ソードアート・オンライン〜Another story〜
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
SAO編
第77話 涙
それは突然の訪問者だった。
「……ん?」
リズは後ろに振り返るとそこにはもう既に声の主が入口にいた。その人物は、いつもの調子でひょいっと入り口から階段を飛び越えて、床に着地をしていた。その姿を見るとやっぱり 姉と同じと感じるのはリズ。全ての行動……、どんな行動でも優雅に見えるし、同じオンナの自分から見ても惚れ惚れする容姿だからだ。
そう、血盟騎士団 副団長・補佐 副団長アスナの妹《レイナ》だ。
しかし、改めて見てみれば、流石は姉妹と言った所だろう。
リズは自身は 2人の見分けは簡単だけれど、初見であれば顔だけだったら恐らく難しいって思える。……厳密には、レイナはアスナと違って、髪型がショートヘアだから、そこの部分で見分けはつけられるんだけど。表情や笑い方は、本当に一緒だ。
アスナの方が厳しめの顔をするんだけど、そこは内緒の方向で。
レイナは、リズが気がついたのを見ると、ふわりと血盟騎士団の服を靡かせながら近づいてきて。
「リズさんっ! あのね、ちょっと 頼みが……って あれ?」
レイナはこの時、リズに近づいたその時に この場にいるのがリズだけじゃ無い事に気がついた。初め、上から見た時はは入り口の柱の陰になっていて気がつかなかった様だ。
でも、降りてきて近づいてみれば一目瞭然だった。
「りゅっ、リュウキ君っ!?」
レイナの目に飛び込んできたのは、工房の椅子に座っている男の人。リュウキだった。レイナからは、顔は見えなかったけれど、その佇まいや雰囲気、後ろ姿 それだけで 判る。
だって、レイナはずっと見てきたから。
「……ああ、……どうかしたのか?」
リュウキは、振り返らずに そう返していた。
何気無い返し。……至って普通な感じだったのだけど、心なしか、リュウキは驚いているように見える。かく言う、レイナも一瞬驚いてはいたんだけれど。
直ぐに思い出した。
この場所について話をしていた時 この《リズベット武具店》は自分の姉の友達がしていると言う事を。レイナもリズの事を友達だと思っているから、2人の友達というのが正解だが。
「あ……いや、降りたらリュウキ……君がいたんだもの。ちょっとビックリしてね。お店には リズさんしかいないって思ってて……。それでさっそく着たんだ?」
レイナは少しぎこちなく話をしていた。心なしか、目も泳いでいる様に見える。
「ん……?」
リズは、この時 彼女の接し方に違和感を覚えていた。
いつものレイナとは少し違うような、そんな感じがしていたのだ。彼女は、人によって態度を変える様なコじゃない筈だと思っていたから。
リュウキは、レイナのその言葉を聞くと軽く頷くと。
「……ああ」
リュウキは軽くそう返事を返す。
そして、先ほどまで飲んでいたカップをテーブルの上に置いた。……中身はまだ残っているようだ。
「……リズ」
そのまま、リュウキはリズの方を向くと。
「すまない。今日は予定があったんだ。……また、此処を使わせてくれるか……?」
突然だったけれど、どうやら、何か用があって、出て行く様だ。……リュウキも何処か様子がおかしい。さっきまで話をしていたんだけれど、まるで別人、とまでリズは思った。今日予定があるなんて 別に言ってなかったし、さっき思い出したにしては、そんな素振りは見せてなかったんだし。
「え? あーええ、勿論。使用料金頂いてるんですからねー」
リュウキの明らかに変わった表情を見てリズは一瞬と惑った。
なぜだろうか、何か……聞けなかったんだ。……そのリュウキの表情を見て、何も言えなかった。
「え……リュウキ……くん?」
レイナも、そんなリュウキに戸惑っていた。
いや、違う。
本当はレイナも、気づいていた。
あの事件、 《ギルド黄金林檎の圏内殺人事件》 以来、リュウキとの会話が凄く少なった事に。
あの後だって、いつも通り、レイナはリュウキと接触をしたくて行動をしていた。
