ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていた。
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第六話
サポーター。ダンジョンの探索時に於ける非戦闘員であり、主に魔石やドロップアイテムといった戦利品を回収し、地上に無事に運び出すのが役目である。また前線でモンスターたちと戦うパーティに負担を掛けないようバックアップの全般を請け負う裏方役でもある。大規模なファミリアのパーティに呼ばれるサポーターになると、遠征時に拠点製作の仕事をしたり必要物資の調達など幅広い役目を担うこともある。
文字列だけ見ればパーティの負担を一手に担う重要な役目だと映るが、実際のところその見解は全く違う。
一言で言えば、荷物持ち。これが、一般に冒険者たちがサポーターに寄せる見解だ。
わざわざ嘲笑を誘うような呼称を付けているだけで、現在のサポーターたちの扱い様を垣間見ることが出来よう。
日々ダンジョンに潜りモンスターたちと死闘を繰り広げなければならない職業柄、冒険者たちの大半の気性は荒く、自己中心的で、残忍な思考を持つ傾向が見られる。
ゆえに多くの冒険者たちは雑用たるサポーターの扱いが非常に乱雑で、もはや奴隷と対話しているかのような罵声と不満の数々を浴びせる。
ここで改めて是正させてもらうと、サポーターというのは本来の意味で解釈すれば、冒険者の生命線を握るほど重要なポジションである。
多くの冒険者がダンジョンに潜る主な理由は魔石を換金して富を得ることだ。それに強大なモンスターを討伐してみせれば名声すら手中に収められる。
即ち、ダンジョンに潜って得た富の原石たる魔石を余すことなく回収するのもサポーターであり、モンスターを討伐した冒険者の噂を吹聴するのもサポーター。
冒険者だけならば装備品や物資の数々に荷物を圧迫されて魔石を回収する余地が無くなるし、討伐した本人たちが大々的に宣言するのではなく他人から聞いた活躍の方が余程信憑性がある。
だから、サポーターが蔑ろに扱われるのは元来間違っていることで、むしろ冒険者たちは感謝の念を寄せなければ割に合っていない。
では、なぜサポーターが見下されるのか。それは、サポーターになる人のほとんどが冒険者のなりそこない、つまるところ負け犬だからだ。
考えても見て欲しい。サポーターは確かに重要な役割を担っているだろうが、果たして一体誰がこれほど地味な役割を望むだろうか。富や名声を得るためにダンジョンに潜っているはずなのに、どうして日を見ることが難しい影の役割を担わなければならないのだろうか。当然だが、誰もサポーターに魅力を感じるわけが無い。名声を求める人ならば輪にかけて避けるだろう。
しかし、冒険者というのは成功だけではない。むしろ失敗の方が多い。その中にはダンジョンに夢を見ても、自分には向いていないものだったから伸び悩む者もいるだろうし、はたまたモンスターに恐ろしい思いをさせられて対峙することが叶わない者もいるだろう。
そんな人たちがそれでもと縋り付くのが、サポーターという役割だったのだ。
激しい競争に競り負けた敗者に慈悲はない。実力が物を言う冒険者の業界では下敷きになる運命になる。サポーターとはつまり、落ち零れが就く仕事とも言えるのだ。
ゆえに、下敷きにされる者に痛痒など覚えないし、むしろ鬱憤のはけ口とされる有様なのだ。中にはモンスターの囮に丁度良いとさえ思う輩もいるのだ。
サポーターになるのにいかほどの事情があろうが、冒険者たちの知ったことではない。サポーターの心情を理解する余地はない。
◆
これだから冒険者は。
いつからか、それがリリルカ・アーデの口癖になっていた。
彼女は小人族(パルゥム)の少女で、【ソーマ・ファミリア】に所属している。
複雑な事情を抱える彼女の生業は冒険者ではなく、サポーター。ファミリアの主神の意向で本来ならば冒険者になりたいところだが、生憎彼女にはその才がなく、また精進する努力をする余地が許されていない状況下のためサポーターに就いている。
そんな彼女は今、オラリオの東メインストリートに繋がっている路地裏を練り歩いていた。
