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ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていた。

作者:デュースL
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第七話

 うーん、見逃してよかったのかなぁ? 
 
 謎のミノタウロスに追いかけられたその翌日、午前の内にポーションなどの調達をしておこうと思ってメインストリートに出た私は、見かけた道具屋が思いのほか安い値段で商品が並んでいて、思わずどれくらい買おうか悩んでしまった。
 
 そんな時、ふと私の背中に視線が刺さったのだ。

 ん? と思ったけど、さすがに気のせいかと思って再び物色したところ、視界の端からちっちゃな女の子が歩み寄ってきたのを捉えた。
 
 前世の私は色々な意味で狙われていた。Lv.10に到達した冒険者を自分のファミリアに入団させようとしてきたり、私のお金を狙って襲ってきたり、その他色々だ。
 それなりにそういった経験を持つ私は、その女の子が歩み寄ってきた理由が解った。

 スリだ。その歩き方といい、さりげなく周りの視線を気にしている素振りといい、その手の構え方といい、悲しいかなそれなりの場数を踏んできた私にとって看破するのは容易いものだった。

 とはいえ、スリをされる前にスリをしようとしたね? と言ってもしらばっくれるのが目に見えてるし、むしろ相手が難癖付けてきたと言ってイチャモンをつけられるかもしれない。
 なので、スリをされたのならされるし、しないのなら大変結構という気構えで物色しているふりをして待った。

 果たして女の子はスリをしてきた。まあ私も仕返したけど。正確にはぶつけられたとき女の子の財布が落ちるように仕向けた。スリの練習なんかしたことないから抜き取るなんて技はできないです。
 で、女の子はそれに気づかないで路地裏にこそっと入ったので、女の子の財布を持ってその路地裏に入った。
 案の定驚かれて、更に自分の財布を盗られていたのを知って焦った彼女が逃げ出そうとしたのを止めると、存外素直に謝罪と贖罪を申し出てきた。

 それから何やかんやあってダンジョンに潜った。こんな女の子がスリを仕掛けてくるということは愉快犯か余程お金に困っていると見た私は、ひとまず愉快犯かどうかを確かめるためと、この後報酬として渡すための資金を集めるため魔石をモンスターから引っぺがしていく。

 ちなみに生きたモンスターから魔石を引っこ抜くこの技、前世の私ではまだ完全に出来なかった技です。【撥水】と名づけていたんだけど、いかんせん【水連】の方に時間を割いていたお陰で【撥水】の練習が出来なかったのだ。この技を思いついたのがLv.8くらいのころで、一階層から五十階層をマッピングする際についで感覚で練習していたのが幸いして、レイナ時代でようやく【撥水】を習得できた。

 コルク抜きのようにぽんぽん魔石が吹っ飛んでいくのを真っ青な顔でリリが見ていた。駆け出しと思っていた人がいきなり魔石を抜き始めたらそりゃあ驚くね。
 でもこの技、まだまだ未熟だから弱いモンスターにしか使えない技です。私のランクより上のランクに位置するモンスター相手だとかなり苦しい。武器さえ揃えられれば、というのはさすがに言い訳だね。モンスターの体表から食い込ませることが出来れば、理論上全モンスターを一撃で倒せるはずだから、例え武器の質が悪くとも食い込ませられる技術があればどのモンスターにも【撥水】を仕掛けられる。これは猛練習するしかないね。

 で、出会うモンスターを片っ端から引っこ抜いていって、いつになったらリリがギブアップするのかを図ってみた。リリは愉快犯なんかじゃなく、きちんとした心を持っていた。いい加減な気構えを持っていたら、私が多対一のときに配慮しているのに気づけないだろうし、私の邪魔にならないようにしっかり立ち位置を確保していたし、彼女のサポーターとしての腕は中々のものだ。

 サポーターという役目の向かい風の強さは多少なり理解している。クレアの駆け出し時代からすでにサポーターは存在していて、当時と今のサポーター事情は大差無かった。強いて悪化したところと言えば、リリのような幼い女の子が務めていたことか。

 そんなわけで、彼女は彼女なりに努力をしてサポーターとしての腕を持っているようだったから、少なからず良心を捨てていないことは解っていたため、後はいつ私の進行を呼び止めるかに掛かっていたけど、中層に踏み込む直前でリリがギブアップした。

 さすがに私もLv.1の状態で十三階層に突入しようとは思っていなかったし、きちんと私の命を配慮した提案をしてくれて安心した。もし十三階層の床を踏むことになっていたら、良心を捨てていないと思ったのは気のせいかと判断してギルドに突き出すところだった。

