ワンピース~ただ側で~
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番外23話『急転直下』
アッパーヤード、総勢82人で始まったサバイバルは既に2時間が経過していた。
脱落者56名。
神の軍団残り13人
シャンディア残り7人
麦わらの一味残り6人。
戦闘可能総数26名。
一層のこと苛烈さを増す様相を呈するこのサバイバルにあって、どこか場違いに対峙する二人の男。
「お前が神で、エネルで、雷の悪魔の実の能力者……だよな?」
わずかに乱れている息を直すように、ゆっくりと呼吸をしながら尋ねる男――半袖半ズボンの黒服とその上に灰色の甚平を羽織っている――ハントの問いかけ。それに対して半裸で、白い布で頭を覆うという少し奇抜な恰好をしている男、エネルは「ほぅ」と興味深そうな声を漏らしてこちらもまたゆっくりと頷いて見せた。
「だが、私がゴロゴロの実の能力者とわかっていて、なお挑もうとは……どうやらまだ神の定義について理解しておらんようだな」
「……神の定義?」
「お前がどうあがこうと太刀打ちできない圧倒的な力……そこで覚える絶望」
言うや否や、いつしかハントの後ろへと移動していたエネルが手をハントへとかざし――
「――ふっ!」
エネルの体から光が放たれる寸前、ハントの黒く変色した裏拳がエネルの顔面を殴打していた。
ほとんど無挙動でのハントの拳だったが、それでも威力は十分に込められていたらしくエネルの体が、見ているだけで目が回りそうなほどのきりもみ回転を経て地面へと叩き付けられることとなった。
「……?」
それはエネルにとって一体どれほど久しぶりの感覚か。少なくとも悪魔の実を食してからは一度として味わうことのなかった感覚。
――殴られた……のか?
自分が殴られたという事実を理解できずに呆然と地面に伏しているそのエネルの姿を見つめながら、ハントはじっと睨み付けるように言う。
「来いよ、神。俺が勝ったらついでに黄金もらうからな」
気負いもなく、油断もなく、ただ真っ直ぐと。
ハントの瞳はエネルを捉え続ける。
エネルは雷を放ち、しかも一度ハントを気絶させるということまでやっている。そんな人物と対峙しているというにも関わらずハントの雰囲気はほとんど普段通り。違いがあるとすればただ一点。構えが普段とは違っていて魚人空手の構えではない。腰を落とさず軽く膝を落としただけの状態で、さらに両腕を中途半端な位置で固定させて身構えているという点だ。
もしも仲間がここにいたらそのことに気付くのだろうが、当然ながらここにはハントとエネルしかいないためそれに気づく人間はいない。
「……何をした、貴様」
「何って……殴っただけだけど?」
エネルの問いはそういう直接的な意味の問いではない。どこかズレている答えで、ともすれば挑発なのだろうかとすら思えるようなハントの答えを受けたエネルはゆっくりと立ち上がって、無言で血をぬぐう。その表情は先ほどまでの余裕が張り付けられたそれでは既になく、無色のそれ。
「神の裁き」
無言で、唐突に。
だが膨大な光をもって生まれた雷が確かにハントへと放たれていた。
エネルの攻撃はまごうことなき雷速。決して人間では対処の出来ない速度のソレだ。しかも雷というだけあってその攻撃力は絶大。ハントの武装色の鎧をまるで紙屑のように切り裂いてしまうほどの威力。
一度放たれれば回避不能で、防御も不能。
それはもちろんエネルとて理解している。それだけの力があると、神たる彼が誰よりも己の力を理解しているからだ。