何度も……彼に会いに行っていた。
以前ほど、それは難しい事じゃなくなっていたんだ。何故なら、此処最近はリュウキは最前線付近の情報収集・攻略、6:4の割合で行っている。ほぼ全層闊歩していたリュウキは、中層から下層に行く事自体が稀な事になっていたんだ。だから……会える時間は大幅に多くなっていた。
だから、レイナは強く、強く感じたんだ。
避けられている事、それが……それが、決して気のせいなんかじゃないと言う事に。
周りも……、特に比較的、パーティは組まずとも一緒にいる事の多いキリトも感じたとの事だった。キリトにさえ『何かあったのか?』と、レイナは聞かれた。
あのキリトが聞くほど、リュウキはあからさまだったのだ。だが、リュウキはレイナ以外のプレイヤーとはいつも通りの彼だったから、キリトは前回の様にまで、くい込んだ話が出来なかったのだ。
そして、レイナはどうしたら良いのか、全く解らなかった。
何で、何でこうなったのかもまるで判らなかった。
レイナは、何故なのか……、何で避けるのか、それを聞こう。そう思っていた。
でも……聞くのが本当に怖かった。
今までの、最前線でどんな強敵と対峙する事より……その一言を聞くことが何よりも怖かったんだ。でも……やっぱり、レイナは、もう限界だった。ここまで、来たら、此処まであからさまに 避けられてしまったら。
「リュウキ君っ ……ま、待って! お、おねがい……っ だから……。話……聞い……」
レイナは勇気を振り絞って、声をかけた。
返答を待つこの一瞬も、話しかけるこの一瞬も、怖くて怖くて、たまらないんだ。だけれど……、ずっと、今後もずっと今の状態が続く。その未来の方が、今の状態よりもずっと辛いから。
「…………」
レイナの言葉にリュウキは少し俯かせていた。そして、そのままリュウキはレイナの、彼女の表情を見ないように俯かせて、そして、何かを呟いて……リュウキは、工房の戸を開け、その場から立ち去っていった。
その呟きはレイナに伝わる事が無いほどに小さいもの……だった。
「あっ………。ッ………」
レイナは、リュウキを……黙って見送るしか出来なかった。
何も言われず…… ただ、出て行ってしまった彼の後姿を眺めるしかなかった。
「っ…………」
そして、力が抜けてしまったのか、ぺたりと床に膝から崩れ落ちる。
レイナは、何が悪かったのか……ずっとそれは考えていた。リュウキに冷たくされるようになってから、ずっと……ずっと……。
『いつも……彼に言っていた言葉が悪かったの……?』
『女の子の事……偉そうに言ったのが悪かったの……?』
『ずっとわからないって言ってるのに、理不尽気味に怒っちゃったのが悪かったの……?』
『いつも、彼が見せてくれたあの笑顔も……嫌々だったの……?』
『彼の、過去……それを無闇に聞いちゃったことが、悪かったの……?』
レイナの頭の中でそれらがぐるぐると回る。いつも以上に頭が回転していた。
これは、いつも……相談にのってもらっている姉であるアスナにも相談できない悩みだった。相談する……と言う事は、自分はリュウキに嫌われている、と言う事を認めてしまいそうで、辛かったからだ。
「…………」
レイナの表情はそのままだった。ただいつもと違うのは……その彼女の目から大粒の涙だけが零れ落ちたいた事だけだった。
彼女はリュウキの事が本当に好きだった。本当に大好き……だった。
この世界での、心の拠り所だ、って言っても良いくらいに。誰よりも……、大好きだったって思ってる。
そして いつか必ず……告白するんだって心に決めていた。
でも、それは叶わなかった。
『私……嫌われてしまったんだ』
彼女はこの時、それを認めてしまった様だ。
だから……、多分、あの時から 避けられていると意識しだしてから ずっとガマンしていた涙が、零れ落ちてしまったんだろう。
「れっ……レイ……」
留まる事を知らない涙は、ずっとレイナの頬を伝って流れ続ける。そんなレイナを見たリズは、言葉を失った。戸惑ってしまって、彼女にかけるべき言葉が見つからないんだ。