その理由は近々【ガネーシャ・ファミリア】が主催の毎年開催されるお祭り怪物祭にある。
オラリオ最大の闘技場を一日中まるまる占領して、ダンジョンから引っ張り出してきたモンスターを民衆の前で調教するという催しで、一般的な見解では恐ろしい暴虐なモンスターを華麗にあしらう姿に憧れを抱き冒険者たちの実力に興奮を覚えさせられるものだが、穿った見方をすると気性の荒い冒険者たちのマナーの悪さに不満を募らせる一般市民たちのガス抜きの場とも捉えられる。
ダンジョンから効率良く魔石を回収してより多くの利益を貪りたいギルドとしては、冒険者という存在を一般市民たちに受け入れてもらいたいわけで、ダンジョンから這い上がってくるモンスターを押さえているヒーローの様に見える祭りを開くことで心象緩和を狙っているのだ。
とまあ、そんな裏事情はリリルカの知ったことではない。大事なのは、一般市民たちがこぞって集まる機会を逃さないことにある。サポーターたる彼女がなぜこの機を付け狙うのか、それは即ちスリだ。
【ソーマ・ファミリア】の主神ことソーマは偏屈者の集まりである神の中でも特に異彩を放つ神で、ソーマの唯一の生きがいである酒の製作を目的として作られたファミリアだ。その趣味の性質上どうしても資金が必要であり、その資金の調達をファミリアのメンバーのノルマとして命じている。
その一定のノルマをクリアできなければメンバーとして最悪の苦痛を与えられることになり、ゆえにメンバーたちは是が非でも資金を調達せざるを得なくなる。
そんなメンバーの一員であるリリルカなのだが、先述の通り彼女には金を集められるチャンスは悉く少ない。サポーターとして仕事をしようにも小人族という容姿に加え女という性別的に嘲弄の的にされがちのためろくに仕事にありつけないし、やっとの思いで得た仕事も上記の理由で明らかに割に合わない報酬で終わらせられたり、最悪報酬すら貰えないこともある。
資金を調達しようにも出来ない環境に置かれるリリルカに残された道は、他人から金を奪うくらいしかないのだ。
しかし、何もリリルカは何の非もない一般人から奪い取ろうという気はない。ターゲットは冒険者だ。
奴らはサポーターのことを何も解っていない。解ろうとするどころか、まるで奴隷のように扱ってくる。そんな奴らが意気揚々と街中を歩いている姿を見るだけで憎悪の念が芽生える。
リリたちサポーターから金やプライドすら巻き上げる冒険者は、嫌いだ。リリたちから金を巻き上げるのなら、リリたちが金を巻き上げても文句を言えまい。
それが、リリルカの心情だった。詰まるところ、路地裏を散策しているのは怪物祭当日の際、人ごみに紛れて冒険者たちにスリを仕掛け、捕まらないように逃げおおせるための逃走ルートの確保をしているためだ。
彼女はサポーターとしての能力はかなり優秀だ。元々まじめな彼女はサポーターとしての仕事を果たすために、数十年前に廃校された冒険者指導施設の補佐科にて交付されていた参考書を手に入れ、それを熟読している。探すのに手間取ったが、某路地裏にこじんまりと開いている書店にて見つけられた。
その参考書は生きる伝説と呼ばれた冒険者直々に調査をし、収集した情報をまとめた物である。その範囲は非常に広く、一階層から五十階層までのモンスター分布を始め各階層のマッピング、更には採取できる物資の一覧すら載せてある。これほど価値のある情報を無料で提供した伝説の冒険者に畏敬の念を抱かざるを得ないリリルカだ。
生ける伝説クレア・パールス。リリルカが唯一冒険者として認めながらも、大嫌いな冒険者の名前だ。
彼女は凡才にも関わらず絶え間ない努力によって実力を得て、更に他の冒険者たちのために様々な手配を無償で行った大英雄だ。
彼女が手がけた参考書の一番最後のページに、彼女が述べた言葉が綴られていた。
『運命のせいにするな。結果を得られないのは自分の努力不足だ。運命を呪う暇があるなら、まずは努力をしろ』
金言名句というやつだ。彼女の経歴を遡れば、この言葉にどれほどの意が込められているのか解る。
だが、リリルカは同時にこうも思っている。
それはあなたの運が良かったからでしょう?
