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処女神の恋

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4部分:第四章


第四章

 翌日アポロンはオリオーンのところにやって来た。見れば彼は狩りに興じていた。弓矢を手に野山を駆け巡っていたのであった。
「ああ、そこにいたのか」
「どうしたんですか?」
 オリオーンは狩りを中断した。そして親しげにやって来るアポローンに顔を向けた。
「まずは昨日はおめでとう」
 アポロンは最初に彼を褒め称えてきた。
「見事だったよ。流石はギリシアきってのことはある」
「有り難うございます」
 オリオーンは英雄であったが純真な男であった。やはりアポロンの真意は読めなかった。
「メロペーは君のものだ」
「はい」
「そして君はもう一つ得たものがある」
「もう一つ!?」
 オリオーンはそれを聞いて目を丸くさせた。
「それは一体何でしょうか」
 次にアポロンに問うた。一体何のことなのかわかりかねた。
「私の妹がな」
「貴方の妹君といいますと」
「うん、アルテミスだ」
 アポロンはここでにこりと笑った。
「妹が狩りのパートナーを探していてね」
「狩猟の神がですか」
「そう、それで君をそのパートナーに勧めたいんだが」
 事前にアルテミスに誘いをかけているのは伏せていた。
「どうかな」
「喜んで」
 オリオーンは興奮する声で応えた。狩猟をする者にとって狩猟の神のパートナーとなれることはこの上ない喜びであった。ましてや狩猟の名手であるオリオーンにとっては。まさに僥倖であった。
「是非共お願いします」
「ははは、まあそう焦らないでくれよ」
 アポロンは余裕を見せた態度でそう返す。
「じゃあ妹にはそう話しておくよ」
「はい」
 彼は大きな声で頷いた。
「お願いしますね、本当に」
「ああ、わかった」
 アポロンは笑顔で応えた。その笑顔には含ませるものは消していた。
「それじゃあ。吉報を待っていてくれ」
「ええ」
 こうして彼はオリオーンとアルテミスを引き合わせた。無論これには彼の思惑があった。
「アルテミスとオリオーンが一緒になる時間が多くなれば」
 自然とオリオーンとメロペーが一緒にいる時間が多くなる。それにアルテミスに仕えている間はメロペーとの交際はかなり制限される。処女神であるアルテミスは純潔を尊ぶからだ。だから彼はメロペーとの交際をかなえい制限せざるを得なかった。結婚は当分諦める他なかったのだ。
「それならば仕方ないな」
 メロペーの父である王もそれには納得した。
「では結婚は暫く延期するぞ」
「申し訳ありません」
 王の間でオリオーンに言い渡していた。オリオーンとしても残念であったがそれ以上にアルテミスのパートナーとなれることの方が名誉だったのである。
「だが。頑張ってくれよ」
 王は急ににこやかな顔になってオリオーンに対して言った。彼もそれがどれだけ名誉なことであるのかちゃんとわかっていたのである。
「名誉な仕事をな」
「有り難うございます」
 オリオーンは片膝を着いてそれに応える。
「そしてそれが終わればメロペーとの婚姻だ」
「はい」
「狩猟の女神の側にまで仕えた英雄を婿に迎えられるとは。わしも鼻が高い」
 彼はそこまで名誉ある英雄を自分の娘の夫にすることを楽しみにしていたのだ。
「わしもメロペーも待っている。頑張って来てくれよ」
「わかりました」
 彼は王とメロペーに見送られアルテミスの側に向かった。彼女はこの時自身の神殿にいた。
「アルテミス様」
 従者達が彼女に声をかける。彼女はこの時夜の帳の青い神殿の中で白い光をその手の中にふわふわと遊ばせていた。その白い光は星の瞬きであり、彼女自身は月であった。髪の飾りの銀が眩く輝いていた。
「オリオーン様が来られました」
「そう、ここに来たのね」
「御会いになられますか?」
「勿論よ」
 彼女は少女らしい晴れやかな微笑みとあどけない声でそう答えた。
「自分から来てくれるなんてまた律儀ね」
「はあ」
「今日にでも自分から行こうと思っていたけれど」
「アルテミス様御自身でですか?」
「私は狩猟の女神なのよ」
 彼女は従者達にこう述べた。星は手から離しており、彼女の周りに瞬いていた。
「待つのは性分に合わないの」
「左様ですか」
「獲物でも何でもね」
 不敵に笑う。だが彼女は狩猟のことは知っていても他のことには疎い部分があった。そう、少女があまり知らないことに関してである。これには彼女はまだ気付いてはいなかった。
「それなのに向こうから来てくれるなんて。嬉しいわ」
「それではこちらに御通しして宜しいですね」
「ええ、御願いね。そして」
「そして?」
「弓矢を。用意して」
 アルテミスはにこりと笑ってこう言った。
「弓矢を」
「そう、弓矢を。すぐに狩に出るわよ」
「もうですか」
「腕試しでもあるわ」
 あくまででもある、である。第一の理由は狩がしたいのだ。少女らしい気ままさであった。
「わかったわね。すぐに用意して」
「畏まりました」
 こうしてオリオーンとの面会と狩への用意がはじめられた。程無く従者の一人に連れらて金髪の背の高い青年がアルテミスの下に連れられてきた。
「えっ・・・・・・」
 アルテミスはその青年の姿を見て思わず声をあげた。
「あれが・・・・・・オリオーンなの?」
「御存知ありませんでしたか?」
 側に控える従者が主にそう声をかけてきた。
「いえ、話には聞いていたけれど」
 彼の容姿のことも。だがそれ以上のものが実際のオリオーンにはあったのである。
「凄い・・・・・・美男子ね」
「左様ですね」
 従者はアルテミスの顔には気付かなかった。彼女が紅潮しているということに。
 凄いのは顔だけではなかった。服から出ているスラリとした長い手足は筋肉が発達し、逞しかった。胸板も厚く、見事に整っているのが薄い服の上からでもわかる。腹も筋肉でキビキビとしているのがわかる。アルテミスは神とはいえまだ少女である。その彼女がはじめて見る逞しい美しさを持つ青年であったのだ。

 
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