魔法少女リリカルなのはStrikers~誰が為に槍は振るわれる~
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第一章 夢追い人
第5話 賑やかな晩ご飯、そして舞い降りる死神
前書き
どうもお久しぶりです!!
長らく空けてしまいましたが、就活も無事終わり、これにて復活です!!
それではあまり長すぎるのも無粋なので、更新話お楽しみください。
第97管理外世界地球、海鳴市。機動六課がロストロギア探索任務の現地拠点に使用している湖畔のコテージに食欲を掻き立てるいい匂いが立ち込めていた。
匂いの正体はバーベキュー。
すずかとアリサが材料を用意し、部隊長であるはやてが自ら作ったものである。
市内でのサーチャー設置任務を終えた六課一同は、現地組と六課組の自己紹介も程々に、各々はやての手作りバーベキューに舌鼓を打っていた。
「ん~♪ 部隊長のバーベキューおいしいです♪」
「キュク~♪」
肩に乗ったフリードに肉を分けながら、キャロが頬に手を当てて満足そうに顔をほころばせる。
それに皿に乗った肉を口いっぱいに詰め込んだエリオも、何度も頷いてこれに応えた。
そこに両手これでもかと肉の積まれた皿を載せたラディが現れる。
「ほれ、肉追加だ。二人とも成長期なんだからしっかりがっつり食えよー」
「あ、すいませんラディ陸曹!!」
「すいません!!」
持ってきた皿を近くのテーブルに降ろすラディに、エリオとキャロは二人そろって頭を下げる。
相手は歳も立場も階級もすべてが目上の人間。礼儀正しい二人にとっては当然の対応だった。
だが、対するラディの方は二人の対応が気に入らなかったらしく、下げられた頭に軽く握った拳をこてんと落とした。
「二人とも固くなりすぎだ。部隊長がご飯の用意してる時点でこの席はもう無礼講みたいなもんだ。そう固いとこっちも食べにくい」
「「すいま—―」」
「――それと!!」
再び頭を下げて謝ろうとする二人にラディは指を突きつけて二人の動きを止める。
厳しく引き締まった顔のラディに、何を言われるのかとエリオとキャロは身を縮こませる。
しかし二人のそんな恐れは柔らかい声で払拭された。
「こういうときはな、『すいません』じゃなくて『ありがとうございます』だ」
「え……?」
「すいませんじゃなくて、ありがとうございます。ですか?」
「そうそう」
不思議そうな顔をする二人に、片膝を着いて目線を合わせながら話を続ける。
「相手にもう既にやってもらったことは謝るんじゃなくて感謝したほうがいい。そっちのほうが相手も気分がいいしな。分かったか?」
「あの、えと、はい!!」
「分かりました!!」
「よし。聞き分けがよくてよろしい♪」
元気よく頷く二人に、ご褒美とばかりにラディは二人の頭を撫でる。
頭から伝わる心地よいぬくもりに、エリオとキャロも嬉しそうに顔を綻ばせる。
そのとき、ぽつりとキャロが独り言のように言葉を漏らした。
「なんだかお兄ちゃんみたい」
「「……」」
消え入りそうなキャロの小さな声に、二人の頭を撫でるラディの手が止まる。
頭から伝わる心地よい振動が止まったことで、不思議そうにラディの顔を見つめるキャロ。
しばらくラディの顔を見つめていたキャロだったが、先程の言葉が口に出ていたのだと気付き、はっとしたように口元を手で押さえた。
慌てて頭を下げようとするのだが、先程のラディの言葉が頭をよぎり何をすればいいのか分からなくなる。そして結局はなにもできずにその場でオロオロするばかり。
それでもやはりこの場は謝るべきだと思い、頭を下げようとする。
が、それよりも早くラディの口が開かれた。
「いいぞ。お兄ちゃんでも」
「え……?」
振ってきた優しい声と再び頭を撫でだした心地いいぬくもりに、キャロは落としていた視線を上げる。
顔を上げたキャロの瞳に映ったラディの顔は、優しく暖かい笑顔を浮かべていた。
