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ソードアート・オンライン ≪黒死病の叙事詩≫

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≪アインクラッド篇≫
プロローグ リセットの享受
  プロローグ 郷愁の日々 その弐

 
前書き
キリトとクライン登場です。
チュートリアルまでがプロローグです。 

 
 架空の夕日を眺めていると、近くの二人組がこちらにむかって歩いてきた。俺に用事、ではなく俺の座っている岩の群れのひとつに用事があるようだ。

 岩の群れは無数にあり、二人組のひとりは俺の座っている岩と対極の位置にある岩に座った。しかし背中合わせというわけではなく、俺の視線は夕日と彼らの方角にあるが彼らは俺の方を見ていなく恐らくは気づいてもいないだろう。

 岩に座った、勇者然とした逞しさを備えた男――俺から見ても中々にナイスなアバターの男――が無地の ウィンドウを出現させ操作しようとしたその時。

「あれっ」

 勇者然の男ではなく、二人組のもう一人、赤みがかった髪を額のバンダナで逆立たせた、長身痩躯の涼しげな若侍が素っ頓狂な声を上げた。

 俺は幻想的な風景から二人組へ意識を向けた。何があったんだろう、と野次馬的に思った。すると若侍が続ける。

「なんだこりゃ。ログアウトボタンがねぇよ」

 勇者男は、まさか、とか、そんなわけない、とか言っている。俺もまさかまさかまさかなぁと思いウィンドウを開く。すると……

 メニュータブを下にスクロールすると先程まであった≪LOG OUT≫の文字が綺麗サッパリ跡形も無く消えていた。
 マジでないじゃん、と思ったら岩の群れの向こうから二人組の会話が聞こえる。

「……ねぇだろ?」
「うん、ない」

 俺がログアウトボタンの喪失に気づいたとほぼ同時に、勇者の方もこの状況に気づいたようだ。
 ログアウトボタンがない……だったら他にログアウト方法はあるんだろうか。何かあっただろうか。
 二人はGMコールだとか、初日だから仕方ない、とか言っている。

 俺は意を決して二人組に近づく。もうしばらくはゲームをするつもりだったが、だからと言ってログアウトできないこの状況は看過できないものがある。
 ナーヴギアは従来のゲームとは異なり、ログアウトができないと現実で活動ができない。脳の命令を途中で拾い上げて架空世界のアバターに送るからだ。

 それはつまり今の俺達、プレイヤーがこのアインクラッドに缶詰にさせられている、とさえ言える。

「すまない、そこのお二人さん。ちょっとその事について聞きたいことがあるんだが……」

 俺のアバターは見た目がザコ盗賊っぽいので、礼儀半分図々しさ半分で話しかける。二人は背後からの声に少々驚いたもののすぐに対応してくれた。長年MMORPGで遊んでいても、始めの第一声は慣れないものだ。

「ログアウトボタンが消えたことか?」

 勇者然とした男――すぐ後で知るがキリト――の言葉に俺は肯定する。そうそれ、と言って。

「俺……スバルっていう名前なんだけど……俺はまだまだこのゲーム遊ぶつもりだから急ぎの用って訳じゃないんだけど、ログアウトボタン以外のログアウト方法ってあるかな?」

 一人称は『俺』ではなく『あっし』でも良かったかもしれない。語尾に『ゲス』をつけてもいいかもしれない。次の人からはそうしよう。重要なことを思いながらキリトの返事を待つ。

 返事を待ちながら、はたと横を見ると若侍――さっきの話ではクライン――が、俺の「ピッツァがぁ」とか言って嘆いている。俺は今晩は晩御飯を食べずにずっとゲームをし続けるつもりだったので問題ないが、あっちは急ぎの用事のようだ。

「ええと……ログアウトするには……」

 先程まで微笑すらしていたキリトの表情が僅かに強張る。その表情の変化に俺もほんの僅かな焦りを感じた。

 俺はキリト達に話しかける前にログアウトの事について考えていた。しかし思い出されるのは≪ヘルプ≫の≪ログアウト項目≫に書かれている簡素な『メインウィンドウにあるログアウトボタンを押すとログアウトできます』という一文だけだった。

