ソードアート・オンライン〜Another story〜
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SAO編
第102話 鉄拳正妻……?
それは、キリトにとっても……、クラディールが消えてしまうまでの時間、それは長い長い時間だった。
殺人を犯してしまった事への後悔も当然あるが、今はそれどころではない。クラディールが消えても……、不安は否めないのだ。キリトはそれでも、懸命に周りを確認した。
クラディールの最後の言葉。
まるで呪詛の様な言霊。
それを聞いてしまった今……、このままでは危険すぎる。
この場所にはアスナだっている。……彼女を、守らなければならない。例え、己の命に変えてでも……守らないといけない。先ほどの様に動けない自分じゃない。今動ける以上は。
そして、辺りを警戒し、そこで目に入ったのは……。
「ぁ……。」
後ろ……数10m程先にいた2つの影。一瞬、奴等が来たのか……?と絶望感を味わったが、それは違うと判断した。キリトはあのクラディールが死の間際、感じた印象とは真逆の印象を感じる。
『………』
1人は、よく見知った容姿、銀色の髪……そして長い刀身の武器。1人は、自分の愛する女性と瓜二つとも言える容姿、髪はやや短い栗色の髪。
そこにいたのは、リュウキとレイナだった。
リュウキは、キリトがこちらに気がついた事を悟ると、軽く頷き……。そしてレイナも軽く手を振った。その表情は心底安堵している様子だった。言わなくともキリトには伝わった。
『この場はもう安全だ。……視ている』と、言ってくれているのが眼で伝わった。
リュウキとレイナの2人はそのまま……町方向へと歩いていった。レイナはアスナの方を指差していた。……状況が状況だったから、レイナも姉の方へと飛び出したかったんだけど、リュウキに止められた。
それは、2人きりにさせたいとかそう言う類ではなく、この場を警戒する為だった。
まだ、何が起こるか判らない。不用意に動く事もそうだし、アイツ等がまだ近くにいないと言う保証は何処にもない。
今はキリトも部位折損をしており、万全とは言い難いから、辺りを警戒しておかないと危険すぎるのだ。
幸いにも、町方面に自分達がいて、キリト達側はダンジョンの入口だ。流石に、わざわざ上の層から、下へ降りてきて、更に迷宮区を抜け、ダンジョンを抜けて襲ってくる様な手間をするとは思えない。故に何かをしてくるとしたら、確実に町側であるコチラからなのだ。
キリトはその瞬間身体の力が抜けた。
助かった安堵感、だが まだ驚異がいると言われていた絶望感、そして守られた安心感。それらの感情が入り乱れて……、膝をつき……肩の力が抜けた。そんな姿を見たアスナは……ゆっくりとキリトに歩み寄った。
「……ごめんね。……わたしの、わたしのせい……だね……」
悲痛な表情で、震える声を絞り出した。大きな目から涙が溢れ……まるで宝石のように美しく輝きながら次々と滴り落ちていた。アスナは、クラディールの言葉を聞いていない。
そして、リュウキたちが来ている事も気づいていない。ただただ……、キリトを巻き込んでしまった事に心の底から後悔していたんだ。
前回も、今回も……2度も巻き込んでしまった事を。
そして、キリトはからからに渇いた喉でどうにか短い一言を音に変える。
「アスナ……」
「ごめんね……。わたし……わたし……も、もう……キリト君には……あ、あわな……」
漸く……感覚の戻ってきた身体をキリトは必死に起こした。
2度襲われた死の感覚。
1度目は自分自身の。2度目はアスナの。そこから生還できた安堵感は強烈なものだった。
そして……お互いが無事だった事が……嬉しくて……そして、自分はアスナを求めたくて……。確かに見える位置にはいないが、まだ傍でいるであろうリュウキやレイナがいるのも知っていても、それでもアスナを求めたかった。そしてキリトは右腕と、切断された左腕も伸ばして……アスナの身体を抱き寄せ、そのまま桜色の美しい唇を自分の唇で塞いだ。
