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アーチャー”が”憑依

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十二話

「さて、今からは旅館内での護衛になるわけだが……何が一番不味いか、分かってるな?」

「敵が既に潜伏している……だろう?」

「その通りだ」

察しが良くて助かる。さすがはプロの傭兵と言ったところだろう。そして、相手も一応はプロであるはずなのだ。もし、潜伏しているのだとしたらそうやすやすと尻尾をつかませないだろう。

「やはり、完全態勢で当たるのが妥当でしょうか」

「あまり気は進まんが、そうするよりないだろう。ただ、今日はまだ初日だ。二人は交代して休みを取りながら事に当たってくれ」

しっかりと頷いた二人に満足すると、しずな先生から風呂を早めに済ませる様に連絡があった。入らないわけにもいかないため、私は風呂へ。刹那と真名は護衛へとそれぞれ分かれた。



「やれやれ」

余り長く浸かっていられないため、短い時間で思う存分堪能する。麻帆良を発ってからと言うもの気苦労が絶えなかったが、ようやく一息付けた。

「十歳だと言うのに爺臭いため息をつくな。おっと、精神の方は十歳では無かったな」

「エヴァ、来たのか」

知った気配だったのであえて無視していたのだが、音も無く露天風呂へと足を踏み入れてきたのはやはりエヴァだった。どうやら、宿は同じ場所をとったらしい。

「聞いたぞ、幼稚な悪戯に引っかき回されているらしいじゃないか」

「あそこまで行くと、逆に手を打ちづらいと言うのは否定せんよ」

程度が低すぎる故に相手にしづらいのだ。まさかあんな妨害方法をとるとは、学園長も正直予想していなかっただろう。

「まあそれはさておき、だ。このような美人と風呂を共にしておいて、何かもう少し反応は無いのか?」

「何を今更。それとも何か? 私に顔を赤らめろとでもいうのか?」

「せんでいい。言っといてなんだが、お前にそんな姿は似合わん。これっぽっちも」

酷い言われようだ。自分でもありえんとは思うが。大体、エヴァの裸を見た所で別段動揺したりなどしない。模擬戦をしていると服だけが吹っ飛んで互いに裸身で殴り合いを続けるなど日常茶飯事だからな。それは普段の姿でも、今の様に幻術で大人の姿をとろうと変わらない。

「私はあがるぞ。まあ、よっぽどのことが無い限り君の手を煩わせることはない。精々楽しむといいさ」

「そうさせてもらうよ。あの二人も中々優秀なようだしな」

やはり、エヴァも気づいていたか。真名と刹那によって小さな気が瞬時に幾つも消されているのを。悪戯時よりかは強い気配を放つそれ。少しずつ、相手も本気になったか。とりあえずは、速くここを出て二人と合流するとしよう。



「猿の式か」

「ああ。神楽坂と近衛が更衣室に入ると同時に発生した。それを更衣室に侵入する前に私と刹那が殲滅したというわけだ。狙いは間違いなく近衛だろう」

「一応式神返しの結界をはりましたが、はたして役立つかどうか……」

旅館の玄関各所に札を張りに行っていた刹那が戻った。先のことで潜伏している可能性が大幅に上がったため張る意味がるのか些か疑問だが、念のためと言う奴だ。

「それでだが、今夜にもう一度仕掛けてくる可能性は高い。とにかく、後手に回るしかない現状私達にできるのは警戒を怠らない様にすることぐらいだ」

「分かりました」

「報酬分は働かないとね」

「では、近衛を頼む」

そう告げて自身は屋上へ上る。潜伏している可能性が高いとはいえ外に仲間がいないとは限らないのだ。魔眼を持つ真名にこの役目を任せてもよかったが、単純に見張るだけなら私の千里眼も劣らない。
何も見逃すまいと眼を見張らせていると、旅館の窓から勢いよく飛び出す巨大な猿が眼に入った。その腕に抱えているのは黒髪の少女、近衛木乃香だ!

[先生、お嬢様が!]

携帯へ刹那から連絡が入る。くそっ! 先のことが起きてから時間にして僅か三十分。速すぎる行動に意表を突かれた! 自分に憤るのは後だ。覚えたての影を利用した物質転移にて父の杖を取り出し、猿の後を追った。

ホテルを飛び出した後、すぐに真名と刹那に合流した。そして、術者が目指す先が駅であることをこの目はしっかりと捕えていた。

「くっ! 私がいながらお嬢様を!」

「いや、これは私の責任だ。まさか、次策をあれほど早く実行するとは」

「裏を読んだのか、はたまた何も考えていなかったのか……今までのことを考えるに判断に迷うね」

そうではない、そうではないんだ。敵が潜伏している可能性を自ら示唆しておきながら一時でも近衛の護衛を零にしてしまった私の甘さが招いた。時間にして約十年、策謀やらそういったものとは無縁であったのがここに来て影響を及ぼした。

「敵は駅に向かっている。急ぐぞ」

身体強化の魔力を高め、速度を上げる。もう、こんな無様な真似はしない。全力で、近衛を取り戻す!



「人払いの呪符!?」

「まずい! 電車が出るぞ!」

電車を追うことは出来るだろう。だが、体力の消耗を考えると、それは避けたい。滑り込む様にして電車に乗り込む。そして、敵は……

「邪魔な奴等やなぁ……お札さんお札さん、ウチを」

「させると思うか?」

――魔法の射手、光の1矢!

無詠唱魔法。私がイギリスで重点的に鍛えた技能だ。魔法の射手一本程度なら、ほぼノータイムで放てる。そして、私が宙に浮かぶ札如きを外すわけがない。

「な!?」

「寝ろ!」

札は不発。驚愕からくる隙を、私は見逃さない! 拳をみぞおちに一閃。確実に意識を断つために背後へと回り首筋へ手刀の追い討ちを叩きこむ。だが、この手応えは!

