101番目の哿物語
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番外編4。人喰い村と魔女と……
「えいっ!」
手に持つ魔道書で飛び掛かってくる村人さんをなぎ払う。
魔道書で払われた村人さんはスパァンと小気味いい音と共に光の粒子となって弾け飛んだ。
一見するとなぎ払う動作だけど実はこれは私の食事方法でもある。
なぎ払うと見せかけて光の粒子として獲物を取り込む私の魔術の一種。
……よく見ないで食べちゃたけど、ムサイおっさんとかだったら嫌だな。
まあ、見た目なんかどうでもいいか。
ここの村人ってどれも食べたんだか食べてないんだか解らなくなるような曖昧な味だし。
「へえ、強いね、魔女さん?」
「このくらいの、人並みの運動能力しかない子達なら楽勝だね」
いくら魔女という、いかにも運動能力がない存在であろうと一応ロアである以上、人間には負けないくらいの強さは持っている。
戦闘力に特化した人間相手には魔術なしだと厳しいと思うけどね。
「お?」
そんな事を思っていた時だった。
胸が熱くなって……体の奥底がじんわりと温かくなる感覚を感じた。
この感覚……優しい強さ。
______ああ、そうか。
この温かく、優しい感じは……。
「モンジ君が『妖精の神隠し』を攻略したみたいだよ?」
確証はない。
ただなんとなく解る。
解ってしまう。
今の私と彼は繋がっているから。
「へえ……彼女に名付けられたわたしは、もしかしたら消えちゃうかな?」
「どうだろうね? 村系のロアとしては残るかもしれないけれど、詩乃ちゃん、という個性は消えちゃうかもしれないよ。『親』が別の物語に組み込まれてしまったからね」
私達ロアは噂がベースとなっている為、別の物語に組み込まれてしまうとその噂が消されてしまう可能性がある。詩乃ちゃんの場合、ベースとなっている村系のロア。『人喰い村』は消えないけど、そこに名前を付けられて誕生した朱井詩乃という人格は消えてしまう。
「ふぅん……でもさ?」
「うん?」
詩乃ちゃんは私に話しかけて来ながらも村人をけしかけるのは忘れない。
ちょっと面倒になってきた私は魔術を使い、蟲を操って村人を消滅させていく。
そんな風に対処していた私に詩乃ちゃんは笑顔のまま告げた。
「『人喰い村』が『魔女』を倒しました、っていうのは?」
「ああ……それなら、確かに残るかもしれないね。詩乃ちゃんの名前」
当たり前過ぎて気付けなかった可能性。
より強くて有名なロアを取り込めれば、そのロアはより有名になり強くなる。
詩乃ちゃん自身が存在している間にそれが達成出来れば、可能かもしれない。
そんな可能性がある事に気付けなかった。
なるほどなぁ。
「それに、魔女ってさ?」
なんとなく嫌な予感を感じつつ、詩乃ちゃんの言葉を聞いてしまう。
「うん?」
「村人に囚われるっていうのが、定番だよね?」
その言葉を聞いて久しぶりに寒気を感じた時だった。
私のDフォンが赤く、熱く光って。
「『狂気の魔女狩り』!」
魔女狩り。
そう、それは『魔女』である私の弱点の一つだ。
詩乃ちゃんが手を上げるのと、私が逃げようと動き出すのでは、詩乃ちゃんの方が速かった。
動き出そうとした直後。
ドスッ‼︎
私のお腹を、背中から貫いたものがあった。
お腹を貫通したもの。
それには見覚えがある。
『槍』だ。
その槍に身動きを封じられた瞬間、四方八方から同様に柄が長い槍が繰り出されて、私の体に次々と突き刺さった。
そう、久しぶりに私は、肌が裂け、肉を貫かれ、骨が砕ける感触を感じたのだ。
「あっ……けほっ」
喉の奥から血の塊が込み上げてきたのではしたないなぁ、と思いつつ仕方がないので外に吐き出した。
直後、私に刺さった槍が燃え始めた。
「あははっ! 『魔女』と『村』は相性が悪かったね? やっぱり最期は、村人達の手によって火あぶりにされる、っていうのが決まりだしね?」
そう言われてみればそうなのかもしれない。
私達ロアには相性が存在していて。
ゲームみたいに優劣はっきりしている都市伝説もある。
『魔女』と『村』の相性は最悪だ。
いろんな物語で『魔女』は『村人』に倒されているのだから。
中世の頃には大規模な魔女狩りなんてものがあったくらいだし。
そんなピンチな状況だけど昔を思い出すようでなんだか懐かしいなぁ、なんて思えるくらいには余裕がある。
だって……。
私には彼女を倒す手段がまだあるのだから。
「ああ、そうだね。貴女が詩乃ちゃんじゃなくて『村』のままだったら……もしかしたら、私の魔女人生は終わっていたかもしれない」
「ふぅん? 負け惜しみ? いいよ、最期に魔女が何を言うのか、楽しみだよ?」
私に負けるとは微塵も思っていない様子で詩乃ちゃんはそう告げてきた。
なら、その余裕顔を絶望に変えてあげるね?