クレア・パールスが冒険者になるきっかけは、彼女の故郷と家族が事故で消され、オラリオを放浪した際にたまたま通り掛かった女神に身を救われたことらしい。
リリルカに言わせれば、確かにあなたは無窮の努力の果てに得た名声は素晴らしいものだ、しかしそれは偶然助けられたから出来たことでしょう、もしあなたは助けられず見捨てられていたら、果たしてあなたは同じことを言えますか? だ。
悪事を働かざるを得ないリリルカとて、努力をしているのだ。サポーターとして養うべき知識を身に付け、何度冒険者たちに蔑ろにされても諦めずに続けた。
でも、その結果が現状だ。何も救われていないじゃないか。それでもあなたは努力が足りないと言うのか。サポーターという役目に課せられた苦痛を覆すほどの努力をしろというのか。ふざけるな。何年サポーターというサポーターが冒険者に認められようと奮起していると思っているのだ。偶然の産物で得たチャンスを棚に上げて、そんなことを言うんじゃない。
だから、リリルカはクレア・パールスが嫌いだった。
そこまで思考が回ったころ、リリルカは粗方の逃走経路を脳に叩き込んだ。先ほどの思考に加え、こんな下らないことに脳を使う自分に嫌気が差す。
しかし、仕方の無いことだ。自分が生きていくには、こうする他ないのだ。
自分に言い訳を言い聞かせ気を紛らわせ、陰鬱とした路地裏から一歩踏み出た。陽の差さない静かな路地裏と違い、メインストリートは陽を存分に浴び軒を連ねる店が活発に行きかう人たちに呼びかけている。
─リリも、少し運が良ければ堂々とこの道を歩けたのかな─
センチメンタルな感傷が頭に過ぎったとき、リリルカの視界にふと一人の姿が映りこんだ。
腰まで届く流麗な黒髪が印象的で、すらりと伸びる四肢に薄いチュニックとホットパンツを着け、一目で可愛いと思い知らされる整った顔を道具屋に並ぶ商品に向けて、しきりに物色している、ヒューマンの少女。
憎悪しているからこそ冒険者をよく知っているリリルカは一発で見抜いた。彼女は駆け出しだと。
普通の冒険者ならばバベルに並んでいる道具屋で装備を整える。わざわざバベルから降りて町に調達するよりも多少値が張っても良いからその場で整えようとする。それにあの少女が覗いている道具屋は値が安いため、金銭に余裕のない駆け出したちがよく通う店だ。
そこでリリルカに邪推が過ぎった。今は日が昇っていることもあり人の行き来は盛んだ。それに数多の種族が行きかうちょっとした人ごみも出来ている。
ならば、今は怪物祭でしくじらないように練習する絶好の機会ではないか。スリは少なからず経験しているとはいえ、失敗しないということはありえない。本番前に一度しておけば安心できるというもの。
リリルカは迷うことなく歩をその少女の元に進めた。小人族のため歩幅が小さいが、少し歩調を上げれば一般の速さと大差ない。僅かに高まる緊張を胸にどんどん近づく。少女は隣から近づく自分に気づいていない。チャンスだ。
そして、どんとわざと体をぶつけた。
(ここ!)
