ソードアート・オンライン〜Another story〜
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
SAO編
第101話 殺意と純白の天使
そして、キリトが出て行って、更に時間が……、と言ってもそこまでは経っていない。恐らく通常の歩行速度であれば、迷宮区にすら到達出来てないであろう時間だ。時間が物凄くゆっくりに感じているのは、ここに居る副団長様だけだろう。
「………」
アスナはと言うとこの部屋を右へ左へ……、落ち着きが無くうろうろしていた。たまに外を見ては座ったり立てったり。部屋から出て行ったかと思ったら、直ぐに帰ってきたり。
正直、見ていられないとリュウキは思っていた。
まぁ……通常の人なら『いい加減、鬱陶しいわ!』って言いそうだけれど、相手はアスナだ。きっと誰もそんな事は言えないだろう。……同姓ならまだしも。
「はぁ……アスナ」
「は、はいっ!?」
突然呼ばれたからか、驚いていた様だ。反動で、アスナは背筋を ぴんっ!! っと伸ばしている。実は、さっきまで、レイナもここに、いたのだけどギルドの経理部に呼ばれて出て行ったのだ。
だから、この部屋にいるのはアスナとリュウキの2人。
この2人だけ、と言うのはこれまでに合った事は無く、随分と珍しい場面でもある。そんな組み合わせだったのだ。
「ふぅ……、キリトが心配なのは解るが、少し落ち着けよ」
「で、でも~~……」
アスナはリュウキの言葉でも気が気じゃない様子だ。
彼女にとって、キリトと言う相手は、やっと想いが伝わった相手。だからずっと、傍にいたくて……、そして、同じギルドになれた。……だけど、今は傍にいられなくて。凄くモヤモヤしていて、そして心配で。そんな想いで、頭の中がいっぱいなんだろう。
……リュウキにとってレイナを想う気持ちに通じるものもある。それは、レイナとしても同じだろう。
だから、レイナは出ていく時も、アスナに色々と落ち着くようにと言って出て行った。
効果は今ひとつの様だったけれど。
「ん。そうだ。心配ならキリトの位置をマップでモニターすると良い。聞いた所によると、キリト達は、3人での行動だそうだ。アイツなら大丈夫だろうが……、味気ないマップ情報だけど、見ていれば安心も出来るだろう?」
リュウキは、いつもレイナにしている様にアスナの頭を軽く二度三度叩いた。
叩く度“ぽふっ”と、アスナの綺麗な栗色の髪が鳴っている様だ。レイナと同じで、随分と柔らかく綺麗な髪。癖になってしまいそうだ。と一瞬思ったが……、リュウキは直ぐに離した。
アスナは顔を上げると……自分の頭に手を置き、少し恥かしそうにして頷いた。
そしてアスナは、リュウキに触られた頭に手をやりながら。
「もぅ……女の子の頭をそう簡単に撫でちゃ駄目じゃない……。それに、レイにこんな所見られたら、すっごく怒られちゃうよ? ……あの子は、私と同じ位、直ぐにヤキモチ妬いちゃうんだからねっ!」
アスナは微笑みながらそう言う。
頭を撫でられるのは……正直嫌いじゃない。それは勿論相手によるけれど、キリトやリュウキに撫でられるのは、アスナにとっても、癖になってしまう、とも思えるんだ。ただ、恋愛感情を考えたら……やっぱり、キリトが一番の様だ。それはリュウキにとっても同じだと思うが。
似てるとは言えど、自分が好きになったのは、レイナの方だから。
「……解ってるよ。でもな、オレにとってはアスナも大切な人にはかわらないんだ」
リュウキは真顔でそう言った。
これまでに、何度も迷惑をかけた事だってあるし、それに相談だって乗ってくれた事もある。この世界の中では間違いなく信頼出来る相手であり、大切な仲間だから。
そして何より、アスナはレイナの姉。もう、自分にとっては家族も同然だから。
「ッ………」
アスナは、その言葉を聞いて一瞬顔を赤らめる。
真剣な表情でそういわれたら……しょうがないでしょう?
