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魔法少女リリカルなのは~過ちを犯した男の物語~

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最終話:帰るべき場所


 ジュエルシードを使い次元振を起こして『アルハザード』へと向かおうとしているプレシアを止めるためにフェイト達は時の庭園に乗り込んでいた。そこは普段とは変わり防衛用の傀儡兵が至るところに溢れかえっていた。取り敢えず、すぐ傍にいる傀儡兵をハンマーで吹き飛ばしながらルドガーが少しうんざりしたように呟く。

「いくら何でも多すぎだろ……なのはの砲撃魔法で一気に吹き飛ばせないのか? なのはなら簡単だろ」
「さすがに、この数は無理なの……それとルドガーさんが私の事をどう思っているか分かったの」
「な、なのはの砲撃魔法はそれだけ一級品だってことだよ! ……たぶん」
「最後にたぶんってつけなかったらユーノ君を素直に尊敬出来たのに」

 軽口を叩きながら戦闘を行う様子からは三人の仲の良さが伝わってくる。そんな様子をフェイトが羨ましげに見ているのに気づいたアルフが指を鳴らしながらやる気に満ちた声をあげる。

「アタシ達も負けてられないよ、ヴィクトル、フェイト!」
「重要なのはプレシアの元にたどり着くことなのだが……まあ、こういったノリもたまにはいい」
「うん…!」

 ヴィクトルは少しため息を吐きながらではあるが近づいてきた傀儡兵を一刀両断することで返事を返す。アルフは満足気に笑い、フェイトも顔を輝かせて彼の頼もしい後ろ姿に続く。だが、そこにストップをかける者がいた。クロノだ。

「ちょっと待ってくれ。プレシアの元に向かうのも勿論だが、この『時の庭園』を止める必要もある」

 自分の言葉に意識を集中させながらも襲い来る傀儡兵をさばいていく彼等に尊敬と呆れの混じった目を向けながらクロノは言葉を続ける。

「この庭園にはそれを動かすだけの駆動路があるはずだ。それを止めれば最低でも足止めにはなる」
「それなら、俺となのはとユーノが行くよ。フェイトは手の届くうちにプレシアの元に行くんだ」
「手の届くうちに……」
「つないだ手は……絶対に離しちゃいけないんだ」

 ルドガーはかつて手放してしまった大切な女性の事を思い出しながらフェイトに語りかける。フェイトもその真剣な目に感じるものがあったのか顔を引き締めて頷く。彼は彼女様子にこれなら大丈夫だろうと確信して背を向けて彼女とは逆方向に進み始める。彼の背中にユーノも続いていくがただ一人なのはだけはついて行かずに、彼女をジッと見つめていたがやがて何かを決心したのか口を開く。

「フェイトちゃん。これが終わったら、私と全力で戦って」
「え?」
「私もフェイトちゃんとの関係をしっかりと始まらせたいの。だから、フェイトちゃんとの戦いに決着をつけたい!」

 なのはの言葉に驚いたような顔を浮かべるフェイトだったがやがてその顔に笑みを浮かべて頷く。

「うん…約束」
「約束だよ!」

 二人は固い約束を結び、振り返ることなく背を向けて飛び立つ。その姿に二人の成長の証が見て取れるようでヴィクトルとルドガーは優しげな笑みを浮かべながら、歩みを速めていく。子の成長というものは例え自分の子供でなくても嬉しいものなのだ。

 向かい来る傀儡兵をクロノ、フェイト、アルフと共に破壊して進んで行くが壊しても、壊しても、湧いてくる敵に埒があかないと判断したヴィクトルは一気に道を切り開くために骸殻を使う決意をする。黄金の懐中時計を両手で手に持ち構え、光と共にフル骸殻へと姿を変える。

「その姿は、あの時の!」
「ダメ…!」

 骸殻へと変身を遂げたヴィクトルにクロノが以前のことを思い出して苦い顔になり、フェイトは骸殻の真実の一端を知ってしまった為に叫び声を上げてヴィクトルを制止しようとするが彼は止まらなかった。時間は彼にもプレシアにもほとんど残されていないのだ。だからこそ、こんな所で手間取っているわけにはいかないのだ。

