MA芸能事務所
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偏に、彼に祝福を。
第二章
四話 売られた喧嘩
前書き
前回のあらすじ
「かくれんぼが始まった」
私は、まず彼のアパートに足を運んだ。何かの手がかりがあるかと思ったからだ。鍵は閉まったままで、当たり前だがチャイムを鳴らしても反応がない。諦めて帰ろうかと思っていた時、そのアパートの大家が私の前に現れた。曰く、彼は昨日の内に引っ越しを済ませたらしい。預かりものでもないかと尋ねたが、そんなものはないと返された。だが、彼は郵便物がここに来た時に転送先を大家に伝えていっていたらしい。何とか頭を下げて教えてもらった先は、隣県の住所だった。
事務所に一度帰るべきと思いまずタクシーを呼んで、タクシーを待ちながら、リストアップし印をつけた私以外の八人にメールを送った。
『達也さんの家を訪ねました。既に昨日の内に引っ越しを済ませて居ましたが、荷物の転送先の住所がわかりました。千葉県○○○市○○町○○です』
暫くして返信が帰って来た。拓海さんからだ。
『向かうのは誰だ?』
しまった。誰が行くのか、その他諸々を決めていなかった。どうしようかと思っていた矢先、またメールが届いた。麗さんからだ。宛先は、麗さん以外の八人。
『誰が行くべきか、誰が待つべきか。
これはかくれんぼだ。ただ、隠れる人間は一人だけ。なら多人数であるこちらはそれを活かした戦術を取らなければならない
指揮系統を確立する。泰葉は事務所に戻れ。これから、泰葉が指揮を担う』
文面に驚く。何故私なのか。麗さんがするべきではないのか。だが、その後断る前に次々と了解した旨のメールが届き始め、私は諦めた。覚悟を決めるべきだ。
メールを作成する。見直す時間すら惜しいので書き終わると同時に送信した。
『美世さんと拓海さんは、今寮にいるならバイクで事務所に来てください。私も直ぐ様向かいます』
送信した時、タクシーが私の元へ着いた。私は直ぐ様事務所の住所を運転手に投げかけた。
事務所について運転手にお金を渡す。そうして事務所の中に入った時、またしても携帯が鳴った。私が事務所を出るときより少なくなったが、それでも何個もの携帯が同時に鳴り響く。
素早く携帯を取り出し確認する。時刻は一三時三十分。
『ノーヒントで探すにも限度がある、と皆も思ってるだろう。だから、少しヒントを出そう。日本本土が、捜索範囲だ』
何ら意味のないヒント。私はこのヒントについて思考を切り上げて、事務所内でゆかりさんの姿を探した。PC前に座っている彼女を見つけ、近づく。
「ゆかりさん、どうですか?」
私の接近に気付かなかったのか、少し驚いた彼女は、こちらに視線を向けてきた。
「あ……えっと、恐らく達也さんの荷物の転送先は……」
モニターに視線を向ける。そこには東京湾を中心とした地図が描画されていて、ここから東京湾の向こう側に位置する土地に赤いピンが立っていた。身を乗り出してマウスを操作しその場所を拡大していくと、ある名前が出てきた。
ブラウザを立ち上げてその場所の名前を検索する。出てきたのはビジネスホテルだった。
口に手を添えて考える。ビジネスホテルの近くに駅はない。私は事務所とビジネスホテルの道順を車を使用の条件で検索した。別のタブを開き、次は関東圏の路線図を表示……時間がかかる。
処理の長さに少し苛つきながら待ち、描画された地図を私は眺めた。
事務所の扉を開け、中に踏み入ってくる音が聞こえた。私はそちらを向かなかった。私の近くまで寄ってきた足音は二人分。誰かは振り向かなくてもわかる。
「泰葉、来たぞ」
拓海さんの言葉に、私はモニターから目を離しお二人を見た。いつもの私服ではなく、拓海さんはライダースジャケットとジーンズを、美世さんはライダースーツを着用していた。二人共サポーターの類をきっちりつけて、脇にヘルメットを抱えていた。