クラインも以前言ったけれど、リュウキの言葉は良くも悪くもストレートで計算がないのだから、ダイレクトに心に入ってくるんだ。
「アスナはレイナの姉なんだ……。当然だ。オレが愛している人の家族なんだから。これからも宜しく」
「……あははは。うん、こちらこそ。リュウキ君」
……そして、リュウキの次の言葉は直ぐにアスナは想像が付いた。レイナ、妹の事を心から大切に想ってくれているんだから。でもやっぱり真顔でそんな事をスラスラ言えるリュウキは凄いって想う。これが、超絶鈍感君がなせる業なのかもしれない。
だから、アスナにとっても、嬉しい。
とても優しくて、妹の事を大切に想ってくれている人が家族になってくれた事、……現実で、家族に対しては、色々と複雑な面があったから。
でも、リュウキが義弟になるのは、少し複雑だとも思える。
その初々しさや、素顔に残る幼さを見れば、外見に関しては全然OKなんだけど……、とてもしっかりしてるから、自分なんかよりもずっと。……妹と義弟の2人に負けちゃう姉。
(……しっかりしないとね?)
アスナは、この時そうも思っていた。
そして、そんな時だ。まるで、これは決まっていた事、運命(笑) だったかの様に、まるでタイミングを計ったかのように……部屋の扉が開かれた。
「お姉ちゃーん、だいじょ……ぅ………」
この部屋に入ってきたのはレイナである。
入ってくて、見てしまって……少し固まって……そしてその後。
「ああああーーーーーっっ!!!!」
聞き覚えのある声が部屋に、下手をしたらギルド中に響き渡った。
構図とすれば、アスナが凄く顔を赤らめていて、リュウキが傍で手を差し出している状況。まぁ……冷静に考えて、そしてリュウキの性格を知っている人であれば、ある程度、この状況、わかることだけれど。
その声の主は、やっぱり、思いっきり嫉妬を出していた。
そう……入ってきたのはレイナだから。
その後は、アスナが笑いながら説明をしていた。
リュウキから言われた言葉を……そのまま、全てレイナに伝えた。それが終えた時……表情を赤くさせていた人数が2人増えたのだった。
「むぅ~~……!!」
一応説明は受けたとは言え、レイナは、ややご立腹なのは言うまでも無い。アスナに背を押され、部屋からとりあえず2人とも部屋から出た。
『あの言葉は、レイに直接伝えてあげて』
部屋を出る際に、リュウキにそう耳打ちをして。
部屋を先に出ていたレイナは腕を組んでプイッ!っとそっぽ向いていた。
「……レイナ。そろそろ機嫌を直してくれよ」
リュウキは、苦笑いをしながらレイナにそう言っていた。ヤキモチを妬くと言う事、それは自分自身も経験がある。
以前にレイナが監視されてる、四六時中監視されていると言う事実を聞いた時に鮮明に浮かんできたあの不快感の事だ。
相手が好きだからこそ、強くそう思うのだ。だから……レイナがそう思ってくれた事、正直言えば嬉しくも思っていたのだ。
「むーー!! ちょっと遅れてたけどっ、お姉ちゃんと何してたの~~っ!!」
レイナは、リュウキの方をすっと向き、一歩前に出て指でリュウキの胸の部分を強く押した。リュウキは苦笑いを止めることなく、レイナの頭に手をのせ、軽く撫でる。
「うぅ~それにリュウキ君、前もリズさんとも……何かあったみたいだしぃ……」
レイナは、リュウキに撫でられている事に、少し喜びながらも……両の人差し指を合わせながらいじける様な仕草をしていた。
「……ふぅ」
それを聞いたリュウキは、軽く深呼吸を1つする。
「……レイナ」
そして、そのままレイナを抱きしめた。……勿論、周りに誰もいないのを再確認をしてだ。流石にリュウキは公衆の面前では恥ずかしいようだから。それは、別にリュウキに限らないと思うが。
「……オレの中で一番はレイナだ。何度でも言う。オレはレイナの事が大好きだよ。一番、大好き。誰よりも大好き」
抱きしめたまま、リュウキはレイナにそう答えた。2,3度、背中を軽く叩きながら。
「っ///」