「オレなんかでよければ喜んで。むしろ、キャロみたいなかわいくて優しい子のお兄ちゃんになれるなんて嬉しいよ♪」
目元を優しく綻ばせながらラディは促すように小首を傾げる。
その仕草に背中を押され、キャロはその小さな口を開いた。
「えと……お兄、ちゃん?」
「うん♪」
「……えへへ♪」
嬉しそうに相好を崩しながらラディはキャロの頭をくしゃくしゃっとかき混ぜる。
キャロの方も髪をかき混ぜるラディの手を受け入れ、照れくさそうに笑っていた。
幸せな、本当に幸せに満ちた、日常の穏やかな一ページ。なのにそれを目の前にして、エリオの心は鈍い痛みを訴えていた。
お兄ちゃん。
その一言に心の奥底に沈めていた嫌な想い出が浮き上がる。
声だけだった想い出に線が浮かび上がり、そしてデッサンになる。
白と黒で描かれたデッサンに色が付き、そして一枚の絵になる。
切り取られた絵の一枚一枚が連なり動きだし、絵が動き出す。
そして、そして、そして……
「あの!! 僕、お肉のおかわりもらってきます!!」
自分でも少し大きすぎると思う大きさで目の前の二人に声を掛け、エリオは背を向ける。
心に突き刺さる幸せな日常に、傷口から滲み出る黒く濁った想い出から逃げるように、背中にかけられたラディの声に気付かないフリをして駆け出す。
終わったこと。もう、終わったことなのだ。
今でどうあがいても取り返しがつかないこと。戻れないこと。どうにもならないこと。
頭ではそれが分かっているのに、それが分からず振り回される心にエリオは奥歯を噛みしめる。
食欲をそそる肉の焼ける音と香ばしい匂いを前にして、エリオはふとあることを思い出して立ち止まる。
あぁ、そういえば—―
「—―おかわり、ラディさんが持ってきてたっけ」
賑わう周りをどこか遠くのことのように感じながら、エリオは空を見上げる。
沈んでいく夕日に赤く染まる空。
昼の青い空と比べて寂しげで、どこか狭く小さく見える赤い空。
それでも今のエリオには、十分すぎる程に広くて、大きかった。
自分もこんな空のように、広くて大きかったら……。
生まれた場所とは違う場所の空を見上げて、エリオは独り、賑やかな喧騒の中で立ち尽くしていた。
○●○●○●○●○●○
「「「「「ごちそうさまでした!!」」」」」
静かな湖畔のコテージに元気な声が響く。
初めは肉を焼く係に回っていたはやても、途中なのはやフェイトに交代し、久々の故郷での晩ご飯を楽しんでいた。
結果、海鳴市湖畔のコテージでのバーベキュー大会は、用意した材料をほぼすべて完食という形で幕を閉じたのだった。
もちろん、この完食というある種の偉業に貢献した最大の功労者は—―
「あ~おいしかった~♪」
「時々アンタの胃袋がなにでできてるのか疑問に思うわ……」
満足そうな顔でお腹をさするスバルをティアナがげんなりした顔で見つめていた。
食べ初めの頃は、さすが成長期と周りから微笑ましく思われていたスバルの食べっぷりは、次第に周囲をドン引きさせる量になり、最後にはもはやドン引きすら彼方に追いやり畏怖すら抱かせるレベルにまで到達していた。
「男として女の子に食べる量で負けるわけには、とか最初の方は思ってたんだがな……あんなの無理ゲーだわ」
「えへへ~♪ 褒めてもおかわりはもうないですよ~♪」
「いや褒めてないし。そもそもデザートならともかくおかわりとかもう無理だし」
最初の方は競いあっていたラディが顔を引き攣らせながらスバルに呆れた声を向ける。
それをどう捉えたのか褒められたと勘違いしたスバルは、嬉しそうに笑った。
その笑顔にラディの顔がさらに引き攣った。
二人のやり取りに食後のお茶を思い思い楽しんでいたみんなから笑いがこぼれた。
そんな和やかなムードの中、シグナムは席を立ち気持ちよさそうに背伸びしながら口を開く。
「さて、食事も済んだことだ。後はやはり……食後の運動だな」
