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ワンピース~ただ側で~

作者:をもち
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番外24話『大丈夫』

 黄金都市シャンディア。
 それは青海から空島へと打ち上げられてしまった都市の名で、麦わら一味が目的とする黄金が存在する場所の名前。

 今や都市というよりも遺跡と表現する方が正確な姿となっているその地は容易に発見できる場所にはなく、探し当てることにはそれ相応の知識がなければ莫大な根気や時間が必要とされるはずなのだが、サバイバルが始まって3時間が経過するまで残り数分といったところ。
 たかだかそれだけの時間しかたっていないというのに、そこには既に6人の戦士が足を下ろしていた。

 とはいえ自力でそこまでたどり着いた人間は2人。

 考古学者でそれ相応の知識を備えていたロビンと、相応の知識はなくとも神として君臨し、時間と労働力ならば余すほどに持っていた神エネル。
 残り4人、ゾロ、ナミ、空の騎士ガンフォール、シャンディアのワイパーという面子の彼らはほとんどエネルによってここに招待されたようなものだ。

 エネルに立ち向かうように対峙しているのはゾロ、ロビン、ガンフォール、ワイパーの4人。ナミは気絶しているチョッパーを抱えて壁に隠れているという状況だが、4人に狙われているというのにあくまでも余裕の態度でいるエネルに対して、ガンフォールの怒声が遺跡に反響した。

「国を消す気か!」
「それが自然」
「思いあがるなエネル! 神などという名はこの国の長の称号に過ぎんのだぞ!」

 エネルの目的は還幸。
 空島という国を消滅させること。
 エネルの目的を聞かされて反発を強める元神ガンフォールに対して、エネルはどうでもいいことだといわんばかりの態度で、さも今思い出したかのように言う。

「お前の部下650名……今朝丁度私の頼んだ仕事を終えてくれたよ……この島の中でな。そしてさっき言った筈だが、今この島に立っているのはここにいる6人のみだ」

 言葉の真意。
 ガンフォールを慕っていた650人の現在。
 それに気づいたガンフォールの体から自然と体の力が抜ける。
 槍を構えていたはずの体が、なんの外的刺激を受けていないはずなのに軽く崩れた。

「……エンジェル島に家族のおる者たちだぞ」
「そうだな、早く家族も葬ってやらねば」

 ほぼ呆然と漏れた彼の言葉に対してエネルは笑って答え、その言葉でガンフォールの臨界点を超えた。

「貴様、悪魔かぁ!」

 茫然としていた状態から一転。怒りのままに言葉と気合をもって、槍をエネルへと突き出す。
 明確な殺意をもって突き出された槍は、だが残念ながら空を切った。残念なことにマントラの力もなく、身体能力すらも及ばないガンフォールでは彼には決して届かない。寸前のところで、けれど余裕をもって避けてみせたエネルは、至近距離から隙だらけの老体へと放つ。

「2千万Vヴァーリー!」

 たったの一撃。
 ただそれだけで。

「ガン・フォール。この世に神はいる……私だ」

 ――無念。

 声もなく、ガンフォールの意識は刈り取られることとなった。

「あれがハントの言ってた雷の力か」
「おそらくゴロゴロの実……無敵と謳われる能力の一つ」
「そんな……本当に雷なんて……っていうかハントは何やってんのよ、絶対倒すって言ってたのに!」

 順にゾロ、ロビン、ナミの言葉だが、最後のナミの言葉にのみエネルが反応した。

「小娘……もしもハントという男が甚平を着ていた青海人のことを言っているのなら――」
「っ! な、なに……なんでハントのことを?」

 ナミのうろたえるその反応を楽しむかのように勿体つけて、そして薄ら笑いを浮かべながらエネルは言葉の続きを発する。

「――所詮、人は神には敵わん」
「な」

 声を失った。
 ハントの服装を知っていて、エネルはここにいて、そして人は神には敵わないという発言。
 察しの良いナミなら、いや、察しが悪くてもわかる。

「う、嘘……嘘よ! あんたなんかにハントが負けるわけ――」
「――ふん、雷にどうやって人が抗うというのだ」

 航海士として優秀なナミはあらゆる気候、自然の現象を頭に入れている。その彼女だからこそ、特に細かい説明がなくともエネルのこの言葉だけですべてを理解してしまう。
 エネルの言う通り、ただの人間でしかないハントが雷にかなう道理があるはずがないということに。