「知れ! 血に染まりし…完全なる…骸殻の…威力を!」

 ヴィクトルは無数の小型の槍を何もない空間から出現させて傀儡兵に撃ちだしていく。小型の物はそれに当るだけで砕けて消えていくが大型の物は装甲が分厚いために傷が入るものの崩れ落ちることなく、ヴィクトルに向かい突進してくる。だが、彼は一切焦ることなく巨大な槍を手に構え、まるで放たれた弾丸のように一直線に傀儡兵達に突進していく。

「マター・デストラクト!」

 放たれた弓のように彼は大型の傀儡兵を貫いて破壊し、なおも進んで行き直線状に居る敵を全て破壊しつくしてしまう。彼はそれを確認すると骸殻を解きプレシアの元に進みだそうとするが―――

「さあ、行くぞ―――がふっ、ごほっ!」

 突如として血を吐き出して、胸元を苦しそうに抑え始める。胸元からは黒い靄の様な物が噴き出してきており明らかに正常な状態でないことを知らせていた。そんなヴィクトルに驚いたアルフとクロノが駆け寄り、原因が何かを知っているフェイトは悲しみで顔を歪めながらゆっくりと彼の元に歩み寄る。

「あんた、いきなりどうしたんだい!?」
「敵の攻撃にでも当たったのか?」
「何…でもない。先に進むぞ」

 有無を言わせない口調で心配する二人を振り切り、立ち上がり進もうとするヴィクトルにフェイトが抱き着いて動きを止める。ただの子供に抱き着かれただけにも関わらずに彼はよろめき倒れそうになる。満身創痍の彼の姿にフェイトは涙を流しながら声を上げる。

「もう、その力は使わないで…! ヴィクトルさんが―――死んじゃうっ!」
「え……」
「どういうことだ、ヴィクトル?」

 フェイトの叫び声に信じられないといった顔でアルフは彼を見つめ、クロノもこれはどういったことかと真剣な目で見つめる。彼は、これ以上はごまかせないだろうなと溜息を吐いて諦め、再び歩き出しながら口を開く。

「時間がない、先に進みながら話そう」
「さっきの姿と血を吐くことがどんな関係があるっていうんだい!」
「私達の一族に伝わる力……骸殻は使える限度が決まっている。使いすぎれば寿命を大きく削ることになる」

 心配しているが故に怒鳴るようにヴィクトルを問い詰めるアルフに対し、内心では悪い事をしたと思ってはいるものの顔には一切出さずに無表情のまま淡々と質問に答えていくヴィクトル。そんな姿にアルフとフェイトは信用してもらえないのかとチクリと心を痛める。

 クロノは任務の遂行の為には一刻も早くプレシアの元にたどり着かなくてはならないと思いながらも生来の優しさからヴィクトルに無茶をさせる事も出来ずに悶々とした心持ちのままヴィクトルに合わせて歩いていく。

「もしかして、あんたの顔も……」
「そうだ、限度を超えた骸殻の使用による副作用―――時歪の因子化(タイムファクターか)だ」

 ヴィクトルの顔にある傷の正体に気づいたアルフはどうしてもっと早く気づかなかったのかと自分の愚かさに歯噛みする。

「治療方法はないのか?」
「力には代償が付きまとう……逃れる方法は……ない」
「そんな……」
「だからあなたは、生まれ変わりを望んだのか……」

 突き付けられた新たな残酷な現実にフェイトが言葉を失い、クロノは彼が生まれ変わりを望む様になった経緯を察してやるせない顔をする。彼の命はもう長くはない。その事は彼自身が一番よく分かっていた。

 だからこそ、フェイトとの約束を何が何でも果たそうとやっきになっているのだ。……例えその命を捨て去ることになったとしても。それに、彼は自分以外にも残りの寿命が長くない者がいることを良く知っていた。今、足を止めるわけにはいかないのだ。

「今は私の事よりもプレシアが先だ。彼女もまた……病魔に身を犯されて長くはないのだから」
「母さん…も?」
「急ぐぞ、フェイト。まだ……間に合うはずだ」

 衝撃を受けるフェイトにかけるその言葉はどこか自分に言い聞かせているようにも聞こえた。その後は無言になりながら彼等はとにかく前へと進み続けたのだった。





 次元震の前触れとして時の庭園が大きく揺れる。あちこちで大地が穿たれ、そこから虚数空間が顔を覗かせる。そんな中、プレシアは様々な思いを込めてアリシアに視線を投げかけている。そこへプレシアの元に辿り着いたフェイト達が現れる。