ほんっとに、リュウキはプレイボーイになっちゃった様だ。歯の浮くようなセリフを何度も何度も言うリュウキ。ここに、もしも リズがいれば これ見よがしに色々と言ってくるだろうと判る。そして、案の定、その言葉には一切の計算が無いから 効果はバツグンで絶大、最上位スキルなのだ。
そのイチゲキは、どんなBOSSの攻撃よりもある意味破壊力がある。
「う……うんっ ありがと……/// 私もリュウキ君が大好きだよ……。世界で一番……」
レイナはそれを直撃してしまった?から……、リュウキの事を抱きしめ返していた。レイナは、……浮気っ!って嫉妬しちゃう事も何処かに憧れがあったんだって思う。勿論……本当に浮気をされていたら、駄目だけど。
でも……リュウキがレイナを裏切る姿は想像が出来ない。誰にも出来ない。それは、レイナは勿論 他の皆も同様なんだ。
そんな時だった。
バタンッ!! と言う音が響いたかと思えば、突然後ろの扉が開いていたのだ
「ッッ!!」
レイナは驚きのあまりリュウキから飛びのいた。
あと少し遅れてたら……リュウキに抱きしめられていたから もろにリュウキとのハグシーンを誰かに見られてしまっていただろう。
「……? どうした、アスナ」
扉が突然開き出てきたのはアスナだった。その表情は、焦っている様な……心配している様な、何か驚愕している様な、様々な感情、負の感情が表情に現れている様子だった。
……この世界では、感情を表情に出すのを我慢する事は出来ないから。
でも、さっきまでは、そんな顔はしてなかった筈だ。
「ッ!!」
アスナは何も答えず そのまま素早く2人を横切った。正に閃光と呼ばれる所以が解るかのような速度で、視界から消え去ったのだった。
「え、ええ? お、おねえちゃん?」
レイナもその行動の意味が解らなかった。
ついさっきまで、楽しそうに笑っていた姉が突然あんな表情をして、何も言わずに何処かへ行ってしまったんだから。さっきまでは、少し複雑だったけど、もう吹き飛んでしまった。
「………む」
リュウキは、アスナの行動についてを考えていた。
彼女は先ほどまでは何とも無かった。……だけど、何か無ければ、こんな行動をするとは思えない。
さっき何があったか、あえて言うとすれば、アスナはキリトの事を気にしていた。と言うより心配をしていた。
(……さっきまで、キリトを心配していた。そして彼女の次の行動……)
それらが頭に浮かんだあとに、考えられる可能性は少ない。
そして、その可能性は全て不吉な物だった。
「……まさか」
リュウキは、素早く指を振り、ウィンドウを開いた。フレンド登録一覧表を呼び出し、画面をスクロールさせた。
「……リュウキ君? どうしたの?」
レイナはリュウキが難しい表情をしてウインドウを出していたから気になったようだ。リュウキは、ウインドウ画面を見ながら。
「……レイナ。キリトは今日……確か3人で訓練とやらに行ったんだよな?」
その表情は険しい。深刻な表情だって事は直ぐに解った。
だから、レイナはゆっくりと頷いて。
「うん……。ゴトフリー……と、後は1人だって聞いてるよ……。流石に人選はゴトフリーがするから誰かまでは解らないけど。あ、ギルドの入口にいる守衛任務をしてるのガルダスさんなら、判るかも」
レイナが思い出しながらそう言った。
「3人目はとりあえず置いとこう。……レイナ、まずゴトフリーの位置情報を調べてみてくれ。キリトの場所は解っても、ゴトフリーと、後の人はオレには解らない」
リュウキは、少し慌て気味でそう言っていた。
「う、うん」
レイナは、リュウキに言われた言葉に従い所属ギルドメンバー一覧から確認をした。3人中2人の事は解っているし、何処にいるのか大体の位置も解る。KoBのメンバーだから、2人の位置が解れば、最後の1人が誰かも調べることもできる。だから、探し当てるのは時間の問題……だったんだが。
「ッ!?」
レイナはある事実を目の当たりにし、表情を強張らせた。
「な……なんで?」
そして、信じられない様なものを見るように、画面を凝視するレイナ。