「お待ちしておりました。まず拓海さん、貴方に早速行ってもらいたい所があります」
「何処だ?」
「先程のメールに記載してあった場所です。道順はこちらを」
拓海さんは身を乗り出してモニターを操作し、近くの幹線道路や高速を調べていた。
「ここの近くなら、通ったことが何度かある。あまり迷わずに行けるだろ」
「有難うございます。恐らく彼は居ないでしょうが、何かしらのヒントが得られると思います」
「まぁ、そりゃいいんだが……お前ら、このゲームが達也が起こした事も、そうして勝利結果も知っているらしいな?」
「否定はしません」
「そりゃなんだ?」
「勝利報酬は彼の復帰です。彼が何かしらのゲームを行う事は事前に彼と取り決めてありました。まさか全員参加とは思いませんでしたが」
彼女はまだ納得してはいないようだったが、私の言葉に嘘はない。これ以上語れることなんてあまりなかった。
「……負けたら?」
彼にもう関わらない。という約束を思い出して、これもまたかくれんぼにした理由なのだろうとふと思った。
「このかくれんぼの終了以降、彼の捜索も、連絡も打ち切るという条件です」
拓海は暫し口を開くことも足も動くことを止め、ただ私を見ていた。
凡そ五秒ほど経った時、彼女は口を開いた。
「……成る程なぁ、成る程、成る程。あいつは、とんでもなく上等な喧嘩の売り方を知っているじゃねぇか」
口角を上げ、威圧的とも取れる顔を見せる彼女が、何故か私は、楽しそうに見えた。
「いっちょ見つけて一発ぶん殴ってやるか」
これは喧嘩じゃねぇ、筋ってものを通すんだ、と小さな声で続けた彼女は、事務所の出口に足を向けた。
「拓海!」
「美世は待っとけ。何大丈夫だ三十分で向こうに着くさ」
彼女は背中を向けたまま、空いた左手を肩より僅かに上げて一時の別れの挨拶をした。
十四時を過ぎた頃、拓海さんから電話が来た。
「平間達也という名前で部屋を借りている人間はいない。ただ、昨日達也に人相の似ている人間がホテルに滞在し、ホテルの受付に平間という人間を尋ねてきた者がいるなら部屋に連れてくるよう言ってあったらしい。そんで、部屋に着いても中に反応がない。受付には自身が居なかったら部屋に入れて待たせておくようにも伝えていたらしいから、俺は部屋に入ったよ。中は、綺麗もんだったよ。荷物も何もない。ただ一つ、キーがあるだけだった」
彼女の言葉を脳内で組み立てながら、考える。彼はここで潜伏先を隠すために一芝居打ったのだ。残されたのが鍵一つなのは、何かのヒントなのだろうか。
「何のキーでしたか?」
「アタシのとよく似た……バイクのだ」
バイク? 何故そんなものを。
「そうですか……。他に何もないようでしたら近場で遊んでくれていて結構です」
「あぁ? 何でだ?」
「もし、今後与えられたヒントや情報で、またそちらに行くことになるかもしれないからです。即戦力として美世さんがこちらにいますから、拓海さんはそちらで待機していてください」
「わーった。じゃあな」
通話を切った私は、今自身が打てる手がなくなったことを自覚すると、青木姉妹に電話を掛けた。
十五時、次のメールが皆の元へ送られてきた時、私は青木姉妹の家に居た。今後の動きを彼女たちと共有するためだ。事務所にはゆかりさんと、私が事務所を出る間際に顔を出したクラリスさんを残した。事務所のゆかりさんが触れていたPCは社内ネットワーク外の、単純な調べ物用として達也さんが以前設置したものだったのでビデオ通話のできるソフトを入れて来た。あのPCが設置されたのは今年の二月だったけれど、今それを使っているのは偶々なのだろうか。それとも、既にその時から彼の計画が始まっていたのだろうか。今は、分からない。
十五時と同時に送られてきたメールの文面はこうあった。
『377923.14平方キロから227976.10平方キロに、2/3にまで面積を絞ったのにまだ広いと思っているだろう?