なのに。
「……な」
エネルの目が見開かれる。
そこにハントがまだ存在していたからだ。
「あっぶな! ……クロコダイルの時もだったけど、ホントに自然系って戦うこと自体厄介だよな」
――っていうかそもそも攻撃力が卑怯だよな。
ぶちぶちと、ハントが寸前までいた位置、神の裁きが通り過ぎて真っ黒こげになっている位置を眺めながら呟く。
「避けたのか? ならば――」
ほぼ一瞬で動き、そして次の瞬間には「1000万Vヴァー――」
一度失敗した直接相手の体に触れて雷を流すという行為。先ほどはあくまでも神の威光を知らしめるためにあえて余裕をもって、どこかゆったりと動いていたが、今度のそれはもはやそういった類の動きではない。
反応はもちろん、今この瞬間に攻撃されることの知覚すら不可能。
それは誇張でもなく、事実で、そのはず――
「――っ!」
「り゛ん゛!?」
――なのに。
やはり、通じない。
エネルが現れた場所に、既にハントが足を振り上げていた。地面からの最短距離を走りエネルの腹部をハントの足が突き出す。声を出していたところに腹部への蹴りをもらったとあって奇妙な声をあげながら吹き飛ばされるエネルへと、ハントは追撃の行動に移っていた。
地面と平行に吹き飛ばされている最中のエネルへと追いつき「魚人空手陸式――」今度はハントが技を撃とうとして、だが接近されたというハントの動きにはエネルも気づいた。ハントが自身を殴れるという事実がある以上、エネルからすれば近づかれるわけにはいかない。そのため、距離をとろうと雷になって移動しようとする。
だが。
「――なに!?」
雷の一部、正確にはエネルの足をハントが掴んでいたことによってそれが失敗。
「させるかっ!」
そのまま地面へとエネルを叩き付けた。
その行為自体はもちろんエネルには通じないが、エネルの体が地面にぶつかってはじけるということになる以上、元通りの姿へと戻るために一瞬の時間が生じる。ハントの狙いはその一瞬の時間だ。
「今度こそ! ……5千枚瓦せっ!?」
ハントが間合いを零へと潰しその拳を――
「雷光!」
――いや、既にハントはエネルから距離をとっていた。
ハントの拳が振り下ろされるよりもエネルの体から放電されるほうが速いということを察知していたのだろう。得意の魚人空手陸式を振るう前にエネルの雷光の範囲内から逃れていた。
「……げほっ、くっ」
エネルの口から僅かとはいえ咳と血を漏らす。
またもや自分の雷が決まらなかったということに対してか、それとも腹部を蹴られた痛みか。どういった感情にせよ苦い表情を浮かべるエネルに対して、ハントはごく自然な表情を浮かべてそれを見つめていた。
これまで神、すなわち恐怖たる存在として周囲の存在をひれ伏させてきたエネルに対して、恐怖心が見えるでもなく闘争心が見えるでもないという普通の表情。まるで気負いが感じられないそのリラックスしているような表情が、エネルは気に食わない。
――おのれっ。
苛立ちのままにハントを睨み付け、そこで気づいた。
――……? ……なんだ?
違和感に。
いつもなら感じることの出来る絶対的有利性。そこから生まれる心の余裕。エネルが神として神たる存在の根幹のもう一つ。
雷を放出するとき、基本的にそれは必中で必殺。そしてそれで戦闘は終了。
だからこそ戦闘時にわざわざ見聞色の覇気、エネル風にいうならマントラを発動してこなかったため気付けなかったエネルだが、ハントを警戒するべき相手として認識した今になってやっと気づいた。
――マントラが……効いていない?