「どうした?」
リュウキはレイナの肩を軽く掴んで落ち着かせようとした。
「りゅ、リュウキくん、ご……ゴトフリーの反応が……無いの」
レイナはまるで泣き顔の様な顔になりそう言っていた。それは仕方がないのだ。この世界で、反応が無いと言う事実が何を示すのか。それを理解しているのだから。
いや、理解していない者など、この世界ではもういないだろう。
「悪い予感しかしない」
リュウキはそれを聞くと素早くウインドウを消し、装備と武器スキルを、スロットを確認した。レイナは、まだ事実を飲み込められず、身を固くした。だけど、頭は高速に回転している。
あの姉の表情……、確かに普通じゃないって解っていた。
でも……、ギルドの中でも最大級の戦力を誇るKoB。
そして、ソロでもトップ前線を闊歩できるキリトがいる。今日の訓練で行く場所なら……、そんな間違いなんて起こる分けないって、何処か頭では思っていたんだ。
「キリトがいてこんな事になるってことは……、奴等が一枚、噛んでいる可能性が高い!」
リュウキは、準備を整えると素早く戸の前に移動した。キリトやアスナの位置情報をモニターすれば、どこにいるかは直ぐに判る。
「ッ! まって!! 私も行くっ!」
リュウキに声をかけたのはレイナ。まだ、飲み込みきれてなかったけど、じっとはしてられないんだ。
「ああ。……だが、準備は怠るなよ? ……嫌な予感がする」
「……うんっ!勿論だよ。お姉ちゃんの事だって心配だし。キリト君も」
そして、2人はキリトがいるであろう場所。アスナが向かったであろう場所に、第55層へと急いで向かった。
そして、ある事実も知る事になった。
ゴトフリーとキリトと共にいる人物が。
《クラディール》だと言う事実を。
そして、ゴトフリーが消え、キリトとクラディールの2人になっている事実を。
~第55層・廃れた渓谷 入口~
キリト達は……正に絶体絶命だった。それは、訓練の休憩中の事だった。ゴトフリーが配布した食料の中の水に麻痺毒が仕込まれていたのだ。その水を用意したのが……もう1人、キリトとゴトフリー以外の男。嘗て、キリトと決闘をし打ち負かした男。
アスナとレイナにとっては心底嫌悪する男。《クラディール》だった。
その表情は狂気の表情。
奇声の様な雄叫びを上げながらまずゴドフリーを殺した。毒のせいで動けず……、死の恐怖に襲われながら……、そのままその魂は四散した。キリトはこの時のクラディールの様子から、正規ギルド者じゃないと言い放った。そう……、犯罪者ギルドの方が似合いだと。その疑念に、クラディールは笑いながら答えていた。そして、腕の紋章を見せ……、告白したのだ。
――……自分は笑う棺桶のメンバーだと。
そして、キリトの身体にも剣の刃をつきたてた。徐々に奪ってゆく生命値であるHP。でも、それを見てもキリトは、何処か遠い目をしていたんだ。ここで、死ねば……ひょっとしたら、現実へと戻れるかもしれないと言う希望も一部は残されていたんだ。そう考えれば……、死の恐怖も少しは薄れるんだから。
キリトは……そのHPが赤に差し掛かった時に……、心臓を鷲づかみにされるような気配がしたんだ。脳裏に鮮明に浮かび上がるのはアスナの笑顔だった。もし、自分がこのまま死ねば、今自分を襲っているこの狂人の手にかけられてしまうかもしれない。この狂った世界で取り残されてしまうんだ。
――……自分は……まだ死ねない。
キリトは、そう強く思い クラディールの剣をつかんだ。その行為はクラディールをより一層狂気の笑みを浮かべていた。
「そうか! なんだよ、やっぱ死ぬのは怖えェってのかぁ?」
「そうだ……、オレはまだ死ねない……」
「カッ!! ひゃひゃ!! そうかよ! そう来なくっちゃなぁ!!!」
クラディールは両手で剣を突き刺すのに対し、キリトは片手。様々な補正がかかるが、筋力値的にはどうしても押し負けてしまうんだ。徐々に身体に近づくように突き刺さってくるその剣。
残り少ないHP。
―――……ここまでなのか?