小柄な体型を生かして腕を閃かせ、少女の懐から財布を抜き取った。抜いた腕をすばやく自分の服の内に忍ばせた。文句のつけようの無い成功だ。
「ご、ごめんなさい」
この成功は当日のポテンシャルに良い影響を与えることだろう。思わずもれる笑みを頭を下げることで隠し、少女らしく律儀に謝った。もちろん謝意は全く無い。何せ相手は見限るのに困らない冒険者だ。ざまぁ見ろとすら思える。
打って変わってその少女は「おっと」と声を零し、ぶつかったリリルカの姿を見ると、安心させるような笑みを浮かべて「大丈夫だ……ですよ」と返した。
なぜ言い直したのか解らないが、リリルカは気にも留めず、もう一度ごめんなさいと謝ってからその場を去った。人ごみに紛れて再び路地裏に戻ると、自分の服の内に隠した少女の財布を取り出す。
どれどれ、いくらあるのでしょう。ふぅん、3000ヴァリスですか。駆け出しとしても少し少ない金額ですが、まあ良いでしょう。
少しの金も積めば大金になる。ありがたく頂戴し、いざ自分の財布にしまおうとした、その時。
「……あれ?」
無い。懐の内の左ポケットにあるはずの、自分の財布の重みが無い。
さっと背筋と頭の中に寒気が過ぎった。慌てて服のあらゆる場所をぱんぱんと叩いて確認しても、触り慣れた財布の存在はすっかり消え失せていた。
嘘っ!? あの財布にはそれなりの金額が入ってたのに、まさか落としちゃった!? リリの大バカ!!
落としたのだとすると、恐らく路地裏を散策していたときだろう。幸い路地裏の全体像は頭に叩き込んだばかりだ。自分が辿った道をなぞれば見つかるはずだ。
すぐに拾わなければと踵を返したとき、心臓が止まるかと思った。
「ひーふーみー、結構あるね……ありますね」
路地裏とメインストリートの境界に、先ほどの少女が立っていた。しかも、その片手に持っているのは自分が見慣れた財布。
ま、まさか、リリの財布をスった!?
ありえない光景を目の当たりに愕然とするリリルカに、少女はその端整な顔に可憐な笑みを浮かべて言った。
「この財布、落としましたよ」
嘘つけ! スったの間違いでしょうが!
自分のことを棚に上げて内心で激怒するリリルカだが、平静を装って安堵の表情を見せる。
「ありがとうございます」
少女が差し出す財布を受け取りすぐさま中身を確認する。大丈夫、一銭も盗られてはいなかった。
そのまま何気なく帰ろうとしたところ、再び心臓に氷の刃が突き立てられた。
「それじゃあ、私の財布、返してもらえますか?」
なっ!? スリがばれてた!? まずい、逃げなくては!!
少女のその言葉を聞いた瞬間、リリルカは背を向けて猛然とダッシュをした。いや、したはずだった。
ぐっと体が後ろに引っ張られたと思ったときには、くるりと体を翻らせられていて、少女と対面する形になっていた。
何をされたのか解らず、思わず体が硬直したところを、少女はリリルカの両肩に両手を置くことで拘束した。
もうダメだ。完璧に捕まってしまった。自分もステイタスがあるとはいえ、他の駆け出しと大差ない。体格さで既に遅れを取っている時点で、もう自分に抗う術は残されていない。
悟ったリリは大人しく震える手で懐から少女の財布を取り出し、渡した。
「……何をすれば許してくれますか」
スリは犯罪だ。それを現行犯で捕まえられてしまえば言い逃れは出来ない。このままではギルドに身柄を拘束されてしまう。そのためにはこの少女から許しを得なければならない。みっともなく乞うことになろうが、リリルカは許してもらえなくてはならなかった。その対価がどんなことでも。
何を要求されるのか解らない恐怖により震える声でそう訊ねると、少女はきょとんとした後、徐々に困ったような顔に変わっていく。
その沈黙の時間が死刑宣告を下すまでの溜めのように思え、知らず知らず握り拳を作るリリルカに、少女は答えた。
「それじゃあキミ、冒険者か何かかやってませんか?」