 それ以外のログアウト方法は正直まったく知らなかった。聞けばこのキリト、あのβテストに参加していたそうなので(クラインがβの時はどうだったんだよぅ、と情けない声で聞いていた)俺よりは随分詳しいと、そう思ったんだが……。返答は落胆するものだった。

「いや……ないよ。自発的ログアウトをするには、メニューを操作する以外の方法はない」
「んなバカな……ぜってぇ何かあるって!」

 するとキリトの後ろからクラインは悲痛な声をあげ、突然大声を出した。

「戻れ! ログアウト! 脱出!!」

 少し期待したが、何も起こらなかった。SAOにはそのようなボイスコマンドは実装されていないのだろう。それに言葉の弾みにログアウトと言ってゲームから追い出されたら興ざめそのものだ。考えればありえない可能性だろう。いやもしかしたら……。

「コマンド!ログアウト! コマンド!エスケープ! スラッシュ!ログアウト! スラッシュ!エスケープ!!!」

 クラインに負けないぐらいに大きな声で言ってみたがやはりなにも起きない。やっぱりボイスコマンドはない。

「クライン、スバル、無駄だ。マニュアルにも、その手の緊急切断方法は一切載ってなかった」

 キリトの言葉にむう、と俺が唸っていると、クラインが声を上げる。その声は、最早ピザ云々程度の焦りではないのだろう悲痛さが込められている。

「でもよ……だって、馬鹿げているだろ! いくらバグったって、自分の部屋に……自分の体に、自分の意思で帰れないなんてよ!」

 俺はこの時、クラインの言葉で自力での脱出が不可能なのを悟った。ログアウトボタンもボイスコマンドもセーブ地点もないこのゲームは完全に詰みの状況だ。しかしまだ手段はある。自力での脱出が無理なら外部の手で脱出だ。

「キリト、クライン。このゲームの中から外部への連絡手段ってGMコール以外になにがある?」

 この質問に答えたのはやはりキリトだった。

「いや……なにもないよ。外部にSOSを出すことはできない筈だ……だから運営が対処するか誰かが勝手に俺達のナーヴギアを外すかを待つしかないな……」

 状況を整理するたびに、段々と手詰まりな感覚が生まれる。外部からの勝手でしか帰れないのはまさしく、缶詰、と言えるだろう。

「でも、オレ、一人暮らしだぜ。おめぇらは?」

 クラインの質問に、キリトが迷っているようなので、先に俺が答える。

「俺は両親と三人で暮らしているけど、今日に限って晩飯の時間はずらしてるから、発見は遅れるだろう、な。……部屋に鍵をつけてるし、もしかしたら明日の朝まで放置かも…」

 言っていて悲しくなる。なんで金を払ってまで自分の部屋に鍵をつけたのだろう。テンションに任せて馬鹿なことをしてしまった。
 やはり疑問に思ったのかクラインが「自分の部屋に鍵があるだなんて珍しいなぁ」と聞いてくる。それに俺は「今日のためにつけちゃったんだぁ」と答えるしかなかった。

 キリトも俺の後に続いてクラインの問いに答える。しかしこうやってゲームでの人と現実の話をすると、どこか背徳的でドキドキする。

「……母親と、妹と三人。だから晩飯の時間になっても降りてこなかったら、強制的にダイブ解除されると思うな」
「おおっ!? き、キリトの妹さんて幾つ?」

 突然眼を輝かせ、身を乗り出してクラインをキリトはぐいっと押し返した。俺は妹が幾つなのかには興味は無い。しかしその妹さんがゲーマーならその限りではない……。

「この状況で余裕だなお前。妹、運動部だしゲーム大嫌いだし、俺らみたいな人種とは接点皆無だよ」

 ああ、残念。と思ったらキリトがこっちを向いた。どうやら声に出ていたようだ。そんな気がする。俺は気まずさを消すために次の提案をだした。

「まぁ、ここの三人がログアウトできないんだから皆できないと思うけど、一応他の奴にもログアウトできないか聞いてくるよ」

 そういって俺はウィンドウを操作する。行きずりとはいえ、もう二人は知らない仲ではない筈だ。
 メニューウィンドウの≪フレンド≫の項目、その中にある≪フレンド申請≫に二人の名前を打ち込んで、決定を押す。
 なんとも事務的な作業で友達の観念を疑うようなシステムだが、好意を分かりやすく伝える手段として俺は活用している。
 たとえ断られようとも、こちらの好意が伝わればそれでいい。ここはゲームだ。向こうも深くは考えないだろう。