エネル自身の感覚がおかしいのかと、マントラの網を張りなおせば他の人間の息吹は全くもって問題なく感じる。もちろん息吹自体はハントのものも感じることは出来ている。ただ、マントラの持つもう一つの側面。
何をしようとしているか、これからどう動くのか。
それがハントからは一切に感じられない。
神の裁きを一度受けて気を失ったものの今現在、平然と動いている。雷そのものであるエネル自身を殴り、掴み、さらにはマントラも通じない。それどころか今までの動きからすれば逆にエネルを見聞色で先読みをしている節すらある。エネルのマントラはハントに通じていないにも関わらず、だ。
「何なのだ……何なのだ貴様!?」
「……いや、何って言われても」
流石に焦りの色を隠せないエネルの問いかけに対してハントは静かに、だが困ったように僅かに首をひねる。
「……んー」
答えを考えること数秒程度だろうか。ハントにとってはたかか数秒。だが、エネルにとっては数時間にすら感じられるほどの沈黙を経て、やっとハントの中にそれに対する答えが浮かんだのか、恥ずかしそうに口を開いた。
「ナミの……こ、恋人かな」
いや、だからそういうこと聞いてるんじゃねぇよ。
そう突っ込んでくれる仲間は、残念ながらここにはいない。
もちろんハントは本気で答えているのだが、エネルからすればそれを真剣な答えだと思えるわけもなく「私は神だぞ!」と苛立ちも露わに、手に持っていた黄金の棒でハントへと襲い掛かる。
雷を当てることが出来ないのならば肉弾戦で直接……ということだろうか。
「!」
膝を軽く沈ませて腕をだらりとさせていただけのハントがここにきて初めて魚人空手の構えをとった。
雷となって一瞬でハントの正面へと間合いを詰めてきたエネルに対して、ハントの牽制の拳が真っ直ぐに振るわれる。牽制とはいえ、先ほどまでの膝を落としただけの状態から放たれた拳ではない。腰を落とし、空手家として放たれた一撃だ。
その一撃に乗っている拳の重みと速さは先ほどまでの比ではない。
とはいえ、所詮は人間の拳。エネルも自分が移動した場所にハントの拳が飛んでくることは予想していたらしい。ハントの真正面に現れたかと思えばそこに留まることなく流れるように今度はハントの背後へと雷となって移動していた。
ハントの拳が空を切り、それと同時にエネルがハントの背後から黄金の棒を振るう。
「人肌掌底」
振り向くとほぼ同時、頭部へと振り下ろされた一撃を見切り、左手の掌底でその一撃を受け流す。
「む」
「魚人空手陸式5千枚瓦正拳!」
振り下ろされた棒が空を切り、大地へと突き刺さる。あまりにも自然に狙いをずらされたことでエネルの体が僅かに流れた。エネルが驚きの表情を浮かべるが、その一瞬の隙をハントは逃さない。ハントが右腕の正拳技を放つ。
ほんの僅かな間。
それはハントからすればあまりにも決定的で、確実にこの一撃が入るというタイミング――
――だが。
「くそ」
当たらない。
拳がふれる直前に、無挙動で雷となって移動したエネルの速度に及ばずに拳は空を切る結果となった。
ハントとエネルの見聞色ではハントの見聞色の力の方が勝っている。
見聞色の先読みの力はぶつかり合った時、打ち消しあう性質をしているためエネルではハントの行動を先読み出来ず、逆にハントはエネルの行動を先読みして動くことが出来ており、今のような状況となっているわけだが、流石に雷となって移動できるエネルの動きは早い。
いくらハントでもエネルに完全に逃げに回られたら先読みがあってもその体を捉えることは出来ない。
エネルの雷ならではの圧倒的速度と圧倒的攻撃力。今のところはハントがうまく立ち回っている感があるが、エネルの能力は決して楽観できるものではない。
一瞬の油断すら許されない戦闘。ハントからすればまるでどこぞの砂漠の国での戦闘を思い出されるような状況に近い感覚を覚えているはずだ。
その表情も、砂漠の国での戦闘時のように苦い表情を浮かべている……かと思いきや。
「……」
左手を開いたり閉じたり。
己の左手を見つめながら難しい表情と表現するにはふさわしくない真っ直ぐな表情を浮かべていた。
顔をあげて、対峙するエネルと向かいあうその表情はただひたすらに真摯で、それ以外の色は見えない。
「……気に入らんな」
呟いたのはエネル。
「……気に入らない?」
ふと落とされた言葉にハントが首を傾げるが、エネルはそれを気にせずに言葉をつづける。
「私の動きを見ただろう。マントラなどでは決して覆せない速さが私にはある」
「まぁ……確かに」
「それに……もう忘れたのか。昨日、私が一撃で貴様を気絶させたことを。いくら貴様がちょこまかと動いても私は貴様を一撃で葬ることが出来るのだぞ」
