付けたままだ。そのメモリ、情報もつけたままだ。だからこそ、ユイはすぐに判ったんだ。
……キリトが聞きたい事は 彼女……玲奈の事だった。
現実世界で再びあの世界に幽閉されてしまった明日奈の妹。
「……待ってください」
ユイは足を止めずに、眼を瞑った。そして数秒後。
「位置は……判りません。ですが、誰かは間違いなくこの場所にいます。このID情報は、誰のものか判りませんが」
ユイはそう返していた。誰だか判らない。それだけで、十分だった。
「そうか……」
この場所に玲奈がいる可能性が高い事がはっきりとした。
あの男が運営している世界。そして、現実でのあの男の表情と彼女達に対する言葉。リュウキに対する言葉。
それらがキリトの中で1つの解を示していた。
彼女を、玲奈を捕らえた理由は判らない。だが、玲奈はよく明日奈の傍に居たのだ。その時に、何かあったと考えられる。だがまだ、状況証拠に過ぎない。確たる証拠はまだない。それを探す為にも。
「アスナの場所へ行こう」
「はい! パパ!」
キリトは走る速度を上げた。ユイも追いつける速度で、只管この太い木の枝を走り続ける。
そして、見えてきた。
木の枝の先に、鳥籠が。だが、その鉄格子一本一本の間、その幅はとても広い。あれでは、小鳥は疎か、猛禽だって閉じ込めることもできないだろう。つまり、あれは鳥を捕まえておく場所じゃない。
そう、人間を閉じ込めておく牢獄。
「っ!!」
キリトの中で、何かが叫んでいた。
――あの中にアスナがいる。
強く握る手は、ユイにも伝わり、そしてユイも強く握り返す。ユイにも、判っていたんだ。愛しいママがあの場所にいるという事を。
太陽にも届く、と思える程の高度の枝の先。
その先の牢獄に……彼女はいた。
ずっと思い描いた愛しい人の姿だった。後ろ姿だけど、よく知っている。あの世界で、愛おしく見ていたから。楽しそうに料理をする時、楽しそうに遊びに行った時。やや先にいる彼女。その後ろ姿。彼女を呼んだら……振り返って笑ってくれるんだ。いつも……笑っていてくれるんだ。
「――……アスナ」
「ママっ!!」
キリトとユイは殆ど同時に叫んでいた。
この枝先の終点、あの鳥籠に接する部分には同じく鉄格子で出来ているドアがあり、ロックと思える小さな金属板もあった。彼女を閉じ込めているドアは、ユイの手によって開錠された。小さな手は、鉄格子を消滅させる。もう、遮っている物は何もない。
ユイは、キリトの手を離し、ユイにとっても愛しい人の胸へと飛び込んだ。
「ママ――っ!!」
アスナも、椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がると、口元に添えられていた両手が大きく開かれ、そして震える声で応えつつ……、ユイを抱きとめた。
「ユイちゃん!」
これは、現実なのだろうか?それは、アスナにもキリトにも、ユイにも言える事だ。逢いたくて、逢いたくて、ずっと逢えなかった彼女に漸く合うことが出来たんだ。
「ママ……ママぁ……っ」
「ユイ、ちゃん……」
2人の涙が次から次へとこぼれ落ち、そして鮮やかな硝子片となって周囲に浮遊する。夕日に彩られた硝子片は、赤く燃えている様だった。
「キリト……くん」
「アスナ……」
ユイを抱きしめながら、アスナはキリトの方を見た。彼女もまた、この世界でずっと彼の事を想い続けてきたんだ。時も判らない、この魂の監獄の中で。
キリトはそれを悟り、そして強くアスナの身体を自分の腕に包み込んだ。
「……ごめん、遅くなった」
「ううん、信じてた。きっと――きっと助けに来てくれるって……」
それ以上の言葉は不要だった。互いに身体を預けあい、そして互いに強く抱きしめ合っていた。ずっと、思い描いていた未来図。その温もりを、思い出しながら。