ニヤリと笑うシグナムに、席から立ち上がりながら神妙な顔でフェイトが頷く。
「うん。やっぱり大切だよね、食後の運動」
そこで二人は視線を合わせ、なにか通じ合うものでもあったのか満足そうに頷きあい、そして互いから視線を外してある一点に視線を合わせた。
二人の視線の交差する一点。そこにいたのはもはやわざわざ言うまでもなく彼だった。
「じゃあ二人でやればいいじゃないですか……」
二人の熱い視線を一身に受けるラディだが、その様子は誰の目から見ても明らかに乗り気ではなかった。というよりはっきり言ってしまえば、いきなり戦おうと言い出す二人に完全に引いていた。
普通ならここで引いてまたの機会にとなるのだろうが、そこは自他共に認める戦闘大好きっ娘の二人である。引き下がるであろうはずもなかった。
「ラディ、私は思うのだ……」
「思わなくて結構です」
「やはり、仲間との絆や信頼とは戦いの中でこそ芽生え、育つものだと思うのだ」
「いやいや人の話聞いてます?」
「拳を交わし、刃を交え、力を比べ、技を競う。その過程の中からこそ信頼や絆というものは生まれるものなのだ」
「なら内勤組はいったいどうやって親交を深めるんでしょうねー」
「思えば、私とテスタロッサとの出会いもそうだった。あれは、そう。冬の寒い日の出来事だった……」
「その話長いですか? 話長くなるなら少しトイレに—―」
「—―シグナムの話はまだ終わってないよラディ?」
トイレという大義名分の下戦線離脱を図ったラディだったが、先回りしたフェイトが肩に手を置き強引に上がった腰を席に叩きつける。
その間にもシグナムのフェイトとの“斬り愛”の話はなんだかんだで続き、そして結論。
「さぁ戦るぞ!!」
「嫌です」
「なぜだ!?」
デバイスと騎士甲冑を展開しやる気満々のシグナムに対し、冷えた視線を向けながらラディが無慈悲に拒否の言葉を叩きつける。
今までの話からすれば当然の結果なのであるが、そこはそれ、戦闘大好きっ娘の二人である。
シグナムはおよそ人に向けるべきではないような奇異の視線でラディを見つめ、フェイトはというとその綺麗な顔に笑顔を浮かべたまま、ラディの肩に置いた手に無言で力をこめる。
「いやいやいや、この流れでなんで模擬戦やると思ったんですかやらないに決まってるでしょう!! そもそも自分あまり模擬戦とか好きじゃないですし……というかフェイトさん痛いです、肩ぁ!!」
「肩が痛い? それはきっと肩が戦いを求めているんだよ。ということで戦ろう」
「だからしませんって!! というか肩が戦いを求めるってどういう状況ですか!?」
若干悲鳴交じりのラディの叫びにも変わらぬ笑顔のまま、フェイトは無言で肩に置いた手に力をこめる。
その笑顔でもう色々と察してしまったのだろうか。ラディはテーブルに片肘を着き、ヤケクソ気味に溜息を吐き出した。
「分かりましたよもう……やればいいんでしょ、模擬戦」
「「おおっ!!」」
とうとう心折れたラディの一言に、フェイトとシグナムは色めき立つ。
喜色満面といった顔でハイタッチを交わす二人に、しかしラディは鋭く指を向けながら「ですが!!」と少し大きく声を上げる。
「—―“デザート” を食べた後でやりましょう。これは、これだけは譲れません!!」
ラディの言った “デザート” という言葉に二人が一瞬固まる。
ゆっくりと上げていた手を降ろし、互いの顔を見合ったあと周りを見渡す。
まず最初に目を向けたのは高町美由希となのはの喫茶翠屋姉妹。
頼むならやはり本職かと考えたが、二人とも知らないと首を横に振る。
次に目を向けたのは八神はやて。
料理上手の多いこの場においても一、二を争う料理の腕を誇る彼女に頼んだかと思ったが、返ってきた返事はノー。
ならと今度はとエイミィ。
幼い子どもを抱える母親なら手作りのデザートの一つや二つ作るかもしれない。だが、そのエイミィも違うと手を振った。
なら一体誰が?