「プレシア・テスタロッサ。時空管理法に基づき、逮捕する」

 クロノが執務官として第一声を上げるがプレシアはクロノに一瞥もくれずに真っ直ぐにフェイトを見ていた。

「もうあなたは私の傍にいる必要はないと言った。どこへなりと消えなさいとも言ったはずよ」
「母さんには、私は必要ないかも知れない。でも、私には母さんが必要なの!」
「私には関係がないわ! 目障りなだけよ! 私の目の前から消えなさい!!」

 フェイトを見る目には軽蔑の色も狂気の色もなかった。ただ、そこには誰に向けているのかもわからない怒りがあった。彼女は思いつく限りの罵倒をフェイトに投げかけていった。ヴィクトルとクロノがそんなプレシアを痛々しそうに見た。必死に伸ばされる手を拒もうとしている。それはまるで、再び大切な者を失う痛みを感じたくないように見えた。   

「あなたはアリシアじゃない! 私の娘はアリシアだけでなくてはならない!」
「それでも、私はあなたの娘! アリシアも私もあなたの子供!」

 プレシアとフェイトという母娘は不器用な点がよく似ている。自分の様な極悪非道の女がこんなにも優しい少女の母親であってはならないと思い少女への愛を否定する。それが少女の為になると信じて。

 本当はそんなことは必要なく、ただ母親としてその手で抱きしめ、愛していると言えばいいことに気づかない。いや、気づかないふりをしている。だからこそ『アリシアだけでなくてはならない』と叫ぶのだ。自分の娘は一人だけと、自分を騙して胸を押しつぶさんばかりの罪悪感から逃れるために。

「私はあなたを守る。あなたがそう望んでも、望まなくても―――あなたが私の母さんだから!」

 フェイトがこれまでに出したどんな声よりも強く、大きく、叫ぶ。それを聞いたプレシアは苦悶の表情を浮かべ黙り込む。フェイトは母親の元へと一歩ずつ確かに歩みを進めていく。駆け出してしまえばあっという間になくなる距離。だが、二人にとってはどこまでも続いているかのような道だった。

 そんな道をフェイトは歩いていく。プレシアは近づいて来るなと電撃をがむしゃらに放つがフェイトには当たらない。いや、母親として当てられないのだ。二人の距離が縮まり、手を伸ばせば届く長さになった時―――一際大きく、時の庭園が揺れた。

 ぐらりと崩れるようにして―――フェイトが時の狭間へと落ちていく。

「フェイト!?」

 アルフが茫然とした顔で手を伸ばしながら闇の中に飲まれていく主の名を叫ぶ。虚数空間は魔法が一切使えない空間だ。一度落ちてしまえば重力に従い永遠に落ちていき二度と抜け出ることはない。フェイトはそんな自分の運命を悟り、最後にポツリと呟く。

「母さん……幸せになってね」

「フェイトーッ!!」

 辺りに一人の母親(・・)の絶叫が響き渡り、少女の伸ばされた手が掴まれる。少女の体は闇の中に投げ出された状態ではあるが落下を止めた。少女、フェイトは信じられないような物を見たような顔で自身の腕を掴む人物を見上げる。

「母……さん」

 フェイトの腕の先には自分でも信じられないような顔をしたプレシアがしっかりと()の手を握って彼女を引き戻そうとしていた。

「ダメね……もう、我慢できないわ。フェイト、やっぱり私はあなたを―――愛してるみたい」
「母さん……ホント?」
「ええ……あなたもアリシアも私の大切な娘…! だから、こんな所で死なせたりなんかしないわ!」

 ようやく、口に出せた本音。プレシアは涙を流しながら手を握る力を強める。フェイトの方もずっと欲しかった、愛しているという言葉に嬉しさが止まらずに危機的な状況にも関わらず涙を流す。そんな二人の様子にやっと歯車がかみ合ったと思いながらヴィクトルとアルフ、クロノが二人を引き上げるために近づいていこうとしたが―――現実は非情だった。

 プレシアが支えにしていた足場とその一帯が突如として崩れた。非情な現実に絶望の表情を浮かべながらフェイトと共に落下していく中、プレシアはせめて最後まで寂しい思いはさせまいとフェイトの体を強く抱きしめる。フェイトは自分の願いが最後の最後に予期せずに叶った事に皮肉を感じながらもその暖かさに包まれてゆっくりと目を瞑った……。