そして、キリトは全てをアスナから告げられた。
読み通り、アスナを捕らえていたのはあの男、須郷だったと言う事。そして、玲奈の事。
「キリトくん。お願い。……レイもここに捕まっている筈、だから」
アスナはそう言い、軽く涙を拭った。自分だけ助かって帰っても、自分の時間は進まない。現実世界で玲奈が進まなかった様に、おそらく明日奈も進まないだろう。キリトはそれが判っていた。
「ああ。勿論だ。必ずレイナも助ける……」
キリトは約束した。
この場所に囚われているのは確かだから。玲奈の事を解放出来れば。
「……そうしたら、リュウキも、還ってくる。皆との約束を果たす事が出来るんだ」
「うん……っ」
アスナも強く頷いた。
アスナもリュウキの現状をキリトから聞いていた。そして、何故そうなってしまったのか、それは知っている。リュウキが、囚われようとしたプレイヤー達を助けて……、それで脳にかかる負荷が限界を超えてしまったのだろう、と言う事だった。
それらの情報については、須郷から聞いた。気分が良い時のあの男は安易に情報を流している。
それを聴き出す事は造作もないことだった。今は時間が惜しいから、キリトにはまだ話していなかった。だけど、ここから抜け出す事ができたら、全てを明らかにして、裁きを受けさせると誓っていた。
「パパ、ママ、こっちです! 誰の物か判りませんが、プレイヤー情報を持つ人の場所は」
あの鳥籠を脱出し、3人は足早に通路を走っていた。
道中に、以前脱出したあの気味の悪い巨大ナメクジ型モンスターの形をした研究員にであったら、と思ったがそれは大丈夫だと判断した。丸腰の自分の噛み付きで、怯んだ相手なのだから。
キリトがいてくれれば、問題なく蹴散らしてくれる。
だけど、ここで予想外の事が起こったのだ。
「な、なにっ!?」
「きゃあっ!!」
突然、この空の上の世界で光が失われた。あの赤い夕日、全天燃える夕日の一遍の光さえも闇が飲み込み、覆い尽くしていったのだ。
「きゃあーっ!!」
突如、ユイが悲鳴を上げた。身体を仰け反らして頭を抑える。そして、苦しそうにしながら。
「ぱ、ぱぱ、ままっ……気をつけて、な、何かよくないものが………っ」
そのユイの言葉が終わる前に、ユイの小さな体の表面を紫色の電光が這い回り、光ったと同時に、アスナの腕の中に居たはずのユイの身体が消えていた。
「「ユイ!」ちゃんっ!」
キリトとアスナは同時に叫んだが、ユイからの返答は無かった。ただただ、どろりと濃い闇の中へと引きずり込まれ続けた。
そして闇の中で……、自分たち以外の気配に気づいた。
それこそが闇の根源だ、と言う事を本能で2人は悟っていた。甲高い声が闇の中で響き渡る。
「やぁやぁ、どうかな? この魔法は? 次のアップデートで導入される予定のもの。まぁ、僕が設計したものじゃないから、力バランス見てなくてね。見たところによると、効果が強すぎる気がするねぇ?」
抑えきれない嘲弄の色を含んだその声。聞き覚えは2人共にあった。間違いない。……忘れる筈もない。キリトにとっても憎しみの対象と言える存在。あの世界で眠るアスナの前で聞いた声。
「――須郷!」
高重力下の中、必死に起き上がろうとするキリト。だが、身動きがとれない。まるで、床に貼り付けられている様だった。
「チッチッ、この世界でその名前はやめてくれるかなぁ。君らの王に向かって呼び捨ても頂けないね。妖精王オベイロン陛下と――そう呼べッ!!」
甲高い怒声と共に、キリトの頭を蹴りつけた。王、と形容するだけの容姿は備わっている様だ。だが、どう見てもその姿は受け入れられない。生理的に嫌悪しかねないモノだった。端正に作られた顔、それは 人間のものではない。ゼロから作るその顔は、創造者の趣向から作り出された美貌にありがちな生気の乏しさだ。