この場にはもう、他にデザートを作れそうな人間はいない。
誰に頼んだのか。二人はそうラディに尋ねようとして—―息を飲む。
この場には確かにもう、デザートを作 “れそう” な人間はいない。
だが、作 “りそう” な人間はいる。
その人間へと思考がいたり、まさかとは思いながらも尋ねようとしたシグナムの言葉を、歓喜に満ちた “死神” の声が遮った。
「お・待・た・せ~♪ シャマル先生の特製デザート、完成です☆」
瞬間、その場の全員の顔から血の気が引いた。
幻聴であってほしい。そう思いながら恐怖一色の顔で声の下を辿る一同。
しかしその視線の先にあるのは、絶望のあまり言葉を失う一同の中を、死の鎌を掲げいっそ優雅と言っていい足取りで進む死神の姿。
「うふふ~♪ シャマル先生渾身の力作、楽しんで食べてね♪」
ラディの座るテーブルへたどり着いたシャマルが、軽やかな音とともに皿をその眼前へと差し出した。
それを彼は目に星を散らせながら純粋無垢な瞳で見つめる。
近くの自分が使っていた紙皿に置いていた箸に手を伸ばし、掴み、手を合わせ、そして一言。
「いただきま~す♪」
事ここにいたり、ようやくラディとシャマルを囲んでいたシグナムの時間が動き出す。
恐怖に立ちすくんでいたシグナムだったが、いまその胸にあるのは一つの強い意志。
――守らねば!!
その思いだけを胸に彼女は一歩前へと踏み出す。
しかしラディは既に箸でパンケーキに見える何かを口へと運ぶところ。
――間に合うか?
死神が鎌を振り上げる姿を幻視しながらそう自分に問いかける。
しかしすぐにその問いを否定する。
――間に合わせるのだ!!
自らの愛剣に手を掛け、シグナムの足が強い意志を宿し、地面を滑るようにして前へ出る。
たとえ腕が無くなろうと命を刈られるよりはマシだろう。そう自身に言い聞かせ、剣を握る手に力を籠める。
短く息を吸い、踏み込んだ足に力を籠め、腰を回し抜剣する。
いや、抜剣しようとした。
「—―ッ!?」
レヴァンティンが鞘から抜かれるよりも早く、正確には柄が鞘から離れるよりも早くその手首を見知らぬ色のバインドが拘束する。
その色をシグナムが知らないのも無理はない。なぜならそれは、六課メンバーの中で唯一彼女が戦う姿を見たことのないメンバーのもの。
そう。他でもない今シグナムが救おうとした、ラディオン・メイフィルスその人のもの。
「――料理は最後の一口がおいしいと言う人がいますけど、自分はそうは思わないんです」
シグナムへと向けていた手を降ろしながら、ラディは厳かに言う。
こちらへと向けるその瞳は、まるで凪いだ大海のような静かさに満ちていながら、その奥底には確かな闘志が見えた。
「料理は……最初の一口が一番おいしいんですッ!!」
そう吠えるやいなや、制止の声すら上げる暇を与えず、ラディは箸の先につまんでいたパンケーキに見える何かを口の中へと放り込んだ。
刹那、その場を静寂が包み込む。
次に起こる悲惨な光景を予見し、その場にいた全員が声を上げることはおろか、身じろぎすることすらできないがゆえに生まれた静寂。
その静寂を、ラディの静かな声が切り裂いた。
「普通においしいです、コレ」
――その場の全員が言葉を失った。
おいしい? おいしい!? あの死神の料理が!?