突然、こんな場面を見てしまったんだから。だって、彼女はいつも……いつも、
《いつも笑顔だったから》
そう、いつも笑顔だったレイナ。
笑顔が似合うとよく言うけれど、レイナ程形容し易い娘は、いないって勝手に思っていた。その笑顔は同じ女である自分でも惚れ惚れするような笑顔だったんだから。
だけど、そんなレイナの顔が今、悲しみで覆われているのだ。
「レイ……」
だから……、リズは そんな彼女を抱きしめる事しか出来なかった。
その涙を……止めてあげたくて……、リズは彼女を抱きしめ続けた。
「どう……? 落ち着いた?」
リズは、暫く抱きしめた後……レイナをイスに座らせた。レイナは、無言だったが……僅かに頷いているのが見えリズは一先ずは安心できた。
「ご……ごめんなさ……い。リズ、さん……、突然……こんなトコ、見せて……」
レイナは、心が落ち着かない今の状態ででも、彼女はリズに謝っていた。悲しいのは自分なのに、本当に優しい娘なんだ。
「そんなのいいわよ! そんな事全然っ! でも……何があったの? リュウキと……何かあったの? 無理に、とは言わないけど、私でよければ相談にのるよ?」
リズは、レイナの手を握りながら……そう言う。レイナのその手はまだ震えていた。彼女は今まで、この事を誰にも相談しなかった。
キリトに言われた時も、『何も無いよ』と答えたんだ。
何故なら……先ほどの通り、嫌われていると言う事実を認めてしまいそうだったから。
でも、今はリズの言葉、その手の温もりは本当に温かかった……。だから、レイナは、ゆっくりと……顔を俯かせながら、ポツリポツリと、打ち明けていた。リュウキとの事を。
「そっか……なるほど、ね。」
リズはレイナの話を聞いて……腕を組んで考えていた。リズとリュウキとの付き合い。はっきり言って、それは物凄く短い。それは当然だろう。リュウキとは昨日知り合ったばかりなんだから。
でも、やっぱりどう考えたって想像が出来ない。
顔見知りでもあり、これまででも信頼していると言う事がよく判る人を拒絶するような姿を見せる、と言う事が。白銀とか勇者とか、リュウキをからかっている相手なら兎も角、リュウキが拒絶をしてるのはレイナだ。
――……相手があのレイナ?
レイナは凄く優しくて、可愛くて、姉のアスナと同様、全男プレイヤーの憧れだ(リズの独断だけど)。だからこそ、尚更想像が出来ない。性格だって、とても良いのは自分自身がよく知っている。
そして、リュウキの事はキリトにも話を聞いたことがあるし、リュウキの性格についてもアスナ達2人からも聞いている。自分自身も彼に接し、どういう人間なのか知った。
その通りの人間だったのならそんな事ありえないと更に思ったんだ。
「私が……いけなかったんだ……。きっと、そうだよ……。リュウキ君を、知らないうちに……傷つけて……。そ、それできら……嫌われ……ぅ……」
レイナはぎゅっと……手を握り締め、震えていた。リズは、その震えている手の上から包み込むように両手を置いた。
「……私はね? レイ」
そしてその後、リズはレイナの肩に優しく手を置き続ける。
「あたしはリュウキとの付き合いはレイ達に比べたら短いし、レイ達ほど彼のこと知ってるわけじゃないけれど、あたしはレイナの事は良く知ってるつもりだよ?」
リズは、そう言ってレイナに微笑みかけた。
「……え?」
レイナはまだ目を赤く腫らした状態でリズを見ていた。
「あなたはね、本当に優しいコなのよ? ……レイみたいなコ、他にいないんだよ? ……そんなあなたの事、嫌うなんてどうやったって考えられないよー。だって、レイはすっごくやさしくて、その上 可愛いんだからさ」
続けてリズはレイナの頭を撫でた。にこり、と笑みを見せながら。
「で、でも……わたし……わたし……っ」
レイナはまだ、涙を流していた。
今、そう言われても信じられない。といった様子だ。
「きっと、リュウキに何かあったんだって思える。彼、皆言ってるけど 恋愛や愛情のこと、よくわかってなかったんだよね?」
「う……うん」
レイナはそこは肯定した。彼を見てきてそれは一目瞭然だからだ。そんな事、リュウキを知っているメンバー皆知ってるって思えるから。