 結局彼女に今日中に稼いだ利益の七割を渡して、彼女の良心に重圧を掛けることで反省するようにと釘を刺して解散した。
 とは言え、それだけで足をすぐに洗えるかと言えば、そうではないだろう。人は簡単には変われない。変わるためには努力を積まなければならない。人は楽な方に逃げようとするから努力をなるべく避けたがる。私の場合は努力の先に喜びがあったから苦痛は感じなかったけど、そこはリリの考え方次第だ。私としては二度と犯罪じみたことをしないで欲しいものだ。



 バベルを出て空を見上げてみれば、もうすっかり空は暗くなっていた。仕事を終えた労働者たちが、ダンジョンから無事に戻ってきた冒険者たちが今日も一日の締めくくりだと酒盛りに耽る。
 人の往来が耐えないメインストリートに軒を連ねる酒場が開放した窓から漏れ出るオレンジ色の灯りと一緒に、いくつもの景気の良い大声が溢れ出てくる。
 
 今日は新しい特技を未完成ながらも形に出来た日だ。少し奮発しちゃおうかな。稼ぎの半分以上はリリにあげちゃったけど、ちゃんと手元に6000ヴァリスあるから少し贅沢もできそうだ。

 さてどこでご飯を食べようかと思ってメインストリートをのらりくらりと歩いていたときだ。
 人々が道の真ん中を空けるように端により、その奥から猛烈な勢いで走ってくる()()の少年が見えた。
 で、そのすごい見覚えのある少年は何を思ってか、俯いたまま全力疾走するという中々器用なことをしているせいで、その一直線上にいる私の存在に気づいていない。
 まぁ、私が横に避ければ良い話だけどね。

「あの、キミ───」

 ブーーーーーーーーン………

 ……速くない? 脱兎の如しとは本当によく言ったものだね。にしても……

「涙、ね」

 すれ違いざまに飛んできた水滴が、私の右手に付着した。粘液質じゃないから涎じゃないと思うけど、何でまた夜のオラリオで涙を流しながら全力疾走でバベルに向かっていくのかね……。
 思春期特有の何かだろうか。私はもうとっくに過ぎてるから解らないけど。
 名前すら知らない少年だけど、一度ダンジョンの中で死線を潜り抜けた知己だ。それなりに気になるけど、今はお腹空いてるから後でね。
 周囲の景色を置き去りにして走り去っていった少年の背を見送った後、歩きを再開しようと向き直った先に、また思いも寄らぬ人が立っていた。

 夜の闇を払うような輝きを帯びた金髪。触れれば壊れてしまいそうな細い輪郭は精緻かつ美しく、御伽噺で出てくる精霊や妖精といった形容がしっくりくる少女。
 そして、その少女の背後から腹部に両腕を回して息がかかるほど体を密着させている、朱色の髪と瞳の女性。

「……ロキ、様……?」

 セレーネ様のご神友であり、同時に今では探索系の頂点に君臨するファミリアの主神、ロキ様が目の前にいた。
 
 思わぬ巡り合いに呼吸をするのも忘れ、もつれそうになる足を必死に動かしてロキ様の前まで走った。自然と呼吸が早くなるなか、ロキ様に体を弄られている金髪の少女は私の姿を見ると、困った顔で腹に回された手をひねり肘鉄、ロキ様が後退したところでその頬っ面へ張り手を──ってぇえ!?

「ちょ、めっちゃ乱暴にしとるやん……!? 表情と行動がまったく噛み合ってないよアイズたん……!?」
「公衆の面前で変なことしないでください」

 もみじが焼き付けられた頬を押さえてプルプル震えたかと思うと、すぐに復活して「クーデレなアイズたん萌えー!!」と叫びだした。

 あぁ……ロキ様だ……! 同じ女性にしか興味を持てないロキ様だ……!!

 ロキ様の覚え方が酷いのは気にしない。つい目の前で繰り広げられていたように、ロキ様はそういった方なのだ。仕方ないね。
 でもあまりの不変っぷりに安心したよ……その他の環境が変わりすぎてて本当に困っていたところだったんだ! 彼女から直接話を聞ければすぐにセレーネ様の居場所を突き止められる!

