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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第三部。終わる日常
第一章。赤マントのロア
  第一話。雷雨の中の襲撃者

2010年6月18日午前10時30分。夜坂学園2年A組教室内。


授業中でも俺は別の事を考えていた。
音央と鳴央の決意の事や一之江の本気具合とか。キリカが代償を払ってまで俺に力を貸してくれるのは何故なのか、とか。カナメやリサがこの世界に来た理由だとか。そして……。
リアがロアである可能性があるという疑いがかけられている事についてだとか、そういった事に対して俺は自問自答していた。
俺は一体何の為に頑張っているのだろう?
ほとんどなり行きで手に入れたDフォン。
これが最初のきっかけになったのは間違いない。
消えないように頑張る一之江を見て手助けをしたくなったとか、キリカの正体を知ってなんとかしたくなったとか、歪んだ世界によって夢の中に閉じ込められていた鳴央ちゃんを助けたくなったとか、自分が人間ではなくロアという都市伝説が実体化したもので、自分が存在する為に知らないうちに大切な人達を消してしまっていた音央を見て救いたくなったとか。
そういう目先の理由はすぐに出来たし、そんな彼女らが消えないように俺の物語はずっと続けていく、なんて事をヤシロちゃんに語った事もあった。
だが、そこにあった目的はあくまでも受動的なものだ。
周りの環境に合わせた与えられた目的に過ぎない。
俺自身がしたいこと……それが何かは解らないままだ。

「うーん……」

物凄く真剣に考え事をしている俺だが、周りからはさぞかし真面目に授業を受けていると思われているだろう。考え事をしながら、同時にキリカの為にノートもきちんと取っている。
側からみたら完璧に優等生だ。
そんな優等生のフリをしている俺だが、実際には優等生ではないのだけどな。
今もこうして、授業中にも関わらず授業とは全く関係ない考え事をしているし。
そんな優等生のフリをしていた俺の携帯電話が振動した。
慌てて取り出すと、差出人は……従姉妹の理亜だった。


差出人・理亜。
タイトル・兄さんへ。

内容・お疲れ様です、兄さん。理亜です。
本日の予定はどうなっていますか?
もし遅くなるようでしたら連絡を下さい。
本日は兄さんのご両親がいないので私達で料理を作ることになっていますから。
もし食べたい物などがあればリクエストをお願いします。
それではお返事をお待ちしています。


そういえば、今日は父さんや母さんもいない日だったな。
俺が一文字疾風になってからまだ数回しか顔を合わせていないほど二人とも仕事で家を開けることが多い。
そんなわけで理亜が料理を作るのは決して珍しくはないんだが……。
従姉妹同士とはいえ、メールの内容固すぎないか?
これがカナメとかだったら人様にお見せできないくらいの文量を送ってくるのだが。
朝に貰ったキリカのメールとは正反対なイメージだ。
だが、リクエストOKとある辺りちょっと可愛いなぁ、なんて思ってしまう。
理亜が作る料理は絶品なので、今から夕飯が楽しみだ。

「とりあえず、カレーライスと送っておくか」

小声で呟きながら、左手だけでメールを打ち込む。
今日はキリカがいないから、一之江との訓練だけで帰れるはずだしな。
俺の物語になる『都市伝説』を探す、コードとかも先送りになるはずだし。
何か突発的な事件でも起こらない限りは当たり前のように帰れるはずだ。
そう思いながら俺は送信ボタンを押した。

直後、俺の携帯が鳴り出した。
確認してみると、差出人はカナメからだった。


差出人・カナメ。
タイトル・今夜は美味しい妹カレーだよ♡

内容・やっほー! お兄ちゃん、ちゃんと勉強してる?
可愛い、可愛い妹とのメールタイムだよ♡
今夜は叔父さんや叔母さんもいないから、兄妹水いらずで過ごせるね?
お兄ちゃんが大好きな妹が作るカレーを用意して待っているから早めに帰ってきてね?
リサさんやリアちゃんも何か作るとか言ってたけどお兄ちゃんは私のカレーだけを食べればいいからね?
お兄ちゃんの家で初めて作ったカレーと同じ分量・味になるように作るから私の妹カレーをお腹いっぱい食べてね?
それじゃ、お兄ちゃんが早く帰ってくるのを楽しみにしているよ。
それじゃあね!