何かの間違いではないのか。いや、口に入れたその瞬間はおいしいが、その次の瞬間には“毒”が回るパターンなのではないか。疑念と驚愕の視線の入り混じる中、ラディは何事もないように二口目を切り分け、口に入れ、咀嚼し、飲みこみ、そしてあろうことか三口目と突入する。
その姿に、ようやく疑念は確信に変わる。
アレは、食べ物だ。
「う、うぅ……っ」
「泣くな、泣くんじゃねぇよ、シグナム……っ」
「そ、ういう、お前も、泣いているぞ、ヴィー、タ……ッ」
この中で最も付き合いのシグナム達ヴォルケンズの目元に涙が浮かぶ。
思い返せば数百年。
記憶が霞む遥かな長い時を共に過ごしてきたが、その長い長い時の中で、シャマルがおいしいと言えるような物を—―それ以前に口に入れて無事に済むものを作ったことはなかった。
いつもいつもできあがるのは、食う=死or昏睡の危険物質のみ。
善意でかつての主に振る舞った料理を反逆行為とみなされ、処罰されたことさえあった。
そんな、シャマルが、ようやく、ようやく、ようやくっ—―
“食べ物”を作ることを成し遂げた!!
ここで泣かずして、どこで泣くというのか。
目元から溢れ出るものを隠すこともせず、シグナムは喜びの涙を流した。
「シグナム……」
肩に置かれた手に振り返れば、そこには自分と同じように涙を流すフェイトの姿。
いや、彼女だけではない。その場にいる全員が泣いていた。
中にはその危険性を知らない者もいるだろう。だがそんなことは関係なく、その場の全員が泣いていた。
分かったのだ。理解したのだ。
これは喜ばしいことだと。喜ぶべきことだと。
「シグナム……シグ、ナムぅ……よかったね。ほんとに……ほんとに…っ!!」
「……ありがとう…テスタロッサ……」
嗚咽を抑え込み声を振りながらシグナムは喜びを噛みしめる。
この場に居合わせることのできた喜びを。そして、この喜びを分かち合うことのできる仲間を持つことができた喜びを。
「フェイト隊長、シグナム副隊長」
止まらない涙に目元を押さえるシグナムとそんな彼女を優しげな表情で見守りながら自身も涙を流すフェイトの下に、箸を止めたラディが両手に二つの皿を乗せたラディが歩み寄る。
「よかったら、どうぞ」
差し出された皿の上にあるのは、シャマルの作った一切れのパンケーキと予備の割り箸。
「ああ、いただこう」
「ぐすっ。ありがとう、ラディ」
ラディの厚意に感謝しながら二人は差し出された皿を受け取り、割り箸を手にする。
皿の上にあるのはまさしくパンケーキ。
少し焼き色が強すぎるように思えるが、その拙さが逆に、手作り感を出していた。
あぁ、本当に成し遂げたのだな。
再び湧き上がる感動を胸に、シグナムはシャマル特製パンケーキを箸で持ち上げ、そして口へと入れた。
「あぁ……うま—―」
うまい。そう言おうとして、言葉が途切れる。
「—―っ、――っ!?」
なんだこれは—―!?
