101番目の哿物語
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第三部。終わる日常
プロローグ。キンジの日常
よお、元気か? さて、今回も前回同様にハーレムを作りあげた男の話を語ろうと思うのだが。
……なんだかうんざりした顔をしているな?
まるで俺の話を聞きたくないみたいじゃないか!
ははーん、さては「こんな調子で百人もの物語こと、美少女を集められるのか?」みたいな心配をしているんだな?
まあ、普通に考えたらこの調子だと無理だろうな。
今のところ、ハーレム要員はまだ四人しかいないし、一見すると攻略されてる感じの子達をいれても百物語にはほど遠いしな。
だからお前らが無理だと思うのも解るぜ!
だが、だがな。
奴はハーレムを作りやがったんだ。
なんせ奴は百物語の主人公でもあり、不可能を可能にする伝説の男だからな。
不可能という言葉はやり難い、成し遂げるのが困難というだけで、無理ではないのだからな。
それにどんなものにも抜け道や裏技があるものだろ?
よく聞かないか? ギャンブルで必ず当たる方法とか、絶対モテる口説き方とか!
あれ? さっきまで話を聞きたくなさそうにしてたのになんだか聞きたそうな顔をしているなぁ。
大変解りやすい反応だから話す俺としては楽しいぜ!
……まあ、その手の裏技系のほとんどは眉唾ものなんだけどな。
そんな方法が実際にあるはずないけどな。
あったら、世の中の誰もがバラ色の人生を歩めるはずだし、わざわざその方法を他人に教えてくれる親切な人なんて、そうそういるはずないんだからな。
おっと、話が逸れたな。
で。その方法というのが。
そう、ライバルの登場という奴だ。
……って、おいおい。
なんでまたげっそりして溜息なんて吐くんだよ?
ライバルだぜ、ライバル。
涙あり、笑いあり、友情あり。
信念と思想の戦いの果てに培われたそういったものは、物語を盛り上げるのになくてはならないキーワードみたいなものだろ?
……だから、げっそりするなって!
わかってるよ。
どうせまた、ライバル戦とかいっておいて、結局可愛い女の子達とイチャイチャするだけだろう、って思っているなら……まあ、その通りだけどな。
つまり今回はそういう裏技があるせいで、ライバルが出たり、余計なバトルに巻き込まれたりして大変な目に遭うみたいな話だ。
いつの世も、楽をしようとすると楽してるはずが実際には大変な道を歩んでいた、そういう教訓的な話の内容だ。
やっぱり苦労をして生きる方が充実した楽しい人生を歩めるのかもしれないな。
おっと、また話が逸れたな。
では、百物語のエピソード3を語ろうとしよう。
とある都市伝説系サイトに記載された書き込み。
目撃者Aさんの話。
これは、私と私の友人が体験した恐怖体験である。
20⁇年?月?日。境山峠道。
一台の車が暗い山道を爆走しています。
その赤いスポーツカーを運転しているのは、地元の大学に通う学生。
私の友人です。
彼の名前はそこまで重要ではないですが、一応記しておくとしましょう。
彼の名前は茶羅伊織と言います。
社会的な身分は大学生という事になっていますが、長髪茶髪で普段からシルバーのアクセサリーを身に付けていることか、学内ではチャラ男と呼ばれていました。
そのアダ名の通り、彼は女性関係にだらしなく。よく女性関係のトラブルを抱えていました。
そんな彼はほとんど毎日のように、深夜になるとここ境山の峠道を魔改造したお気に入りの愛車で爆走していました。彼の趣味というか、特技がカーレースなのです。
俗にいう、『走り屋』というやつです。
急勾配のある山道でもほとんどスピードを落とさずに駆け抜けるその様は、地元でも知られた存在で多くの若者から羨望の眼差しで見られていました。
そう、見られていたのです。
とある日まで。
その日、彼はいつものように愛車を走らせていると、車のバックミラーとサイドミラーに不思議なものが映っているの見つけてしまう。