「……うん、確かに」
エネルのまるで脅しているかのような言葉、それに一々とハントは他人事のように頷く。
その態度がまたエネルの怒りを助長させる。
「ならば、なんだその表情は!」
――気に入らない。
エネルの気持ちは、やはり先ほど彼が落とした言葉通りで、それそのもの。
まったくもってハントに恐怖の色は浮かばない。
ハントは既に知っているのだ。ゴロゴロの実の力を。
雷の威力をその身に浴びて、その速さも今さっき目の前で見て。
それでもハントの表情は一切揺らいでいない。
雷の力を得たエネルに対してこれほどまでに平然と対峙する男がいただろうか。
少なくともエネルの記憶には存在していない。いるはずもない。
だからやはり。
「気にいらぬ! 私は神で、雷だぞ!」
背中にある太鼓のうち、二つを黄金の棒で叩く。
「6千万V雷龍」
同時に太鼓が龍へと姿を変えてハントへと襲い掛かった。
もちろん雷速。
そこにいたハントはひとたまりもない。
だが、エネルにして残念ながら。ハントにして当然ながら。
「お前が神かどうかは知らないけど――」
既にハントはそこにはいない。
いつ移動して見せたのか、それはエネルの目にも映らない――雷には遠く及ばない、だが決してエネルの動体視力では捉えられない――速さ。
「お前は『雷そのもの』じゃあないんじゃないか?」
いつの間にか懐へと潜り込んでいたハントの拳が――
「――くっ!」
移動。
雷となって移動しようとしたエネルを逃すまいと捕まえるために伸ばされた手は残念ながら空を切った。
ハントから5mほどの距離をとった場所に移動したエネルが悔しげに「私が雷ではないだと?」
「いや……だって――」
「――この力を見てもそれが言えるかっ!? 『稲妻』」
珊瑚のようにも見える一筋の雷がハントを襲う。
「聞いといていきなり攻撃とかずるくねっ!?」
話そうとしていたハントが慌てた様子で言葉を吐くよりも先に頭を下げて、まさにぎりぎり。寸前まであったハントの頭の位置をエネルの稲妻が通り過ぎた。避けられることは当然で、それこそがエネルの狙い。強引に頭を下ろしたせいでハントの姿勢が崩れている。
「神の裁き」
巨大な光線とすら感じてしまうほどの雷光がエネルの腕から解き放たれた。
これならば避けようがない。
「……っぶな」
ハントの声が聞こえた。
「な」
エネルから声が漏れる。
幽霊でも見ているかのような顔で、気付けば神の裁きを避けていたハントの姿を見つめて、それが幽霊でないことを思い出したのか「ばかな」と、ほぼ無自覚に言葉を落とした。その視線に気づいたハントは少しだけ自慢げに胸を張る。
「とある国で駆け引きがうまい人間にひどい目に遭わされたことがあるんだ。もうそう簡単に姿勢を崩されたりはしないさ」
それは一体誰に対しての言葉か。
エネルを見ているようで別の誰かをも見ているかのようにすら感じられるが、それ自体はエネルにとってはどうでもいい。
問題はまた避けられたという事実、それだけ。
今度こそ必勝。一瞬でもそう思ったせいでなおのことショックを受けて呆然とした表情を浮かべるエネルへと、ハントはやはり真面目な顔のまま呟く。
「確かにお前は強いと思う。見聞色の覇気……お前ら風に言うならマントラも鍛えてあるし、悪魔の実の力はしっかり研ぎ澄まされてるし、これまで筋力トレーニングもちゃんとしてきただろうって思えるぐらいに十分に力も強いってこともさっきお前の棒を受け流したときにわかった。けど――」
先ほど、エネルの棒を掌底で流した時のことを思い出すように左手を見つめながら、一度言葉を区切って、ハントは刃物のように鋭い言葉を突きつける。
「――お前じゃ俺に勝てない」
「っ!?」
エネルの表情が怒りに歪んだ。
それはどうしようもない差だった、と。
――……。
それを、ハントは内心で思う。
差はただただ環境で、突き詰めて言うならば運。
ゴロゴロの実の能力者になった時点で最強になってしまった空島の人間。エネルの住む世界、空島の世界で最強になっても驕らずに自己の研鑽をたゆまなかったエネルは確かに大したものだが、生まれた世界が空島だったから、育った世界が空島だったからこそ知りえない世界があった。
彼に負けず劣らずの自然系能力者、彼よりも優れた覇気の使い手、彼よりも圧倒的な身体能力を持っている人間、ありとあらゆるハンデをものともせずに乗り越えられる意志を持った人間。そういった人種がいることを、エネルは知り得なかった。
それが何よりも青海という世界でもまれたハントとの大きな差。
