アーチャー”が”憑依
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十一話
「俺っちとしたことが……ぬかったぜ」
自身の右後ろ脚を強く挟み込むトラバサミを恨めしげに睨みつけながらぼやく。まさかこんな原始的な罠に高度な認識阻害をかけているなど誰が思おう。違和感を感じた時には既に遅し。逃げる猶予も与えられずに足に鋭い痛みが走った、というわけだ。
「くそっ! こんな所で捕まってたまるか!」
自分はこんな場所で捕まるわけにはいかない。そう叱咤して思い切り罠から抜け出そうと体をよじる。体を動かすたびに抜ける所かますます強く食い込んでくるのには心が折れそうになったが、それでも懸命に体をよじる。
「ちき、しょう……」
だが、心が折れずとも体が折れた。徐々に力が抜けていき、ついには力なく倒れ伏す。罠に捕えられてから実に二時間。ここでアルベール・カモミールの抵抗は終わりを迎えた。最も、このまま力尽きたわけではなく……
「大丈夫か?」
後の最高の友にして恩人、ネギ・スプリングフィールドにその命を”妹”共々救われるのだ。
「どうかしたのか?」
「いえ、兄貴に初めて会った時のことを思い出しやして。あの時妹と俺っちのために尽力してくれた兄貴には感謝してやす」
兄貴は自分を罠から解放してくれたあと、事情を聴き体の弱かった妹、そして自分を使い魔として雇ってくれたのだ。おまけに俺っちの下着泥坊のについても被害者の方々に弁解して回ってくれた。あの時、既に俺っちの人生は決まったと言っていい。この人の役に立つ。妹の心配をする必要がなくなった今、それだけが俺っちの生きる意味だ!
「その礼は既に受け取ったし、こうして俺のために働いてもらってるんだ。お相子だ。そうそう、不肖の兄の心配をした妹から手紙が来てるぞ。読んで返事を送ってやれ」
「本当っすか!?」
差し出された手紙を受け取り早速読み始める。妹とこんなことが出来る様になったのもやはり兄貴のおかげ……まずは修学旅行とやらで、きっちりサポートしてみせるぜ!
修学旅行当日の早朝、私は学園長室を訪れていた。昨日の内に来てほしいと連絡があったのだ。
「ネギ君、これが親書じゃ。よろしく頼むぞ」
「分かりました」
こんな問題のタネ、正直受け取りたくないが……そうもいかないのが悲しい所だ。スーツの内ポケットにしまいながら心底そう思った。
「気をつけてな」
ふぉふぉふぉ、と笑いながら送りだしてくる学園長に軽い殺意を覚えるが、黙ってその場を後にする。これから数時間後には、ほぼ確実に何かしらが起こるであろう地で行動せねばならないと思うと、自然と大きなため息が出た。
集合場所である駅に辿り着くと、学年主任の新田先生以下二人の先生と、十人程の生徒が既に到着していた。
「おはようございます、ネギ先生」
「おはようございます。先生方はともかく、皆早いな」
「待ちきれなくて始発で来たよ!」
そんなに早くくるとは、よほど楽しみだったに違いない。だが、そんなに張り切って最後まで持つのだろうか? 持つんだろうな……このクラスなら。違和感なくそう思えてしまった自分が、少し悲しくなった。
「ネギ先生、初めての大きな行事で緊張するかもしれませんが私たちも出来るだけサポートしますので、頑張って下さい」
「ありがとうございます、新田先生。3-Aを上手く引率できるかは正直不安な所ですが、力は尽くします」
生徒たちから一端離れて一息ついていた私の元へ新田先生が声をかけてくれる。この人のこんな所が卒業後も……いや、卒業してからより好かれる様になる理由だろう。年度初めは就職、進学後に相談に来る生徒も多いみたいだしな。
時間も経ち、ついには新幹線に乗り込む時間となった。エヴァ、茶々丸、相坂が欠席したことで残された六班の二人をそれぞれ刹那は護衛対象の近衛がいる五班に。レイニーデイは雪広の三班に混ぜさしてもらった。近衛に積極的に話しかけられている刹那は戸惑いながらも此方を恨めしげに見てきたが、修学旅行には自由行動なんてものもあるのだ。一緒の班にしなければ護衛など不可能、と言うことで無視した。
さて、楽しめる可能性が限りなくゼロと言う最悪の修学旅行へ、出発だ。
新幹線。小さな男の子なら一度は憧れを抱く乗り物。麻帆良学園の修学旅行、京都への足として使われたそれのある車両は、現在混沌の空間と化していた。
お喋り、飲食、カードゲーム……各々独自の方法で道中を楽しんでいたはずなのだが、私がトイレから帰ってくるとどうだろう。車両は大量のカエルで溢れかえっていた。
「龍宮」
「ああ、これは式だね」
軽く威圧しても全く動じぬカエル達に召喚されたものではなく気で具現化しただけの式だと分かった。念のため魔眼を持つ真名に確認したのだから間違いない。
「桜咲は?」