何だかチグハグな口調ですね……と場違いな感想を脳裏に過ぎらせたリリルカは、偽り無く答えた。
「……サポーターなら、やってます」
少女は答えに驚いたように目を大きくさせ、唇をすぼめた。
どうせ毎度のようにこの人にも雑に扱われるんだ。慣れたことだし、これで見逃してもらえるのなら御の字。
そう思ったリリルカと打って変わって少女はにぱっと笑って早速答えた。
「じゃ、今からダンジョンに行こ……行きましょう! 一日私に付き合ってもらえれば結構です」
随分安い対価ですね、と、何でさっきからわざわざ言い直しているのでしょう、と同時に思いながらリリルカは小さな肩を落とした。
本番当日が思いやられます。
メインストリートを出てまっすぐバベルへ向かう少女の背に付いて行きながら、リリルカは力なくため息を付いた。
◆
そしてリリは今、自分の観察眼の無さを痛感しています。
レイナ・シュワルツと名乗った例の少女に連行される形でバベルに赴いて、早速ダンジョンに潜りました。
バベルで装備を揃えるのも全部支給品、ポーションなど小道具は数本だけ腰に差しています。
やっぱり駆け出しだった、そう思いながらもサポーターとしてせいぜい働こうと思った、その時です。
レイナ様が手に持った槍で向かってくるモンスターを悉く倒してしまうのです。それも単独で、です。
確かに一階層だけならLv.1の駆け出し冒険者でもソロで乗り越えることはできるでしょう。ですが、それが五階層より下になれば別の話です。
六階層になれば一味違うモンスターが現れます。例えば《ウォーシャドウ》などが取り上げられます。名前の通りその姿は影そのもので、身の丈160C(セルチ)ほどの体がところ余すことなく真っ黒に染まった、異形のモンスター。
ウォーシャドウは異様に長い両腕の先に三本の鋭利な指を持っていて、それぞれナイフの形状をとり、ゴブリンやコボルトとは比較にならない移動速度で獲物に這い寄って、その両手で八つ裂きにしてきます。純粋な戦闘力は六階層随一と言ってもいいでしょう。上層と定められている一階層から十二階層の間に出現するモンスターの中で、新米の冒険者では返り討ちに遭うモンスター筆頭です。
そんなウォーシャドウを相手に、レイナ様は槍を器用に振るい、圧倒してしまっているのです。
構え方、振り方、そのどれもが素人のリリですら解るほどお粗末なのに、結果としてウォーシャドウと遭遇して二十秒以内に葬ってしまっている。
まず遭遇、次に突進、襲い来る爪を柄で弾き返し、最後に一突き。あまりの手際の良さに開いた顎が塞がらない気分に襲われました。
今の流れのどこに駆け出しの要素があったでしょうか。そのお粗末に見える槍捌きはむしろリリの前だからわざとそうしているのではないかと疑ってしまうほどです。
ウォーシャドウだけではありません。六階層に来るまでに出会ったモンスター全てを一撃で葬り去っているのです。
更に驚くべきところは、その一突きだけでモンスターの胸板の下にある魔石を外から弾き出しているのです。
モンスターからの攻撃を防ぎ、返しの一撃を正確無比に胸に叩き込み、モンスターの背から魔石がぽんぽん飛び出してきます。核である魔石を抜き取られてしまってはいかなるモンスターも死あるのみです。だからレイナ様が槍を突き立てたモンスターは、その穂先を当てられた瞬間全て泥のように体を崩れさせてダンジョンの床に還っていきます。
はっきり言って異様でした。最初の方はまぐれだと思っていましたが、途中から確信しました。レイナ様は生きたモンスターから魔石を引き抜く技術を持っているのです。
しかし言うは易し行うは難し、そんな技術は駆け出しどころか上級冒険者でも限られた人しか持ち得ないはずです。リリはそんな技術初めて聞いたし目の当たりにしましたが、ただその技術が並外れたものだというのは漠然と理解できています。