だから、次のヒントを十八時に皆に送ることにした。だが、もう既に諦めてしまった人もいるだろうから、これだけは明記しておこう
当たり前だが、私は誰もが知らない、誰もが聞いたこともない辺鄙な場所に隠れているわけではない。受信者の誰かは聞いたことがあるだろうし、もしかしたら誰かが行ったこともあるかもしれない場所だ。案外、皆の直ぐ側なのかもしれない』
僅かに気持ちが高ぶった。そうだ、これはゲームなのだ。勝利が不可能なものは彼も出さないだろう。
「泰葉ちゃんこっち」
明さんに呼ばれて、彼女の私室に入った。彼女の机にはマウスとモニター、キーボード、側にはプリンターが置いてあった。起動したばかりなのだろう、モニターにはOSが表示されている。
「これは……」
「私のPC。おねーちゃんがデイトレしているのは知ってるでしょ? 私はPCに興味なんてなかったんだけど、達也さんにPCで皆のスケジュールを管理するのを提案されたの。それで、まぁ薦められるがまま買っちゃった」
もしや、それは。
「いつ頃にですか?」
「今年の、一月だったかな」
私が、彼に自身のスケジュールの管理等を提案されて、PCを教えてもらったのも二月の事だった。彼はその時から、恐らくこのゲームを行うことを決めていた? だが、今は気にしないでおこう。
彼女のPCにビデオ通話用のソフトを入れて、事務所で予め作っておいたゆかりさんのIDを検索して、コンタクトを取る。とりあえず、これですぐ事務所と連絡が取れる。
聖さんのアカウントのIDも入れて、全員で居間に戻った。とりあえずは、これでいい。今は隣県に拓海さん一人、この場に私と青木姉妹、事務所にゆかりさんとクラリスさん。
「それで、これからどうする」
居間のソファーに腰掛けた麗さんが、私に問いかけた。
「達也さんは、近場には居ないと思います。多人数のアイドル達が、例え一人ひとりバラバラに探しまわったとしても近場に居れば見つけ出されてしまいます。ですから、達也さんは恐らくその捜索範囲外、県外に出ているかと」
決めつけるには早くないか、と聖さんが零す。至極尤もな意見だ。
「そうかもしりません。例えば達也さんが、近くのホテルにでも偽名で泊まりこんで、部屋から一歩も出なければ話は別です。ですが、恐らくそんなことはない。これは、ゲームなんですから。絶対に勝てないような事はしないでしょう」
メールにも確かに、ゲームを始めようとあった。これがゲームなら、勝てないことはない。
「そうかもしれないが、嘘を吐いたということも」
「おねーちゃん、それはない」
聖さんを強く否定したのは、慶さんだった。同時に私も、慶さんの言わんとすることは分かった。
「達也さんは、達也さん自身について嘘を吐くことはあっても、アイドルが関わるなら嘘はつかない」
彼は、あったその日から最後に顔を合わせた昨日まで、私の事では嘘をつくことはなかったのだから。
「私もそう思う」
「私もだ」
続いて明さん、麗さんも同意したので、聖さんはバツの悪い面持ちをした。
「わ、私も彼を信じてるぞ? ただ、言ってみただけだ」
「いえ、聖さん、確かに言うことは尤もです。その可能性も捨て切れません。ですがもし、達也さんが本当にそのような行為を、十分な期間の中で準備していて実行したとするなら私達は打つ手がありません」
「あいつはやるとするなら抜かりはないからな。最初から、私達は彼が私達の勝てる可能性のあるゲームを行ったとして動くしかなかったんだよ。それを今再認識しただけで」
私の言葉の続きを麗さんが繋げた。結局、達也さんがどれほどずるをしても嘘を吐いていたとしても、私達はそれを本当のことと認識し追う他ない。
「先ほどのメールもこの事を考えさせる為のものだったのでしょう。日本本土という曖昧な条件で混乱した私達に、捜索を促す為の。だけれどまだ本格的に探すのには広すぎます。彼のヒントを待つ他ないでしょう」
「そうだな。結局はまだ捜索範囲が広すぎる。次のヒントまで体力を温存しよう……。明、皆にお茶を淹れてくれ」
明さんは言われたとおりキッチンへ向かった。ソファーに深く腰を落ち着かせた私と麗さんとは対照的に、まだ納得できていないような聖さんと慶さん。私は時計を見つめながら、十八時になるのを待った。
後書き
今後色々な場所の地名が出てきますが、どこも取材には行っていません。
この芸能事務所は、神奈川県にある設定です。
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