魔法少女リリカルなのはStrikers~誰が為に槍は振るわれる~
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夢追い人
第3話 いい人?わるい人?わけの分からない謎な人
前書き
前回の後書きで言った通りどうにか1日に更新することができました♪
ちょっとギリギリなんで焦りましたが……
今回は1ヵ月ぶりということもありまして少し長めになってます。
これからはたぶんこれくらいの長さがデフォルトになるかな~とか思ってたり。
それでは第3話、いい人?わるい人?わけの分からない謎な人、始まります
スバル・ナカジマはときめいていた。
恋ではない。恋よりももっと幼い、強いて言えば憧れである。
今度新しく入ってくる人……どう考えても“スパイ”なのよね。
仕事も終わり夜の自由時間。今度新しく入ってくる局員に対して、相部屋のティアナ・ランスターが最初に言った感想がこれだった。
その後ティアナは、なぜ彼が入ってくることになったのかとか具体的になにが目的なのかとか彼が入ってきたことによってこれから隊がどのように変わっていくのかとかなどつらつらと難しいことを語っていたのだが、そのすべてをスバルは聞き流していた。
“スパイ”。その言葉がスバルの頭の中を占領していたからだ。
“スパイ”。“スパイ”である。
世界各国を飛び回っては世界平和のために色々なお仕事をするあの“スパイ”である。
表では裁けないような大悪党を裏でかっこよく裁くあの“スパイ”である。
デバイスを華麗に操り、敵の親玉を見事撃破した後、イカした捨て台詞を残して立ち去るあの“スパイ”である。
その“スパイ”に会えるのである。
しかもこれから同じ職場ではたらくことができるのである。
これが心ときめかずにいられるだろうか?
「――いやときめく!!」
「もう分かったから少しは静かにしてよ……」
爽やかな風の吹くヘリポートで、青いショートの髪の少女、スバル・ナカジマは拳を握りしめ力説する。
それにげんなりとした顔で相槌を打つのは、スバルの長年の相棒であるティアナ・ランスター。気の強そうな切れ長の目と頭の両側で結わえたオレンジ色の髪の少女である。
二人は訓練校時代からコンビを組んでいる仲であり、かなり長い付き合いである。
というわけで、先程からテンションが暴走気味なスバルの相手を一手に引き受けている。
ちなみに、他のメンバーはというと……。
「おいティアナ。少しスバルを黙らせろ」
「これから新人が来るのだ。そのままではみっともないぞ」
「ティアナも大変だね……」
最初に話したのは機動六課の前線部隊、スターズ分隊の副隊長を務めるヴィータ。
赤い髪を後ろで二つの三つ編みにした少女である。外見こそ10歳前後にしか見えないが、これでも管理局随一の歴戦の戦士である。
そして次に口を開いたのは、同じく前線部隊のライトニング分隊の副隊長を務めるシグナム。
桃色の髪をポニーテールにし、ヴィータとは対照的に長身で出るところは出て引っ込むところはひっこんでいる凛とした出で立ちの大人の女性である。
そして最後に苦笑いとともにティアナを労ったのは、不屈のエース・オブ・エースこと、スターズ分隊隊長の高町なのは。
亜麻色の髪をサイドテールにしたどこか優しげな女性。しかしその中身は、犯罪者たちから管理局の白い悪魔と恐れられる圧倒的な火力を誇る砲戦魔導師である。
スバルとティアナの上司にあたるこの三人も、初めの頃はテンションが暴走気味なスバルを注意していたのだが、注意するたびにテンションが上がり、スパイの魅力のなんたるかを語りだすスバルに辟易し、今ではその役目をティアナに丸投げしている状態である。
もっとも、丸投げしているこの三人でもまだいいほうなのである。残る二人に比べれば。
「スパイさんってどんな人なんですかね?きっとワイルドな感じの人だと思います!!」
「ぼく、スパイなんて映画館でしか見たことないです。ワクワクするなぁ……」
目をきらきらさせながらスバルの話に続く桃色の髪の女の子と赤い髪の男の子。それぞれライトニング分隊のキャロ・ル・ルシエとエリオ・モンディアルである。