「あの……」

 でも焦るな。今の私はレイナ・シュワルツ。ロキ様の知るクレア・パールスじゃない。まずは私の事情を知ってもらうこと、いや、大前提としてこの容姿ではロキ様とは初対面だ。いきなりそんなことを持ち出しても持ち合ってくれるどころか、鬱陶しい奴だと認識されて今後一切関わらないと決められたら最悪だ。
 ひとまず地面に座り込みながら「キャー!」と黄色い声を上げるロキ様に声を掛けると「ん?」と私に目を見やり、そして「おぉ!」と声を漏らした。

 も、もしかして私が解るの!? さすがロキs───

「めっっちゃ可愛ぇなあんた!! なぁなぁ、名前なんて言うん? うちはロキや! せや、うちのファミリアに入らへん!? あんたならうち大歓迎やわぁ!」

 ───訂正、やっぱりロキ様はロキ様だった。別に失望したわけじゃない。ただ、やっぱりロキ様だっただけだ。

「……私はレイナ・シュワルツといいます」
「レイナたん、レイナたんな! よっしゃうち覚えたで! うん、レイナたん中々良(え)ぇ目をしとるなぁ! 見た目中身バッチリオーケーや! ほな早速うちの自慢の子たちに紹介したるわ!」
「え、ちょ、あの」

 どんだけ自由奔放なんだこの神様!? 仮にも頂点に君臨するファミリアを率いる主神でしょ!? 審査基準がめっちゃ適当なんだけど!? ていうか私の話丸っきり聞いてないし、ってよく鼻を利かせれば酒臭いぞこの神様!? さては大好きな酒をラッパ飲みでもしたな! すぐに酔っちゃうのに強がって飲むから酒癖悪いって言われてるの知らないでしょ!?

 心の中でどれだけのツッコミを我慢したか……。全力で言いたいのを我慢するように歯を食いしばる。ぱっと立ち上がったロキ様がナチュナルに私の肩をやんわり抱いて、しかし有無を言わさぬ何かを以って私を店内に連れて行く。
 金髪の少女が若干申し訳なさそうに瞳を伏せており、これがファミリアの皆にとっていつものことなんだなぁと察する。

 そして、その店の中もまた異様だった。
 見ると、「ぐおおおおおおおおおおお!?」と叫ぶ見覚えのある狼人の青年がみなの手で取り押さえられていて、縄でぐるぐる巻きに去れてエルフのお姉さんに頭を踏みつけられていた。

 ど、どうなってんのこれぇ……?

「皆ー! ちと聞いてくれぇー!」

 他の客はその騒ぎをはやしたてていたが、ロキ様の不思議と良く通る声に店内の客とウェイトレス全員が一斉に振り向いた。
 そして、狼人の青年も「足どけろババァ!」と罵声を浴びせてから目線だけ寄越すと、ついさっきまでボコボコにされていたのは嘘だったかのように縄を引き千切り勢い良く立ち上がった。

「て、てめぇ!?!? あん時のスライム野郎!?!?」

 待って、その渾名はいつ付けられたの?

「なんやベート、この子と知り合いなんか」
「知り合いも何も、コイツ……!!」

 びきりと青筋を立てて吼えた。

「さっき話したトマト野郎と一緒にいた奴だ!!」

 ……私、もう無名のまま活動できないかもしれない。



 《豊饒の女主人》はこれまでに無い異様な雰囲気に包まれていた。ここら一帯の中で最も大きい規模を持つ酒場らしく上機嫌な大声や雑踏が店内を引っ掻き回す中、この酒場の常連である【ロキ・ファミリア】の面々が囲むテーブルの一角にぽつんと、身をこじんまりとさせた少女が座らせられていた。

 流麗な黒髪がチャームポイントの少女は【ロキ・ファミリア】のメンバーではない。ゆえにメンバーから寄せられる目線に痛覚が伴っているかのように、少女は居心地悪そうに身を捩る。
 
 アマゾネスの少女二人は己の主神が見初めた人物がいかほどの者か物色し─姉の方はなぜか敵視するように睨んでいたが─小人族の青年は酒の酔いで顔を紅潮させてしゃっくりまでする様だが確かに少女を見ており、エルフの少女はこてんと首を傾げて、同じくエルフの絶世の美女は主神がまたやらかしたかと額に指を添え、ドワーフの老兵は蓄えた剛毛の顎鬚を撫でながら主神の言葉を待ち、狼人の青年は仇敵を前にしたように牙をむき出しにして睨みつけ、ヒューマンの少女は変化に乏しい表情に僅かな戸惑いを混ぜて少女を見ていた。