……だからこそそれが、嫌悪感を呼び起こす。
「オベイロン! いえ……須郷!!」
同じく地に伏しているアスナ。彼女は倒れながらも、気丈に顔を上げ、鋭い声で叫んだ。
「あなたの、あなた達のした事は全部この眼で見たわ!! あんなひどいことを……許されないわよっ! 絶対にっ!!」
「へぇ? 誰が許さいのかな? 君? それとも彼? ……それともまさか神様かな? だが残念ながら、この世界に神はいないよ。僕以外は……と言いたい所だが」
須郷は、ニヤニヤと笑いながらアスナの身体を掴み上げた。
「アスナくん~。もっと従順にしていれば、君の妹と再開出来たかもしれないのに、残念だよ……」
「っっ!!??」
その言葉を聞いて、アスナは眼を見開いた。この見るだけで、吐き気すら起こさせる須郷の顔を正面から見て。
「レイに、レイに何をしたのっ!!」
現実であれば血反吐が出かねない程の声量で須郷に怒鳴りつけるアスナ。そんな声に気圧されるどころか、『待ってました、嬉しいです』と言わんばかり須郷は続ける。
「何もしてないさ。そう、僕はね? さーて、キリト君。君にも良いものをみせてやろう。この僕を呼び捨てにした事は頂けないが、僕はある程度は寛容でねぇ」
今度は、『今、心底楽しいです』と言わんばかりの嘲弄色の声、笑顔だ。
「君が追い求めてた彼。一緒に上がってきた彼、だけどねぇ? 彼のその後、知りたくはないかい?」
「っ……!?」
キリトは、言葉を失う。
あのクエストの事をこの男は見ていたというのだろうか? なら、何故あの時の時点で阻止しなかった? 態々、あのグランドクエストをクリアさせてあげた。世界樹の上に上げてあげた。とでも言うのだろうか?
「まぁ、僕としても一体どうやって此処まで、と思ったが、あの忌々しい男と一緒なら合点がいくと言うものだ。何しろ僕の大切な研究対象を盗んでくれたんだからね」
「っ!! な、なんだとっ!?」
キリトの顔が強張る。この男は一体何の事を言っているのか判らないからだ。だが、嫌な予感だけはしていた。その予感は、次の須郷の言葉に現れていた。
「さて、イッツショウタイムだよ」
「「っ!!」」
須郷は、そう言い指を、ぱちんと鳴らした。キリトとアスナの2人はその言葉を聞き……更に須郷に対する憎悪が体の内に宿った。
『It's Showtime』
それは、あの世界で聞いた言葉。あの男の様な 流暢な発音ではなかったが、それでも それを聞いただけで、その言葉に込められた殺意を思い出させてしまうものだったのだ。
だが、今は嘗てのそれは関係ない。
目の前に映し出された光景に眼を疑ったのだから。
「れ、レイっ!!」
アスナの目に入ったのは、鎖で繋がれている玲奈の姿だった。そして、その傍らには……。
「リュウキ!!」
こちらと同じように、地に伏し倒れている男。リュウキがいた。いや、こちらと同じどころではない。こちらとは比べ物にならない程の高重力だと言う事が目に見えてわかった。普通、重力が掛かったとしても、目に見えるものではない。
過剰な演出、エフェクトを発光させれば判るのだが、こちらで使われている重力魔法はぱっとみ判らない。だが、リュウキを縛っている重力は、周りの空間すら押し潰しているのだ。
それは目に見える程だった。
「けひゃっ! グラビド~ン……やり過ぎじゃないかぁ、僕の様にもっど楽しめばいいものを」
須郷は、楽しそうに……、まるで新しいおもちゃをみせられた子供の様に喜び、奇声を上げていた。
「……グラ、ビ?」
その名を聞いて、アスナは震えた。