けれど、空島の世界で生きてきたエネルからすればそんな差などわからない。なにせ知らないのだから。
そう、何も知らない。
だから、エネルはまだわかっていない。
「我は神なり!」
本日何度目となるかもわからない言葉にしがみつき、無挙動に放つ。
「神の裁き!」
今度はもうハントに神の裁きが当たったかどうかの確認はしない。どうせ当たらないことは、エネルもわかっている。技を放ったとほぼ同時、雷となって移動。
そして「神の裁き!」空中からハントのいるであろう位置へと放った。かと思えばまた、すぐさま移動。
「神の裁き!」
背後から。
「神の裁き!」
右側から。
「神の裁き!」
左側から。
「神の裁き!」
また前方から。
神の裁きの乱れ撃ち。
いくらハントの見聞色が優れていても、どれだけ身体能力があっても雷の速度にはかなわない。かなうはずがない。
放つ場所やタイミングを読まれるというのなら関係のないほどに何発も放つ。避けようのないほどの大きな規模の雷を、それはもう何発も。圧倒的に勝る速度でハントを仕留めるという作戦。
いったいいくつ神の裁きを放っただろうか。
周囲の森をなぎ倒し、流れる雲の川を分解させ、遠くにいる神兵やシャンディアを巻き込み、神の裁きがアッパーヤードに乱れ飛ぶ。
「はぁ……はぁ……はぁ」
息を切らせて、エネルがその場に足を止めた。
「……これで片がついただろうが……ふむ、今ので随分と他を巻き込んでしまったようだが悪いことをしてしまったな、ヤハハハハハ」
周囲を見渡して申し訳なさそうに吐き出された言葉とは裏腹に、実に満足げな顔で、マントラの網をエネルは張りなおす。
「派手にやりすぎたようだな、先ほどからの戦闘のせいでシャンディアの雑魚がここに来る……いや、もうすぐそこか。ヤハハ、まぁよかろう。まとめて葬って――」
「――先に俺を倒してからにしろよな、それ」
「っ!?」
背後から突如として聞こえてきた声に、慌てて雷となって距離をとる。そのまま声の主を確認して「ば、ばかな……貴様っ!?」エネルの表情が歪んだ。
「だから言っただろ? 俺に勝てないって」
一度も当たらなかったのだろう。
平然とした顔で、ハントが胸を張る。
その、どこか子供っぽさを思わせる態度が、神の裁きの乱れ撃ちを避けたという化け物じみた行為を為した人間の態度とどこかミスマッチで、それがエネルの心の内に眠るとある感情を揺さぶり起こす。
「今度は――」
言葉のままに、ハントは一歩だけ足をだす。
「……」
自然と、エネルは一歩後退。
「――俺の番だ!」
ハントが地を蹴った。
エネルはゴロゴロの実、雷の力の能力者で。
だからこそ――
いくら雷速で動くことができようと、雷の攻撃を放つことができようと。
雷速で肉弾戦そのものを出来るほどに細やかな能力の使い方もできなければ、自分の雷速そのものについていけるほどの動体視力も持ち合わせていない。もちろん、これまで雷速での肉弾戦が必要になる可能性を考える必要性すらない世界に生きてきたのだから、それは当然で仕方のないことだ。
だから、つまり――
――決して雷そのものではない。
「魚人空手陸式――」
「くっ!」
ハントの動きはもちろん雷速に比べるまでもなく遅い。だが、速い。決してエネルではハントの動きを目で追えないほどに。
エネルにとって、気付けばハントが背後にいるような状況だ。
普通ならば既に避けることなど決して間に合わないタイミングだが、雷ほどの速度があればそこからでも簡単に回避できる。先ほどもそうやって避けたように今度もまた同じように避けよう移動をしようとして、左腕の違和感にそれを阻止された。
「逃がすかっ!」
ハントの左手が、既にエネルの腕を捕えていていた。
「な」
声を失い、遂に明らかな恐怖の色を張り付けた表情のエネルへと、ハントの拳が振り下ろされ――
「――五千枚瓦正……けっ!?」
――なかった。
瞬間的にハントがその場を跳ねる。
ハントがいた位置、その背中からいくつもの銃弾がエネルを貫き、次いで突如現れた男の槍がエネルを貫いた。
「なんだよ、このタイミングで!?」
これはハントの声だ。
見聞色の覇気を含む、ありとあらゆる感覚をただエネルにのみ注いでいたのだから、今の状況に混乱の声を挙げてしまうのも仕方のないことだろう。むしろ、見聞色の力を抜きにして、ただの気配だけでよくあの状況で背後からの銃撃に気付いたものだ。
「覚悟しろエネル!」
「おい、青海人もいるぞ!」
「カマキリがやられてる!」
登場したシャンディア。
順に、長銃をもっている男、槍を構えている男に、2丁の銃を両手に携えた女。計3人のシャンディアが口々に言葉を吐き出した。
――……くそっ、いいところで!