「ッ………!」
アスナは突然の事だったから、咄嗟に両手でキリトを押しのけ様と抗ったが……、キリトのアスナを求める力は思いのほか強かった。
当然キリトのしている行為でハラスメント・コードは表示された。……が、アスナはそんな事はどうでも良かったんだ。悲しみに彩られ、そして 心に鈍い痛みを感じていたそれを、優しく包み込み、癒してくれた。
だから、アスナはそのまま、キリトを受け入れていた。
それは、とても長いキスだった。
時が止まって、永久に感じられる程に……。そして、キリトはアスナの唇から頬をなぞり……首筋に顔を埋め呟いた。
「オレの命は、君のものだ……。アスナ……、最後の瞬間まで一緒にいる」
3分間の部位欠損ステータスが課せられたままの左腕でいっそう強く背中を引き寄せると、アスナは震えると息を漏らし、囁き返した。
「……私も、私も絶対に君を守る。これからも、永遠に……守り続けるから……」
その先は……言葉にならなかった。2人とも固く抱き合ったまま。触れ合う全身から伝わるお互いの熱が、凍った体の芯を少しずつ溶かしていった。
2人から少し離れた場所でレイナとリュウキがいた。
互いに心底安堵していたんだ。この場所で起きた狂気、それを理解していたから。何故なら……この近くまで来た場所で、あの連中に出会ったから。
笑う棺桶に。
~遡ること数分前~
出会ったのは、渓谷ダンジョンを半分程進んだ先でだった。
……あの時の事件の時メンバーとは違ったが、何よりも最悪だったのがPoHがその中にいた事。レイナはその姿を見るなり身を固くさせていたが……、リュウキが一歩前に出た。何が起きているか判らない今のキリト達の方へと向かわせる訳にはいかない。だから、殺気を撒き散らすようにしながら、これ見よがしに、自分の存在をわざとPoHに知らせたのだ。
「鬼。……キサマ、……なぜ、ここに」
突然のリュウキの登場。
それはPoHにとっても、それは計算外、あまりに想定外の事だった様だ。基本的に笑う棺桶の戦術は、奇襲の二文字に尽きる。
罠を仕掛け、まるで蜘蛛の巣の中で藻掻く虫を甚振る様に、殺す。自分達はリスクを負わずにだ。
それが、この状況だ。
そして、今回の目的はキリトの死の確認。
仮に、クラディールが仕留め損なっても、自分達が始末する。あの時の約束通りに。まずは黒の剣士を血の海に沈める予定だった。正直の所、リュウキとキリトの2人を相手には今の戦力の笑う棺桶ではできない。
2人が組んだ時の戦力は 個人技の数倍にも上ると言われている。どうシュミレートした所で、正攻法は愚か、どんな策をもったとしても 今現状では忌々しいが殆ど不可能だと言う事も理解していたのだ。
そして、あの2人が血盟騎士団に入ったのであれば……それは尚更だった。周りに無数の蛆虫とも言えるプライヤーが湧いてしまえば、更に好機は伺えない。
そんな時に、クラディールから連絡があったのが、今回の件だった。
血盟騎士団の団員1人とキリトとクラディールの3人で訓練を行うと言うのだ。クラディールとキリト、そして後は1人だけがいると言うこの状況、最大にして、絶好のチャンスだったのだが。
「……それはこちらの台詞だ。PoH。察するに狙いはキリトか……。それに、糸を引いていたのは、訓練の面子で考えたら、クラディールだな……?」
リュウキは瞳の色が更に一段階濃く染まる。
今回の訓練、キリト、ゴトフリー、そして、最後の1人がクラディールだとわかったのはついさっきの事だ。その事が判っていれば……、何らかの行動をしただろう。
だが、それは後の祭りなのだ。
今は目の前の問題を片付ける事が先決だった。
「ッ……そんな事させないわよ! この場所はもう直ぐに血盟騎士団や他の攻略組の皆がやってくるんだから。今度こそあなた達を一網打尽にするから! 笑う棺桶は、もう終わり。……牢獄に入ってもらうわよ!」
レイナもリュウキと殆ど同時に細剣を構えた。