 そして、それらを睥睨した朱色の神ロキはおほんと咳払いをひとつ払うと大々的に宣言した。

「こちら、ついさっきうちがナンパして仲間にしたレイナたんでぇーす!!」
「いえ違いますロキ様」

 凄まじい反応速度で神の宣言にツッコミを入れた少女は僅かに引きつった頬を隠す余裕もなく言葉を続ける。

「というか、何で私がこの場に……」
「おいスライム野郎ッ!」
「何で私はその渾名で呼ばれてるんですか!?」

 ガルルと唸り声が聞こえそうなほどメンチを切るベートに、こちらもすかさずツッコミを入れるレイナ。
 ちなみにスライム野郎の由来は当然例の一件から来ており、裏を返せばベートが完全に自分の拳を避けられたと認めたからに他ならない。

「なんだテメェのこのこ俺の前に来やがって! 嘗めてんのかコラァッ!?」
「私も不本意ですよ!? ロキ様が勝手に私をメンバーにすると言って聞かなくて──」
「そもそもなんだその口はッ!? 初対面のときのあのクソ嘗めきった口調はどうしたんだよアバズレ!!」
「その件は本当に申し訳ありませんでした! 過ぎたマネをしていたと反省しています!」
「おう、意外と素直じゃねぇか。スライムの癖に殊勝なこった」
「(結局罵倒されるんですか……)」
「あー、そろそろええか? 二人とも」

 口火を切った途端に繰り広げられたやり取りにアイズ以外目をしばたかせ、全員の意思を汲み取ったロキが語気が収まったところで呼びかけた。
 身を乗り出していたベートは「ケッ」と盛大に舌打ちながらも席に荒々しく座り、レイナも今のやりとりで疲れ切ったようにため息を漏らした。
 仕切りなおすようにロキが喋る。

「んー、まぁベートと仲良さそうやし、もう入ったようなもんやろ」
「ロキ様、さすがにそれは暴虐過ぎです」
「せやかてレイナたん、うちみたいなトップのファミリアからスカウトなんて中々来るもんやないんやで? そいや聞き忘れとった、レイナたんどこの神の所属なん?」

 ロキの言葉に疲れ笑いを零すレイナだが、最後に放たれた質問にその笑みを極一瞬強張らせた。メンバーの誰もが注目する中で起きた刹那だが、魂だけ長い年を食っているだけあって誰にもその強張りを悟らせることはなかった。

「……無所属です」
「えー!? それなのにダンジョン潜って帰ってこれたんか! はーこりゃ有望な子やでぇ!」

 この土地にオラリオが作られた当初、まだ神は下界に降り立っていない。つまり最初の冒険者たちは神の恩恵を受けることなく、正真正銘の生身であのダンジョンに立ち向かっていたのだ。今では神の恩恵を受けるのが常識になっているため生身で突入するのは常軌を逸した行為だが、本来は生身で挑まなくてはならないはずなのだ。たまたま神々が下界に興味を持っただけで、世界はこんなにも変わってしまうものなのだ。
 
 レイナの言葉に真っ先に疑いを掛けたのはベートと、アイズ。この二人はレイナ─厳密にはクレア─の体術を目の当たりにしている。しかしここで不幸なことに彼らは今のところレイナが回避した方法を体術ではなくステイタス頼りだと睨んでいる。ステイタスを頼らなくとも成せる技だと知っていればその誤認はしなかったのだが、残念ながら今は神の恩恵が人々の上下を別つ時代、その恩恵を最も受けている二人に気づけと言うのは酷な話だった。
 だが不幸中の幸い、ベートはその場ですぐには言及せず、アイズはもともと口数が少ないためロキの発言中に割り込むことをしなかった。

 うりうりとわき腹に肘をぐりぐりされるレイナは逃げるように椅子を僅かにずらし座りなおした。「ちぇー」といじけた声を漏らしながらロキは続ける。

「うーん、うちは是非入団を薦めたいんやけど、皆はどや?」

 ロキの眷属のほとんどの内心の声というと

『まず事情を話して欲しい』

 である。今に始まったことではないが、やはり神である限り自由奔放という性はあるのか、ロキはふらっと外出したと思ったらふらっと新しい団員を連れてきたりすることがままある。毎度それで雑務が増える一方の【ロキ・ファミリア】団長のフィンと副団長のリヴェリアは辟易しているのは団員の中では暗黙の了解だ。
 しかしそういう唐突にスカウトされた子に限って後々非常に優秀な人材になっているので、ファミリアの先鋭隊たる彼らはロキの慧眼っぷりには各々舌を巻いている。

