MA芸能事務所
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偏に、彼に祝福を。
第二章
三話 かくれんぼ
前書き
前回のあらすじ
「ゲームすることになった」
二章はここから終わりまで、一日だけが描かれます。
四月の暮れ、彼が退職したことになり事務所に顔を見せなくなった翌日の真昼、事務所の沢山のアイドルとちひろさん宛にメールが届いた。メールアドレスは誰しもが知らないけれど、ただこれは達也さんからのものであると、文面を見ればすぐに分かった。
『これからゲームをしよう。興味が無い者は参加しなくても一向に構わない。
ルールは簡単、かくれんぼだ。やったことがない人はいないだろう?
時間は今から、二十二時まで。範囲は日本全土。私を見つけられれば私の負け、見つけられれば君たちの勝ち
参加する人はこのアドレスに三十分以内に返信してくれ』
このメールが届いた時、私を含めて十人あまりが事務所に居た。ソファーに座って携帯でこのメールを確認した私は、とうとうこの時が来たのだと思いつつ、携帯を閉じてただ天井を仰いだ。
内心色々な感情が渦巻きながらも動き出せない私と違って、事務所の中では色々な子が口々にこのメールの事を話し始めていた。ただ一人に届けばいたずらだと思うが、全員の携帯が、まるで地震速報かのように鳴ればただ単なるいたずらとは皆も思っていないのか、送信主を推理する言葉がその口から紡がれていた。
これはどっきりの企画ではないのか。そういう言葉もあった。ただその意見は大きくはならない。この状況も、ほぼ全員に配られたメールも、番組の演出にしては不自然。そうして何よりも、達也さんはそういうものを嫌っていた。その意思を継ぐちひろさん、そしてマネージャー達がいるのならそんなものを了承するはずがない、と誰もが信じていたから。
これが番組の企画ではないとするなら、残る送り主は狭まる。自然アイドル達の意見はこれが事務所内部の人間から送られたものではないかという結論に至り始めた。そうしてその中でも、全員のアドレスを知っている人間は限られる。
事務所内の、アイドル以外の者達が仕掛け人と結論を出して、早速周りのマネージャーや事務員に詰め寄る子たち。だが、返される言葉は決まっている。俺じゃない、私じゃない。だが、その続く言葉に違いがあった。ただ、一人。
新しく事務所に入ったマネージャーや事務員から口々に紡がれる、外部の人間じゃないか、誰かの悪戯じゃないか、何て無責任の言葉。けれど一人、ただちひろさんだけが、自身が送信主であることを否定はするものの、それ以上の発言を控えていた。
アイドル達も、周りを疑うのには限界があった。事務でPCを使っているごく一部を除いて他の者達は、触っていたとしても携帯だったのだから。
そうなると最後に残るのは一人。ここにいる全ての人間のアドレスを知っていて、この場に居ない一人。平間達也さんという昨日付で辞めたことになった男性。皆がこの結論に至れば、後は各人が起こす行動は二つ。このゲームに参加するか、参加しないかの結論付け。参加に傾く人の声もあったが、ただ目的も送り主の明記もされていないメールに対して警戒する声もあった。後は面倒だから参加しないとの声も。
今、この事務所で未だに口を開かないのは三人。私、ちひろさん、そうして予め話をしていたゆかりさん。
参加の声が聞こえ始めた頃、ゆかりさんもソファーの元へ来て、私の向かいの席へ腰を降ろした。
そうしてゆっくりと、だけれど着実に時計は針を進め二十五分になった頃、私は口を開いた。
「参加、しましょう」
「ええ」
二人して携帯を操作して、空メールを送り返す。そうしてしまえば、後はゲームの勝敗への緊張感が、私を満たした。
十二時三十分、まだ次のメールは届かない。
十二時三十五分。また事務所内の沢山の携帯が鳴り響いた。緊張により震える手で携帯を取り出し、メールを確認する。先ほどとは違うアドレスからだ。
『このメールの受信者が、このゲームの参加者だ。必要な連絡はこのアドレスから送る。 尚、先ほどのアドレスもこのアドレスも、これ以降返信したところで何も送り返さない。 では、現時刻十二時三十五分を持って、かくれんぼを開始する』
文面を確認した私は立ち上がった。ゆかりさんも同様に立ち上がる。私達の戦いの火蓋が切られたのだから。
まずはこのメールの宛先のアイドル達をリストアップした。何人もの名前が連なる。全体で凡そ三十名。幾つか知らないアドレスもあったが、この際それは考えなくていいだろう。
その後、この事態をただ単なる遊びとは思っていない人、または行動力のある人間をピックアップしていく。
自身の名前、水本ゆかり、クラリスの名前の横に丸をつける。そうして青木姉妹の横に三角、原田美世、向井拓海の横に四角を。……こちらの戦力は九人、そうして捜索範囲は日本全土。絶望的な戦い。
「ゆかりさん、美世さんと拓海さんに協力を仰ぐメールを。私は青木さん達に連絡を入れます」
「事の全容を伝えますか?」
一瞬迷ったが、首を横に振った。
「私達がこのゲームを達也さんが起こす事を知っていた旨を話していただければ十分です。
私達が本気で見つけるつもりとも付け加えてください」
分かりましたとの返事を受け取って、私も携帯を操作する。青木麗さんにまずは電話を。
「もしもし、麗さんですか?」
一コール目もなり終わらぬ内に彼女は電話に出た。
「ああ。……かくれんぼのことか?」
「そうです。恐らくあなたが思っている通り、これは達也さんが計画したものです」
私は、このゲームが行われるに至った経緯を掻い摘んで話した。
「しかし、何故また彼はこんなにも大多数の子たちに送ったんだ?」
言われれば、確かにそうだ。私がそもそも青木姉妹に相談しなかった理由が其処にある。参加者はそもそも私と慶さん、そしてクラリスさんだけと思っていたのだ。だが現実はほぼ全員に送られた。
「それは……」
「もしかすると」
この、皆での協力という小学生で習うような単純なことをさせて、団結力を高める為なのかもな、と、麗さんは続けた。私はその言葉に曖昧にだが肯定した。ありえなくはない話だ。最後まで自身を有効活用する達也さんならやりかねない。
「兎角、私が麗さんに連絡をしたのは協力を願いたいからです。お願いできますか?」
「勿論だ。私の妹達も使って全力のサポートを約束する」
彼女のレッスンの時の頼もしさを思い出す。心強い言葉だ。
「では、一度切ります。私は今から彼の家へ向かいます。何か進展があればその都度連絡します」
「分かった。私達も動ける範囲で行動しよう。それではな」
麗さんとの電話を済ませてゆかりさんの方を向くと姿はなく、事務所内を探すと自由に使えるPCを操作していた。
近づくと、モニター上には地図が表示されていた。
「どうしたの?」
「お二人に電話をかけたところ、納得はしていないようですけど協力には同意してくれました。ですがノーヒントで日本全土と言われても探しようがないと言われたので、とりあえず行ってくれる場所を探そうかと……」
モニターを見つめる。中央に赤いマークが付いていた。ここが事務所なのだろう。地図の範囲は関東一帯で、隅に描画された横棒と、その横にある20kmという文字が、捜索の困難さを物語っていた。
後書き
これからアイドル達は何人かの名前が出てきますが、主だった面子は、岡崎泰葉を中心に、水本ゆかり、青木姉妹、クラリス、原田美世、向井拓海です。
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