「Suck……。またしてもキサマか……」
PoHは歯軋りをしていた。この要注意人物は今すぐにでも始末したいが、今の戦力では心もとない。分断した戦力でも、リュウキを相手にするのは厳しいのだ。故に、罠等に掻ける必要があるのが、その手筈は整えていない。
正面からの戦いになってしまうが、それは得策ではない。
それに副団長補佐の女もいる以上は先ほどの話も嘘じゃない可能性も否めないのだ。トップギルドであれば、回廊結晶も使い、瞬く間にこの場に呼び寄せる可能性もある。
そして、何よりもリュウキが普通のプレイヤーではないと言う所に尽きる。
人を殺した事が無い男であれば、付け入る隙などは幾らでもあるだろう。だが、この男は違うのだ。いざとなれば、躊躇する事なく、命を奪える。その点においては同じ人種。
「ボス! 殺っちまいましょう! なんスか!? このスカした野郎は!」
そんな中、1人のメンバーがそう甲高い声で叫んだ。楽しみの所を突然邪魔された。そんな心境なんだろう。
「け……、たった2人で俺らをどうにかできるって思っているのかァ? あ? その血盟なんたらが、来る前に殺って離脱すりゃいいじゃねえか……!」
そして、もう1人も触発された様に、そう言った。
2人は、リュウキの事を知らない新たに笑う棺桶に参入した快楽犯罪者達だ。
《ジョニー・ブラック》と《ザザ》は別件でコチラにはいない。
クラディールの方法なら……恐らくは問題ないとPoH悟っていたのだろう。同じギルド所属、ましてや血盟騎士団と言うトップギルドにまさか、笑う棺桶の息がかかっている事など、考えもしない筈だ。
だが、PoHは知らなかった。
キリトとクラディールの間に一悶着が合った事を。
PoHは聡明でもある。些細な事からでも、様々なシチュエーションを行い、万が一を考えられる。キリトとクラディールはただの同じギルド所属と言う位にしか思ってなかったのだ。そして、メンバーも精鋭とは言えない。
だからこそ、今の2人ではリュウキの相手は無理だ。
そうPoHが言おうとしたのだが、元々は血の気の多い連中だった。2人はリュウキに向かって刃を向けた。
武器は片手直剣と斧。
「「死ねやぁぁぁっ!!!!」」
「馬鹿ッ!てめえら!!」
指示をしていないのにも関わらず、勝手に飛びかかった2人にPoHは思わず叫んでいた。
あの《眼》をしているあの男は危険なのだ。
それこそ、全プレイヤーが畏怖している各層のBOSSの様に……。それを身に染みている。……だが まだ日も浅いあの連中は知らないのだ。
リュウキは、レイナを片手で制すると、極長剣をゆっくりと構えて歩く。
「………」
そして、リュウキと2人と交差した瞬間。
「な……っ。」
「ばか……な……。」
金属音が響き渡ったかと思えば、襲いかかった2人の男は、唖然とした。
なぜなら、2人の武器、片手直剣は刃が、斧は取手がへし折れ、修復不能となり砕け散って四散したのだ。それを横目で見届けたリュウキは、視線を反らせたまま。
「良かったな……三下。 砕けたのが身体じゃなく武器で。……精々気をつけろよ、ひよっ子共。……次に砕けるのはお前らかもしれないぞ」
リュウキは、極長剣を担ぎそう言い放った。……眼を更に赤くさせながら。
「……私の事も忘れない事ね。」
レイナも2人の背後を取り細剣を突き構えた。
見えない剣閃が2人を捕らえていたのだ。下手に動けば……自身を突き刺す残像が、未来図が見えるほどに。
そして、後ろにPoHがいるが、2人共にまるで気にしていない。
信頼できる人と……最愛の人と戦っているんだから。今なら、たとえアインクラッドのフロアBOSSにだって負けない!と思えていた。それにレイナは、このアインクラッドで最強のギルドの副団長補佐。
普段の彼女は謙遜しているが、その実力はギルドでNp.2,3を争う程の腕だ。
判ると思うが、勿論No.1は団長ヒースクリフ。
