IS 〈インフィニット・ストラトス〉 ~運命の先へ~
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第16話 「在りし日の約束」
前書き
そろそろIS10巻出てくれないかなぁ、と考えているGASHIです。今日も今日とて日常回です。
放課後、剣道部の活動が終わったはずの武道場に竹刀のぶつかり合う音が鳴り響く。いつ折れてもおかしくないような鋭い、それでいて心地よい戦いの音だ。防具もなしで竹刀を振るう2人は汗一つかいていない。
「今日は織斑たちの面倒は見なくていいのか?」
「毎日そんなことやっててもつまらないでしょ。今日は俺も訓練したいんですよ。」
武道場の2人・・・、織斑 千冬と神裂 零は言葉を交わしながらも剣技の冴えは落とさない。千冬の繰り出す無数の斬撃を必要最低限の動作で回避する零。回避と同時に零の竹刀が千冬の首筋を狙うが、千冬の竹刀に阻まれた。
「まあ、私としても強者と試合ができるのは良いことだ。」
千冬の掌底が零の顎を襲う。一瞬後ろに仰け反って回避した零だが、視界から外れた足元を払われる。これは剣道ではなく殺し合い。明確なルールなど存在しない。勝つための手段であれば何でも良いのである。
「だが・・・。」
零は倒れる最中に自分の竹刀を千冬の顔面目掛けて投げつける。至近距離からの突然の投擲攻撃を涼しい顔をして防いだ千冬はすかさず追撃する。
「出来ればもう少し手応えが欲しいところだ。束ほどのな。」
千冬の振り下ろした竹刀を白刃取りで抑える零。しかし、武器はなく体勢も明らかに不利な状況であるため、これ以上は戦うだけ無駄だ。零は大人しく降参した。
「流石に束さんや貴女ほど強くなるには、あと10年は欲しいところです。」
武器を拾い上げると、間髪入れずに千冬の斬撃が零を狙う。背後からの襲撃を零は焦ることなく数歩踏み出して避ける。千冬の猛攻に零の回避、構図は先程と変わらない。しかし、零に攻撃する余裕がないわけではない。それは、余裕さえ感じられる彼の表情から読み取れた。
「・・・五本勝負の時も思っていたが、それは束直伝か?」
「ええ。一応、篠ノ之流剣術の応用らしいですよ?」
『音無の戦法』、束や零はそう呼んでいる。相手の攻撃を構えや体勢、癖などから見切り、ひたすら避ける。そして相手に隙が出来た時だけ相手を攻撃する。しかも、その攻撃も頸動脈や脳、心臓など即死級の部位、最低でも目や耳など五感を潰すレベルのものだけを狙う正確無比な一撃のみ。その名は戦いの静けさに由来する。
「似たようなものは知っているが、生憎私の性分には合わなくてな。」
「まあ、貴女にも束さんにも向いてない戦法でしょうね。」
この戦法を正確に扱うには相手の行動を完全に予測できるほどの優秀な頭脳と隙を見つける瞬間的かつ高度な判断力、さらに如何なる体勢からでも必殺の一撃を繰り出せる優れた反射神経と圧倒的な技量が必要だ。千冬や束も出来ないわけではないが、彼女たちは苛烈な剣捌きを間断なく繰り出す攻撃的な戦法を好んでいた。
「そういえば千冬さん、例の五本勝負の頼み事、決まりましたよ。」
「ほう。言ってみろ。」
「えっとですね・・・。」
IS学園の片隅、静寂に包まれた猛者同士の決闘は、まだまだ終わりそうになかった。
「ふう・・・。良い汗かいたなぁ。」
千冬さんとの特訓を終えた俺は、自室に戻るために学生寮の廊下を歩いていた。夕食の時間も過ぎ、寮は静まり返っている。まあ活発な女子たちのことだからどこかの部屋に屯ってるだろうが、防音設備の整った部屋はその喧騒を伝えなかった。
(尾行は・・・、ないな。)
あの盗聴機の件以降、更識 楯無からの接触はない。警戒するのも面倒だし、面会するならさっさと済ませてもらいたいものだ。国家代表クラスの手練れなら戦うのも吝かではないというのに。
「ん?ISの反応・・・?」
一夏の部屋の前を通る時、《武神》が警戒音を鳴らす。改めて《武神》のヘッドギアを部分展開し、超高感度ハイパーセンサー『天眼』のみを起動させる。
「・・・やはり間違いなくISの反応だ。」
しかも、《白式》でも《ブルー・ティアーズ》でもない。護衛対象のいる部屋で正体不明のIS反応。どう行動するか、考えるまでもないだろう。
「入るぞ。」
鍵がかかっていないのを鍵穴から確認し、ノックもせずに勢いよくドアを開けて部屋の中に突入する。そこにいたのは・・・。
「な、何よ!いきなり入ってこないでよ!ビックリするじゃない!」
「・・・鈴?」
セカンド幼馴染み、凰 鈴音が玄関先に立っていた。右腕にISが部分展開されている。その先には驚いた表情の一夏に竹刀を握りしめた箒。・・・なるほど、把握した。
「失礼した。ISの反応がしたもんだから非常事態だと思ってな。特に異常はないようで何よりだ。・・・それと箒、竹刀はむやみやたらと振りかざすものではないぞ。」
「・・・うむ、すまない。」