あとほんの少しだった。
コンマ1秒にも満たない時間さえあればハントの拳がエネルへ顔面へと突き立てられていたことだろう。ハントの単なる武装色の拳、しかも力も8割程度しか込められていない拳を数発受けただけで決して軽くないダメージを受けているエネルの姿と、単なる武装色の拳など足元にも及ばないほどの魚人空手陸式の威力。それらを鑑みれば、その一撃でエネルを倒すことに成功していたはずだった。もしも倒せなくとも大ダメージを与えることには間違いがなかった。
つまり、ほぼ確実にハントの勝利が決まっていたということなのだが、あと僅かで決まっていたはずだからこそ、ハントは内心で歯噛みをしてしまい注意を逸らしてしまっていた。いくらハントが優勢に事を運んでいたとしても、相手は自然系の悪魔の実の能力者。しかもゴロゴロの実。攻撃力だけ見ればハントに深手を与えたクロコダイルよりも高い。
……いや、それはある意味では必然のことだったのかもしれない。
銃と槍。
もしもハントがそのどれかで攻撃をされて、無防備な背中にその一撃をもらってしまえば大きなダメージとなってしまうのだから注意を向けてしかるべきだし、なによりもいきなりの乱入で反射的にその乱入者の攻撃を避けてしまったり、その乱入者そのものに戸惑いを覚えてしまうのもある意味では仕方のないことだ。
だが、今ハントが戦っている相手はゴロゴロの実の能力者のエネル。
エネルから見れば銃も槍もおもちゃみたいなものでしかなく。だからこそ、注意すべき人間は乱入者のシャンディアではない。
「ヤハハハハハ! もらったぞ! 空中では避けられまい!」
そう、ハントは背後からの銃撃を避けるために飛び跳ねた。よって、今は空中。しかも一瞬とはいえエネルから気をそらしてしまっていた。
つまり――
「!?」
――身動きが取れる態勢にはない。
「神の裁き」
「っ」
武装色により全身を黒く変色させたハントを、巨大な雷光が包み込み、貫いた。
エネルとハントが対峙した地。
シャンディアの男が3人、女が1人。黒焦げになって地に伏している。
そして、その近く。
ハントもまた、黒焦げになって地に伏していた。
「これでまた再び私の天下……やはり私こそが神なのだ」
動きそうにないハントを黄金の棒で数回ぶんなぐり、それでもハントが動かないことを確認したエネルはホッと息を落とす。ほとんど無自覚に漏れたため息。その感情の正体にも気づかずに、エネルは思い出したように周囲へと首をめぐらせる。
「ふむ、3時間まで残り半時間ほどか。どうやら大分絞られてきたようだな」
言葉を落とした次の瞬間にはもうエネルの姿がこの場から消え去っている。
サバイバルが始まり、もうすぐ3時間。
地に伏す人間の数に比例して静けさが増していくアッパーヤード。
倒れた彼らは神官だろうが、シャンディアだろうが関係ない。皆各々の目的のために戦い、力尽き、気を失っている戦士たちだ。
動ける人間などいるはずもないこの静かな世界で、だが。
「……ぅ」
男の指が僅かに動いた。
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