そして次点を姉であるアスナもしくは、レイナで独占していると言われている。当の彼女達はそんな事は思ってないのだが……、周りの評価はそうだった。そんな彼女の威圧感も当然、半端では無いのだ。
「「っ……」」
2人は全く動けなかった。
初めて……真紅の瞳を持つリュウキと言う存在を知った瞬間だったのだ。威圧感を受けても、満足に動けるのはPoH 1人。
この場にいるのが、レイナ1人であれば、血祭りに上げ、更にキリトの所へと抜けるのは造作ない事だ……、だが、それを決して赦さないのがリュウキだ。
否……竜鬼だ。
「……どうする?最早 It's Showtime……とは言えないだろう? PoH。It's The End。だ」
リュウキの鋭利な極長剣、そして何よりもその真紅の瞳が牙を本身を向けた事にPoHは嫌でも気づかされる。このまま、硬直していたとしても、他の攻略組の連中がやってきたとしたら更に絶望だろう。
「ふん……」
PoHは、このまま目的を達成するのは不可能だと悟った。
「……離脱だ」
低く小さな声。
そして、何かの合図なのか右手の人差し指を立て、素早く左右に振った。
「「ッ……」」
2人ともその意図を察した。素早くアイテムを使用。
《煙幕爆弾》
名の通り、それには煙幕効果があり、煙幕に紛れ、身体を隠し、そして気配を消す。主にはモンスターに使い離脱、もしくは反撃する為のアイテムで対人戦でも効果は見込める。リュウキは素早くレイナの傍へと動いた。そして互いが互いに背中を預ける。これで、背後を取られる事はまず無い。
『背中は任せて』
2人が言わんとする言葉……、言葉にしなくても互いに理解していた。固く結ばれているのだから。そして、煙幕爆弾から煙幕が出来きった所で、リュウキは極長剣を再び構えた。
「……エターナル・スラスト」
“極長剣 重範囲剣技”《エターナル・スラスト》
その一撃の威力は刀身から風圧を呼び起し 周囲の煙を吹き飛ばした。煙を晴らしたその先には……、もうあの笑う棺桶のメンバーは 何処にもいなかった。リュウキは辺りを視渡したが、そこには誰もいない。どうやら、あの2人のステータスはAGI型の様で、それなりに高い様だ。
「……深追いはよそう」
リュウキは、周囲に奴等の影が無いのを確認すると、レイナにそういった。
リュウキはいつも強気で言っているが、流石に幹部であるメンバー達にはかなり警戒を強めている。勿論、トップであるPoHには最大限に警戒をしているのだ。
あの男の腕だけは認めているから。
だからこそ、レイナにそう言っていた。コチラも万全の体制と言う訳じゃないし、何よりもレイナに危険が及ぶ可能性だって0じゃないのだから。
だが……。強く思う。
(いつかは……決着をつける時が 必ず来る……笑う棺桶とは)
そう強く思っていた。あの時の規模ではない本物の戦い。
……戦争が。
「リュウキ君、それより、お姉ちゃんたちだよ! あいつらが来てたんだし!!」
レイナはこの時リュウキの顔を見ていない。何かを決意したその顔を見ていなかった。だから、レイナはそのまま谷間を抜けていったのだ。そして……リュウキもそれに続いた。
そしてその十数分、2人が無事である事を確認できたのだ。
もう、終わっている様だった。キリトがクラディールに致命傷たる一撃を喰らわせていたのだから。
キリトとアスナも大丈夫だった。レイナは、周囲を警戒していたのだが……どうしても、我慢できず。
「よ……よかったよぉ……」
レイナは、涙を浮かべていた。キリトが無事だったのもそう。そして、姉が無事だったのも……。
直ぐにでも姉に駆け寄りたかった。でも、ぐっと堪えていた。
この場を警戒するのも大事だし、それに今は……2人きりにしたいと言う想いも芽生えている。でも、この場が100%安全になったとはまだ言えないから、警戒は、絶対にする必要がある。少なくとも、2人が無事に圏内に帰るまでは。
「ああ……」
リュウキも、ほっと肩を降ろしていた。……キリトは完全正統派だ。それが窮地に立たされたと言う事は、汚い罠を使ったのだと理解できた。