キリトの頭にその言葉が過ぎる。皆を置いて、アスナを置いて……この狂った世界へ残して……逝ってしまうのか?
「くひゃひゃひゃぁぁ!!!! 死ねェェェェェェ!!! 死ねえええェェェェェ!!!!!」
クラディールは、金切り声で絶叫する。
1cm……また1cmと鈍色の金属に形を借りた殺意がふってくる。僅かに潜り込み――……そして命を奪おうとしたその刹那。
一陣の疾風が吹いた。
白と赤の色彩を持った風だ。
「な……ッ げぁ………!?」
驚愕な叫びと共に殺人者の身体は剣ごと空高く跳ね飛ばされた。キリトは目の前に舞い降りた人影を声も無く見つめた。一陣の閃光が見えた、キリトは、その姿を見て、白く光りこの場に舞い降りた姿を見て、まるで天使の様に思えていた。
「……ヒールッ!」
その人影は吹き飛ばしたクラディールには目もくれず、すかさずキリトの傍で回復結晶を掲げ唱えた。回復結晶は回復アイテムと違って、全快までに時間を要する事はない。だから、直ぐに回復結晶は砕け散り……代わりにキリトのHPは、即全回復した。
生憎、解毒結晶じゃない為 麻痺属性が解ける事は無いが、一先ずは安心だ。それを見届けた後……震えるような声で呟く。
「……間に合った。間に合ったよ……神様。……間に合った……」
アスナは、目に涙を浮かべながら何度もそう繰り返す。震えているその声はキリトにとって、天使の羽音に勝るほどに美しく響いていた。そのまま跪き……キリトの傍で目をいっぱいに見開かせ、見つめ。
「生きてる……生きてるよねキリト君……」
「ああ……生きてるよ、アスナ……」
キリトは、自分でも驚くほど、弱々しく掠れていた。アスナは、その事実をぐっと飲み込み……。そして、目の質を変えた。慈愛のものから全くの別物、正反対のものに。
アスナには似合わない憎悪の炎を漲らせた。
「……待っててね。直ぐに終わらせるから……」
囁いて、アスナはすくっと立ち上がった。
その手には鮮やかな細剣が構えられている。その向かう先ではクラディールが漸く身体を起こそうとしていた。何があったのか?理解できていなかったが、その近づいてくる人影を認めて、両目を丸くする。
「あ……アスナ様、……ど、どうしてここに……!? い、いや! これは、訓練! そう、訓練でちょっと事故が……!」
裏返ったその声で言い募るその言葉は最後までは続かなかった。アスナの右手が閃き、剣先がクラディールの右頬を掠めたのだ。既に、クラディールは犯罪者カラーになってる為、アスナに犯罪者フラグが立つ事は無い。
「がぁっ!!」
クラディールは、片手で頬を押さえ仰け反った。一瞬動作を止めたあと、その顔には見慣れた憎悪の色が浮かんでいた。
「このアマァ……!! 調子に乗りやがっっ……がぁぁぁ!!!」
その台詞も中断を余儀なくされる。アスナが細剣を構えるや猛然と攻撃を開始したのだ。その凄まじい速度の剣速はクラディールの身体を貫き続けた。
クラディールは両手剣で必死に応戦するが、それは戦いとは呼べないものだった。アスナの剣尖は無数の光を帯を引きながら恐ろしいまでの速度で貫き続けていったのだ。
キリトの目でさえ、その剣閃、軌道がまるで見えない。
見えるのは、残像が残されている軌跡のみだった。……リュウキの様な眼が無くたって、レベルから考えたら、その軌道が見えてもおかしくないのだが、……全くその剣閃、軌道が見えない。
それは美しく舞っている まるで、舞踊。
舞うが如く、細く美しい剣を操る白い天使。暫くキリトは思わず、その姿に見惚れていた。
「ぬあぁぁ! くぁぁぁっ!!」
半ば恐慌を来たし、無茶苦茶に振り回すクラディールの剣は掠りもしない。見る見る内にHPバーが減少し、続けて赤へと突入していた所で、剣を投げ出し両手を挙げて喚いた。
