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軍楽

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2部分:第二章


第二章

「日本男子の気概、見せてくれるわ」
「最後の一人まで」
 服部も強い言葉を出していた。そのうえで言い合うのであった。こうして森宮も服部も強い決意と共に作曲と担当を続けていた。彼等が仕事を続けているうちに昭和二十年になった。
 戦争は日本にとってさらに辛いものになった。それだけでなく空襲も増えていきその規模も大きくなった。損害は増える一方で戦死者もまた同じだった。そうした中でも森宮は作曲を続けた。既に食べるものもかなり制限され紙も少なくなっていたがそれでもだった。
 今日も自宅で作曲を続けている。もう昼も夜もなかった。
「相変わらず精が出られますね」
 灯火管制をした暗い家の中で服部は森宮に対して声をかけてきた。窓は黒い布で端まで張ってあり灯り自体も弱い。夜の暗さが彼等の辛さをより現わしているようだった。
 その中で彼は質も悪くなった紙に相変わらず作曲を続けている。音符が次々と書かれていく。
「作曲も。何か最近は」
「ああ、筆が速くなったな」
 自分でもそれを感じている森宮だった。真剣そのものの顔で書いていっている。
「どうにもな」
「やはり。兵隊さんのことを思えばですね」
「そうだ」
 沈着な声であった。
「兵隊さんはもっと辛いんだ」
「ですね」
 外地での悲惨な戦いを知らぬ服部ではなかった。陸軍省にいればそれだけ外には漏れない情報も聞くことがあるのである。だからである。
「それを思えばな」
「ですね。本当に」
「家族は疎開してある」
 当時は子供は疎開させていた。理由は言うまでもない。
「俺一人だ」
「だから気が楽ですか」
「それもある。食べるのはどうでもいい」
 それにも頓着しなくなっていた。
「ただ。書く」
「書きますか」
「俺の曲が兵隊さんの支えになる」
 楽譜を鬼気迫る顔で見据えての言葉だった。
「だからだ。絶対にな」
「じゃあ及ばずながら私も」
「それはいいが服部君よ」
 ここで彼は服部に声をかけてきた。相変わらず顔は楽譜を見たままであったが。
「君も夜も昼もないのだな」
「先生と同じですよ」
 服部は静かに笑って彼に答えた。
「それはね」
「一緒というのか」
「だから言ったじゃないですか。覚悟を決めたって」
 彼が言うのはそういうことだった。
「だからですよ。僕だって休日返上です」
「兵隊さんと同じか」
「陸軍省もそうですし」
 戦争が起こればそうなってしまう。軍が忙しいのは戦争の時と決まっている。
「ですから」
「そういうことだな。ではまた一曲できたぞ」
「有り難うございます」
「それでだ」
 森宮の言葉は続く。
「次の曲はだ」
「何時頃出来ますか?」
「数日後だな」
 書き終えたその曲の楽譜を机の上でトントンとまとめながら述べたのだった。
「数日後できる」
「数日後ですか」
「そうだ。それだけあれば充分だな」
 こうも言う森宮だった。
「できる。また来てくれ」
「わかりました。それではまた」
「ああ。それにしてもな」
 服部に曲を渡したうえでまた言った。
「もう二月は終わるか」
「終わりましたよ」
 服部はすぐにこう述べてきた。
「それはもう」
「終わったのか」
「はい、今日から三月ですか」
「そうか。三月か」
 季節の変わりを感じしみじみとなる。この時代の中ではついつい忘れてしまうことだった。
「早いな」
「そうですね。二月に入ったと思ったら」
「二月もな」
「ええ」
 ここで二人は二月に起こったことを思い出したのだった。
「立派に最期まで戦われたそうだな」
「壮絶な最期だったと聞いています」
 服部は森宮にこう告げた。顔は少し俯いている。
「栗林閣下は」
「俺は御会いしたことはないが」
「立派な方でした」
 服部はその栗林という人物は知っていた。栗林忠道、陸軍中将であり硫黄島の指揮官だった。彼は硫黄島で圧倒的なアメリカ軍を前にして最期まで戦い散華したのである。
「人間としても軍人としても」
「そういう方だったか」
「立派な方はどんどん先に行かれています」
「だが。あの人達には会える」
「会えますか」
「靖国に行けばな。だからだ」
 泣かない、悲しまないのだと。言外で述べていた。
「俺はまた今度靖国に行く」
「それはいいことです」
「今度の曲は靖国の英霊達に捧げる曲だ」
 そしてこうも言った。
「是非な。捧げたい」
 こう語ったのが三月一日だった。それから十日が経った。三月十日。しかしこの日は帝都である東京にとって関東大震災と並ぶ最悪の一日になった。
 
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