「っ」 

 声を失い、顔を青くさせるナミの恐怖を肌で感じたのだろう。自信満々に、だがエネル自身でも気づかぬうちに流れる汗を腕で拭いながらエネルは「だが、安心するがいい」と言葉をつなぐ。

「丁度、予言の時間……これで5人だ」
「?」

 意味が分からずに首を傾げる彼らへとエネルは高らかに笑う。

「ヤハハハハ、よくぞ生き残った! これから旅立つ夢の世界『限りない大地』へ、お前たちを連れていこうじゃないか」
「……何だと?」

 いきなりすぎる言葉だ。ゾロのように言葉が漏れるのは当然といえば当然。

「私はこれよりそこに紛れもない神の国を建国しようというのだ。その地に住めるのは選ばれた人間のみ。こんな数時間のサバイバルにも耐えきれない今までの部下どもでは居てもらっても国のレベルを下げるだけなのだよ!」
「それをもし断ったら?」

 エネルの言葉を割って入ったのはロビン。
 いつも通り平静に落とされた言葉に、エネルは不思議そうに首を傾げる。
 いきなり旅立とうと言われて『はいそうですか』といくわけがないのは当たり前で、それでも反抗心をもっている彼女がハナハナの能力でエネルへと反抗しないのはやはりエネルの能力には敵わないとロビンも判断しているからだろう。

「むやみにこの国を破壊してはあなたの欲しがる物『黄金の鐘』も青海へと落としてしまうのでは?」と、理性的なエネルに対してロビンが持っている情報でエネルを出し抜こうとするのだが「心配はいらん、既に目安はついている」という言葉でその狙いは瓦解した。

「その条件を使えば俺をうまく出し抜けるとでも考えたか? 俺を甘く見るな……浅はかなり」

 それどころかエネルの琴線にふれてしまった。

「おれは打算的な女が嫌いでね」

 エネルの腕から雷が走り、ロビンに直撃した。
 声もなく倒れるロビンを、隣にいたゾロがそっと抱きかかえて優しく地面に寝かせる。敵かもしれないと警戒していたロビンに対しての優しい行動をとるのは、それがゾロの性格ゆえか、それともこの空島での冒険を通してロビンへの信頼を深めた証か。

「……女だぞ」

 もしくはその両方か。
 とにかくエネルを睨み付けるゾロだが、エネルはそれでもやはり平然と言う。

「……見ればわかる」

 それが、開戦の合図。

 ゾロが刀を切り上げる。それをうまく受けて、次なる刀の一撃をも身軽に避ける。空中へと躍り出たエネルへと、今度はゾロの後方で構えていたワイパーによる燃焼砲の一撃。空中では身動きが取れないだろうというワイパーなりの一撃だが、エネルには通じない。

「雷光!」

 エネルの体が雷となって光を生み、バズーカの業火を容易に消し去った。
 身近で発生した雷光により周囲にいた人間の視界は一瞬奪われたこともあって、エネルは悠々と無事に大地へと足を下ろす。
 ゾロとワイパーはそれだけで戦意を奪われるわけもないのだが、後ろからそれらの光景を見ていたナミは別。たった今起こった現象を理解し、顔の色をより一層になくしていた。

「やっぱり……エネルギーのスケールが違いすぎる」

 ――じゃあ、本当にハントはあいつに?

 ずっと脳裏によぎっては心の奥底でどうにか否定しようとする、ハントがエネルに本当に負けてしまったという可能性。
『俺を信じてくれ……俺があいつをぶっ飛ばす』そう言ってメリー号を出てエネルを追いかけていったハントの言葉、姿。それをただ盲目に信じるには、ナミは雷の恐怖を知りすぎている。
 それでも自身が愛する恋人を信じるかのように、ギュッと目を閉じて頭をブンブンと振る。

「排撃!」

 ナミがほんの僅かの間、目を閉じていた隙に戦況がまた一変していた。
 ナミが目を開いたのと丁度同時、海楼石を隠し持っていたワイパーによる、身をも削る最大の攻撃がエネルを貫いた。

「……まさか……倒したの?」
 血を零しながら、それでも両の足で立ち尽くしてエネルを見下ろすワイパーと気を失っているエネル。ナミの言葉をただ肯定している光景があった。