それだけじゃない、抜き取った魔石を回収しても、そのどれにも傷らしい傷はついていないのです。さすがに地面に落ちたときに僅かに欠けてしまっていますが、それでも駆け出し冒険者が抜き取ったと言われて信じる冒険者はいないでしょう。それほど精密に抜き取られていて、拾っているリリはとんでもない勘違いをしていると思いました。
レイナ様は、私にスリをされるのを事前に察知していたのです。確証はないです、しかし、この有り様をまざまざと突きつけられればそう思えてしまいます。
瞬く間にバックパックが埋まっていく中、レイナ様は全く足を止める素振りも見せずに階段を下りていきます。今ではもうすでに十階層まで降りてきてしまいました。
それでもレイナ様の動きに滞りありません。ただ出会ったモンスターは悉く一撃で魔石を抜かれて土に還る運命を辿っていきます。ドロップアイテムもそこらかしこに落ちています。
群れに襲われても緊張する素振りすらみせず、淡々と葬り去っていきます。それにリリを配慮してか、群れに襲われた時に必ず自分に狙いが定まるように調整までしている始末です。
リリは付き添ったパーティに大量のモンスターを意図的にぶつけて自分だけ逃げる、ということを何度もしてきたから、モンスターの機微には敏感です。だから、レイナ様が私の方にモンスターが行かないように仕向けているのも解ってしまいます。
霧に包まれている十階層もすでに、残り僅かとなりました。霧から飛び出してきた《オーク》三体を瞬く間に返り討ちにしたレイナ様は、ここに来るまでと同じように、戦闘が終わった後、リリと一緒に魔石やドロップアイテムを回収しています。
「ごめんなさい、荷物重いでしょう? 少し私も持ちますよ」
そう言って何度私のバックパックから魔石を取り出しては自分の腰に巻きつけてあるポーチに仕舞い込んでいるのでしょう。初めてそう言ってきたときは信用されていないからと思っていました。リリはスリを働いた犯罪者、信用されるはずがないのは解りきったことです。
ですが、そう言うレイナ様の目には、一切非難の色は無かったのです。純粋に私を気遣って申し出ているのが解ってしまいます。人々の醜悪な部分を何度も目の当たりにしてきたリリは解ってしまいます。
移動する途中も、スリの一件なんて何も無かったように話しかけてきます。リリのサポーターとしての実力が良いとか、私も早く中層に行きたいとか、そんな他愛無いことをつらつらと語りかけてきます。
一つ階層を降りるごとにリリの心がどんどん重くなって、ちくりと刺す痛みが増していきます。五階層に降りたころには怪物祭当日に思いを馳せる気力すら失いました。十階層に降りたときに自分が働いた悪事に悔いすら感じ始めてきました。
そして、ついに十三階層へ下る階段が目の前に現れたとき、リリは堪らず叫びました。
「これ以上はっ! これ以上は、危険です! さすがのレイナ様でも、レベルの差を覆すのは困難です、リリは、引き返すことを提案します……!」
レイナ様が何の気兼ねもなく階段に足を乗せたのを見て、リリは突き動かされました。このまま黙ってレイナ様の後ろをついていけば、あわよくばレイナ様をモンスターたちの餌食にさせて、リリだけ逃げれば地上に帰ったときのリスクは無くなるというのに、リリはレイナ様を止めました。
レイナ様に媚を売るとか、そんな邪な思考は一切無かった、純粋なレイナ様の身を案じての提案でした。
リリの叫びを聞いた途端、歩を進めていた足はぴたりと止まり、ゆっくりと私に振り向きました。自分がしたことにリリ自身が一番驚いて自然と呼吸が荒くなる中、ずっと戦い続けていたはずのレイナ様は息を乱すことなく、リリに向けて微笑みました。
「ありがとうございます。リリの言うとおり、引き返すとしましょう」
にっこり笑ってリリの頭にぽんと置いた手は、リリの大嫌いな冒険者の手なのに、不思議と嫌悪感は沸きませんでした。むしろ、その手に心地よいぬくもりすら感じてしまいました。