自身が運転する車の後ろ。後方に車ではない異様なものが車間距離ギリギリに、ピッタリと張り付いていたからだ。
「おいおい。なんだよ、アレは?」
そう声に出してから気づく。
彼が運転する車の真横にピッタリと寄り添うように走るバイクがあることに。
(族の奴ら……か? いや、でも……そんな……)
「う、うわあああぁぁぁ‼︎」
彼が驚きのあまり大声をあげたのには訳がある。
彼の運転する車の横に寄り添うように走るバイク。
それを運転するライダーの体。
そのライダーの体が一部アリエナイ事になっていたからだ。
(ク、首から上がねえ⁉︎)
そう。彼が見たのは上半身の首から上がない人間と思わしき人が運転するバイク。
都市伝説として語られる『首なしライダー』を彼は見てしまったのです。
「おいおい……嘘だろ? 夢だ。夢、夢、これは夢だ!」
彼はあまりの恐怖に車を停車させようとブレーキを踏んだ。
その瞬間、後方から迫っていた何かの声が聞こえてしまう。
「なんじゃ、せっかくわらわが走っているのに止めようとするなんて競いがいがない奴じゃな」
「ケッ、だから言っただろうが。美しい車を美しくない改造している奴なんて戦う価値もねえって」
後方のその何かの姿が見えた。
それは一人の少女だった。
フリフリで、ヒラヒラのいわゆるゴシックロリータと呼ばる服装を身に纏い、体の至るところには包帯は巻かれていた。
年齢は小学生くらいだろうか。
怪我をしているのか、全身を包帯で巻かれていて、片目も包帯に包まれている。
その様は怪我の痛々しさよりも、ゴシックホラー的な恐怖と威圧感を放っていた。
一方の『首なしライダー』はド派手な特攻服を着用している。
その特攻服には『天上天下唯牙独尊』という刺繍が入っていた。
「まあ、そういうな。キンゾーよ。わらわ達を見て驚いただけなのかもしれぬ。
平常時に競い合ってみたら意外とやる奴なのかもしれぬぞ?」
「ブチ殺すぞ! てめぇらがその名前で呼ぶんじゃねえよ!」
車外から聞こえてくる化け物達の怒鳴り声。
恐怖のあまり、運転していた彼はそこで気を喪ってしまいました。
私?
私は、助手席で最後まで彼らの声を聞いていましたよ。
彼が気を喪ったのが解ると、その人達は私に向かいニッコリ微笑みましたから。
ええ、怖かったです。
トラウマものです。
停車している私達の車を置き去りにして。
彼らは去っていきました。
去り際に彼らの叫び声が聞こえたのでここに記しておきます。
「それじゃ、とっとと行くかの、キンゾー? 『音速境界』」
「ライン、てめぇは後でブチ殺す! 『流星』」
気を喪った彼はその日から街中で幼女や高齢の女性を見ると失神してしまうようになりました。
あれ以来、境山はおろか。
他の場所にもカーレースに行くことはなくなり。
バイクや特攻服を見ると奇声をあげるようになったとか。
これは本当にあった怖い話です。
2010年6月18日。夜坂学園。2年A組。
俺は一人で自分の席にぼんやりと座って教室のドアを眺めていた。
ここ最近の俺の日課と化している行動だ。
______ここでいくら待とうが、毎朝楽しそうにトークしてくるあいつの姿があるわけないのは解るのだか、ついなんとなく待ってしまうんだ。
仁藤キリカ。
俺の親友であり……この世界で初めて俺に話しかけてきた人物でもあり、また『魔女喰いの魔女・ニトゥレスト』でもある。
そのキリカはここ数日、学校を休んでいるんだ。
元々そんなに体が丈夫な方ではなく。ちょくちょく病気になって学校を休む。
______そういう事になっている。
本当のところちょっと違うという理由を知っている俺は複雑な気持ちになるが、俺の口からはなんとも言えない。
そんな事を考えていた時だった。
ピロリロリーン! と俺の携帯にメール着信があった。
メールを開いて見るとそこには……。
差出人・仁藤キリカ
タイトル・モンジ君へ
内容・モンジ君おはよー! 今日も雨で外がしとしとだね。
ちゃんと傘を持ってきてるかな?