「ロビン! 変な騎士!」

 とりあえずは怪我人のもとへ向かおうとナミが歩き出そうとして、だが。

「――!?」

 突如として、気を失っているエネルの体から雷が流れだした。

 ――一度。

「……え」

 ナミの声が漏れた。

 ――二度。

 ゾロがただ見つめる。

 ――三度。

 ワイパーが呆然と見つめる。

 ――四度。

 誰も動かない。いや、動けない。

 ただただそれを理解することが出来ずにその光景を見つめていた。
 そして。

 ――五度。

 ついに。

「人は神を恐れるのではない……恐怖こそが神なのだ」

 エネルが立ち上がり、気力体力ともに限界を超えていたワイパーは愕然と力を失い、膝をおった。

 そこから先はもはやエネルの独壇場だった。
 当然だろう。
 エネルは雷で、マントラ使い。
 ワイパーやゾロではまだ歯が立たない。速さは当然だがそれ以上に触れることすら出来ない自然系の能力者。ましてやワイパーに至っては本日2度目の排撃を用いたせいで体はボロボロ。立っていることさえも難しいような状態だ。

「3000万V雷鳥!」

 ワイパーが倒れて。

「雷獣!」

 ゾロまでもが倒れた。 
 エネルが立ち上がってからほんの一瞬の出来事だ。
 もはや、まともな状態でここにいるのはナミのみ。

 ――みんなやられちゃった。

 最早ここに至ってはハントを信じている云々ではない。ただ目の前の圧倒的な力に、ナミは恐怖していた。

 ナミへと体を向けたエネルに対して、ナミは体を強張らせる。
 エネルはナミへと数歩近づこうとして、だが背後に感じた気配にその動きを止めた。

「なぜ立つ。どうせ死ぬのだ、楽に逝けばいいものを永らえてどうなる……これに耐える意味があるのか」

 ――なぜ立ち上がる。

 エネルの問いに、身も心も既に満身創痍。いや、限界以上のダメージを受けているにも関わらず立ち上がったワイパーは意識もおぼろげに言う。

「先祖のため」
「……少しはマシな答えを意識した。もはや意識も定かではあるまい」 

 ――あの人、どうしてこんなになったまで。

 ワイパーの言葉をエネルは無感動に切り捨て、ナミは首を傾げつつも心のどこかでその光景を目に焼き付ける。
 青海から来て黄金を求めるだけのナミからして、ワイパーの内心など計り知れる者では決してない。だが、それでもナミなりにそれは既視感のある光景だった。
 譲れないものをもっている男が、その譲れないもののために己が身を顧みることなく強大な力へと立ち向かう。

 例えばそれは東の海で百計のクロを倒して見せたルフィの姿であったり、グランドラインの航路にてMr3に捕まった時に足を切断してでも戦おうとしてゾロであったり、クロコダイルに負けたことが許せなくて自分を傷つけていたハントの姿であったり。

「っ」

 彼らの姿がナミの脳裏をよぎり、彼女は唾を呑みこんだ。
 もしかしたらなにかここから奇跡が起こるかもしれない。ワイパーの懸命な姿は部外者のナミにでもそう思えるほどに真摯で懸命なものだが、似たような威力の技をくらっていまだに意識を復活させることの出来ていないゾロをみればわかるが、ワイパーが今現在立っていることそのものが奇跡。

 つまり。

「神の裁き」

 ワイパーへ、無慈悲な雷光が降り注いだ。
 今度こそ本当に終了。
 近くにいたナミはその余波によって吹き飛ばされる。

「…………」

 もう、誰も立ち上がらない。
 この場にいるのはナミとエネルのただ二人。

「ゾロ……ロビン」

 頼みの綱の仲間も、やはり動かない。

「……」
「……!?」

 いつの間にか、背後にいたエネルにナミがほぼ反射的、逃げるように距離をとった。

 軽めの雷の一撃を受けて気絶させられるのか、今のような規模の雷を受けることになるのか。もしも後者ならばナミの体力なら死んでもおかしくはない。ナミは痛いぐらいに響く心臓の早鐘を呑みこみ、恐る恐るエネルへと視線を送る。

 最早口を開く間もなくやられてしまうのではないか。
 そういう懸念すら抱いていたナミだったが、エネルの視線は彼女を捉えてはいなかった。

「……?」

 ――なに?

 ナミが疑問に首を傾げた瞬間。

「神の裁き!」

 エネルの腕から巨大な雷光が迸った。
 いきなりの大光量に目を焼かれ、慌てて目を閉じる。

 ――ハント助けてっ!