お兄ちゃんの可愛い、可愛い妹のかなめより♡



……いかん。頭が痛くなってきた。
何だよ、妹カレーって。
わざわざ♡マークなんて付けんなよ!
とかいろいろツッコミどころが多いのだが。
この文の通りなら、リサの奴も何か作る予感がするな。
美少女達が俺の為にわざわざ手料理を作ってくれる、こんなシチュエーションなかなかないよな?
世の中の男子諸君なら夢のような至福の時間なんだろうが、俺にとっては拷問と変わらないぜ。
代われるものから代わってやりたい。
理亜のカレーだけで十分なんだけど、全部きちんと食べないと暴動が起きそうだしな。
前世では大変だったからな。
包丁とかブンブン振り回した妹に襲われたり、家に同居人が他にいるのが気に入らないからと、俺の女装写真を家の壁に貼られそうになったり。
前者は身の危険を感じたし、後者は精神的に死にかけた。
だからただ、カレーを食べるだけでは済まないのだ。
カレーを食べるだけで命懸けになる俺の日常って一体……。
と、そんな事を思っていると。

「すぅ……」

背後からは俺の背中を利用して隠れて寝ている、一之江の穏やかな寝息が聞こえてきた。
一見真面目そうに見えて真面目じゃない、というのもコイツの個性だ。
なんでも、大概の授業は既に予習してあったり、前の学園で習っていたとのこと。
何気に優等生なのかよくわからんがそれがいかにも一之江らしい。
そんな事を考えていたその時だった。

「ん?」

不意に窓の外がキラッと光った気がした。
直後。


ゴロゴロドシャーン!


雷が近くに落ちたらしく、教室が騒然とした。

「いがいと近くに落ちたなぁ」

窓の外を見て呟く。
バラバラ! と窓ガラスを雨が打ち付ける音が響き、授業は一時中断された。
教師がカーテンを閉めるように促すと、窓際の生徒はしっかりとカーテンを閉じでいく。
そんな光景を眺めていると。

「……ふむ」

今の音で起きたらしい一之江が深刻そうな声を背後で零した。

「どうかしたのか?」

「何かあったようです」

「何か?」

俺に返事するよりも先に、一之江はガタッと席を立った。
そして。

「すみません、病弱な私は天候不良すらも影響を受ける薄幸の美少女なので、保健室に向かいます。ついでに言うと、フラフラなので目の前にいる不埒な男を連れていきます」

俺の首根っこを掴みながらそんな事を言いやがった。

「不埒ってお前!」

「事実でしょう?」

一之江に襲われた時にしでかした事やあっちの俺がやらかした事を思い出してしまう。

「……否定できないな」

そんな俺達のやり取りに、クラスメイト達がクスクス笑う。

「では一文字君。一之江さんに不埒なことはしないで、保健室へ連れて行きなさい」

「真面目に授業を受けていた生徒に対して酷い仕打ちですね⁉︎」

担任の安藤先生にツッコミを入れると、さらにクラスメイト達が大笑いしてクラスの雰囲気は和やかになった。
チキショウ、雷への不安を払拭する為に上手く使いやがったな。
この美人教師め。
教師にまで不埒と思われていたなんて。
さすがは不運に定評のある遠山金次。
いや、今は一文字疾風だが。

「では保健室へ行ってきます」

一之江はぺこりと頭を下げると、俺を引っ張ったまま廊下に出たのだった。

2010年6月18日。午前10時35分。



「どうしたんだよ、突然」

一之江が歩く先は、どう考えても保健室がある方向ではなかった。

「Dフォンに、キリカさんから連絡が」

懐からDフォンを取り出して俺に見せてきた。
そのDフォンは仄かに赤く光っている。

「キリカから?」

「一言、『気をつけて』と」

気をつけて?
その表示を見せてもらうと、本当にそれしか書かれていなかった。
キリカにしては内容が単刀直入過ぎるメールだな。
しかも、普通の携帯ではなく、わざわざDフォンに送る辺り緊急性を感じる。

「キリカさんがこうして送ってくるからには対応速度が求められるかと」

「対応速度が求められる事態っていうと」

「それはもちろん戦闘でしょう」

一之江がそう言ったその時だった。
気がついた時には。
学校の中で物音が一切感じられなくなっていた。
教室を覗いてみても、中にいるはずの生徒達の姿が一人もいない。
物音が無く、人もいない。この世界には覚えがあった。

「『ロアの世界』?」

隣にいるはずの一之江に声をかけてみるが……返事はない。
まさか、と思いながらも振り向くと。
そこに一之江の姿はなかった。

「一之江?」

一之江の名を言った瞬間、背筋に冷たいものが走った。
慌ててDフォンを取り出してその熱さを確認すると。

「熱くない……し、光ってもいない、か」

つまり俺には危険はない、という意味なのだろうか?
だとしたらこの『ロアの世界』を張った奴の狙いは。
……一之江を狙ったもの?