今考えれば、仮に敵襲なら一夏が《白式》を展開して抵抗しているはずだ。疲れで頭が鈍ったか。我ながら情けないものだ。しかし箒が竹刀を持ち出すほどの事態、あまり穏便な状況でないことは確かだな。
「で、鈴はここで何してるんだ?」
「この者は、いきなり部屋を訪れて部屋を替われと言うのだ!図々しいにも程がある!」
「何よ。あたしが替わってあげるって言ってるんだから、大人しく替わりなさいよ。」
・・・なるほど、これは箒が怒るのも無理はない。自分が好きな人とルームシェアしてるところに、何の理由もなく他人から部屋を替われと言われたら癇に障るだろう。まったく、無駄に元気だな、この中国代表候補生は。
「鈴、気持ちは分かるがそれなら寮監を通すのが筋だろう。織斑先生のところに行ってこい。許可が下りたらまた来ると良い。」
「うっ・・・。それは・・・。」
言葉に詰まる鈴。まあ、千冬さん相手じゃそれは難しいだろうな。あの人じゃ余程正当性のある理由がない限り、部屋割りの変更なんて認めないだろう。色恋沙汰なんて歯牙にも掛けないに違いない。鈴もそれを分かっているからこそこんな手段を選んだのだ。
「と、ところでさ、一夏。約束覚えてる?」
「約束?」
あ、露骨に話逸らしやがったな。まあ、約束とやらに興味もあるし、大人しく静観しておくとしよう。
「う、うん。覚えてる・・・よね?」
「えーと・・・。」
思案に耽る一夏。鈴も気が気でないようでモジモジしながら上目遣いで一夏を見ている。ふむ、鈴の様子からして色恋沙汰であることは間違いないようだが・・・。
「ああ、あれか?鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を・・・」
「そ、そうっ!それ!」
「・・・奢ってくれるってやつか?」
「・・・はい?」
一夏の返答に、思わず目をパチクリさせながら唖然とする鈴。どうやら一夏の思い違いらしい。確かに、小学生か中学生がそんな大仰な奢りの約束を交わすとは到底思えないが。箒の方を一瞥する。彼女も状況を把握できていないようだ。
「だから、鈴が料理できるようになったら、俺に飯をごちそうしてくれるって約束だろ?いやぁ、一人暮らしの身にはありがたい・・・」
バチンッ!
一夏の言葉が終わる前に、鈴の平手打ちが一夏の頬にクリーンヒットした。おお、見事な紅葉模様。突然の出来事に一夏はフリーズしている。
「最っ低!女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けない奴!犬に噛まれて死ね!」
「何で怒ってんだよ!ちゃんと覚えてただろうが!」
「約束の意味が違うのよ!意味が!」
売り言葉に買い言葉で一夏と鈴が口喧嘩を始める。うーむ、両者の反応を見るに約束自体は覚えていても、その意味の捉え方が食い違っているようだ。そんな複雑な約束をしたのか?んー・・・?
「だから説明してくれよ。どんな意味があるってんだ?」
「せ、説明って・・・。そんなこと、出来るわけないでしょうが・・・。」
このやり取りを見て、俺と箒はようやく約束の真意に気づいた。おそらく、鈴はこう言ったのだろう。
『料理が上手になったら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』
大概の人間が聞けばすぐに気づく、テンプレのような告白だ。「味噌汁」がチャイニーズらしく「酢豚」に変わっただけ。しかし、鈍感という文字を体現したような存在である一夏は、それを言葉通りに受け止めたのだろう。呆れてものが言えない。
「・・・じゃあこうしましょ。来週のクラス対抗戦、勝った方が負けた方に一つ言うことを聞かせられる。」
「おう、良いぜ。俺が勝ったら意味を教えてもらうからな。」
この男はまた勢い任せに安請け合いしやがって。今のお前の実力じゃ代表候補生を相手にして勝てる確率なんて0に等しいってのに。鈴が油断さえすれば話は別かもしれないが、それに頼ってるようじゃ半人前以下だ。・・・仕方ない。メニューを組み直そう。
「覚悟しておきなさいよ!ふんっ!」
そんな捨て台詞と残して、鈴は部屋を去っていった。ってか、やはり荷物はボストンバッグ一つか。しかもかなり小さめのものだ。フットワークが軽いというか、何というか・・・。
「おい、一夏。」
「さて、一夏。」
「な、何だよ、二人して?」
俺と箒がほぼ同時に一夏を呼ぶ。箒、大丈夫だ。言いたいことは間違いなく一緒だから、何も問題はない。深呼吸をして一言。
「「馬に蹴られて死ね。」」
「何でだよ!」
一夏のツッコミをガン無視して、俺は部屋を去る。さて、束さんにクラス対抗戦について報告しないと。その後は寝るまで将棋三昧だ。将棋といい都々逸といい、なんと素晴らしきかな、日本文化。
後書き
次はいよいよクラス代表トーナメントです。
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