もしかしたら、予備の傘があると……中略……。
それじゃ、瑞江ちゃんや音央ちゃん、鳴央ちゃんと仲良くね。
今日もぐっすり寝て過ごしまーす♪
おやすみなさいっ。
あなたのキリカより。 チュッ♡
いかん、頭痛がしてきた。
それと同時に体中に血液が勢い良く流れるのも感じる。
くっ、静まれ! 俺の血流。
いろいろツッコミたいが、一番ツッコミたいのはモンジ君っていう辺りだな。
まあ、可愛い子からこんなメールを貰って嬉しくないわけがない……なんて思わないがな。
病気持ちには朝っぱらから辛いメールだ。
だが、メールの返信はしておこう。
「俺にはちゃんと一文字疾風という名前があるんだからな、っと」
そんな返信をしながらふと、教室のドアの方を見てしまう。
キリカの体が弱っているのは本当だが、それは病気だからではない。
実際は『神隠し』をなんとかするために力を使い過ぎてしまい、そこで失われた体力や魔力を回復するために自宅療法をしているんだ。
______こないだの事件の時に、魔女の魔術には代償が必要だというのを語られた。
あの時はかなり魔術を使ってくれたり、俺を助けてくれたからその代償はかなりキツイはずだ。
「……ちゃんと休むといいんだが」
もしかしたら、今頃苦しくて大変な目に遭っているのかもしれない。
もしかしたら、今頃あの綺麗な髪や玉のような肌を掻き毟っているのかもしれない。
もしかしたら、また別の五感の何かを喪って、辛い思いをしているのかもしれない。
……そんな事を考えてしまい、いてもたってもいられなくなるのだが、グッと耐えている。
キリカのところに駆けつけても、今の俺では出来る事なんてないからな。
「ちょっと悔しいな……」
『百物語の主人公』、『ハンドレッドワン』。
『不可能を可能にする男』、『哿』、『エネイブル』。
そんな風に呼ばれても、苦しむ親友を助けることも出来ないのなら意味がない。
主人公というのは、苦しむ仲間や人を助けることが出来る奴の事をいうのだから。
そう思うのは、俺が未熟で。
キリカを頼らないと事件を解決出来ないからだ。
「早く、一人前の物語にならないとな」
キリカの席を見ながらそう呟いた時だった。
「おはようございます」
俺の背後を一瞬でとったような、冷たい声が聞こえた。
(なっ、そんなバカな。つい一瞬まで俺は教室のドアを見つめていたのに。ほんの一瞬キリカの席を見ただけで俺の背後を取った……だと⁉︎)
ヒステリアモードではないとはいえ、元武偵である俺に気づかれることなく背後を取るとは……やはり油断ならない奴だ。
「『朝のトークタイム』とやらをしてあげます」
「いや、別にしなくていいんだが」
「遠慮はいりません。ほら、とっとと話しやがれです」
「こんな殺伐としたトークタイムなんて御断りだ!」
なんで俺は朝っぱらから首にナイフのような金属を押し当てられないといけないんだ?