「わ、解った!! 解ったよ!! オレが悪かった!!」
そのまま、クラディールは、武器を落とし地面を這い蹲った。
「も、もうギルドは辞める!! アンタ達の前にも二度と現れねえよ!だから――……!」
甲高い叫び声をアスナは黙って聞いていた。
だが、ゆっくりと細剣掲げ、手のひらの中でかしゃりと逆手に持ち換えられた。……自身の愛する人を、そして仲間だった人に手をかける相手に慈悲など必要あるのだろうか。
アスナの右手が強張り、さらに数cm振り上げられ、一気に突き立てようとした瞬間、殺人者が一際甲高い悲鳴を発した。
「ひぃぃぃぃぃぃ!!! 死に、死にたくねぇぇぇ――――ッ!!」
その言葉を聞いた瞬間、がくっ、と見えない障壁にぶつかったかのように切っ先が止まった。その細い身体がぶるぶると激しく震えていた。
その言葉は、これまでに何度も聞いた事がある。皆そう言いながら……その魂を、命をここで散らしていったのだから。
そして……彼女は……彼女達は、この世界において、誰かの命を奪った事が無いのだ。
あの笑う棺桶との戦いの時もそうだった。
リュウキと、キリト……、そして他のメンバーも2人には極力、同行を止めてもらったのだ。
彼女達には相応しくないと。その殺人と言う行為は。真にこの世界からの解放を願い……尽くしてきた彼女達にその誰かの命を奪うような真似は。
その言葉は、彼女の中に、まだ脳裏に残っている。アスナはこの時、葛藤をしていたのだ。
だが、その葛藤はこの場ではマイナスにしか働かなかった。その瞬間を強かに狙っていたからだ。
「ッッヒャアアアア!!!」
土下座していたクラディールがいつの間にか握りなおしていた大剣を突如奇声と共に振り上げたのだ。 ぎゃりいいいんっ! という金属音と共にアスナの右手から細剣が弾かれた。
「あっ……!?」
短い悲鳴を漏らし、体勢を崩すアスナの頭上でぎらりと金属が輝いた。
「アアアア甘ぇぇんだよぉぉぉ!!! 副団長様よぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
狂気を滲ませながら絶叫と、どす黒い赤のライトエフェクトを撒き散らしながらクラディールは剣を何のためらいも無く振り下ろしていた。
その凶刃が、アスナに迫るのをキリトは目の当たりにした。彼女に襲いかかるのを。それを見たキリトの視界は、赤く、血の様に赤く染まった。
「う……おおおおおおおああああああ!!!!!」
次に叫び……吼えたのはクラディールではなく、キリトだった。その瞬間、麻痺の効果時間が解除された。右脚で大地を蹴り瞬時に数mを飛翔。
右手でアスナを突き飛ばし、アスナを襲う筈だった剣をキリトの左腕で受けていた。
がしゅ……! 剣を腕で受けた時、嫌な音が響き、キリトの左腕が肘の下から切り飛ばされた。
HPバーの下に、部位欠損のアイコンが点滅した。それに動揺することも無く、キリトはすぐさま次の行動にでる。右手の五指を揃え……その手刀を分厚いアーマーの継ぎ目へと突きこんだのだ。
イエローの輝きを帯びた腕が、湿った感触と共に、クラディールの腹を深く貫いた。
カウンターで命中した技。
“体術 零距離技”《エンブレイサー》
それは、クラディールの約2割ほどあったHPの殆どを喰らい尽くした。
残り数mm程度、数ドットのHP。それは第1層のモンスターの攻撃が掠っただけでも、奪われかねないその量。
それを見たクラディールは、その一撃で自分がもう死ぬんだと錯覚する程だった。
それは密着しているキリトも例外ではない。何故なら、相手の命を奪うつもりで放ったのだから。
「く……くくっ……、この人殺し野郎が……」
クラディールは薄く嗤う。だが、まだ自分はこの世界に存在しているのが判った。