だからこそ……本当に良かった。
「もう……オレは誰かを失うのは御免だ……」
リュウキはそう呟いていた。
「うん……。私も……。同じだよ……」
レイナは、リュウキに ぎゅっと しがみ付いた。
だが、レイナの心には強く引っかかる事がある。安全だと思っていたギルド、それも此処から皆を解放する為に組織された血盟騎士団の中でこんな事になったんだ。
もう……自分もギルドのあり方に疑問が出てきたんだ。
周囲の探索を続け、そして 間違いなく安全だと判断した時だった。キリトとアスナは、転移結晶で戻った様だ。その場所から消えており、位置情報を確認したが、間違いなかった。
今は、アスナとレイナ、そしてリュウキが居候している第61層のセルムブルグの家に。
レイナもこのまま、家に帰って合流しようと思って転移結晶を取り出した時。
「あ……」
レイナはある事を思いつき、転移結晶を使うのを止めた。
「ん? どうした」
リュウキはレイナに振り返った。
「うん……。あの、今日はお姉ちゃんとキリト君を家で2人っきりにさせたいな、って思って、ね。メッセージも送っておくよ。今のお姉ちゃん、多分私達の事、頭にないって思うし」
レイナは、そう言いながら笑っていた。互いに支いあって……お互いを想いあったんだから。
今日は、2人だけのほうが良いって思えていた。
それに、レイナ自身の時、姉はレイナに気を効かしてくれて、あの日リュウキと2人きりにしてくれたんだ。今度は自分の番だって考えていた。
姉に何かあった……というのが解った時は気が気じゃなかった筈なのだが……今は心底安心したから、余裕が生まれたのだろうか?
そして、メッセージも送っておけば、心配をかける事も無い。
「そうだな……」
リュウキもレイナの言葉には同意していた。そして、ある事も思い出した。レイナが言っていた《家》という単語を聞いて。
「そうだ。レイナ」
「んっ?」
「これまでの稼ぎで……、家1つ買える位は溜まったんだった」
「……えっ?」
リュウキはそう言うと、レイナの方を向いて微笑む。
「新居……に住んでみないか? いや、アスナとレイナには家があるから別荘……といった所かな」
リュウキは、少し恥かしそうに……赤くさせながらそう言っていた。
それは、ここ最近での一番の目標だった事だ。
以前に大量出費してしまったから。目的の為に、コルを貯める事は今まで殆どなかったし、その目的の家がとても大切な家だったから、リュウキはより燃えたのだ。
「え……?え……っ?」
逆にレイナは驚いた表情をした。一瞬、リュウキが言っている言葉の意味が、よくわからなかった程に。
リュウキが、コルを溜めている事、アイテムを売って更に溜めていた事は(共通アイテムストレージの為、解る。)知っていたけれど……、あまりに早いって思っていたから。
「ああ……。これまでで、アイテム倉庫に貯めてたアイテムの事、忘れててな。それに、エギルとの取引も色をつけてくれて良かった。……それで溜まるのが若干だが早まったんだ」
レイナが疑問に思ってる事を理解したリュウキはそう返した。
「それで、22層の南層エリアに森と湖に囲まれた場所があるんだ。そこには良さそうな物件……プレイヤーホームが多数ある。あの層は比較的に何も無い層だから、人口も少ない……。その、最近は前線ばかりで殺伐としているから。新居は静かで……落ち着ける場所が良いって思って……。その、一緒に見に行ってみないか……? アスナとキリト達も……2人きりにさせて上げたいんだしな?」
リュウキは頬をポリポリと掻きながらそう言う。因みにこれは勿論アドバイスを貰った事。
その相手はリズだったり、場所はアルゴだったりだ。
この剣の世界。
安住な場所は限られているのだから。
「……う……うんっ! 行くっ♪」
レイナは ぱぁ……っと顔を赤らめていたが、その表情は笑顔で幸せに満ちていた。
そしてその夜、レイナとリュウキは、家には戻らなかった。