「主神の意向なら、私はそれで構わない」

 リヴェリアが腕を組み瞑目しながら告げると、その他の団員も同じように頷く。ファミリアである以前に、彼らはロキという神を崇拝する眷属。ゆえにロキが命じたことであれば命ぜられるままに従う。もちろん明らかにおかしいと判断した場合は忠言を申し立てるが、それでもロキが命令すれば彼らは嫌でも動く。
 相変わらずベートとアイズだけは反応が違うのだが、二人とも首肯もしなければ否定もしなかった。
 それらを見届けたロキは満足そうに頷くと、一転して甘えるような声でレイナに擦り寄って腕をその華奢な肩に回す。レイナというとびくりと肩を竦め蛇に絡まれているかのように冷や汗を流しながらもなされるがままになる。
 このとき女性団員は大なり小なりレイナにドンマイという感想を寄せた。

「なぁレイナたぁん、お願いだからうちに来てよぉー。三食おやつ昼寝付きやでぇ」
「おかしいなぁ、僕にはおやつと昼寝が付いていないんだけど……」
「フィンは黙っときぃ! レイナたん、頼む! この通りやで!」

 ぱんと両手を軽く下げた頭の上で合掌し頼み込むロキに、曲りなりにも神であるロキに頭を下げられて盛大に慌てふためくレイナは凄い答え辛そうに、しかし確かに返答した。

「ご、ごめんなさい。お気持ちだけ受け取っておきます」
「そぉかぁ、残念やなぁ……」

 心底落胆するロキにもう一度ごめんなさいと謝ったレイナに、際どい格好をするティオナが質問を掛けた。

「これだけ頼んでもダメってことは、どこか違うファミリアに志望してるの?」

 ティオナの言葉に僅かな躊躇いを見せたレイナはそっと頷いて答えた。

()()()()()()
「そっかー。じゃあ気が向いたらあたしたちのとこに来なよ! ロキが認めた子なら大歓迎だよ!」
「ありがとうございます」

 それでティオナはこの話はこれでお終いと言わんばかりに並んでいる料理に手を付け始め、それを契機に他のメンバーたちも誰からともなく手を伸ばし始める。
 さすがに遠慮しようと席を立とうとしたレイナだったが、フィンが「迷惑掛けた詫びっていうわけじゃないけど、一緒にどう?」と誘われたので、丁度お腹も減っていることなのでお言葉に甘えて席に座りなおし、再びメンバーたちが勝手にどんちゃん騒ぎをおっぱじめる。
 人の会話がまともに聞こえなくなった頃合を見計らって、レイナは思い切ってロキに問うた。

「ロキ様」
「お、なんやレイナたん、気が変わったんか?」
「いえ、そうではないのですが、少し聞きたいことがありまして」
「おおなんや、レイナたんが聞きたいことなら何でも喋ってあげるで? うちのスリーサイズ? それともうちの好み?」
「──クレア・パールス……さんについて、ご存知ですか?」

 かつての自分の名前にさん付けすることに激しい抵抗感を覚えたが、この時代ではクレアという名前は神に準ずるレベルだ。迂闊に呼び捨てでもしてみれば何されるか解らない。
 ロキは酒が回った赤い顔で「あー」と相槌を打ち、片方の眉を吊り上げて言った。

「クレアたんには勉強させてもろたからなぁ。それなりに会ったこともあるし、知っとるで」
「その、クレア……さんが所属していたファミリアについて──」
「セレーネか」

 喧騒に包まれているはずの酒場が一瞬凍てついたような気がした。しかし現実はレイナとロキ以外この会話を聞いている者はおらず、つまりロキが発した声音がレイナの何かを強く凍えさせたのだ。
 ロキが唯一「たん」を付けない女性、セレーネ。そこに何の意味を込めているのかは、本人以外知る由はない。ロキはその意味を確かめるように口の中でセレーネの名を転がすと、レイナが切り出すその前に先制するように言った。

「やめとき。何をしたいか知らんけど、やめとき。レイナたんだから少ーし口を滑らせたるがな、セレーネは完璧な行方不明や。神友のうちにもファイたんにも言わず去りおった。せやから、やめとき」

 それから以降ロキは何も無かったようにメンバーたちの騒ぎに飛び込み、レイナは何も言えず、ただ乾いた喉を潤すためにコップを上げ下げするだけだった。
 その様子を最後まで見ていたのは、アイズただ一人。己の主神に見初められた少女に何を感じ取ったのか、はたまたただの偶然なのか。騒ぎのほとぼりが冷めた後も、本人すら知ることは無かった。
 
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