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MA芸能事務所

作者:高村
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偏に、彼に祝福を。
第二章
  五話 変ホ長調

 
前書き
前回のあらすじ
「ゲームが始まった」
 

 
 そのメールが来たのは、私、明さん、慶さんが明さんのPCの前にいるとき、時刻にして十七時頃だった。拓海さんからのメールで、写真とともに、
『ビジネスホテルに、バイクがあった。受付問い詰めたらこのキーを置いていった男の物だとよ。そんでバイク調べたらシート下にこれがあった。ただロックがかかっている。パスワードは数字の四桁だ』
と書かれていた。写真は、バイクのシート下の収納スペースと思われるところに、携帯が一つ入っていた。
「四桁?」
「どうしたの泰葉ちゃん」
 尋ねてきた明さんに携帯を渡す。四桁の番号に、特に覚えはない。達也さんが所持する軽自動車のナンバーは三桁だった。もしこれが意図的に達也さんが残したものならば、私達が覚えのある四桁が答えか、またはどこかしらにヒントがあるはずだ。
「明さん慶さん、四桁の数字に覚えはありますか?」
 彼女たちに尋ねながら、ビデオチャットに、拓海さんがバイクを見つけたこと。そこで携帯を見つけたこと。そして四桁のパスワードがかかっていることを書き込んだ。
 ひと通り反応を伺うが、誰もしらないとの事だった。
 暫くしてから、聖さんからチャットがあった。
『パスワードがわからないなら、十分な時間があれば確実に答えが分かる方法がある。総当りだ。試せないか拓海にメールしてくれ』
 彼女の提案に同意して、早速拓海さんにメールを打った。
 総当りは確かに四桁の数字なら、最高でも一万回の試行で答えを出せる。ただ、それにはある条件が必要だ。
 拓海さんから返ってきたメールが、その条件を満たしていないことを示していた。
『これ、十回パスワードの認証に失敗したらデータが全部消えるようになってる』
 彼女に待機のメールを送って、私は椅子に深く腰を落とした。


 十八時、予告通り全員へのメールが届いた。
『変ホ長調
 追n複曲』
 ブラウザで変ホ長調を検索。適当なページを開いて、理解できないことだと認識すると追復曲を続けて調べた。一番上に出てきた文字は―――。
「カノン」
 モニターを側で覗きこんでいた慶さんが零した。追走曲とも言われ、一番有名なのがパッヘルベルのカノンだと書いてあった。いつだったか、達也さんに思い浮かぶ曲を尋ねた時にボレロと返した事を思い出した。
 早速ビデオチャットに誰か何か思いつくか尋ねる。歌なども指導してくれる青木姉妹、フルート奏者のゆかりさん、オルガンも弾けるクラリスさん、心強い人間が味方だ。だが、反応は芳しくない。これからどう頑張っても四桁の数字は出せないのだ。そうなると、後は考えられるのが一つ。小文字のn。簡単な言葉遊びとするならば、追複曲を意味するCanonの間にnを入れてCannonにするのが答えだ。
 あまり自信はなかったが、ビデオチャットに書き込んだ。真っ先に反応を返したのは事務所組のクラリスさんとゆかりさんだった。変ホ長調、そして大砲を使う曲なら、少しクラシックをかじっている人はすぐにわかる、らしい。
 彼女たちが出した答えを、私は口にだした。
「チャイコフスキー、1812年」
 四桁の、番号。
 早速拓海さんにメールをした。返ってきた返事は『パスワード解けた』だった。私は彼女に携帯を持って一度帰って来て欲しいとメールを更に返した。