うまいと言おうとするが声がでない。それ以前に口を開くことすら困難を極める。
さらには視界まで歪みだす。
涙で、ではない。純粋に目に映る世界が揺れているのだ。
いや、なによりもそれ以前に、食べ物を口にすれば最初に反応するはずの味覚がまったく機能していない。
異常をきたした五感の中で、少しはマシに機能していた耳が、なにか重いものが倒れる音を拾った。
身体の奥深くからせり上がってくるなにかを必死に押しとどめながら、音のあった方向に目を向ければ、そこにあったのは、地面に横たわる金と黒と肌色のなにか。
記憶が正しければ、そこにいたのはフェイトだったはず。
だがそれも狂ってしまった五感では確かめることはできない。
そして次はお前の番だとばかりに、シグナムの意識が闇へと落ちていく。
明滅する意識の中、しかしそれでも守護騎士としてのプライドが失神だけは避けようと、膝を地面に着きながらも頭だけは地面にこすりつける真似だけはと、残った僅かばかりの力が彼女の頭を支える。
そんな今まさに、絶体絶命の崖っぷちで耐えるシグナムの元へと、何者かが近づく。
「—―っ、――っ、――っ」
薄れゆく意識の中、草を踏みしめながらこちらへやってきた影を見上げてみれば、そこにいるのは白い髪の誰か—―消去法でいくなら恐らく、この危険物質をおいしいなどとのたまったラディオン・メイフィルスだろう。
その彼が、膝を折って自分と視線を合わせながら口を開いた。
「なぁ、セラフィム。この第97管理外世界地球の日本という国には、戦に臨む前の戦士への訓戒として、あることわざがあるらしいんだが、知ってる?」
口元からチラリとのぞく白い歯が似合う爽やかな笑みを浮かべるラディ。
しかしなぜだろう。その爽やかな笑みに、シグナムの背筋から先程とは違う冷や汗が流れる。
《いえ、知らないですね。あいにくこの世界の知識には疎いもので》
「そっか。じゃあこの際だから覚えとくといい」
変わらない爽やかな笑顔のまま、彼は持っていた割り箸を、あろうことか自分の皿の上にある食べかけの死神特製の危険物質へと近づけていく。
おい、まさか……!?
どうか自分の勘違いであってほしい。これまでの長い人生の中でこれ以上にないほど、真摯にシグナムは神へと祈る。
が、祈り空しくパンケーキ入刀。
「“腹が減っては戦はできぬ”。ということでシグナム副隊長—―」
悪夢に出そうなほど“素晴らしい”笑顔で、ラディは切り分けた危険物質を、つまむ。
「あーーーん♪」
「—―っ、――っ!!……――――っ!!!!!」
最後の力を振り絞った抵抗も空しく、シグナムの口に危険物質が放り込まれ、同時、下顎に手を添えられ押し上げられる。
口の中で噛みしめられ、滲みだした形容しがたい味に一瞬息が止まり、沈黙。
そして—―
「………がはっ!!」
「「「シグナーーーームっっ!!!」」」
健闘及ばずとうとう死神の鎌の前に屈し、力尽きたシグナムにその場に居合わせたメンバーが顔を真っ青にして殺到する。
辺りは上に下にと大混乱。
その中で一人、この騒動の元凶ともいえる少年は、涼しい顔で少し後ろに身を引いてこの大惨事を眺めていた。
「いや~一時はどうなるかと思ったけど、これで模擬戦は無事回避っと♪ シャマル先生の“料理の腕”さまさまだな♪」
《にしてもやり方がえげつなさすぎだと思うんですが……》
上機嫌なラディにセラフィムが渋い声で抗議する。
その抗議がラディにはいたく心外だったらしく、反省するどころか逆に不機嫌そうに頬を膨らませる。
「いやいやいやいや。えげつないも何もオレは—―」
ラディはそこで一端言葉を切り、手に持った皿の上に残った死神特製の危険物質の最後の一切れを手でつまみ、そして—――食べる。
「—―“ただのおいしいパンケーキ”を分けただけだよ?」
《………うそぉ》
そう言いながらもしゃもしゃとパンケーキを食べる彼の表情は、至って普通においしいパンケーキを食べているときに浮かべる満足気な表情。
少なくとも、同じものを食べた他の人間が、あまりの不味さに意識を刈られたとは到底想像できない。
「こんなに“おいしい”ものを毒物扱いするなんて……みんな味音痴だなぁ」