 自分に向けられて放たれたかと思われた雷光は、ナミの思惑を外れてどこか別の場所へ。

 ――……え?

 おそるおそる目を開けてみればそこでは「ええい」と業を煮やした態度でいるエネルがまた光を迸らせていた。

「神の裁き」

 今度は一度だけではない。

「神の裁き! 神の裁き! 神の裁き!」
 何度も、何度も。
 恐怖を語っていた神が、まるで恐怖を抱いているかのように何度も同じ技を放つ。だが、それでもうまくいかなかったらしく「おのれ」と怨嗟の声を落とした。

 ――……なに?

 意味がわからないのはナミだろう。
 今までの光景からは見られないであろうと思われたエネルの狼狽する態度が、今のナミの前で存在しているのだから。
 わけもわからずに呆然とその様子を見つめていたナミだが、ふとエネルがナミへと視線を向けたことでまたびくりと背筋を震わせた。

「そういえば小娘……貴様の名は」

 冷酷な目で、さらには腕を微かに雷化させているエネルの問いに、ナミはただ恐怖のままに答える。

「ナミ……です、けど」

 感じている恐怖からか、ほぼ反射的に答えるナミだが、いきなり名前を聞かれるという意味の分からない行為にはやはり首を傾げてしまう。なぜだろう、そう考えるナミに、エネルは口を歪ませて笑みを浮かべた。

「なるほど……ならば、少々やり方を変えるとしよう」

 その笑顔は神どころか、悪魔のそれそのもの。

「っ」

 恐怖に息を呑み、慌てて後退るナミへとエネルは笑う。

「……今残っているのは貴様一人だ」

 一歩、また一歩。
 ナミへの間合いをつぶしていく。
 先ほどまで何かに慌てていた様子のエネルの態度はどこへやら。今はまた悠然と恐怖を携える神そのものだ。その恐怖に圧されてナミの思考も回らない。従わなければならならないという強迫観念すら覚えるほど、今のナミはエネルに対して恐怖を抱いていた。

 ――そ、そうだ! とりあえずでもいいからついて行くって言えば!

 エネルの最初の目的は生き残った5人をこれからエネルが旅立ち建国する神の国へと連れていくため。ナミもその一人に数えられていたのだから今からでもそれを言えばもしかしたら助かすのではないか。後に隙を見て逃げ出せばいいのではないか。

 ナミの思考が生き残るための最善策をはじき出す。
 利口な選択だ。
 特に雷の脅威を航海士として理解しているナミなのだから、当然に選ぶべき選択ですらある。 
 無言でナミを見つめるエネルに対して、彼女はそれを言おうとして、だがその言葉が彼女の口をついて出ることは無かった。

『俺があいつをぶっ飛ばす』

 口を開く直前に浮かんだ言葉は、たったの一言。ハントの力強い言葉だった。
 ナミは知っている。クロコダイルを倒すと言って負けた時に、抱いていた苦悩を。
 ナミは知っている。そんなハント自身の弱さを、誰よりもハント自身が一番知り、克服しようとしていることを。

 そして、ナミは知っている。ハントは強いと。
 エネルはハントを負かしたと言った。けれど、ハントはエネルを倒すと言った。そしてそんなハントに、ナミは信じると言った。

 ――……こわい……けどっ! 

 だから、ナミはあらゆる恐怖を振り払い、エネルを睨み付ける。

「あんたなんかハントが絶対に……絶対に倒すんだから!」

 ――きっとハントが来てくれる! ……それまで!

 震える体に喝を入れてクリマ・タクトを両手に構える。その動きで、エネルはマントラの力を使ってナミのやろうとしていることを把握する。
 どこかバカにした顔で、そしてどこか面白そうに。

「では、試してやろう」

 言葉と共に小規模な雷を放った。

「電気泡!」

 クリマタクトを振るう。
 放たれた雷はまるでその後を追うように軌道を歪ませてはるか遠くへと飛び去っていく。
 ナミがクリマタクトでやったことは雷の通り道を作りだすこと。まさに気象をよく知るナミならではの技だが、もちろんそれは雷が小規模だからこそ出来ることで、たとえば神の裁きほどのものとなれば何の意味もなさない。

「いい考えだが……ヤハハ」

 エネルは一瞬だけ視線を周囲へと巡らせてから「そろそろ時間だ。お前の言う男の最期、その目にしかと焼き付けるがいい」
 ――っ……もう逃げきれない!