『月隠のメリーズドール』というロアである一之江は、何かある度に俺を刺す癖がある。
前世でアリアが事あるごとに俺に銃を向けてきたように。
だが、人前でザックリやるほどのお茶目な奴ではないはずだ。
というかないといいな。
「いいからとっととトークしなさい。こちとら、キリカさんに言われたので仕方なく付き合っているのですから」
一之江が何故こんな殺伐としたトークをしたがるのか。
それはキリカに頼まれたかららしい。
キリカを心配して電話した一之江にキリカが『モンジ君との朝のトークはお願いね!』
などと言ったそうだ。
それを毎朝実行しようとする律儀さはいいが、いかんせん本人にその気が無さ過ぎだ。
「では、語りなさい」
「急に言われてもな……ええと、いい天気だな?」
「ええ、朝から土砂降りでテンション下がりますね」
「昨夜はよく寝れたか?」
「深夜まで通信番組を見ていたので3時間しか寝ていません」
「朝食は何を食べたんだ?」
「朝は基本何も食べません」
「……」
「他には?」
「……特にないな」
「コミュ力の低い人ですね」
お前が言うなー!
どうしろというんだ?
話題を出そうとすればその話題を全てぶっ潰す一之江相手にトークしないといけないなんて。
これ何の罰ゲームだよ!
そう思っていると。
一之江がはぁ、と溜息を吐いたのと同時に首筋に当てられた金属の冷たさは無くなった。
会話するつもりが微塵も感じられなかった一之江に愚痴りそうになったが、愚痴ったが最期。
どんな目に遭うかは想像出来るので心の中だけで愚痴ることにしよう。
そう思いながらも、それとは別に聞きたい事があった俺は一之江に小声で話しかけた。
「なあ、一之江」
「なんですか。宿題ならやっていませんよ」
「見せませんよ、じゃなくてやってないのかよっ」
「宿題は決して家ではやらない主義なのです」
「……昨日学校でやってなかったか?」
「授業の時は眠いので寝ていました」
堂々とした態度で言う一之江。
これで、宿題提出の時もしれっと「すいません、やってません。申し訳ありませんがやる気も起きませんでした」などと語るので、教師泣かせだったりもする。
「ちょっとあっち系で聞きたい事があるから、教室の外で話さないか?」
「またどこかに連れ込んでエロい事をするつもりですね」
「またって、お前にはしてないよな⁉︎」
「には?」
「うぐっ」
しまった、という表情を浮かべてしまった。
そうなんだ。一之江以外の子にはアクシデントが起きてしまったせいでヒステリアモードになってしまい、あっちの俺がいろいろやらかしてしまっているのだ。
「このエロ助」
「エロ助じゃないが……本当にすまん」
「まあ、貴方の性癖については後でお仕置きするからいいとして。いいでしょう、話があるからツラを貸せ、ということですね」
言い方は悪いがその通りなので俺は頷くしかなかった。
2010年6月18日。夜坂学園校舎内廊下。
一之江と廊下を歩いていると、多くの生徒から注目を集めている視線を感じた。
無理もない。一之江は隣街の名門校、蒼青学園の制服を転入してきてからずっと身に付けているのだからな。
ごくごく平凡な生徒からしてみると、その制服だけでお嬢様イメージがついてしまうのだろう。
しかも、彼女は衣替えが終わっても同じ制服を着続けているのだからな。
以前、制服の事を聞いた時には『噂されやすくする為』などと言っていたが、俺達ロアは噂に左右されやすい存在なはずだ。
そんな噂に左右されやすい俺達ロアが噂をされやすくするメリットがあるのだろうか?
それとも、『都市伝説』の正体はバレた方がいいのだろうか?
うーん、わからん。
一人で考えても解らなかったので、俺は階段の踊り場までくるとまずそれを尋ねてみることにした。
「なあ、前に制服の事を聞いた時に噂されやすくする為って言っていたが」
「はい? ああ、何故この学園の制服を着ないでわざわざ蒼青学園の制服を着続けているのか、という問いですか?」
「あの時にも疑問に思ったんだが、ロアの正体はバレた方がいいのか?」
ロアは噂に左右されやすい存在だが、その正体を明かしてしまってもいいのだろうか?