彼は目の前の阿鼻叫喚の惨状に残念そうに見つめた後、まだ“パンケーキ”が残ってないものかと、おかわりを求めてその場を後にしたのだった。
to be continued
☆★☆★お・ま・け♪☆★☆★
シャマル
「シャマル先生のぉ……3分クッキング~~♪」
セラフィム
「ということで始まりましたこのコーナー」
ラディ
「読者のみなさんも謎に思っていること間違いなしのシャマル先生特製パンケーキができるまでをお送りするコーナーです♪」
セラフィム
「なおぉ、恐らく読むだけで気分悪くなること請け合いですのでぇ、マズメシ製造ネタが苦手という方はすぐに逃げてください!!」
シャマル
「マズメシじゃないもん!!」
ラディ
「そーだそーだ!!」
セラフィム
「いや、でも結果として……もういいです。とりあえず材料紹介です。はぁ……」
材料
・焼きそば用の麺
・貝柱
・ソース(いるだけ)
・コーラ(いるだけ)
・オレンジジュース(いるだけ)
・なんか白い塊
セラフィム
「……え、ごめん。どこからツッコめばいいのこれ?」
シャマル
「少ない材料を工夫してるところをツッコめばいいと思います!!」
セラフィム
「そゆのいいんでもう作っちゃってください」
シャマル
「はーい♪
ではまず、生地を作っていこうと思います!!」
セラフィム
「……せんせー、生地作るのに必須の粉系のものがないです」
シャマル
「いいところに気が付きましたセラフィムちゃん♪
そこで今回は焼きそば用の麺を使おうと思います」
セラフィム
「……は?」
シャマル
「まず焼きそば用の麺を叩いて潰して平たく伸ばします」
ラディ
「発想の勝利!!」
セラフィム
「……あ゛ぁっ!?」
シャマル
「このとき頑張って叩くことで生地にコシが生まれてよりおいしくなるので頑張りましょうね~」
ラディ
「コシは大事だよね」
シャマル
「いやいやいやパンケーキにコシとか誰も求めてないから!!」
シャマル
「でもこれだと生地がふわっとしません。そこで貝柱をいれてふわっとさせます」
ラディ
「斬新!!」
セラフィム
「少し黙ってろ外野!!」
シャマル
「でもこれだけだと生地に味がしなくて物足りません。そこでオレンジピール的にオレンジジュースを入れます!!」
セラフィム
「いくらなんでも無理があるでしょうそれ……」
シャマル
「それでは生地ができたところで次はソースに取り掛かりたいと思います♪
ここで使うのは~コーラとサイダーです♪
普段はあまり感じませんが、炭酸飲料というのは砂糖がたくさん使われています。そこで!! これを煮詰めることであま~いソースになるわけです!!
ということで完成!!」
セラフィム
「もうそれだけで物体Xって感じですよね」
シャマル
「あとは生地を焼いて、このソースをかけて、鉄板の隅っこの方にあったなんか白い物体を上にのせれば完成。シャマル先生特製パンケーキです!!」
セラフィム
「なんでしょう。一番危ないはずのなんか白い物体が一番まともに見え—―」
ラディ
「これ、ラードですね」
セラフィム
「まともじゃなかったーーーー!!!」
シャマル
「というわけで、シャマル先生の3分クッキング。今日はこれで終了です♪
身近にあるものばかりで作れますので、みなさんぜひぜひ作ってくださいね♪」
セラフィム
「もうこれ作っちゃダメとかいうツッコみしなくて大丈夫ですよね」
シャマル
「それではみなさん。最後までお付き合いくださりありがとうございました~♪」
to be continued?
後書き
というわけでラディ君のちょっと天然?腹黒?な面の見えた日常回終了です。といっても次も日常回になると思いますが(苦笑)
次回はたぶん八月になりますかね~。試験なんていう七面倒なイベントさえなければ今月中にいけるんですがorz
それではあまり長くなるのもよくないので今日はこの辺で。
ここまで読んでくださった読者のみなさま、ありがとうございました!!
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