「させるかぁぁあああっ!」


 だが、その現実に抗う物がいた。ヴィクトルだ。雄叫びを上げながら骸殻へと姿を変え、崩れ落ちていく瓦礫を足場にして飛び移りながら二人の元に辿り着こうとする。そして、落下していきながらも二人を抱き留めることに成功する。驚く二人をよそにヴィクトルは二人を抱きかかえ、近くに落ちて来ていた瓦礫を蹴り上げ、地上へと飛び上がった。だが、無情にも後少しという距離で重力に負け、再び落下を始める。

「くそっ! また、“俺”は守れないのか…!」

 己の無力さへの呪いの言葉がヴィクトルの口から零れる。そんな時、彼の目にある者が入って来た。闇に溶ける様な黒を基調とした鎧を思わせる装甲が全身を覆い、希望のように光輝くラインが身体中に流れ、背中からは光のひだのようなものが二本生えた自身とは違い綺麗な骸殻―――ルドガーの姿だった。彼は無事に駆動路を止めた後、骸殻を用いて庭園の壁を破壊してこの場まで来たのだった。

「ヴィクトル! 二人を渡すんだ!」

 その声に答え、落下していきながら彼は二人をルドガーに向けて投げ渡す。兜の下で自分の事を良く分かっていると笑いながら。大切な者の為なら自分の命すら惜しくはない。もし、どちらか片方しか生きられないのなら迷わずわが身を犠牲にする。“ルドガー”とはそういう男だ。

「ヴィクトルさん!?」
「ヴィクトル……あなた…っ!」

 瓦礫を飛び移りながら今度こそ、しっかりとした地面に辿り着くルドガーに抱きかかえられながらフェイトは闇の底へと姿を消していくヴィクトルに手を伸ばす。少女の手に彼は手を伸ばそうとするが途中で止めて骸殻を解き満足げな笑みを浮かべて彼等に笑いかける。その笑みを見たルドガーは彼が二人の事は任せたと言っているのだと理解して無表情のまま頷く。そして、彼は最後に少女に向けて声を投げかける。

「ありがとう……これで“俺”は、やっと―――約束を守り通せた」

「ヴィクトルさぁぁぁんっ!」

 まるで、心残りなど欠片もないと言うような穏やかな声に絶叫しながらフェイトは思い出す。

『本当に本当の約束だ。私、ヴィクトルとフェイト・テスタロッサは必ずその願いを叶えることを約束します』

 自分の願いは全部終わったら―――母さんに抱きしめて貰う事。フェイトは今まさに母親に抱きしめられている状況を思い出してハッとする。自分の願いが叶ったからこそ彼は命を捨てたのではないかと思い立ち、もう米粒ほどにしか見えないヴィクトルを追おうとして虚数空間の中に飛び込もうとするがプレシアに抱き留められて動くことが出来ない。

「離して! ヴィクトルさんが…っ!」
「フェイト……もう、彼は助からないわ」
「うそ! まだ……まに…あう……っ」
「分かってやれ。あいつにとって……お前は何に代えても守りたい者だったんだ」

 しばらく暴れていたフェイトだが、ルドガーの言葉を聞くと動かなくなり声を上げて泣きだし始める。そんな姿にルドガーと共に来ていたなのはも涙を流す。アルフは茫然とした様子で、ヴィクトルの消えていった空間を見つめている。クロノも思うところがないわけではないがこれ以上ここにいては時の庭園の崩壊に巻き込まれるので脱出するように告げる。そんな時だった。―――一人の少女の声が聞こえて来たのは。

「マ……マ……」

「うそ……アリ……シア?」

 プレシアが振り返ってみるとそこには自身のもう一人の娘でフェイトの姉であるアリシア・テスタロッサが立っていた。





 男はどこまでも続く闇の中を落ちていきながら笑っていた。かつて犯した罪が消えるわけではないが約束を守り通したという事実は彼を満足させるには十分だった。だが……ひとつだけ心残りが存在する。自分に手を伸ばしてくれた少女が幸せになれるかどうか。

