アーチャー”が”憑依
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十三話
――修学旅行二日目
二日目は奈良で班別行動が予定されている。敵の本拠地である京都からは離れるため、今日は比較的安全だと言う結論で昨夜は落ち着いたが、相手は電車でも仕掛けてくるような手合いである。とてもではないが、ネギは安心することはできなかった。
(昨夜はしてやられたからな。私だけでも、警戒は緩めないようにしよう)
真名はそもそも別の班であるため護衛がし難く、刹那も昨日のことから気を引き締めようとはしているものの、先ほどから近衛に必執拗に迫られ膳を持って辺りを駆け回る始末だ。とりあえず、埃がたつからと刹那と近衛を強引に座らせ、ネギは止まぬ喧騒の中静かに朝食を堪能した。
「それではネギ先生、よろしくお願いします」
「分かりました」
学園長が手を回していたらしく、ネギはこの修学旅行中旅館で待機という役割は受けていない。今日も事前に提出されていた生徒たちの目的地を問題を起こしたりしない様に見回るだけだ。それも、バラバラに散る生徒全てを見ることなど不可能なため見回りと言う名の観光なのだが。
「それでは、行って来ます」
「気をつけて」
生徒たちからの誘いは事前に断ってあるためゆっくりと出ることができる。最も、刹那を通して情報を得、五班の動向に合わせての出発だが。
「しばらく頼むぞ」
「はい、分かりました!」
デフォルメされた二等身の刹那が胸ポケットからひょっこり顔を出す。一応、この式を通じて刹那とリアルタイムで情報を交換できるようにしている。一足飛びで駆けつけられる距離で控えるつもりとはいえ、生徒の誘いを断った手前堂々と五班の傍にいることができないが故の措置だ。
(それにしても……)
遠目に見えるのは宮崎、綾瀬、早乙女の三にだ。だが、折角奈良公園にいるというのに鹿と戯れることもなくギャーギャーと騒いでいる。問題になるほど騒いでいるわけでもないから放っているが、一体何をしているというのか。
(よく、分からんな)
守護者として永遠とも刹那ともいえる時間を過ごしたネギにとって、中学生の頃の思い出などと言うのは遥か彼方のものであり、その辺りのことは全く記憶に残っていないと言っていい。つまるところ、今のネギにとって中学生と言う微妙なお年頃の彼女達のことは、一番理解が追いつかない存在なのだ。
「先生、東大寺に行くみたいですよ」
「ああ、分かった」
東大寺、ネギは見回りを装い五班に合流した。幸いんことに、観光の定番ともいえるここに行く予定だったのは五班だけであり特に問題も起きることはなかった……のだが。
(一体なんだと言うんだ)
先ほどからネギが感じる視線。敵意とかそういったものは一切含まれていない。下手人も割れている。綾瀬と早乙女だ。宮崎も一緒にいるようだが、涙目になりながらアワアワしているため、二人に振りまわされているのだと判断した。
「ううう……やっぱ無理だよう」
「そんなこと言ってたら誰かにとられちゃうわよ!」
「やっぱり無理でしたか。でも、ハルナの言うことにも一理あるです」
先を歩くネギを遠目に見つめながら、三人は作戦会議……の様なものを行っていた。議題は簡単。宮崎のどかにいかにしてネギに告白させるかだ。告白するに際し、この修学旅行というのは絶好の機会でもある。だが、教員として働くネギに二人きりで接触する機会は殆どなく、たまたま遭遇できた今回も突然の事で宮崎には心の準備が全くできていない。元より人みしりの気がある宮崎には、ハードルが高すぎるのだ。
「これはどうにかしないとね……」
「何かいい案があるですか?」
「ふふふ、奴さえ取り込めばチャンスを作ることなど容易良い事よ」
「あうう……」
まるでGの触角の様に盛んに動く早乙女の髪。怪しい笑みを浮かべながら携帯を取り出すさまは、宮崎を不安にさせるには充分だった。後に宮崎は語る。あの時のハルナには、何かがとりついていた。絶対に、と。
「ん? へー、面白そうじゃない。そういうことなら私に任せなさいって!」
「どうしたんですの?」
「ちょーっとね。ねぇいいンちょ、早く旅館に行こ! 私ちょっと歩き疲れちゃったよ」
「怪しいですわね……」
「ハハハ、なーに言ってんのさ!」
「まぁ、予定は消化してますしいいでしょう」
(くーくっく。さーて、旅館に行ったら早速仕込みを始めないとね)