レイナ様の笑顔は、太陽のように寛容で、温かく感じられました。少女に似つかわしくない、非常に大人びえた笑顔でした。まるで、先生のような、親のような笑顔でした。
◆
帰りも何の苦も無くモンスターたちを退けたレイナ様に連れられ、バベルにある魔石の換金所に向かいました。ダンジョンのすぐ近くにあることから混雑していましたが、レイナ様は文句一つ言わずに大人しく列に並んで待っていました。このバベル以外にある換金所はギルド本部か、ダンジョン内の十八階層にある街くらいしかありません。
もしかしたらレイナ様は、リリのことを配慮してバベルの換金所に寄ったのかもしれません。リリを許すということを伝えるために。
しばらくしてレイナ様の番となり、パンパンに膨れ上がったバックパックをカウンターに乗せたときの鑑定士は驚きのあまり目を見開いて固まっていました。ぱっと見駆け出しの装備を付けているレイナ様がこれほどの量の魔石を取って来たことが信じられなかったのでしょう。
バックパックの中身を見てから再度驚きを示しました。極些細な欠けた跡が見られるにせよ、駆け出しの冒険者が摘出したとは思えないほど綺麗な魔石を片手に鑑定士はしきりに大したもんだと呟いてました。
量はあれど、元々上層のモンスターから取れる魔石の大きさは大したことはありません。ですが高品質なのが幸いしてか、駆け出しがたった一回ダンジョンに潜った際の儲けなんか比較にならないほどの現金を片手に帰ってきました。
レイナ様の姿を見て驚きのざわめきを見せる周りの冒険者を気にも留めず、リリを人気の少ない場所まで連れてくると、袋に入った現金を取り出し始めました。
「これが宿泊代、これが食費、これが小道具の……」
ぶつぶつ呟きながら数千ヴァリスの貨幣を袋から出すと、それを自分の財布にしまいこみ、まだまだ潤沢な貨幣が詰まっている袋を私の前に置きました。
「こ、これは……?」
「リリの報酬です」
さすがにこの発言には耳を疑いました。目の前に置かれている袋には、今回の利益の七割は残っています。これを全部、ただの荷物持ち(サポーター)の報酬だと言うのです。
「……どういうことですか」
私はこの報酬を素直に受け取ることが出来ませんでした。冒険者に対して良心などとっくに捨てたと思っていたリリでしたが、先ほどから続く胸の痛みはその良心であると自覚しました。
リリの返しに、レイナ様は優しく微笑むと言いました。
「お金に困ってるんですよね? なら受け取って下さい」
「で、でも……っ!」
「ならば、これは私からリリに下す罰です。この袋の重みが、リリが犯した罪です。これを受け取らないなら、リリは自分の過ちから目を逸らしたとみなします」
これが、罰……。どっしりとお金を蓄えている袋に入っているのは、リリが本来怪物祭当日にスリを行って得ようとしていた資金。それが、リリの罪。
「……解りました」
そしてリリは、その袋に手を掛けました。
◆
レイナ様はもう二度としないようにと言い残し、あっさり帰ってしまいました。帰り際にリリはレイナ様の実力的に駆け出しではないと思い、思い切って訊ねてみました。
ですがレイナ様がかざしたライセンスにははっきりとLv.1であると刻まれていて、紛れもない駆け出し冒険者であることを証明していました。
リリは、冒険者が大嫌いです。それは変わりません。ですが、たくさんいる冒険者の中にも、レイナ様のような人がいるということを知りました。
でも、冒険者なんて皆同じだと、リリの過去の記憶たちが囁きかけてきます。皆より弱いリリに酷い事をすると、最後にはきっと見捨てられるんだと囁きかけてきます。
ちぐはぐな心境に苛まれる中、リリは怪物祭当日は自分の部屋に閉じこもりました。
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