「先生! それは式だ!」

やはり、術者と近衛に似せた精巧な擬人符。真名の魔眼で確認する間もなかったため、してやられた。だが、私はホテルから出た術者から眼を決して離さなかった。さすがに電車に入った時は遮蔽物で視界から外れたが……少なくとも電車から出た人影はなかった。ならば、まだ術者は電車の中にいるはずだ。

「……ださん」

「!」

「ウチを逃がして」

「気をつけろ!」

「おくれやす」

前方の車両から流れ込む大量の水、水、水。どうやら、前の車両にある札から大量の水が流れ出しているようだ。そして、そのもう一つ先の車両に、ほくそ笑む術者の姿。

(舐められている、な)

守るべき対象を奪われ、敵に侮られる。こんな事は、何時以来だ? 少なくとも、私がエミヤシロウとして死んだ時……あの頃は既にこんなことはなかったはずだ。ならば、今は? 今は、あの頃と同じだと言うのか? 叶うはずの無い理想、偽物の理想を掲げていたあの頃と……

(ふざけるな!)

正義の味方などと言うふざけたものを再び目指すつもりなどない。だが、あの頃の衛宮士郎と同じだと言うのが、許せない。

(お、おおおおおおおお!)

血が滲む程に拳を握りしめ、力任せに窓を殴りつける。水の抵抗によって遅くなる筈の拳を、過剰なまでに魔力の密度を高めた身体強化で無視する。体が込められた魔力の多さに悲鳴を上げるがそれも無視。もとより、それで折れるほど軟弱な精神では無い!

「げほっげほっ」

「助かったよ、先生。だが、先ほどの魔力行使は暴走に近い。今後は止めた方がいい」

「大丈夫だ。それより、どうやら目的地に到着のようだぞ」

深夜といえども静まり過ぎている駅。先ほどの駅と同じく人払いの呪符が張ってあるのだろう。敵を眼で追いながら、我等も後を追う。そして、駅から出てすぐの長い階段の中腹で術者が待ち受けていた。

「まさか二枚目のお札を突破してくるとは。そやけど、それもここまでですえ」

指にはさまれているのは呪符。このタイミングで切ってくるということは、敵の持ち札の中でもそれなりの位置にあるものだろう。私は二人に一瞬目配せすると、杖に跨り上空へと飛翔する。

――三枚符術、京都大文字焼き!

「くっ!」

「これは、中々だな」

上空にも届くほどの熱量を持つ巨大な大の字の炎が階段に顕現する。だが、それが上手く隠れ蓑になったのか、私が術を逃れたことにはまだ気付かれていないようだ。

「ん? 何や一人足りへんような……」

仕掛けるなら、今! 杖から飛び降り虚空瞬動を使って超高速で落下していく。敵はまだ、気付いていない。これなら!

「なんや音が……これは、上!?」

子供とはいえ人が落下しているのだ。発生する音は大きい。だが、もう遅い。とはいえ、最優先なのは近衛を無傷で助けることだ。攻撃を加えることも考えたが、欲張らずに近衛を奪い取ってその場を離れる。そして、落下してきた杖をつかみ……

――風花風塵乱舞!

二酸化炭素の風を発生させ未だ猛威をふるっていた炎を吹き飛ばす。

「お嬢様!」

「先生、上手くやったようだね」

「ああ。だが、もう一仕事残っている」

やってきた真名に近衛を預け、此方を睨みつける術者を見据える。逃しては、また行動を起こされる。ここで、奴を捕まえる。伏兵を考慮し、真名を近衛の護衛に徹底させ刹那を遊撃の位置に置く。そして私は術者へと一直線に駆ける。

「ここは通しませんえ~」

頭上から襲いかかる少女。その手には小太刀程のサイズの刀と更に短いサイズの小刀が握られている。だが、この少女に構うことは無い。なぜなら……

「させるか!」

優秀な仲間が居るからな。

「くっ! 猿鬼、熊鬼!」

「この程度で!」

私を止められると思うな! デフォルメされた猿と熊の見た目をした式を一撃で消滅させる。奴の表情から察するに、最早手札は無い。そう確信の元に、踏み込もうとした。だが、急に感じた寒気に全力でその場から飛びのいた。

――障壁突破、石の槍

術者の目前、先ほど私が踏み込もうとしていた位置に石の槍が放たれた。もし、あのまま踏み込んでいたら串刺しにされていただろう。

「かわされたか」

術者の横に何時の間にか存在していた水たまり、そこから人が姿を現す。無表情な顔、かつての私とはまた違った白い髪。どこか機械的な雰囲気を纏う少年が、そこにいた。

「ここは引こう。どうにも旗色が悪いようだ」

「し、新入り!? 何でここにおるんや! それに、引くやて!?」

「あれを」

スウっと上げられて指先が指し示すのは刹那と敵の仲間と思われる少女。

「はあ!」

「あ~れ~」

目の前の敵から注意を反らさない様に眼を向けると、刹那が少女を弾き飛ばしていた。ダメージは無いようだが、実力は今の所ほぼ互角だろう。

「千草さんも善鬼と護鬼を失っているし、此方が不利だ」

「そう、やな。引くんや!」

できれば、ここで捕えておきたい。だが、目の前にいる少年がそれをさせてくれなかった。無機質な感があるためエヴァには及ばないが、間違いなく一級品の威圧感。おそらく、やり合うとなれば他の事に気を回す暇などないだろう。
私達は、敵を見送ることしかできなかった。 
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