 それだけが気がかりだった。彼女には信頼できる者達がいるのでそこまで心配いらないと思うが……やはり少女の泣き顔というものは辛いものがあった。そんなことを考えていると頭の中に不思議な声が響いてきた。

――もし、何か一つだけ願いが叶うなら君は何を願う?――

 死ぬ前の幻聴か何かと思い、男はその声に違和感など抱かなかった。男は問いにしばらく考えた後に優しい声で答えた。

「彼女の……フェイトの幸せだな」

――自分の願いはいいのかい?――

「生まれ変わっても、ラルとエルには会えない。それに……またフェイト達に会えるかどうか分からないからな」

――自分以上に大切な者の為に願いを叶える……か。ふふふ、やっぱり人間は面白いね。生き返らせてみて正解だよ――

 声の主は愉快そうに笑い男の頭に響き渡る。ここで、この声の主の正体を男は理解した。しかし、声の主が分かっても不思議と男の心は穏やかだった。実際に会えば怒りか憎しみのどちらかの感情が湧き上がるだろうと思っていたので意外だった。

――いいよ。君の願い、聞き届けよう。僕に人間の可能性を示してくれたお礼だよ――

「いいのか…?」

――二度は無いよ。それじゃあ、君の願いを叶えよう――

 その言葉にこれで、フェイトは幸せになれるだろうと確信するヴィクトル。そして、何故か急に重くなってきた瞼をゆっくりと閉じ、意識を手放す。

 男は幸せな夢を見た。愛する妻が出てくる夢だった。もう一度、抱きしめたくて男は妻に近寄った。しかし、妻は自分から離れ、少し遠くに行くと振り返り悪戯っぽく笑ってみせた。使えまえてごらんと言われているように感じて男は微笑みながら妻を追っていく。男が近づけば妻は離れ、男が止まれば妻も止まる。そんな追いかけっこをしていき、随分と経った後についに妻は完全に立ち止まり男に追いつかれた。

「追いかけっこは終わりかい―――ラル」
「ふふ、だってルドガーが私の事を抱きしめたくて仕方がないって顔してるんだもん」
「まったく……その通りだよ」

 男は妻を抱き寄せ、強く抱きしめた。それに対して妻はクスクスと笑いながら体を男に預ける。しばらく、抱きしめて満足したのか男は妻を開放する。そして、今度は優しく口づけをする。妻もそれに応え口づけを返す。慈しみに満ちた行為を終えた後、男は口を開く。

「ずっと会いたかった。これからはずっと一緒だ」
「私もよ、ルドガー。でも……あなたはまだ来たらダメ」
「ラル?」

 不思議がる男をよそに妻は楽しそうに笑い男から離れた。すると、男の意識はどんどんと薄れていく。何がどうなっているか分からない男の頬を優しく撫でながら妻は微笑みかける。

「あなたがいないとあの子は幸せになれないの。ちょっと妬いちゃうけど我慢ね」
「ラル……俺は……」

「ルドガー……幸せになってね」

 その声を最後に幸せな夢は終わりを告げた。





 次に男が目を覚まして見ると、目の前には見慣れた扉があった。男がフェイトとアルフと一緒に住んでいた家だ。それと不思議な事に体には傷が一つもない。全てが元通りになっている。恐らくはこれも彼女の願いなのだろう。プレシアも病魔に侵される前に戻っているだろうと男は考えながら玄関のチャイムを鳴らす。

 すると、すぐに聞きなれた声が聞こえてくる。慌ただしい音も聞こえてくるので引っ越しの準備でもしているのかもしれない。母親がいるのだからいつまでもここに止まるわけにもいかないのだろう。男がそう考えていると扉がガチャリと開いた。

「えっと…ご用件はなんでしょ―――え?」

 自分を見てポカンと口を開けるフェイトに男は苦笑する。しかし、少女が今度は目に涙を溜めて泣き出しそうになったのでその大きな手で彼女の頭を撫でる。すると、涙を必死で堪えながらも男に最高の笑顔で笑いかけた。

「お帰りさない……ヴィクトルさん」


「ああ……ただいま」


 帰る場所というのは、誰かが自分を待ってくれている場所である。
 それが彼の、彼女の思う帰る場所である。


~END~

 
 

 
後書き
ご都合主義のハッピーエンドですがこれで完結です。
悲しいのはゲームだけで十分です。
今まで読んでくださった方々は本当にありがとうございました!

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