すれ違い
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5部分:第五章
第五章
「惚れた」
「ほう」
「好きな女人ができたか」
三人はそれを聞いて納得した顔で頷いた。
「そういうことだったのか」
「成程な」
「驚かないのか?」
「驚くこともないだろう」
明人が胸を張り大きな声で答えた。
「君も人間だ」
「ああ」
明人の言葉に応える。
「それならば誰かを好きになっても不思議ではない」
「そうか」
「だからだ。特に不思議ともおかしいとも思わない」
「その通りだ」
「僕もそう思う」
昭光も友喜も同じ考えだった。三人にとっては驚くようなことではなかったのだ。
しかしであった。ここで昭光が幸次郎に対して言ってきた。
「しかし気になることがある」
「気になることとは」
「相手だ」
相手だというのだ。
「相手は誰だ?」
「そうだな。問題はそこだな」
友喜も昭光の話からそこに関心を向けた。
「何処の誰なのかだ」
「どういった女人なのだ?」
「さてな」
ここでの彼の返事は要領を得ないものであった。
「何処の誰なのかな」
「!?また随分と頼りない返答だな」
「誰かもわからないのか」
「そうだ」
こう昭光と友喜に返すのだった。
「何処の誰なのかな」
「それでは話にならないのだが」
明人はここまで彼の話を聞いて首を捻ったうえで述べた。
「誰なのかわからないのではな」
「毎日道ですれ違うだけだ」
彼はこのことは語った。
「それだけだ」
「通学途中か?」
「そうだ。そこでいつもすれ違う」
彼は友喜に答えた。
「それだけで。わかるものはない」
「わかっていることは少ないなんてものじゃないな」
昭光はそれを聞いて腕を組んで言った。
「それでは殆どわかっていないぞ」
「その通りだ。しかしだ」
明人が考える顔で言ってきた。
「毎日会っているのだな」
「ああ。学校に行く時は」
「そうか。それなら一つ方法がある」
「方法?」
「その女人のことを知りたいのだろう?」
幸次郎の方を見て問うた。
「違うのか?」
「知りたいのは確かだ」
幸次郎はこのことも隠さなかった。
「彼女のことを」
「では決まりだ」
「決まり?」
「正直に言うとあまり奇麗な方法ではない」
話す前にこう前置きしてきた。
「正々堂々ともしてはいないが」
「いい方法ではないか」
「後をつける」
明人が言う方法はそれだった。
「その女人の後ろをな。つけるのだ」
「後をつけるのか」
「うむ。奇麗な方法ではないな」
「ああ」
これはその通りだった。彼等の価値観では後をつけるというのは正々堂々としたものではない。だから明人も言葉を前置きしたのである。
「それはな」
「それでもいいというのならいいが」
明人はまた言ってきた。
「どうだ?それで」
「考えさせてくれ」
幸次郎は即答を避けた。
「少し。いいか」
「結論を出すのは君だ」
明人はゆっくりだが強い声で言った。
「君だ。もっとも提案した僕にも責任があるが」
「責任か。それはいい」
「いいのか」
「そういう問題ではないからな」
空のほうを見たままの言葉だった。
「だから。それはいいさ」
「そうか」
「だが。何処の誰なのか」
幸次郎はこのことをあらためて思った。
「誰なのかな、本当に」
「だからだ」
「やはり正々堂々とはしていないが」
また昭光と友喜が言ってきた。
「後をつけるのもな」
「その方法の一つだ」
「どちらにしろ調べないといけないか」
このことだけはしなければいけないと思うのだった。
「想うのならばな」
「想い人について考える」
今度は達哉が言った。
「そして知りたいと動くのは当然の流れだ」
「当然か」
「僕はそう思う」
彼は明人達の提案にどちらかといえば賛成派だった。それであえてこう言ったのだ。
「決めるのは君次第だがな」
「僕次第か」
「うむ。とりあえずはこちらに来給え」
幸次郎を手招きして誘ってきた。
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