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とある英雄の逆行世界

作者:大城晃
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幼年期編
第9章
  あかいあくま


「すいません、シロウおかわりを」
「おれもお願いします。士郎さん」

「了解っと。当麻も結構食うなあ」

「まぁ、普段から結構食べますから当麻は。…でもいつも以上かも。料理教えてくださいね士郎さん…いやここは違うわね。よろしくお願いします師匠」

「了解だ。さっきの様子を見てると基礎は完璧にできてるみたいだしそんなに教えることは無いかも知れないけどな。それと中華なんかは凛のほうが上手だから凛に習うといいぞ」


 時間はちょうど一時という頃、衞宮家の居間では美琴に当麻、アルトリアと士郎に凛が五人で食卓を囲んでいた。畳の敷かれた部屋に置かれた座卓の片側に士郎と凛が、もう片方に当麻・美琴・アルトリアの順に座っている。


「そうなんですか?」

「ええ、リンの中華は絶品ですから。そうですね…リン、久しぶりに夕食は中華を所望します」

「確かにそうね、いいわよ。美琴も習ってみたいなら今晩にでも教えてあげるから一緒に作りましょうか」

「いいんですか!ぜひお願いします」


 そんな会話を周囲が繰り広げる中、がつがつとでありながらも丁寧に食べていた当麻は少し首をひねってポツリと呟く。


「…けど、士郎さんの料理ってなんか物足りないんだよなぁ」


 当麻のその一言に会話がピタッと止む。

 士郎はその言葉に料理人としての何かが刺激されたのか興味ありげな顔で当麻を見ていたが、凛はほほえましい物を見たかのような顔の中にいたずらっぽい表情を浮かべていた。


「む、そんな事はないと思いますよトウマ。シロウの料理はおいしい。それに栄養バランスもしっかりと計算され彩りも豊かです。三ツ星とはいかなくともそこらの料理では太刀打ちできない。まぁ、私も人の子ですし身内のひいき目がないとは言い切れないですが…」

「ちょっと観点が違うわよアルトリア。まぁ士郎の料理がおいしいのは確かだけどね。当麻が言ってるのはそういうことじゃないんじゃない?」

「むむっ、どういうことですか?」


 凛のそんな物言いにアルトリアは怪訝な表情を浮かべる。
 料理のおいしさについて話しているのだからそれについて言及するのは当然だとアルトリアは思うのだが観点が違うとはどういうことだろうか。

 凛は、そんなアルトリアから視線を切ると美琴のほうに意味ありげな視線を向ける。
 その視線を感じたのか少しひるんだ様子の美琴の様子に笑顔を向けると今度は当麻に会話の水を向ける。


「当麻は“誰の”料理と比較してそう思ったの?」

「ん、美琴のだけど…それがどうかしたんですか?」

「ん、だからそういう事なのよ。士郎もそう思わない」

「だなぁ。物足りないといわれてもしょうがないか」


 凛はチャシャ猫のような悪戯っぽい笑顔を浮かべると士郎に水を向ける。士郎も凛の意図を察したのか苦笑気味だ。…よく見ると頬が引きつっているが。


(あれは人をからかう気満々の時の顔だよなぁ…。凛ちょっと本性(あかいあくま)がでてるぞ)


 過去その一番の被害者が士郎なのだし防衛本能が働くのも当然というものだろう。…もっとも士郎をからかった場合ほぼ確実に凛も巻き込まれて自爆に近い形になっていたのだから、凛にとっても士郎にとっても恥かしい記憶なのだが。


「う~ん、でもやっぱり美琴の料理のほうが俺好みだな」

「…ありがと当麻。あんたの味覚に合わせて調理してるつもりだからそのせいかもね」

「ふむ、そういうことですか」

「それもあるだろうけど違うでしょ」


 凛はそういうときれいな笑みを浮かべる。隣にいる士郎はトラウマを刺激されたのか顔をひきつらせながら凛に聞こえない声量で「あかいあくま」と呟いていたが幸運にもそれは凛の耳には届かなかった。

 一方、正面にいる美琴はその笑顔に言いようのない不安感を覚え無自覚に当麻の右手を握りしめていた。ちなみに美琴に意識が向いていたせいか当麻は凛の笑顔を見ることはなかったが見ていたとしてもこの後の出来事を回避はできなかっただろう。


「やっぱり“美琴”の“愛情”が“たっぷり”はいった料理だからじゃないかしら?愛情は最高のスパイスってもいうしね。さすが“学園都市最年少夫婦”ね」


 凛のその言葉を聞くと、美琴と当麻は顔を真っ赤にして固まる。ちなみにお互いの手は握ったままである。


「手まで繋いでホントに仲いいわね二人とも」


 その言葉にビクッと反応するのだがもちろん手は離さないままである。
 この後も凛による羞恥心を煽る言葉攻めが続いたのだが二人は真っ赤になったまま反応はない。もちろん手は握り合ったままだ。


「…凛、二人共もう気絶してるぞ」


 “手を繋いで”の下りが終わったあたりに呟かれた士郎の声はノリノリの言葉に掻き消され凛の耳に届く事は遂になかったのだった。


――余談ではあるが十数分後に気がついた美琴と当麻は凛にからかわれた以前の記憶しか残っていなかった。この後、凛のきれいな(あかいあくまの)笑みを見ると美琴と当麻がおびえるようになったとかなんとか。










「なんでこんな事になったのかしら?」

「凛のせいだな」
「リンのせいです」


 気絶した美琴と当麻を見ながらに凛はそんなつぶやきを漏らす。そこに間髪いれずに入る声があった。言わずもがな士郎とアルトリアである。


「目の前の光景の事じゃないわよ?なんであんな騒ぎの後にこんな和やかにご飯食べてるのかってとこにね…」


 凛はなぜか疲れたようにそう言うと道場での出来事を思い返す。
 あんな衝撃的な出来事があったのにもかかわらず平然と食事をとっているのもどうかというわけである。

 少なくとも士郎と出会った当初の凛ならば少なくともあらかた事情を聞くまではしただろう。


「む、それは当麻のおなかが鳴ったからではないでしょうか?」


 凛が考えていると騎士王さまがおっしゃるのだが事実は少し違う。


「…最初におなかの音が鳴ったのはアルトリアだったと思うのだけれど私の気のせいかしらね?」


 正確には騎士王さまのおなかが鳴った後、当麻のお腹も鳴りなんだかんだで有耶無耶になって食事という流れだ。

 まぁ凛も美琴と当麻に悪意や敵意といった物が無いと確信していたので早急に聞き出す必要性は薄いと感じていたのだがそれはそれ。この状態になった最初の原因は間違いなくアルトリアにあると思っている凛であった。


「まぁ、食事の後にでも聞けばいいから問題はないけど」


 凛はそういうと気絶しながらも手を離さない当麻と美琴へ優しいほほ笑みを向けると食事の続きに取り掛かったのだった。




 もちろん食事の後こそは事情聴取する事を心に誓って。
 
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