「……すみません」
「いいえ、ネギ先生はよくやっていますよ」
ホテルのロビー、そこではネギが新田先生に頭を下げる姿があった。だが、本当に申し訳なさそうに頭を下げるネギとは違い新田先生はそこまで怒っている様子ではなかった。それは、ネギが謝る理由がネギ自身のものではないためだ。その理由を防ぐのがどんなに難しいものなのか、新田先生はよく知っている。
「それでは、行きましょう」
「はい」
頭を上げ、付いてくる様に促す新田先生にネギは付き従う。これより、ネギが謝っていた理由……3-Aの生徒達の馬鹿騒ぎを諌めにいくのだ。
「いーかげんにせんかぁ!!」
数分後、麻帆良の生徒の天敵。鬼の新田の咆哮がホテル中に響き渡った。その咆哮は、このホテルが貸し切りであったことが本当に幸いだと思えるほどに凄まじいものであった。
「いいか! 就寝時間を過ぎてから部屋から出ていた者はロビーで正座だ!」
「「「えぇー!?」」」
「そういうことだ。皆大人しくしているんだぞ」
修学旅行とは生徒達にとって一大イベントだ騒ぎたくなるのも無理は無い。それは教師陣、勿論新田先生も理解している。少しぐらいは眼を瞑る、と言うのが教師達の暗黙の了解だ。
だが、麻帆良……ひいては3-Aの元気さが裏目に出た。いくら眼を瞑るとはいっても少し、だ。度を過ぎれば注意しなければならないし、ああも分かりやすく納得いかないと顔に出されては釘を刺しておくしかない。結局のところ、彼女達は自ら自分達の首を絞めてしまったのだ。
「やれやれ、全く3-Aの生徒達は……」
「ありがとうございました。私ではどうにも力が足りず」
「いえ、あの子達を御せる者などそういませんよ。ましてや、まだ若いネギ先生には荷が重いでしょう」
自販機で買ったお茶を口にしながら雑談に興じる。近衛の護衛は同じ部屋の刹那が担当するほかないため、彼女に一応は任せている。
「それでは、私は念のためもう一度生徒たちの部屋を周りに行きます」
「そうですか」
失礼、と軽く礼をして立ち去るネギを新田先生は静かに見送った。
(今はまだ若いが、将来が楽しみだ)
その小さな背中に、彼が大きな期待をよせていることはまだ誰も知らない。
「それで……朝倉がいないと」
「は、はい」
ネギが部屋を見回り初めて三つめ、第三班の班長である雪広はネギの前で縮こまっていた。その原因は、朝倉和美。第三班のメンバーである彼女が、部屋にいないというのだ。
「新田先生に怒られたばかりだと言うのに、困ったものだ」
「すみません。班長の私がしっかりしていれば……」
別に、ネギは雪広にそこまで怒っているわけではない。だが、ますます縮こまってしまった彼女にどうしたものかと考えてしまう。女性の扱いに慣れていない、というわけではないが今のネギは教師で相手は生徒だ。さすがにこのシチュエーションはネギには経験がない。
「そういえば、新田先生が怒られた時にはもう姿が見えなかったわね。そうよね、夏美ちゃん」
「え? そ、そういえばホテルに戻ってきてから全然見てないかも」
さすがに夕食の時はいたけど、と付け足されたその言葉にネギは大きくため息をついた。
(嫌な予感しかしないな……)
自分の幸運値が低い事を自覚しているネギはこの先起こるだろう何かの事を考えると、段々と気分が沈んでいった。
「とりあえず、朝倉が戻ってきたら捕まえておくように」
それだけ言い残して、ネギは次の班の部屋へと向かった。
「ネギ先生、何だか顔色がすぐれないようでしたが大丈夫でしょうか」
(そりゃこんなクラスの相手してりゃ胃の一つでも痛くなるだろうよ)
そう思いながらも長谷川は決して口にしない。だが、自分ももしかしたらああなってしまうのだろうか、と一人身を震わせたが。
「いやー、行ったみたいだね。もう少しでブッキングするところだったよ。危ない危ない」
「あ、朝倉さん一体今まで何処に!」
ネギに怒られたと思っている雪広はひょっこり現れた朝倉に詰め寄る。だが、それをヒラリとかわした朝倉はこんな事を言い出した。
「さーて、仕込みは終わったから。本日最後にして最大のイベントの始まりだよ」
(ご愁傷さまだな、先生)
今度胃薬でも差し入れしてやるか、と長谷川は一人小さな先生の身を安じていた。最も、面倒なため騒ぎを起こそうとする者達を止めようとはしなかったが。
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