勿論、宣言通りにレイナは22層に行く前にアスナにメッセージをちゃんと入れて伝えてはいる。キリトとアスナが無事だった事も、心配していた事も伝えて。……勿論、黙って1人で行っちゃった事もあるから、少なからず説教文も据えて。
『あの時の事を見てたのっ!?』っと、メッセージを見たアスナは顔が紅潮しきっていたけれど……。気
を使ってくれた2人には感謝をしていたようだ。
そして、黙って行ってしまった事も……。
「そ……そう言えば、2人がいないな。何処かに行ってるのか?」
キリトは、ぎこちなくアスナに入れてもらった珈琲を片手にそう聞いていた。横目でアスナが何やらメッセージのやり取りをしているのをキリトは見た筈だけど……あえて知らぬ振りをした様だ。
「う、うん……。レイは、ギルド関係で……、リュウキ君は、レイの手伝いって事かな?今日中には終わりそうに無いって、メッセ貰ったよ……」
アスナ自身もぎこちない……。2人して、まるで隠せられてない。似たもの夫婦と言った所だろうか。キリト自身もあの場にリュウキやレイナがいた事は知っている。だから、恐らくは……気をきかせたんだと理解した。メッセージをアスナに送ったのは、十中八九レイナである事も推察していた。
正直、自分も恥ずかしかったが……、それ以上に赤くなっているアスナを見ているから、まだ平常でいられたのだ。
そしてその後は、再び沈黙が流れる。
「………」
キリト自身も、この雰囲気には慣れてはおらず、何を話せば良いのかが解らない。頭の中で、ぐるぐると言語が回り続けており、何が正解なのかが全然判らないのだ。
(……りゅっ リュウキは一体どうやったんだ……?こ、これって、この緊張感って、BOSS直前の非なんかじゃ……っっ)
悩んだ時は、迷った時は身近に答えがある。昔誰かに言われた事がある様な無い様な……とキリトは思い、レイナとリュウキの事を考えてしまったようだ。
あの2人も間違いなく、経験をしている筈だ。
その事を、2人が結婚してから……想像しなかったか?と問われれば否定は絶対に出来ない。そして、キリトとは逆にアスナは、覚悟を固めていたようだった。
(レイだって、頑張ったんだもん……、わ、わたしだって……)
この時……アスナの脳裏に一瞬浮かんできたのは、妹のレイナとリュウキの事だった。最愛の妹が、あの苦難を経て結ばれた。涙を流しつつも勇気を振り絞って、愛しい人に想いを伝えた。
なら……、自分も話さなければならないし、覚悟を決めなければならない。それに……、今回はキリトの方が一緒にいたいって言ってくれたんだ。あの時の妹の勇気に比べたら……、何とも無い!
嫌われてるかもしれない、とレイナは本気で考えてて……でも勇気を出して、告白した妹の勇気に比べたら。
「……よしっ!!」
更に気合を入れると、アスナはすっと立ち上がった。そのまま、窓際にまで歩いていき、壁に触れて、部屋の操作メニューを出す。キリトは何をしているのか解らなかったが、直ぐにその効果が現れたから理解できた。部屋の四隅に設置されていた証明用のランタンが全ていきなり消えたのだ。
部屋が暗闇に包まれるが……、キリトの索敵スキル補正が自動的に適用されて暗視モードに切り替わっていた。
そのモードから見えるアスナ。
薄青い色彩に染まった部屋の中で、窓からほのかな光に照らされているその姿は美しいという言葉以外の形容が見つからなかった。思わずキリトは息を呑んだ。アスナは、暫くは無言で佇んでいたが……、更に気合を入れたのかぐっと握りこむと、 指でメニューを呼び出し、ポンッとクリックをした。
――……その光景はキリトは決して忘れる事はないだろう。
ソレほどまでの光景だった。
アスナのはいていた衣類が音も無く消滅したのだ。……否、下着はつけている。
だけど……、裸になった。と思っても仕方ない。
「こ、こっちみないで……」
震える声でかすかにそう呟くけれど……、釘付けになってしまって視線を動かす事などできない。単なる3Dのオブジェクトでここまでの美しい姿は再現できるだろうか?