 しっかりと聞けば首を傾げたくなるであろうエネルの言葉にすら疑問をもたず、ナ
ミは身構える。

「神の――」

 エネルの右腕が雷へと姿を変える。
 雷の一撃を避けるすべがない。
 もうナミに出来ることはない。

 ――ハント……ハント……ハント!

 折れそうになる心を繋ぎ止めようと必死になって彼の名を叫ぶ。
 恐いからといって、後ろは向かない。顔は伏せない、恐怖に支配されない。
 最後までナミが信じる彼を、ナミは信じて、エネルを睨み付ける。
 それがナミに出来る唯一のことだからだ。

「――裁き!」

 神の一撃が放たれた。
 それとほぼ同時だった。

「ハントっ――」
 ――助けて!

 ナミの姿を、音を、感情を。

 ありとあらゆるナミのすべてを呑みこまんと放たれた光の中、ナミはふと横合いから感じた衝撃に身体を突き飛ばされていた。

「……え?」

 気づけばナミがいた場所に。
 体を黒く焦がし、どこか弱々しく、それなのに彼らしい穏やかな笑顔で。

「――大丈夫、ナミは俺が守るから」

 ハントが大きな雷光に呑みこまれた。

「ハント!?」

 ナミの悲鳴が、黒焦げになって気を失っているゾロやロビンの宙を舞った。
 この瞬間、ナミは全てを悟る。

 エネルがワイパーにとどめを刺した当たりから、妙な態度を示していた理由。

 思いついたのはおそらく神の裁きを乱発していた時。それらの攻撃は――ナミにはそれらを避けるという想像が出来ないが、ともかく――ハントには通じなかったということだろう。
 この計画を実行できると考えたのはおそらくはナミの名を聞いた時。

 ――きっとどこかで私とハントのことを知ってたんだ。

 まるで遊ぶかのように小規模な雷を放ったのも、それは間違いなく時間を伸ばしてハントがここに来る時間を待つため。
 そうして、ハントがここにたどり着くタイミングを狙ってナミへと大きな雷を放つ。
 あとはナミを庇うなりして、その一撃をハントが受ければ計画はすべて終了。

 ――全部、このために。

 なにもかも、エネルの掌の中だった。
 力が抜けて、腰が自然と地面に落ちていた。それにも気づかずに、ただナミは体を震わせ、瞼を震わせて、声を震わせる。

「……ハン……ト」

 返事はない。
 当然だ。
 それでもナミは呼ばずにはいられなかった。

 彼女を庇った時のハントは既に黒く焦げていた。それはつまり、既にエネルの一撃をその身に受けていたということだ。それでもここまでたどり着いたこと自体は驚嘆に値するのだが、いかんせん2度目の雷を受けてしまってはどうしようもない。
 絶対にブッ飛ばすと笑顔で言っていたハントは、一度エネルの一撃を受けても諦めずにここにまで来ていた。エネルが慌てていたのはきっとハントに少なからず苦戦していたから。賢明なナミだからこそ、ありとあらゆる情報を理解してしまい、だからこそ一つの結論にたどり着く。

 ――私の……せいで?

 ナミを守ろうとして2撃目を受けてしまった。
 いくらハントでももう耐えきれるわけがない。

「ハ、ン……トぉ」

 すがるようなナミの声を、無慈悲に引き裂いたのは当然エネル。

「ヤハハハハ! 無駄だ! 神の裁きを2度も受けて生きていられるものか!」

 余程、彼の思惑通りにハントを仕留めることが出来て愉快なのだろう。高笑いと、そしてそれ以上の確信を込めて、エネルは言う。

「ヤハハハハハ! 今度こそ私の天下だ! ……貴様にも、後を追わせてやる」

 上機嫌にナミを睨み付けて右腕を構えた時、しかしエネルの表情が瞬時に氷点下へと凍り付くこととなった。

「……?」

 睨み付けらたナミはビクリと背筋を震わせて一歩後退したものの、すぐにその変化に気付いた。エネルの視線を追いかけて後ろを振り向く……いや、振り向こうとしたところで突如として彼女の頭に優しい手が置かれた