「そう? じゃあ魔女らしい事を言うね?」
かろうじて動く右腕を持ち上げて、私は焼け爛れた人差し指を詩乃ちゃんに向ける。
「『私の他にも悪魔と契約した女の子がいます』……そう、『告白』するよ」
そして、そう一言告げた。
「っ⁉︎」
直後、詩乃ちゃんの体にも……大量の槍が突き刺さり。
彼女の周りにいた村人達が突然、その手に持っていた凶器を詩乃ちゃんに突き立てた。
「え? ……なんで……? ゴフッ」
詩乃ちゃんは笑顔のまま、意味が解らないというように首を傾げた。
その口からは大量の血が吐き出されている。
「詩乃ちゃんが『狂気の魔女狩り』をなぞったから、魔女は魔女を増やす事が出来るの。貴女が、ただの『村』の概念だったら『指名』は出来なかったけどね。ところが、貴女はちゃんとした一人の女の子『朱井詩乃』ちゃんだった。だから……」
「……『魔女』と勘違いされて……殺される……?」
それが本当か、嘘かなんて関係ない。
『魔女』と認識されてしまえば、魔女狩りの対象にされてしまうのだから。
「どうしてそんな事……ロアは……その性質上……嘘は付けないんじゃないの……?」
その通り。
ハーフロアのように人間から派生したロアの場合は、意思がある以上ズルは出来なくもない。
だけど、私や彼女のように生まれついてのオバケには制約がある。
つまり『物語を改変出来ない』という制約が。
だからこそ、情報戦や知恵比べになるのだ。
通常の純粋なロアは嘘を付けないから。
だけど______。
「私は魔女だからね。魔女の言う言葉はどれもこれも嘘ばかり。それが私の能力……」
辺りの状況は一変して。
私を焼いていた火が消えて。
私を貫いていた槍も消えていた。
その代わりに、今度は詩乃ちゃんが『魔女』として燃やされていた。
……ロアとロア。オバケとオバケの対決の結末はいつだって呆気ない。
「『魔女の口車』。______ロアとしてのズルさが違ったね、詩乃ちゃん」
私は魔女だから……。
だから嘘を本当のように思わせる事が出来る。
「本当ならこのまま消えちゃう貴女を食べようかなー、なんて思うけど……」
「……けど?」
「気づかないとでも思われているのかな?
いるんでしょう? リサちゃん」
私は視線を村人達の方に向けた。
私が村人達に視線を向けたその時。
村人達の体が突如消滅した。
いや、違う。
食い殺されているのだ。
その背後から現れた金色の獣によって。
「『ジェヴォーダンの獣』かぁ。村を滅ぼす『破滅系』のロアだよね、確か?」
「グルルルルル」
「声は届かないかぁ。モンジ君……いや、キンジ君がいたらまた違った結果になっていたのかもしれないね。瑞江ちゃんから話を聞いておかしいと思ったんだよね。『人喰い村』の中にいて、貴女だけは村の影響を全く受けていないようだったから」
それもその筈。
『ジェヴォーダンの獣』は『村』を殲滅出来る存在で村系のロアである『人喰い村』がおいそれと手を出せる存在ではなかったのだから。
「参ったなぁ。本当なら貴女だけは絶対に相手にしたくなかったんだけど……仕方がないかぁ」
彼女は私と同じ存在だ。
モンジ君達はまだ気づいていないみたいだけど。
彼女はまだ完全には彼の物語にはなっていない。
私が『魔女・ニトゥレスト』として呼ばれているように、彼女も秘密がある物語という事に気づいていないのだ。
「邪魔をするなら貴女のその美味しそうな魂も……いただきまーす、するよ?」
「グルルルルル」
本当ならすぐにでもモンジ君の近くに行きたいけど……目の前に極上の獲物が現れたので。
私は目の前に現れた最強の存在に挑む事にする。
なんて思っていたけど。
「無駄な戦いをするなんて……非合理的〜!