SAOのプレイヤーの肉体は初回ログイン時にナーヴギアが大まかにキャリブレーションを取ったデータをもとに半ば自動生成的に作られているのだ。
なのに……、ここまで完璧な美しさを持つ肉体が存在するのか?と。
これは奇跡じゃないのか……と思ったほどだった。
アスナはと言うと……、いつまでたっても、そのままで視線を外そうとせず、見つめられている状況に流石に耐えられなくなったのか。
「き、キリト君も早く脱いでよ……。わたしだけ、は、恥ずかしいよ」
更に一段階紅潮させわずかに震える声でそう訴える。頭の中が真っ白になりそうだったが、その中でも高速で脳が働いていた。
『妹はどうだったのか?』と『リュウキはどう行動したのか?』
その問いがグルグルと回っていたのだ。
鈍感総理大臣のリュウキ。それに負けずと劣らないだろうと思えるキリト。でも……、ここまでして、解らないと言う事なんてありえないって思える。リュウキとレイナの2人はゲーム上とは言え、結婚してるし……、そ、その……聞いたところによると(強引に)夫婦の夜の営みも経験したって言っていた。あのリュウキだって……解ってくれたんだから、キリトが解らないはず無い。逆に解らなかったら男じゃないだろうとも思える。
で、その鈍感君2号はと言うと……。
アスナの言葉に漸く行動の意図するところを理解したようだった。つまり、彼女は……、自分が言った『今夜一緒にいたい。』と言う台詞を、さらに一段踏み込んだ意味に解釈していたと。それを理解したキリトは、底無しの深いパニックに陥っていた。アスナの様に、あれこれ考えたり出来ない。
ただただ、パニックになっていて……そしてその結果。
キリトは、これまでの人生の中でも、最大級のミスを犯すことになってしまったんだ。
「あ……、いや、その、オレは……ただ……こ、今夜 い、一緒の部屋にいたいという、それだけの……つもりで……」
「へ………?」
自分自身の思考を馬鹿正直にトレースした発現に今度はアスナがぽかんとした顔で完全停止した。
……が、それも一瞬だけだ。
直ぐ後、次の瞬間には最大級の羞恥と怒りが混合した表情が浮かぶと……。
「ば……バッ……!」
握り締めた右拳に目に見えるほどの殺気を漲らせ、
「バカ――――――ッッ!!!」
敏捷度パラメータMAXのスピードで突進し、そのまま体重を上手く乗せた正拳突きがキリトの顔面に炸裂した。
……が、勿論この場所は圏内であるため、犯罪防止コードに阻まれて大音響と共に紫色の火花を散らす結果となった。
「わ、わあああ!!! 待った待った!! ご、ごめん!! ごめんって! 今のなし!」
圏内に守られている事など構わず、2撃目を見舞おうとするアスナに向かって、キリトは両手を激しく振りながら必死に弁解した。恐らく、圏外であれば一瞬でHPがレッドに、否、全損していてもおかしくない威力を秘めた一撃を前にしたのだから、しょうがないだろう。
「わ、悪かった! オレが最大級に悪かった!! い、いや……しかし、そもそもだなぁ……。その……、で、できるの……? SAOの中で……?」
キリトがしどろもどろになりながら聞くと……、ようやく攻撃姿勢をやや解除したアスナが、怒りの覚めやらぬ中に呆れた表情を浮かべて言った。
「し、知らないの……?」
「知りません……。」
キリトの返答に、途端に表情から羞恥へとシフトさせながらアスナは小声で言った。
「……その……オプションメニューの、すっごい深いトコに……《倫理コード解除設定》があるのよ」
アスナの告白にキリトには衝撃が走る。そんな事、まるで初耳だったからだ。
それに、間違いなくβテストの時はそんなものなかったし、マニュアルにだって載ってない。……ソロプレイに徹し戦闘情報以外の興味を向けなかったツケをこんな形で払うことになろうとは……。
――……これ リュウキ知ってたのかな?