正体を明かしてしまったら他のロアに狙われやすくなるのではないか。そう考えると正体を無闇に明かすのは危険だが……。
逆に明かした方が噂になりやすくなる。
より強力な存在になるなら明かした方が物語としてより完成するのだからそっちの方がいいのだろうか?
どっちの可能性もある為、ロアの先輩の一之江に尋ねてみると。
一之江は……。
「ああ、いえ、噂される程度が丁度いいんです。バレてもいいっちゃいいんですが、私くらい有名だと他のロア狙われまくってしまうので。殺しまくるのも疲れますし」
さらりに物騒な事を呟いた。
「その辺りのシステムがいまいちまだ解らないんだよなあ」
「その手の説明担当はキリカさんなので、彼女の復活を心待ちにして下さい」
「うーむ……そうかぁ」
キリカが情報担当。一之江は戦闘担当みたいな役割りが二人の間に出来ているようで、キリカは優しく、例えば話を使っていろいろ話してくれたり、一之江は容赦なしで俺に戦闘訓練を課してくる。
ただし、ここ数日は一之江がどちらも担当していた。
一之江は基本面倒くさがり屋なので、こうして保留にすることが多いのだが。
「うーん……」
「そのうちイヤでも解りますよ」
不思議そうな顔をしていたからか、一之江は溜息交じりにそんな返事をしてきた。
俺も、いずれは自分の噂を広める行動をとらないといけないのだろうか。
自己プロデュース、みたいな事を。
極力目立つ行動はしたくないんだがな。
「聞きたいのはそのことでしたか?」
「いや、違うな。っていうか、こんな話題を堂々と人前でしていいのか?」
HR前とはいえ、廊下には学生がチラホラいるんだぞ?
「構いません。私達の話題に聞き耳を立てている人物がいたとしても、それがどんな話の内容かを理解できなければ話半分になりますから」
「へえ……そんなもんなんだな」
「そんなもんです。むしろ、たまに聞こえる会話というものの方が噂になりやすいので、こういう話題は理解されない範囲でバンバンした方がいいとも言えます」
「なるほどなぁ。噂を広めるのにも広めるテクニックとかがあるんだな」
「ええ。理解されない程度の会話でも、『アイツ、もしかして?』という認識をされれば私達ロアはより強くなりますから」
そんな会話をしていたその時だった。
俺達がいる階段の踊り場に向かって近寄ってくる聞きなれた奴の足音と声が聞こえた。
「いやあー、やっぱこう、凄いわけよ、間近で見ると!」
我がクラスの残念なイケメン。アラン・シアーズが友人と思わしき少年達と一緒に会話しながら、階段の下を通りかかった。
「やっぱ、鳴央ちゃんのあれはFカップはいってるとみたね! 姉妹揃ってデカイって、たまらんたらないだろおい!」
F?
なんのことだ?
気になった俺がアランに話しかけようとしようとした時、隣にいる一之江の様子がおかしいことに気づいた。
「牛乳女なんてみんな消えればいいんです。っていうか消しましょう!