「っ、一之江!」

廊下を一気に俺は走り出した。
誰もいない廊下、誰もいない校舎、誰もいない世界。
廊下を走る俺の額や全身から大量の汗が出る。
暑いからとか、走っているから、ではない。
嫌な予感が背中越しに感じる為に変な汗が出てしまうのだ。
つまり俺は焦っているのだ。
一之江に危険が迫っていることに対する焦りが。
この焦りには覚えがある。

「メリーさんの人形に追いかけられた時みたいだな」

この『ロアの世界』を展開している奴もそういうホラーっぽい何かなのだろう。
しかも対象は俺ではなく一之江のようだ。心のどこかで、一之江なら放置していても平気だろうと思う気持ちもある。なんせ、一之江は自他共に認めるくらい強い奴だからな。その圧倒的強さに俺は何度も助けられている。
だが、もう一つの心がそう思って安心するのを許さなかった。
一之江だって、ごく普通の少女なんだ。
キリカに言われてわざわざ毎朝俺とトークしてくれたり、宿題をサボったり、授業中に先生に見つからないように寝ていたり。
殺伐とした世界に踏み込んでいるからこそ、俺はアイツのそういう普通の。
ごくごく平和な日常の姿というのを大切にしてやりたい。
アイツの、ただの女の子である部分をもっともっと大事にしてやりたい。
そう思う。
だから。

「『ロア』! 俺の前に出てきやがれ!」

廊下を走りながら俺は叫ぶ。
怖がったり、逃げたり、悩んだりするのは『主人公』の特権で、一之江みたいなオバケサイドじゃないからな。だったら俺がこの『ロア』の相手をしてやるよ!

そう叫んで、数秒が経ったその時。

Dフォンが一気に発熱し、赤い光を放ち始めた。

「っ⁉︎」

手の中の熱さに驚きながら、周囲を見回す。
辺りは相変わらず物音はしなく静かだ。
だが……何かの気配を感じる。
それは、じっとりとした気配だ。
だが、外で雨が降っているから……ではない。
誰かが俺をじっと見ている。そういう気配だ。
それも一つじゃない。
一つは好意的な視線で。
もう一つは好意的な視線でも、敵意でもない。
そう、値踏みされているかのような、そんな感覚を感じる。

「どこで見ている?」

焦りを感じながらもその視線の主を探すと。
すっ、と白くて細い手が俺の首の横から二本挟むように伸びてきた。

「うおぉっ⁉︎」

それは紛れもなく、手だった。
青白い人間の手。
一之江の『ロアの世界』での恐怖は、追いかけられ、追い詰められ、そして気づいた時には真後ろにいるみたいなものだった。
狙った獲物の精神を追い込んでいくあの手法は、ドSなアイツにピッタリなものだった。
だが、コイツは違う。
静寂な中から、静かに腕だけを伸ばして……。
その冷たい手が、俺の首を静かに握っていた。

「ぐっ⁉︎」

気づいた時には既に遅く。細い指が喉に食い込んでいた。
真綿を締めるように、ただひたすらゆっくりと。じわじわと。

「っっっ!」

それはプロレス技でいうとこの、ネックハンギングツリー……!

(これはまるで『妖刀』に襲われたあの時みたいだな。
ただあの時と違うのは相手が素手で締めているというところだ!
なら……)

俺は首が傷つくのも気にせず、無理矢理その手を引き剥がそうと手で掴んだ。
その拍子に、手にしていたDフォンが廊下を転がった。
赤く、ぼんやりとした光が俺への警告として薄気味悪く輝いていた。
肌に食い込む爪が、首の肌ごと削る激痛に意識が逆にはっきりしてきた。
こんなものに殺されてたまるかよ!

(散らせるものなら……散らせてみやがれ!)