「わ」と反射的に驚きの声をあげたナミだが、もちろん、この手の感覚をナミは知っている。

「誰に……誰の後を追わせるって?」
「ば……ばかな」

 エネルの表情が歪み、それとは逆にナミの表情が一気に明るくなる。
 ナミの頭に手を置いた彼。エネルの表情を一気に冷めさせた彼は今にもくたびれそうな表情で言い放つ。

「指一本も……ナミには触らせないからのこのバカミナリ野郎が」

 どこか穏やかで彼らしい表情とは裏腹に、彼の視線はエネルを冷たく鋭く、ただひたすらに射ぬいていた。

「っ」
「ハントっ!」

 エネルの唾を飲む音と同時、ナミは今にも泣きそうな声でその名を呼ぶ。その声に反応したのか、ハントは先ほどナミの目に映った時よりもさらに黒焦げとなった体でナミへと僅かに頭を下げた。

「ごめん、怖かったよな?」
「ちょっと……でもアンタのこと信じてたから」
「……そっか、ありがとな」

 体は黒焦げ、視線も少し弱い。肩で息をしていて、どこか苦しそう。どう見ても万全の状態ではなく、どこか弱々しい。そのはずなのに、なぜか雄々しさがある。エネルがナミを話をしている隙に攻撃するなりをしないのはそのせいだろう。

 ゆっくりとナミから視線を外し、エネルへと再度顔を向けるハントはどっしりと腰を落とし、魚人空手陸式の構えをとってからエネルへとまっすぐに言葉を向けた。

「さぁ、エネル……今度こそお前をブッ飛ばす。覚悟しろよ?」

 ハントがエネルの雷を受けたのはこれで2度。2度だ。前日のものまで含めば実に3度目。雷の直撃を3度受けて生きていられる人間などいない。いないはずなのに、エネルの目の前の男は死者とは思えないほどに悠然とそこに存在している。

 真っ直ぐに叩き付けられたハントの言葉で、エネルは遂に悟った。
 ハントと対峙してから覚えていた、ゴロゴロの実を食して以来味わうことのなくなっていた感覚。久しぶり過ぎて、それをただ与える側の象徴として存在していたため、思い出すことの出来なかったその感覚をエネルは遂に思い出したのだ。
 ハントに向けられた視線に、視線で返すことが出来ない。
 向けられた気迫に、体がなぜか震える。
 どこか独特の、空手を思わせるハントの態勢に、気圧される。

 ――まさか……私が恐怖しているのか。

 エネルが思い出したのは、恐怖という感覚。ここに至って気づかずにはいられなかったその感覚に、けれどエネルの神として君臨してきたプライドがそれを認めるこを許さない。

 ――そんなことが……あってたまるか!

「私は神だ! 神なのだ!」
「……それで?」

 振り絞るように吐き出した、どこか怨嗟すら感じられるほどの声色に対して、ハントは深い呼吸を繰り返しながら平然と首を傾げて見せた。
 これで2度目の対峙となるわけだが、1度目の対峙した時とまるで変わらない態度。仕留めきれてはいないが、それでも何度も痛い目にあわせているはずなのに、それらを一切感じさせないほどに落ち着いたハントの態度が、さらにエネルの恐怖という怒りを煽る。

「この……この……この不届き者めがっ! 2億V雷神!」

 癇癪を起こす子供を彷彿とさせる声色で、エネルが最後の切り札を。
 その姿はまさに雷神。
 全身を巨大な雷へと姿を変えて、まさに雷神のごとく姿となってハントを睨み付ける。

 全長10m以上の、どこに触れても2億Vが流れ込んでくるという強力極まりない技だ。雷神となったエネルから漏れてくる雷の熱量に圧されて近づくことすら容易ではない。
 体が自然と離れようとしてしまうナミを、ハントは守るように一層に身を深く沈みこませる。

「……大丈夫だからな」
「……っ……うん!」

 半ば涙目になりながらも、ナミはハントの背中にしがみつく。
 相手はゴロゴロの実の能力者。いくらハントでもナミを守りながら戦って勝てるような相手ではない。
 だが、それでも。
 いや、だからこそ。

 ――一発で決めてやる。

 ハントはナミにそっと呟く。

「ナミ、俺の右手……水で濡らしてくれない?」
「……え?」

 エネルと対峙しながらも、いきなりの言葉。
 意味の分からないハントの発言に一瞬だけ首を傾げたナミだが、今にも襲い掛かろうとしているエネルを目の前にしては疑問に思っている時間などない。