牛乳呪呪呪呪呪呪呪呪呪……」
「一之江が壊れた⁉︎」
リアル呪いの人形である一之江が呪いをかけようとする姿はなんというか、マジで恐ろしいな。
今の一之江を見たらきっとみんなこういうのだろう。
『牛乳を呪う女を見た!』と。
ああ、つまりはこうやって新たな都市伝説が誕生するんだな。
「って、感心してる場合じゃない、落ち着け一之江!」
「落ち着きましょう」
……あ、戻った。よかった。
「話が逸れましたがああして、六実鳴央の名前とFカップという噂は広まり、彼女イコールでかい胸、という認識が世の中に広がっていくというわけです」
そんな説明を淡々とする一之江も凄いが、そうかぁ、鳴央ちゃんはFカップもあるのか……俺的には要注意だな。ヒス的な意味で。
そしてなんとなく『噂のシステム』みたいなものも解ったような気がした。
「あ……モンジさんっ。おはようございます」
「うん? モンジじゃない。おはよ。なんでそんなトコでコソコソしてんの?」
噂をすればなんとやら。
その噂の人物である鳴央ちゃんと音央の六実姉妹が揃って階段を上ってきた。
アラン達とは違い、俺や一之江の姿にちゃんと気づく辺りやっぱり違うなー、なんて思ってしまう。
ちなみに鳴央ちゃんという人物こそ、先の事件で『神隠し』をやっていた少女で。
今は六実音央の双子の姉ということにして生活している。
清楚でお淑やかな黒髪の方が鳴央ちゃんで、強気で薄い茶色の髪をツインテールにしている方が音央だ。
「おはよう。っていうか、二人揃ってモンジっていうのはやめろ。俺には一文字疾風というれっきとした名前が……」
「え、ですが……音央ちゃんが、その方がモンジさんが喜ぶわよ、って……」
うっ。マズイ、血流が……。
はにかみながら、手を胸の前で合わせてもじもじするその姿に思わずドキッとしてしまう。
言葉の内容はさておき、彼女からは俺を喜ばせたいという想いが伝わってきた。
……そんな仕草とかをされたら見逃すしかないか。
「いいじゃない、モンジは所詮モンジなんだし。で、一之江さんと密談?」
鳴央ちゃんに吹き込んだ当の本人はこれだしな。
っていうか、所詮ってなんだよ。所詮って。
俺が一人心の中で抗議していると。
「ちょうど、鳴央さんの話をしていましたよ」
一之江がさらりと告げた。
「え。わ、私、ですか……?」
何故か鳴央ちゃんの頬はさっと朱色に染まり、俺をもじもじと上目遣いで見てくる。
うん? なんだ。
俺何かしたっけ?
「どうせエロい話でもしてたんでしょ?」
反して、じとー、という目で睨んでくる音央。
いやだから、俺何もしてないんだが。
全く同じ顔をしているのに、どうしてこうも印象が違うのだろうか。
元々は同じ人間だったというのが信じられないくらい、二人の個性は完璧に分かれていた。
「胸がFカップという話を」
「っ⁉︎ ど、どうしてそれを……⁉︎」
っ⁉︎。エ、Fカップだと⁉︎
白雪や中空知級……或いは二人よりもデカイのかもしれないな。
いや、白雪のバストサイズなんて知らないが。
「こら、鳴央。そこはちゃんと誤魔化さないと。ほら、モンジがエロい目でアンタの胸をじろじろー、って見ちゃってるわよ?」
「は、はぅっ」
音央の言葉に鳴央ちゃんは慌てて自分の胸を隠すように押さえたが。
そんな態度すら、大変奥ゆかしくてたまらなくなる、
特にこっちの俺には。
「ご馳走様です」
「拝まれましてもっ!」
高まっていた血流をなんとか抑えていた俺だが、彼女が胸を隠す仕草をしたことによりついに、俺の対ヒステリア堤防は決壊した。
思わず手を合わせる仕草をした俺に、鳴央ちゃんは困ったような表情をしながらもツッコミを入れてくれた。
うん、可愛いツッコミは華があっていいよね。
なんて馬鹿な事を考えていると。
「拝まれましてもっ」
グサッ。
「ぎゃあ⁉︎」
何気なく俺の背後に回った一之江が、俺の背中に何かを突き刺した。
「い、痛い⁉︎ 何を刺したんだ⁉︎」
「別に、何も」
ほら、と両手を開いて見せる一之江。
その手には確かに何もなかった。
一瞬で制服の中にしまったにしては、今の衝撃は大きかったが……っというか、俺は一之江の胸を拝んだりしていないんだが。
「だ、大丈夫ですか?」
心配してくれるのは鳴央ちゃんだけだ。
「あ、ああ、うん、大丈夫だよ」
「いつものことみたいよ」
「そうなんですか?」
音央の「いつものこと」というフォローも嬉しくないが、まあ中学時代からの付き合いだし、これくらいの痛さなら前世でも今世でも日常茶飯事だから、まあいいや。
「で、胸の話ですが」
「続くのかよ」
一之江が語り始めたので、俺は思わずツッコミを入れてしまった。
「せっかく、音央さんも鳴央さんも二人ともいますしね」
「うん? ……そっち系の話?」
一之江のその言葉に音央の顔つきも真面目なものになった。音央の隣に立つ鳴央ちゃんも姿勢を正して聞いている。
「気をつけないといけないのは、Fカップの噂話をされているのが、鳴央さんではなく、ここにいる音央さんだった場合です」
「あたし? まあ、それくらいよくされてるけど……」
よくされてるのか。
まあ、噂の中心人物になりやすいのは確かだな。目立つし、可愛いし、スタイルもいいし、雑誌のモデルもやってるし、生徒会副会長だし、と話題のネタは尽きないからな。
「例えば音央さんの胸が『Zカップだぜヒャッハー』とか広がったとします。世間的にもそれが認知されてしまうとしましょう」
「Zって。しかもヒャッハーって」
その表現はさすがにどうかと思うよ?