首がちょん切られるくらいの痛みが全身を襲った。
だが俺は諦めずに無理矢理その手から脱出した。
と同時に、どろりと熱いものが首から流れる感触を感じた。
その直後。

「っ!」

ゾクっと寒気を感じた俺は首の痛みを無視して後ろを振り返る。
……そこには。
何もない空間から伸びる、二本の腕があった。

「な、なんだよ、これ⁉︎」

生身の、腕だけというのは不気味だ。気味が悪すぎる。
しかもその指先には自分の血が付いていて、わきわきと蠢いているのを見てしまうのは。

「な、なんなんだよ⁉︎」

思わず頭が混乱してしまい、叫び声を上げてしまった。
その腕は俺が見ている前でスーッと音もなく消えていき。
ひやり。
再び俺の背後から、首を包むように冷たい感触を感じた。

「がっ……あっ……!」

首の締め方に上手さ、下手さがあるのなら、この腕を操る奴は間違いなく達人だ。
的確に俺の呼吸を止め、意識を奪う筋を覚えている。
傷に触れれば痛みで覚醒できるはずなのに、その箇所を的確に避けて掴んできた。
手に力が入らず、頭が朦朧として、目が霞む。

「やっ……め、ろ……!」

俺はその手を両手で掴むが、万力のような力で締めつけられた首から外れることはなかった。
その指先はそれ以上締めつけることはなく。
殺害目的の首締めというよりは、俺を落とすことが目的のように感じられた。

「うぐっ、お、おおおおっ!」

両足をバタつかせていると、上履きの先にさっき落としたDフォンが触れた。

(コイツを俺に近づけて……一之江を呼ぶボタンさえ押せれば!)

そんな俺の目論見を嘲笑うかのように。
もう一本の腕が地面から現れて俺の足を掴んだ。

「うぐっ⁉︎」

腕は二本だけではなかった。さらにもう一本現れて、もう片方の足も掴まれた。
完全に動きを封じるため______だけではないようで。
霞む視界の中で、俺の足が廊下の床にめり込んでいくのを捉えた。

「なっ⁉︎」

まるで底なし沼にはまったかのように、足が沈んでいった。
感触はまるでないのに、足の先はまるで動かない。

「ぐっ……あっ……」

俺はこのまま、床に埋められるのか?
コイツは俺を締め殺すロアではないということか?
青白い腕。何本も出る手。
そんな都市伝説はたくさんある。
思い出せ!
考えろ!
コイツは一体、何の都市伝説だ?
床に埋められながらも、俺はこの都市伝説について考える。
だが、霞む頭では何も考えられなくなっていき。
思考力を奪う、というのは情報戦が主体であるロアとの戦いでは、こんなにも有利なんだな。
っと、薄れゆく意識の中で色々思考を巡らせていた。
このまま目を閉じたら……意識を失ってしまうから。
気絶しないように踏ん張る、それだけを最後の抵抗にして。

「負け、られるかよ……!」

このまま、意識がぼんやりしたまま戸惑っていたら負けてしまう。
そうなったら。
『主人公』である俺が負けたら、一之江も、キリカも、音央も、鳴央ちゃんも。
みんなが……負けたことになる。
そんなのは……嫌だ!

「う、おおおお!」

喉から声を振り絞り意識を強く保つ。
そして、なんとか動く場所を考えてみる。
両手はフリーだ。
この首を掴んでいる手を離せばいくらでも動かせる。
そして……息は苦しいが、口も動く。
目もなんとか開けられるし、耳も聞こえる。
足は……もう膝まで廊下に沈んでいるが、それがどうした!
今は俺を締めつける手をなんとかするのが先決だ。
今の俺はヒステリアモードではないただの俺だ。
『桜花』や『秋水』は放てない。
だったら!
俺は手を離して、むしろ相手の手首を掴んだ。
細くて華奢な腕。女の子の腕だろうか?
______女の子が、自分のいる場所に引き込もうとしているのか?
何の為に?

「……げほっ……なあ……もしかして、俺に……そっちに行ってほしいのか?」

なんとか声を振り絞って、そう尋ねてみる。
反応はない。

「だったら……」

いっそそっちに行ってやるよ!
本音を言うとわざわざ自分から女の子の場所に行きたくはないが、俺は『不可能を可能にする男』、『エネイブル』だ!
目の前で困っている奴を見捨てられない。
そんな寝覚めが悪いことは出来ない。
それこそ、神隠しの中にだって平気で突っ込んでいくような男だ。

「俺を」

連れていけ。
そう、言いかけた時だった。

「えっ、男⁉︎ 間違えた!」

そんな声が聞こえて。

「……はい?」

俺は思わず聞き返してしまった。 
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