死ぬ事など初めてだからだ。体感時間が長く感じるのだろうと、自分の中で結論付け。最後の悪足掻きをしようと考えていた。
「へ……へへ……良い事……教えてやるぜ……。この場所はなぁ……」
クラディールは薄ら嗤いを更に続ける。呪いで他人を殺せると言うのなら、恐らく彼は殺せるかもしれない。それほどまでに、言葉に怨念を込めながら言っていたのだ。
「この場所は……奴等は知ってる……当然、オマエがここにいる事もな……。今も見てる筈だ……。果たして……片腕であのメンバーを凌ぎきれるかなぁ……? 女を、守れるかなぁ……? くくっ、結末を見れないのが残念、だが、地獄の……3分間……だろうぜ、くひゃ……」
「ッ……」
キリトは戦慄した。
今の状況で、クラディールの言う奴等、恐らくは笑う棺桶の連中がこの場に来ればどうなってしまうのか?と。今も見ていると言う事は、自分が折損している事も、副団長であるアスナが来ていることも解っている。折損の時間は180秒、つまり3分。
その間は、左腕は使えない。……切り札でもある二刀流も使えない。しかも、今のアスナの精神状態もいつもと違う。
今、あいつらとの遭遇は危険過ぎる。
「く、くひゃはは………、地獄で、待ってるぜぇ……、ひゃは……っ」
クラディールは最後にそのキリトの絶望をした顔を見れただけでも 良かったと嗤い続けた。間違いなく、この男もそこの女も死ぬのだから。
そして、クラディールはゆっくりと、その顔を上げ、細い目で前を見た。
もう、笑う棺桶のメンバー達が来ていてもおかしくない。
初めは自分で決着をつけると 渋っていたのだが、因縁があるのは奴等も同じコトだったから、教えた。
だから……あの幹部クラス、否、キリトであれば、トップのPoHが来てもおかしくない。
つまり、生存率は限りなく0%だ。あのPoHが、こんな絶好の機会を見逃す筈がないのだから。
だから、もう直ぐに、少なくともキリトの腕が治る前に連中がここへ来るのだろうと確信していたのだが。
「……あ、ああ……ッ!?」
だが、この時……クラディールは、信じられないものを目にしていた。
これは幻覚、なのか?と、現実を受け入れられないと思える程のもの。
この場所へ来た副団長……アスナのことだけでも、驚愕の事だったのだが……
それ以上の人物がこの場に現れたのだ。
『………』
その人物が持つ鮮やかな刀身。通常の武器じゃ考えられない長さの刃。峰部分を肩に当て……、そしてこっちを鋭い目つきで見据えている。
その瞳は赤く染まっているのも確認できた。
「(あ、あ………ッ、竜……鬼ッ?)馬鹿……な……ッ」
クラディールは動揺を隠す事が出来ない。奇跡が二度も起こるこの自体を認める事が出来ない。
1度目の奇跡は、キリトをアスナが助けたと言う事、あと数ドットで、死ぬであろうその刹那。アスナがキリトを救った。
そして、2度目がこれだ。
クラディールは、それを見ただけで悟った。ここへ来る筈のメンバーは……あの鬼に殺られたのだと。
「ぁっ………」
クラディールは、あの初めて会った時は解らなかった。
自分の獲物である片方の女を奪いやがった野郎くらいにしか考えてなかった。だが、その男は、心底嫌悪し、且つあの笑う棺桶ですら畏れている存在。あの赤く鋭い眼を見ただけで……自身は殺される気がした。自分の呪詛、呪い、怨念がまるで、紙切れの様に吹き飛ばし、否、飲み込まれる。
そう思える程の凄まじい凶兆を孕んでいたのだから
「……ッぁ……、なん……で、オレばかり、こんな……事が……っ」
クラディールはその瞬間、圧倒的な恐怖心からか、身体の力が抜けた。
そのまま、キリトの手刀、エンブレイサーで突き立てられた刃に自ら突き刺さっていってしまったのだ。それが追加ダメージとなり……、残り数ドットのHPを全損させ、その魂は四散させたのだった。
ページ上へ戻る