「それが世界に認められると、音央さんの胸はZカップに変貌してしまいます」
「「うっそ」」
驚きのあまり、俺と音央の声が重なってしまった。
「Zってどんなだよ」
メーヤや詩穂先輩より柔らかい胸というわけだよな。
……戦艦で例えるなら航空母艦とか、宇宙戦艦並みの大きさだよな?
ありえるのか、そんな胸を持つことが。
だとしたら一之江も噂されればゴムボ「ツーアウトです」……女性は胸じゃないよな!
うん、女性は胸じゃない。
だから背にチクチクする物騒なものを押し当てるのやめようか。一之江さん。
やっぱり一之江に胸の話題は鬼門のようだ。
「さて、ハゲは後で殺すとして。
Zカップを持つものは凄いことになります」
「凄いこと?」
「はい、それはもう、ボバーン、と凄いものに」
両手を広げてその大変さを無表情のまま、アピールする一之江。
言われた音央は顔をしかめている。
「音央ちゃんは……その……『ロア』だからなんです」
鳴央ちゃんが言い辛そうに言った。
長年『神隠し』としてロアの世界に身を置いていたせいか、『ロア』である音央よりも鳴央ちゃんの方がこういう事には詳しかったする。
「……そうなのね」
今の音央は元々存在しない人間だ。『妖精の神隠し』に遭った本物の『音央(今は鳴央と名乗っている)』と入れ替わりで生み出された『妖精』だからだ。
今でこそ別々の人間として存在しているが、それはキリカの魔術を使ったからであって。
俺達ハーフロアとは違い純粋な『ロア』なんだ。
だけど、元々一人の存在だけあって音央と鳴央。
その内面は似ているところが多い。
「純粋な『ロア』は人の噂として認識されてしまうと、その存在になってしまうのです」
そう言い放ち一之江は鋭い視線を音央に向ける。
彼女にしてみると、仲良くはしているが音央は『ロア』だ。
心を許せる存在ではない、と思っているのかもしれない。
「なるほど、ね」
多少青ざめながらも、音央は気丈一之江の視線を受け止めた。
「ですから、貴女が『悪の妖精・神隠しボインクィーン』とか呼ばれるようになったら、貴女はそういう恥ずかしい存在になってしまうのです」
「え、何それ恥ずかしい⁉︎」
何だよ神隠しボインクィーンって。
神隠しがボインでクィーンなんだろうが。
やたら恥ずかしい存在だな。
そんな事を思っていると、音央の隣にいる鳴央ちゃんまで便乗して深刻そうな顔で語り出した。
「悪の妖精神隠しボインクィーンは、妖精と人間を入れ替えて、人間界の全ての人々を妖精にしようと画策する恐怖の女王なんです……」
「え、鳴央⁉︎ あんたまで何言ってるの⁉︎」
「その悩殺バディから繰り出される、必殺『ボインバスター』により、数多くの勇者たちが殺されたのです……」
「やめて一之江さん! 必殺技が嫌すぎるんだけどっ!」
「俺も『ボインバスター』には勝てないな……」
人間辞めましたランキングアジア71位に格付けされていた俺でも、『ボインバスター』には勝てる気がしないな。
「あんたも乗るな‼︎」
と、そんな事を考えていた俺の頭に音央のチョップが炸裂した。
「何で俺だけ⁉︎」
「あんたが一番ムカついたのよ」
何この理不尽さ⁉︎