 十九時になる前に、事務所組からチャットがあった。拓海さんが返ってきたらしい。私はビデオチャットソフトを使っての通話を提案した。ヘッドセットは、先ほど近くのデパートで購入済みだ。デパート内で、あたりをキョロキョロしながら歩くアイドルとそのマネージャーを見つけた時は、なんとも言えない気持ちになった。
 通話を開始すると、拓海さんの言葉がヘッドホンから流れた。
「泰葉か? 携帯の中身、伝えんぞ。……登録されているアドレスが、ただ一つだ」
「拓海さん、まだそのアドレスには何も送らないでください」
 おう、と拓海さんから返ってくると同時に、何か音がして、次にヘッドホンから流れたのはゆかりさんの声だった。
「何かありました?」
「こちらは何も。事務所はどうですか?」
「アイドル達が次々に返ってきました。どうやら凛さん達が中心になって、向こうでも捜索隊を結成していたようです。それで、もう暗くなったので、十八歳未満を帰らせるようです。凛さん、奈緒さん、加蓮さんの三人は事務所に残って、私達に協力したいらしいです。今、凛さんに変わります」
 また、音がして、もしもし、と少し緊張気味の声が聞こえた。
「凛さんですね?」
「うん。私達は、この周り、とりあえず都内で達也さんと行ったことがある場所をひと通り見て回った。いなかったけど」
「そうですか。情報有り難うございます。私からも一つ。恐らく達也さんが、以前のアパートを出て行った先の滞在先を突き止めました。既に姿はありませんでしたが、そこに置かれていた携帯を見つけました。十八時のヒントも、その携帯に対するものでした。恐らくは何か、彼の後取りを追う手がかりになるでしょう」
「そこまで、私達に教えずに調べていたんだね」
 ああ、彼女がこちらにコンタクトを取らなかったのはそれか。
「ええ。その通りです。……凛さん私達は本気で彼を追うつもりです。人が多すぎても指示に支障が出ますし、尚且つ全てを話すのは、あまり得策でもありません。
 この勝負は、私の、私達と達也さんのゲームです。巻き込まれた皆には、伝えなかったことを謝ります。ですが絶対に勝ちます。勝ってみせます。その為に、その為に」
 ちひろさんもクラリスさんも自身の立場を賭けたのだ。ちひろさんは、私達が負ければ事は有耶無耶になる。だがクラリスさんは辞めるだろう。勝っても、負けても。そうしてそれを私は追う。
「……兎角、私達は勝ちます。協力の提案はありがたいですが、もう時間も遅いです。明日結果を聞くことにして今日はお帰りになってください」
「私達とは意気込みが違う……。私達が知らないことを知っているね。勝った時と負けた時の結果。違う?」
「ご明察です。私達が勝てば彼は戻ってくる。負ければ今後一切彼と連絡を取らないし探さないという条件です」
「勝手に、そんなことを」
 彼女の怒りももっともだろう。皆、彼が退職したとしても個人的に彼とまた会おう何て思っていたのだ。
「私の推測ですが、恐らく彼はこんなゲームをしなくても姿をくらましたでしょう。心当たりはあるんじゃないですか?」
 凛さんは黙った。彼女も薄々気づいているだろう。彼が退職する意味を。
「そういうことです。今日は帰ってください」
「彼が何処にいるのかあてはあるの?」
 黙るのは、こっちの番だった。今はまだ、捜索範囲は日本本土なのだ。
「ないんでしょ? 私達はマネージャーがつける子は首都圏に散らばる。終了時刻までね。もし、何か情報があって行ってもらいたい場所できたら言って」
「無茶です!」
「……泰葉さん勘違いしてるな。例え泰葉さんと達也さんのゲームだとしても、勝ちたいのは私達もなんだよね。もし、私達の行動で、勝てる可能性が1%でも大きくなるなら私達は動く」
 それじゃと声を掛けて、大きな音がした。恐らく彼女がヘッドセットを外した音だろう。
「泰葉さん? 今凛さんが何人かを連れて外に行きましたが何かあったんですか?」
 それは、とまで言って、自身の声が震えていることに気がついた。何だろうと思っていると、側の慶さんが私のことを抱きしめた。私はそこで初めて、自身が泣いていることに気がついた。