「私は話の上でしか、リュウキとの事は 知らないけど……きっと、リュウキ、 理解したんだと思う。《誰かを好きになる。好きだと言う気持ち》……それをね? でもやっぱりまだ鈍感なのは間違いないと思うけどさ」
「ッッ!!」
リズの言葉を訊いたレイナは、驚き目を見開いた。今まで、そんな風に思えた事が無かったからだ。
いや、そんな事を考えていられなかった、というのが正しいかもしれない。
「レイ、信じられないって顔してる。でも これはあくまで私の想像の事。アイツは思った事は基本全て話すって思う。それは、疑問だってそう。 そんな男が態度を変えて、更に俯いて出て行ったって事、それを考えたらそうとしか思えないんだ。……その気持ちに気づいて……それで何かきっと悩んでるって思う」
あの時、リュウキを見てリズは、何も言えなかったんだけれど。今思い返してみたら……、そう見えなくも無いって思ったんだ。
「だから……、怖がらないで思い切ってリュウキと話をしてみて。あの時のレイ、見ててやっぱりちょっと遠慮気味だっておもった。怖かったんだって思うけど、勇気出して思い切り体当たりで、……きっと何か訳がある。私はそう思うから」
リズは、きゅっ……っとレイナの手を握る力を上げた。
「リズ……さん……」
レイナは、涙を流した……、でも、その涙は今までの様な悲しい涙じゃないとリズは思った。何故ならリズを見るレイナは笑えていたから。
少し前までは、悲しみの涙。
感情の変化にシステムが追いついていないのだろうか。或いは……。
そんな時だ。新たな来訪者が現れたのは。
「……私もね、そう思うよ」
「お、おねえちゃん……。」
それは、アスナだった。
彼女もいつの間にか、この工房に来ていたようだ。
「ってアスナーー? 入る前にノックするんじゃなかったの?」
リズは少し呆れ気味で 言っていた。軽く謝罪をし アスナはぺロリと舌を出す。その後、レイナの側へと近づいた。
「ごめん。レイ……ずっと 苦しかったんだよね……。私……、もっともっと、側にいてあげられなくて」
アスナはレイナを抱きしめた。この層は前層より、遥かに攻略が困難だ。そして、ギルドのことだって忙しさだって拍車をかけている。……だから攻略を優先させてしまって、妹とそこまで話をしなかった。見ていて……わかった事だってあるのに。
「おねえちゃん……」
レイナも、縋りつくように……抱きしめ返した。優先させているのは、レイナも重々承知だった。嫌われている事を認めるのが怖かったから、と言う事以外にもアスナには相談しなかった理由としても勿論あった。
攻略の邪魔を……するわけにもいかないし、自分も参加している。集中力を欠いて、迷宮区に挑むのは危険すぎるから。
「あのね? レイ。……私もリズと同じ考えなんだ」
アスナはレイナの目を真っ直ぐ見ながらそう言った。
「………」
レイナは、俯かせていた。やはり、まだショックが大きすぎるみたいだった。あからさまに、あそこまでリュウキに避けられたんだから仕方がないのだろうけど。
(でも……、リュウキ君を、冷静に見ればわかると思うんだけど、やっぱり今のレイには無理……かな)
アスナは心配はしているけれど、ちょっと呆れた様な表情もしてた。
傍から見れば、……リュウキとの付き合いの長い私達なら、彼の心情も察しれるって想うから。それが、ずっとリュウキを見てきた レイナだったら尚更の事だ。
「まぁ、いきなりだったし? アイツあからさまな行動とってたしさ。今日はとりあえず休んで明日、明日っ!」
リズは、笑いながらレイナの肩を叩いた。
「リズの言うとおりだよ。今日は、ゆっくり休もう。今日は、一緒に……一緒にいてあげるから」
アスナは、レイナの側に行く。
「……うん」
レイナは頷くと、立ち上がった。
まだ、表情は暗く……寂しそうだった。でも、さっきに比べたら、大丈夫だ。一頻り、話をした後、アスナとレイナはリズの店から帰っていった
リズは、そんな2人を見送りながら、次の機会を待つのだった。
ページ上へ戻る