させないよ……『無限隙間空間』!」
私がリサちゃんに近寄ろうとした瞬間。
どこかで聞いた事があるような声が聞こえ。
突然、雪が降り始めて。異変に気づいた時にはすでにリサちゃんの体は何もない空間の中に吸い込まれてしまった。
私は突然の出来事に 呆然としてしまう。
リサちゃんが忽然とその姿を消してしまったからだ。
それは本当に突然だった。
何もない筈の空間に吸い込まれるようにして消えた『ジェヴォーダンの獣』。
降り続ける雪。
その雪は強く降り注ぎ視界を覆い尽くした。
そして弱まった時にはそこにはリサちゃんの姿はなかった。
「……神隠し?」
その言葉が自然と口から出たけど私は神隠しはもうモンジ君が攻略したというのを知っている。
だから違う。これは神隠しじゃない。
誰かは解らないけど別のロアの力だ。
『神隠し』以外にも神隠しと同じような能力を持つ存在が近くにいる⁉︎
正直、パニックになりそうになった。
周囲を見回してもそこにいるのは消えそうになっている村人達と。
槍に貫かれて燃やされている詩乃ちゃんしかいない。
ただ解るのは降り続ける雪が魔術で作られているという事だけ。
これは魔女の仕業?
雪を降らせる魔女。
いろいろと疑問に思う事があるけど。
今はとにかく。
目の前の少女の後始末を先にする事にしよう。
そう思い人喰い村のロアである詩乃ちゃんに向き合う。
「どうする? 消えたくない?」
能力を使いすぎたせいか、支払う代償とか、蟲達に提供する血とかを考えつつ、私は詩乃ちゃんに声をかける。
「私が食べたロアは、いつまでも私の中で生き続けるの」
「消えないで済むの?」
「そういうロアだからね、私」
放っておいても、この『朱井詩乃』という『人喰い村のロア』は消滅する。
何故なら、名付け親である『神隠し』からしてみれば、自分のせいで大勢の人を食べてしまったこのロアには残っていてほしくないはずだからだ。
でも、それは……ロア側からしてみれば身勝手な話。
私達ロアは人間の噂から生まれた存在。
つまり、人間が求めたから発生したものだからだ。
無意識だとしても、生み出しておいて現れたら困るからポイとするなんて。
それはちょっと酷いんじゃない?
なんて思ってしまう。
だから私はロアを取り込む。
私の食べたロアで、いつか人間達にギャフンと言わせる為に。貴方達が生んだ私達は、こんなにも貴方達の脅威になるんですよー、と思い知らせる為に。
そこに意味なんてない。
何故なら……私は「そう」生まれてきたのだから。
______まあ、最近はちょっぴりだけ。
そんな人間達と仲良くするのも悪くないかなぁ、なんて思っちゃってるけどね。
「どうする? 詩乃ちゃん」
「あはっ……お願いね?」
「OK! それじゃあ……!」
私が魔道書を開くと、そのページに記されている『ロア』が発動した。
赤い光が周囲を走り……『5つのドア』が空中に現れて詩乃ちゃんをぐるりと囲んだ。
コンコンッとドアの内側から叩く音が聞こえて。
「花子さん達、お願いね?」
『はーい!』
2つのドアから元気な女の子の声が聞こえると、3番目と5番目のドアが同時に開いて、ザバーッ、と両サイドから詩乃ちゃんに大量の水がかかった。
「うわっ⁉︎ トイレの水⁉︎」
「花子さんだもの、仕方ないよね」
開いたドアから出てきたのは双子のようにそっくりな女の子。
おかっぱ頭で、可愛いらしい赤いドレスに身を包んだ『花子さん』が顔を覗かせて微笑んだ。
そして。
地面からは大量の赤い蟲達が一斉に詩乃ちゃんに向かって襲いかかり。
その小柄な体を一瞬で包み込んだ。
瞬きをした______次の瞬間には、詩乃ちゃんの体はそこにはなくなっていた。
「捕食完了。ごちそうさまでした」
バタン、と魔道書を閉じると、表紙がぼんやりと赤く光った。
空中に浮かんでいたドア達も消失していて、花子さん達も消えていた。
「ふう、終わったね。これにて一件落着……かな?」
モンジ君達といると大変だけど退屈しない。
キツイ代償は嫌だけどそれ以上の見返りも彼らといればある。
研究も進むしね。
私が今しているのは人間についての研究。
それは『魔女』として生きる、存在価値、ライフワークみたいなものでもある。
「代償は嫌だけど……ふふっ『人喰い村のロア』をゲット出来たんだから、お釣りがくるかな? ありがとう、モンジ君。やっぱり君といると、いい事、いっぱいだね?」
愛しい、愛しい彼の顔を思い出したら、なんだか無性に会いたくなってきた。
早くこの場からおさらばして、彼に会おう。
そう思った私は、魔道書をシュッと消し去り、この場からさっさと退散したのだった。
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