連想させられるのは、重力関係の事だったからだ。そして、須郷が言っていた自分が設計したものではないという言葉。
「そうさ! あの男が、この魔法の設計者。なかなか鬼畜な設定にしてるようだったねぇ、これじゃ、次回のアップデートで出せないよ。大幅修正しないとさぁ?」
須郷は、そう言うと、キリトに向きなおした。
「さぁ、見てくれているかい? 彼こそが、元SAOプレイヤーの皆さんを解放しようとしたおバカさんだよ。システムを無理矢理捻じ曲げるもんだから、その負荷に耐え切れなくなった様だねぇ? 現実世界でも相応の障害を持ったんだと思うよ?」
「どういう……事だ」
「君はなーんにも聞いてないんだね。ふふ、この僕が酔狂でこんな仕掛けを作ったと思ってるんじゃないだろうね?元々被験者は500人は連れてこようとしてたし、それ相応の研究エリアも設けた。だが、彼に邪魔されて200人程は逃がされてしまったんだよ……。許されないよねぇ? まぁ、今はもうそれは良いさ。……今彼はまさに報いを受けているんだからね」
ニタリ、と毒の滴るような笑みを浮かべて続ける。
「そして、残った300人の献身的な強力によって、思考・記憶操作技術の基礎研究は既に8割型完成している。……ふふふ、嘗て成功の一歩手前にまで行った事があった様だが、邪魔が入ったらしくてねぇ? 僕が完成させたのさ。誰も成し得る事の出来ない人の魂の直接制御という神の業をね!」
極上の快楽に浸り続ける須郷。
「いやぁ、今なら君の憎しみはよーく判るよ、グラビドン。これ程の研究を全て台無しにされたとなっちゃあ……、許せないよねぇ? 万死に値するってモノさ。まぁ、僕が完成させてあげた上に復讐の機会も恵んだんだ。感謝して欲しいよ? 君にはもっとね」
これまで、その話を聞いていたキリトは、全てが繋がっていた。かの世界で、彼が話してくれた過去について。その事は、キリトも全容は聞いてないが、触り程度だが聞いた事はあった。
――……悪魔の所業と言える研究を引き継いでいる者がいる。
この時、それを悟ったのだ。
「そんな、そんなことを……」
キリトは、させない、と言いたかったが、最後まで言えなかった。あの世界でのリュウキの苦しみを知っているものであれば、その研究を成就させるものか、という想いも理屈抜きで出るというものだから。須郷は、キリトの方を見てニヤリと笑った。
「君、性懲りも無くナーヴギアで接続してるんだろ? なら立場はほかの実験隊の皆さんと全く同じことだよ。やっぱり馬鹿だね~、子供は。犬だって一度蹴飛ばされればしちゃいけないことは覚えるだろうにさ? その点、彼の方が君よりは賢い様だ。メモリを取り外して、アミュスフィアに搭載、そしてあの安全性の極めて高いあのハードで接続してるんだからねぇ。……だからこそ、あの部屋に招待したから、結局は無駄だったって事だが」
須郷の言葉を聞いて、アスナは更に声を振り絞る様にあげた。
「レイを、キリト君を! リュウキ君を!! そんなっ、そんな事許さない、絶対にっっ!! 皆に手を出したら、絶対に許さない!!」
「ふっふっふ~、籠から逃げ出した小鳥ちゃん? 君のその憎悪だってね、スイッチひとつで絶対の服従に変わる日も近いんだよ? ……親愛、最愛の人を喜んで差し出す様な事もねぇ?」
「き、きさまぁぁ……!!」
キリトも射殺す様な眼光で須郷を睨みつけた。だが、須郷はそれを一蹴。キリトが持ち込んだ巨大な刀を握り締め。
「さぁ、ショウは幕を開けたんだよ! これから楽しい楽しいパーティの始まりさぁ。君たち、4人。楽しみ給え!」
そう、高らかに宣言をした。
……残酷なショウが幕を開けたのだった。
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