 泣き止むまで、三十分程かかった。慶さんの服を涙で濡らしたことを謝って離れた。
「大丈夫、泰葉ちゃん」
「ええ、大丈夫です何も心配はありません」
 しかと返事して、PCの元へ向かう。やるべきことをなそう。
 チャットで、拓海さんに携帯の唯一のアドレスにメールを出すよう指示した。空メールを。
 暫くして、その場にいる私、慶さん、明さん全員の携帯が鳴った。達也さんからのメールだ。確認すると、それは件名も内容もない、所謂空メールだった。
 メールが来てすぐ、PCにチャットがきた。
『俺が空メールを送ってすぐ、全員に空メールが来たみたいだ』
『もしかして、そのアドレスは達也さんがメール転送に使っていたものかもしれません』
『なんでんなもののアドレスを残したんだ?』
『私達、いや、泰葉から全員へ何らかのメールを送らせる為だろう。それも彼に偽装して』
 聖さんからのチャットが、恐らくは正しいのだろう。理由は分からないが。
『この携帯に今メールが来たぞ。よく見つけたな。おめでとうだと』
 携帯を取り出して、空メールの宛先を見る。私の携帯に登録されていないどれかのアドレスの携帯を彼が持っているのだろう。
『拓海さん、そのメールに返信してください。何処にいるのかと』
 数分の後、拓海さんからのチャットが来た。
『二十一時に最後のヒントを出そう。ああ、バイクはどうした? と返ってきた』
 そのチャットが来ると同時に、また皆の携帯が鳴った。文面を確認する。
『十八時のヒントは、既に回収したものがいるようだ
 最後のヒントを二十一時に出そう。皆、焦りは禁物だぞ? 偶にはのんびり空でも見上げたらどうだ? 今日は晴れだぞ』
 二十一時まで後二時間。終了が二十二時ということを考えれば、最後のヒントで答えがわかったところでここから一時間以上掛かる場所であるならゲームに負ける。つまり既に動き始めていなければならない時間だ。
『拓海さんバイクはどうしました?』
『何にも。置いてきた。キーは今はアタシが持ってる』
『そのバイク、整備されていたか?』
 聖さんのチャットだ。何故そんなことを気にするのだろうか。
『アタシが見た限りは動きそうだった』
『事務所からバイクのあるビジネスホテルまでどれくらいだ?』
『飛ばせば四十分』
『拓海、今から書く住所にキー持って来い』
 居間の方が騒がしくなったので、私は居間へ向かった。そこでは麗さんが慌ただしげに自身の部屋と聖さんの部屋を行ったり来たりしていた。
「どうしたんですか麗さん」
 私に気づいた麗さんは、手を止めず答えた。
「私はな、自動二輪の免許を持ってるんだよ。車体は売ったがまだ運転はできる」
「バイクを使うんですか?」
「そもそもその為に達也はバイクを置いていったんだろう? 私達の足にするために」
「……そうかもしれません」
 何故彼は、私達にわざわざこんなものを残したのだろうか。美世さんと拓海さんというバイク乗りがいるのにわざわざ。
「あるものは使うに限る。それではな」
 麗さんは玄関から出て行った。暫くして、バイクの音が外から聞こえた。恐らく拓海さんに拾われて、あのビジネスホテルへ向かったのだろう。
 私はまた明さんの部屋に戻ると、メールを作成して皆に送った。
『今からどれ程足掻こうにも時間的に行ける場所は限られます。捜索範囲を関東一帯に絞ります。そうして二十一時のヒントを使い、最後の一時間に全てをかけましょう』


 二十時半、麗さんはバイクに乗って帰ってきた。拓海さんは、また向こうに残してきたらしい。麗さんは拓海さんから預かっていた携帯を私に渡した。またそれと同時に私は凛さんにメールを送った。現在首都圏に散らばったアイドル達の現在地を調べるために。
 二十時五十分、返ってきたメールに書かれている駅の名前を、PCで表示されている地図上に標していった。疎らだ。彼女たちが広がってくれた関東は三万二千平方キロある。拓海さんを除いて、今外に出ているアイドルは五人。一人当たり六千平方キロを超える。更には移動は電車を使った線上だ。ヒントによって場所がわかったとしても駅から遠ければ探しだすのは不可能だ。
 待つだけ、今は待つだけなのだ。既にこれから急いでも何もできないと自身に言い聞かせ、ただ二十一時を待った。
 二十一時。最後のヒントが送られた。
『場所は関東、中部のどこかだ。そうしてこの場所からほど近い場所に、この中の何人かは来たことがあるぞ』
 直ぐ様ビデオチャットに文を打った。
『事務所にいる方、関東圏で仕事、または慰安旅行で行った場所をちひろさんに尋ねてください』
 了解とのチャットを確認して、また地図を睨んだ。中部地方はぱっと思いつくだけでも、富山、静岡、新潟に何人かが仕事に行ったことがあることを思い出す。だが今から行くのは不可能だ。関東に絞らなければ。ただ、関東圏で限るなら、茨城栃木群馬千葉埼玉東京神奈川、全てに皆誰かは仕事に赴いたことはあるだろう。
 時計を見る。タイムリミットまであと一時間もない。バイクを使ったとしても行ける範囲は限られる。焦りが心を満たしていく。
 かなり長く思えた三分の後、事務所側からチャットが届いた。何箇所もの住所が連なる。そこには慰安旅行で私達が行った旅館の住所もあった。
 私は凛さんにその中の何箇所かをピックアップして、その場所に散らばっているアイドル達を向かわせるよう書いたメールを送った。駅から遠い場所は、拓海さん、美世さん、麗さんに振り分けなければならない。
 ただ、どうしても、遠い。絶望的に遠い。五十五分でどこまでいけるのだろうか。悩む時間はない。既に拓海さんはいいところにいるのだ。まず彼女に連絡を入れた。 
 

 
後書き
私はクラシックには全く詳しくないので、もしかしたら変ホ長調と追走曲で何か四桁の数字が出るのかもしれませんし、また変ホ長調と大砲でもっと有名なクラシックがあるかもしれませんが堪忍してください。 
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