「冷気泡」

 クリマタクトで水を含んだ小さな気泡を生み出し、それを立て続けにハントの右腕にぶつける。
 じんわりと水を帯びた右手に、ハントが「ありがと、助かった」と呟く。

「なにをごちゃごちゃと! たかだが青海の猿がぁ!」

 2億Vの巨大な拳がハントとナミに襲い掛かる。

「魚人空手陸式奥義」

 左掌をエネルに向け、右掌を腰だめに構える。より広く足場を広げ、体重は後ろ足に。

「ハントぉ!」

 悲鳴に近い、それでいてどこか力強さを感じさせるナミの声を背にして、ありとあらゆる力を、向かってくる雷の拳へと解放させた。
 ハントの体ごと呑みこまんと振るわれる雷の拳が異様なまでの雷光をほとばしらせてハントの目前へと迫る。2mにも満たない身長と10mはあるであろう雷神という技を発動させてるエネル。

 自身の体を呑みこまんと放たれた雷の拳に対して、ハントは静かに、それでいて真っ直ぐに掌をぶつけようとする。
 それは自身の持つ技に対する絶対的自身という裏付けがあるからこそなせる平常心。あまりに落ち着いたその姿にハントの真後ろにいるナミですらも平静を取り戻してしまうほどに、ハントからは気配の乱れがない。

 先ほどまでの雷とは比較にならないほどの規模の雷を纏うエネルの拳と、先ほどまでとは比較にならない速度で放たれるハントの掌底。
 お互いの奥義が放たれ、そして……だが。

「っ!?」

 ハントの膝がフと折れた。
 ありえないほどのダメージを受けていたハントの体は、無自覚ながらも既に限界がきていた。
 そんな体で、完全に思い通りに戦えるわけがない。ましてや体力の消費が激しい奥義を放つことができるはずがない。これは自分の体力を見誤ったハントのミスだ。

 ――タイミングがずれた。まずい。楓頼棒が出せない。

 一瞬で脳内を駆け巡る不協和音。
 エネルの今回の拳は雷ではあっても決して雷速ではない攻撃。ハントならこの体勢からでも避けられる。
 だが、ハントの後ろにはナミがいる。この状況で避ければナミに直撃だ。となれば当然だが避けるという選択肢を選ぶはずがない。崩れそうになる膝に構わずに、瞬間的にハントは右掌を拳へと固く握り替えて、そのままそれを突き出した。

「ふぅっ……5千枚瓦正拳!」
「消えろ!」

 ハントの黒く変色した右拳とエネルの巨大な雷の拳とがぶつかり合った。
 触れあったのは、ほんの一瞬。
 ハントの掌からエネルの右腕へあらゆる力が伝搬し、体内外を爆発させる。

 武装色で固められたハントの拳によって弾かれたエネルの拳だが、ハントの武装色には電気の流れを断絶させるほどの効果はない。常態でいるエネルを殴っても流れてこない電流だが、それが2億Vもの雷をまとっている雷神状態のエネルならばまた少し話は変わってくる。

 一瞬といえど、それだけの時間があれば電気は流れ込む。
 ほんの一瞬で、エネルの拳に触れたハントの拳へ。ハントの拳からハントの体全体へと膨大な雷撃が流れ込む。
 ハントとエネル。
 二人の膝が同時に地に崩れた。

「……ばが……な゛」

 体を痙攣させて遂に地に伏したエネルと、2億Vもの電流を受けてまだ意識を繋ぎ止めているハント。

 それはハントの背中にいたナミから見ても明白な勝敗だが、一度自分で自分を心臓マッサージして復活して見せたエネルの姿を目の当たりにしているナミにしてみればまだ現状を信じられないらしく、伺うように、じっと倒れて動かないエネルを見つめる。

「……」

 それでも動き出さないことにやっと安堵の息を漏らして「ハント!」と純粋に嬉しそうな声をあげた。

「……」
「ハント?」

 ハントからの反応がない。
 心配になってハントの顔を見ようとして、それを遮るようにハントの手がナミの頭に置かれた。返事がないことに少しだけ心配になっていたナミも、ハントが動いたことで小さく笑顔に。

「出たっ! 出られた~っ!」

 ふと、遠くに聞こえるルフィの声が微かに響く。

「もう、出てくるの遅いわよ」

 隣のハントに「ね?」と同意を求めるナミに対して、ハントは表情を変えることなく、かすれた声をとした。

「ナミ……あとはルフィに任せるから、ごめん」

 それはいったい何に対しての謝罪なのか。

「ハント! ハント!?」

 微かに耳に残るナミの悲鳴を最後に、ハントは意識を手放した。

 
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