処女神の恋
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3部分:第三章
第三章
だが何はともあれ怪物はオリオーンが退治した。それが最も重要なことであった。
彼はメロペーの前に蠍の死骸を持って来た。そして怪物を倒したことを自ら宣言したのであった。
「その蠍が怪物でしたの」
「はい」
彼は答えた。
「恐ろしく素早い蠍ですか」
「そうですか。それなら」
その言葉が何よりの証拠であった。やはりそれはあの怪物であったのだ。
「怪物を倒されたのですね」
「そうです」
力強い言葉で頷く。
「では姫」
オリオーンはあらためてメロペーの前に片膝を着いた。
「どうか私めを貴女の下僕に」
「オリオーン様」
「宜しいでしょうか」
「約束は。守られなければなりません」
それがメロペーの返事であった。
「そして私も父も貴方を約束をしました」
「それでは」
「はい。オリオーン様」
メロペーは言った。
「是非。私を貴方の妻に」
「畏まりました」
オリオーンはその言葉に天にも昇る気持ちであった。だがそれを苦々しげな顔で見ている。一人の男がいた。そう、アポロンであった。
「メロペーとはあれ程の美貌の持ち主だったのか」
彼は物陰から二人を覗き見していた。何よりもメロペーの美貌を見ていた。
「あれだけの美貌の持ち主がオリオーンのものとなるのか」
そう思うと嫉妬を抱かずにはいられなかった。だが約束は約束だ。彼にはどうすることも出来ない。
しかしここでふと閃いた。彼等と一緒にしなければよいのだと。
「よし」
その閃きに思わずニヤリと笑った。彼はすぐに姿を消しそのまま妹のアルテミスのところへと向かったのであった。
アルテミスは金色の髪を後ろで束ね、緑の目に少女の美貌を持つ神であった。スラリとした長身は健康的であり、脚も腕も若々しく伸びていた。膝までの服を着て何時でも動けるようにしていた。髪の黄金色は兄のそれとは違い優しい光であった。それはまさに月の光であった。髪を束ねているのは銀、彼女の金属であった。
「なあアルテミス」
アポロンはアルテミスの側に来ると親しげに声をかけてきた。
「何かしら、兄さん」
アルテミスはアポロンの腹の底には気付いていなかった。ただ兄が来たので親しく出迎えただけであった。二人はアルテミスの部屋で椅子に座って親しげに話をはじめた。
「御前この前狩りのパートナーを探していたな」
「ええ」
アルテミスは素直に頷く。
「従者達と一緒に狩りをするのも悪くはないのだけれど」
そうは言いながらも少し寂しげな顔になっていた。
「彼女達は女の子だから。やっぱり体力的にね」
「そうだったよな」
アポロンはそれを聞いて満足げな顔をした。
「それで今日は御前にそのパートナーを見つけてきたんだ」
「誰?それは」
「オリオーンさ」
彼はここでオリオーンの名を出してきた。これこそが彼の企みであったのだ。
「オリオーン!?あの英雄の」
「そう、彼なんだ」
アポロンは続けてアルテミスを誘い込みにかかった。
「彼のことは聞いているよな」
「弓の名手でもあるのよね」
「そう、御前とも充分やっていける程にな」
「私とも」
それを聞いてアルテミスの心が動いた。これがアポロンの狙いであった。純真な彼女には兄の企みが読めなかったのだ。
「どうだ?」
「そうね」
まだ迷ってはいたがかなり乗り気ではあった。これは否定しようがなかった。
「兄さんの薦めだし」
「そうか、じゃあ決まりだな」
「えっ、ちょっと待って」
「アルテミス」
アポロンはあえて何時になく優しい声で妹に語りかけてきた。
「迷うのは神としては失格だぞ」
「確かにそうだけれど」
目は泳いでいた。しかし神という言葉を出されては月の女神である彼女がどうも思わない筈がなかった。アポロンはそうしたことまで計算していたのだ。
「迷っては駄目だ」
「迷っては駄目」
「まして御前は狩猟の女神だ。その御前が迷っていてはどうするのだ?」
兄は言葉巧みに妹を導いていく。
「御前が迷っていては。狩人達が逆に獲物にやられてしまうぞ。それが御前の望みなのか?」
「それは・・・・・・」
「どうなのだ、アルテミス」
俯いてしまった妹にさらに問う。もうこれで終わりだという手応えがあった。
そしてそれは当たっていた。アルテミスは遂に陥落した。
「ええ、わかったわ」
こくりと頷いた。
「神は迷ってはいけない」
「うむ」
「決めたわ。私はオリオーンを迎え入れるわ」
顔を上げた。その顔は意を決した顔であり、凛々しくなっていた。美少年とも思える、凛とした美貌であった。
「その言葉、偽りはないな」
「ええ」
少なくとも彼女は嘘はつかない。正直な女神であった。
「オリオーンを。私のパートナーに」
「よし、それでいい」
アポロンはこの言葉を表と裏、二つの意味で言った。
「これで御前にパートナーが出来たな」
「オリオーンが」
「そうだ、オリオーンが」
これが表の意味だった。そして裏の意味は。
彼をメロペーから離せるとほくそ笑んでいた。しかしそれは口には出さなかった。彼が裏で、心の中で言った言葉に過ぎなかったのであった。
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