「もし、登録してくれるんなら、ログアウトできる奴とかログアウト方法を知っている奴を見つけたらメッセージ飛ばすぜ」

 口に出して言うと、MMORPGで度々やってきた行為でも、段々恥ずかしくなってきて語尾に『ぜ』をつけてしまった。

「スバル、そんなこと言ってぇ、おめぇ、ただフレンド登録してぇだけだろ!」
「まぁな!なに、断ってくれたって怨みはしない。何も持って無い俺にできる、わかり易い感謝の気持ちさ」

 クラインへの返事を言い終わる前に、俺のフレンド項目にKritoとKleinが登録された。やっぱり嬉しくて顔がほころんでしまう。

「じゃあ行って来るぜ!じゃあな!またどっかで会おう!!」

 精一杯、格好つけて俺はその場を立ち去る。充足した気分で足取りも軽い。

 キリト達から離れてしばらく歩き、振り返る。そこにはキリト達の姿は無く、沈みかけの夕焼けと赤く彩られた草原があるのみだった。
 俺は思う。俺はこの世界で、きっとかけがえのないものを手に入れるだろう。

 この世界はゲームとは思えないリアルさがある。

 従来のゲームとは違い、簡素なチャット文ではなく、言葉で人との関わりを体感することができる。
 従来のゲームとは違い、アバター達にリアルタイムの表情、感情がある。
 従来のゲームとは違い、戦いの恐怖と生きている実感を教えてくれるモンスターがいる。
 従来のゲームとは違い、戦闘に焦りや怒りや悲しみが強く反映される。
 従来のゲームとは違い、夕焼けの美しさだけで誰しもが足を止め、延々と眺め続けることができる。

 一抹の不安は残しているが、ひとつの問題も起きてしまったが、誰もこのゲームを投げ出す奴はいないだろう。
 それほどまでに、このゲームは魅力的で、俺たちこと、一万人ものMMOジャンキーはこのゲームの熱狂的な狂信者なんだ。

 そう思い俺はキリト達が居た方角から前を向き、始まりの街の方角を見る。
 ここからでも、SAOで最大の街はよく見える。夕焼けに彩られる巨大な街は、巨大な心臓のように思えた。ある意味では正しいのだが。

 俺は調査のためにこのゲームの心臓、始まりの街へ向かって歩を進める。

 すると、突然、リンゴーン、リンゴーンと、鐘のような巨大な音が聞こえてくる。方角は街の方からではなくむしろ空からだろうか……。
 そう思いを巡らすと現実では信じられない現象が起き、俺は驚きの声を上げた。

「な、なんだ!?どうした!?」

 鐘の音とほぼ同時に俺の周りに鮮やかな青色のベールのような光の柱が出現したのだ。
 青色の膜の向こうで始まりの街がどんどんと薄れて消えてゆく。替わりに周囲のベールの青が濃くなっていく。

 状況が掴めないながらも、ウィンドウを出そうとする。何が起きているかはわからないが咄嗟に出来ることと言えばそのぐらいだった。
 まぁ、何の意味も無かったが。

 体を包みこんでいる光が一際強く脈打ち、無情にも俺の視界を青白く染めた。

 次の瞬間、青白い光は弱まり、視界が戻ってきた。しかし、夕焼けに彩られる草原と街の景色は戻ってこなかった。


 
 

 
後書き
ここで書くのもあざとくてアレなんですが評価された嬉しさに自分の部屋を掃除しました。
誤字脱字、間違った慣用句や表現がありましたら御一報くださいな。
今回は少ないですがだいたい文字数は6000〜8000を目安にしましょうか。 
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