「カエルが他の車両に行かない様に結界を張りにいったよ」
それはありがたい。こんな嫌がらせで他の乗客に迷惑がかかるなど勘弁してほしい。
「回収するぞ」
「あまり触りたくないんだけどね」
古菲を中心とした逞しいメンバーに協力してもらい、カエルを袋に回収する。この程度の式なら殴れば消滅するのだが、それが出来ないのが辛い所だ。やはり、一般人の生徒がいると対処が酷く難しい。
「先生」
「桜咲か。ご苦労だったな」
「いえ、それが私の仕事ですから。それと、術者を探しましたが発見はできませんでした」
「そう、か」
こんな事をしかけてきた相手だが、早々見つかる様なへまはしないようだ。まだどの程度の相手なのかは知れないが、これからも一般人を巻き込む様な行動を起こすのなら厄介だ。
「せっかくの修学旅行だが、警戒は密に頼む」
「分かりました」
しかし、結局のところ此方は後手に回るしかないのだ。歯がゆい気持ちを抑えながら、私はカエルを処分するためにひとまず車両を後にした。
京都に到着後、私達は最初の目的地である清水寺へと向かった。念のためバスでの移動中も警戒を怠らなかったのだが、特に何事ともなく到着した。だが、安心して良い訳が無い。新幹線で仕掛けてきたからには此方の予定を既に把握していると見ていいだろう。道中仕掛けてこなかったのは先回りして罠を、と考えることもできるからだ。
「やれやれ、気が重いな」
「気持ちは分かるけどね、隣でそう重いため息はついてほしく無いな」
現在は全体行動中であり多少は融通が利くこともあって私は真名と少し先行して進んでいる。また何かしかけているとも分からんしな。
「先生、早速だ」
そう言って真名が指さしたのは恋占いの石と呼ばれる二つの石の丁度中間地点だ。注意深く観察すると、なるほど。
「落とし穴か」
「しかも意外と深いみたいだ。それに、新幹線の時の式もいるね」
正直、敵が何を考えているのかが分からなさ過ぎて頭が痛くなった。こんな場所に仕掛けたら、麻帆良の生徒でもすらない一般人がかかる可能性もあるだろうに……
「とりあえず、処理するか」
魔法を使って処理をするのも面倒なので、落とし穴の縁に立って右足を前方へと勢い良く踏み下ろす。するとズボッという音とともに落とし穴がその姿を現した。周囲の観光客が眼を見開いて此方を見ている。まあ、当然か。
「すみません、どうやら誰かが悪質な悪戯をしたようです。連絡をしてほしいのですが……」
「あ、ああ。すぐ呼んでくるから待っててくれ!」
近くにいた方にお願いすると、すぐに人を呼びに行ってくれた。そう言えば、こういった場所で働いてる人たちは公務員とかなのか、それともちゃんとした職として存在しているのか……そんなどうでもいいことを考えながら、誰かが近寄らない様にその場に立ち続けた。
「ういー」
「けぷっ」
「もっと、うぃっく……のませろー」
落とし穴の件は警察を呼ぶにまでなったらしく、そこそこ待たされた後簡単な聴取を受けた。そのため生徒たちの引率は新田先生にお任せした。だが、追いついて見ればどうだ……3-Aの生徒達が十人ほど酔いつぶれているではないか。
「ネギ先生!」
「新田先生、これは一体……」
何やら物々しい様子で見知らぬ人と話していた新田先生に声をかけられた。話の内容は十中八九、この惨状についてだろう。
「どうやら、悪戯は落とし穴だけではなかったようです」
「と、いいますと?」
「これです」
新田先生が指し示したのは酒樽だった。先ほどから感じていた臭い……すぐ傍にある露店の甘酒だと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。恐らく、これを音羽の滝に混ぜたか。
「此方にも警察を呼んでいます。私は事情を説明しますので、ネギ先生は生徒たちを旅館に運んでください」
「分かりました。無事だった者は倒れているものを運んでくれ!」
(カモ、どう見る?)
(大方こっちの出方を探ろうとしてるんでしょうが、あまりにもお粗末っすね)
生徒を運びながら肩に乗るカモとこの悪戯について話すが、どうやらカモも同意見の様だ。大体、こんなにも人が多い中で魔法使いとしての対応がそう簡単に出来ると思っているのだろうか? 認識阻害の魔法等は確かにあるが、あれは勘のいいものには勘づかれやすいと言う致命的な欠陥がある。緊急で無い限り、あまり使いたくはないものだ。
(ただのアホなのか、それとも何か考えてのものなのか……)
(オレっちは前者だとおもいやすけどねぇ)
全員をバスに収容し、旅館へと出発する。今日はもう何も無ければいいんだが……
修学旅行初日の夜。幸運が絶望的に低いネギの願いは叶うはずもなく……敵は更なる行動を開始する。
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