キリトは、そのリュウキは知っているのか?と言う疑問よりも、もっと気になる疑問が、直ぐ後に生まれていた。……というより、こんな時でさえ、あの2人の事が頭に浮かぶのは一体どんだけだ!っとつっこみたいが、身近で経験していて、尚且つ気軽に話せるのは、リュウキだけだから、そこは、スルーした方が良さそうだ。
それはそうと、キリトにとって看過し得ない疑問だった。
その上……、あまりの衝撃的な状況・説明のせいもあってか、まだまだ思考能力が回復してない状態だった為。うっかりその事を口にしてしまっていた。
「……その、け、経験がおありなんです……?」
ずがんっ!!! 返答は、速攻だ。キリトが話し終わる間もなく、返答といわんばかりに、アスナの鉄拳がキリトの顔面直前に炸裂した。
「な、ないわよっ!!! バカ―――――ッ!! ギルドの子に聞いたのッ!! キリト君のどんかーーーーんっ!!!」
『経験があるのは妹のほうっ!』とも言っちゃいそうだったけれど、それは何とか飲み込めていた。
こんな時に、彼女達の事を使いたくないからだ。
因みに、この手の話は妹のレイナともしていた。先を越された事自体はアスナは何も思っていないが……いずれは、自分も、とは強く思っていた為、聞いたのだ。
その、経験者と言う事で。
キリトは慌てて平伏しつつ誤りに謝り続けてどうにか、宥める事に成功していた。どんな難関なクエストよりも……、ずっと緊張感があり、難関だったと思えていた。
そして、キリトは恐る恐るオプションメニューの深い所、とやらを探っていく。メニューウインドウの操作手順面倒さは、《所有アイテム完全オブジェクト化》の操作手順の非ではなかった。
だけど……アスナに言われるままに操作をしていくと、確かにそれはあった。
《倫理コード》と言うタブが。
それをクリックし、解除、OKを押した瞬間だ。
「っっ!?!?!?」
キリトは、思わずぎょっ!?っとして下半身に目を見開かせていた。
解除した瞬間、所謂この世界のシステム上での出来ること全てが可能になったのだ。……キリトが驚いたのはある変化だった。
「………ど、どうしたの?」
アスナはまだ下着姿だったから、恥ずかしそうにキリトの肩を叩いたが、キリトは耳まで赤くさせて、首を振る。
「な、なんでもない。なんでもないからっ!」
ブンブンと首を振って、両手でその変化があった場所を押さえる姿。恥ずかしそうに内股にまでなってしまっている。元々童顔であるから、髪を少し長く設定したら、乙女と見間違われても不思議ではないだろう。
「?」
アスナはまだ、この時はわかってなかったが……暫く後に、キリトの変化が判ったのだった。
そして、キリトとアスナも無事結ばれた。
まぁ……アレだ。
口に出して言う?と、いやらしく聞こえるかもしれないけれど、♡心も身体♡ もと言う事。
そして、アスナは、キリトからのプロポーズも貰えた。アスナもと同じように、初めて結ばれた日は、もっと起きていたい、大事にしたいと強く思っており、そんなアスナを見て……キリトは決心したのだ。
そして、『結婚しよう』と一言、いったのだった。
アスナは、目に涙を浮かべ……、そして笑顔で頷いていた。好きな人と……幸せになる。
女の子ならば、誰だって想うし、願ってるだろう……。アスナは、願いが叶って……、涙が止まらなかった。
あの時のレイナの気持ちが本当に良く解ったのだった。
それにしても、アスナの体術スキルは今回の件で、更に向上した様だ。キリトに見舞ったあの拳撃。
……それは後に。
アスナの唯一絶対の切り札の1つ
《鉄拳正妻》
そう呼ばれる技へと昇華していったとかいかなかったとか。
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