男女差別反対だ。
だが、今の俺はヒステリアモード。
そんな理不尽な暴力を受けても許してしまう。
「悪かったよ。調子に乗りすぎた。
『ボインバスター』を使えなくても音央は音央だ。
俺は今の音央の方が好きだよ!」
「なっ⁉︎ ば、バカじゃないの⁉︎
バカ、バカのノーベル賞よ」
意味が解らん。
「ふふっ、すみません、モンジさん。
音央ちゃんは照れてるだけですから怒らないであげて下さいね?」
音央の隣にいた鳴央ちゃんが俺の頭を優しく撫でてくれた。
「ああ、大丈夫だよ。音央が素直じゃないのは昔から知ってるから」
鳴央ちゃんみたいな美少女が俺の頭を優しくナデナデしてくれている。
それだけで俺は幸福感に包まれていた。
「ふん。すぐに鼻の下伸ばして。まったくもう……」
「モンジは後でモグとして。「モグなよ⁉︎」と、まあ。そんな感じの存在になるかもしれないので気をつけて下さいね」
「そ、そりゃ気をつけるけど……今まであたしが普通に過ごしていたのは、もしかしてたまたまってことなの?」
「音央ちゃんの場合、雑誌モデルとかの時にスリーサイズが掲載されているからですね。
公式発表的なものがどこかにあれば、人はそれを真実と認識するんです」
「それじゃ、音央がいつだって理想なバディをしているのは、周りの人間から『そういう最高のスタイルをしている』と認識されているから……そんな可能性もあるってことか」
「そうなの? あたし、結構頑張って筋トレとかダイエットとかで体作ってるのに」
「そういう努力も広まれば、より確実ですね」
噂によって自分の体が左右されてしまう。
そんな恐怖を感じたのか音央は眉をひそめていた。
「音央ちゃん……」
そんな彼女の背に手を添えて鳴央ちゃんは励ましている。
「ん……大丈夫、ありがとう鳴央。別にそれくらい……なんてことないわ」
音央は下唇を噛み締めながら、前を睨んだ。
音央と鳴央ちゃん。
二人が『神隠し』として犠牲にしてきた人々はもう戻ってはこない。
だけど二人は二人として生き続けることを選択したんだ。
そんな選択をした二人はこれからも、罪の意識と戦い続けながら、償いの人生を歩んでいくことを決意したんだ。
自分が感じる恐怖、そんなものに負けていられないと。
恐怖に負けずに、前を睨む音央の姿は格好良かった。
『ロア』と『噂』と『認識』______ロアとして過ごす以上、これらに気をつけなければ大変なことになる。
それこそ、大切な人を失わせない為に重要な知識なんだと理解した。
そして、そんな彼女らを自分の物語として引き入れた俺は、彼女ら以上の覚悟が必要だった。
音央と鳴央ちゃんの悩みや苦しみ、恐怖や不安。
そういったものを全部受け止めて、それでいて二人が『生きていて良かった』と思えるような。
そんな物語をこれからも作っていかなければいけない。
毎日が楽しく、平和で、明るく過ごせる。
そんな誰もが当たり前に過ごせる普通の『日常』を歩めるような物語を作っていく。
それが俺の『主人公』としての役目なのだから。
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