先程の上司陣三人はスバルを止めようとしていたのだが、この二人はやはり子どもだからか、スパイの話に興味津々であり、スバルの話を逆に盛り上げてしまっているのだ。
最大火力で燃え上がる炉に、石炭をフルスピードで放り投げまくればどうなるか?その答えが、今のティアナの前に広がる状況である。
止まる気配のない三人に助けを求めて上司陣にアイコンタクトを送るのだが、わざとらしく目を逸らされた。
お前がなんとかしろとばかりのその仕草にはぁと溜息を吐きつつ、まぁ慣れてることだしと開き直る。
(といっても、どうしたものかしらねこの状況)
止める相手がスバルだけならどついてやれば解決なのだが、流石に子どものエリオとキャロをどつくわけにはいかない。
これ止めるの無理でしょという諦めを頭の片隅に追いやりつつ、ティアナはなにかしらの打開策はないものかと頭を回す。
が、そんなことは関係ないとばかりに、キャロがずずいと詰め寄った。
「ティアナさんはどう思います!?」
「へ?何が?」
なんの前振りもないキャロからの質問に思わず間の抜けた顔になるティアナ。
そんなティアナを見かねてスバルがキャロの質問に説明を加えた。
「だ~か~ら~、新しいスパイさんはどれかって話!!」
安定のスバルの説明だった。
出会ったころからそうだったのだが、どうもスバルは説明が下手だ。
座学の成績といい頭は悪くないはずなのだが、どうにも説明の必要なところは言葉が足らず、逆にいらないところに変な言葉が入る。
(というか新しいスパイってなによ新しいって。六課に来るスパイなんて今日が初めてじゃない……)
顔を片手で覆いながらティアナ・ランスター本日二度目の溜息。
溜息する度に幸せが逃げるというが、これが自分の相棒だと思うと、その迷信もあながちウソではないのかもしれない。
「ええとですね。いまスパイの見た目の話になってて、スバルさんはイケメンで、キャロはワイルドな人だっていう話になってたんです」
「ああ、なるほど」
見るからに話の内容が分かっていなかったティアナに、エリオが今度は分かりやすい説明を加えてくれた。
ようやくされたまともな説明にティアナはうんうんと頷きながら、隣でしたり顔をするスバルがなんとなくむかついたので頭をはたいておく。
理不尽だなんだと騒ぐスバルを無視し、半ば話を止めるのをあきらめながらティアナは口を開いた。
「案外普通の人なんじゃない?映画とか小説とかじゃないんだから」
「「「えぇ~~」」」
「な、なによ……」
殺到する非難の視線に思わずたじろぐ。
自分では至極まっとうな意見を言ったつもりなのだが、三人にしてみればかなり納得のいかない意見だったらしい。自分の発言なんて最初からなかったかのようにまたスパイの外見について話し始めた。
その反応に色々と言いたいことはあるのだが、もうここまで話題が盛り上がってしまっては、何を言っても無駄だろう。
上司陣からのあきらめるなという視線を背中にひしひしと感じながらティアナは、完全にスバルたちを止めることに匙を投げた。
というかこういうときにこそ上官権限というやつを使うべきなのではないか。
悶々としたなにかを胸に抱えてるうちに思っていたより時間が経っていたらしい。ヘリポートの入口の扉が空き、三つの人影が扉の影から現れた。
前を歩くのは見慣れた茶髪と金髪の女性、八神はやてとフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。
そしてそれに続く、見慣れない白髪の少年。
(あの人が……)
他のメンバーも気づいたのだろう。
それまでヘリポートをにぎやわせていた声が小さくなり、横と背後で視線の動く気配を感じる。
ヘリポートを覆う沈黙。が、スパイが紹介されるまで続くはずだったその沈黙は、思ったよりも早く、そしてなんとも馬鹿馬鹿しく破られた。
「そんなにイケメンじゃない……」
「ワイルドじゃないです……」
「全然普通な感じですね……」
三つの落胆の声に、ティアナは自分の顔の筋肉が引くつき腹筋が震えたのを感じた。
このタイミングでその話をひっぱりだすのはもはや笑わせに来てるとしか思えない。
本来なら注意する立場にあるなのは達も同じ思いだったのだろう。
シグナムは目元がヒクヒクと痙攣し、なのはは口元とお腹を押さえて顔を横に向け、ヴィータにいたっては遠慮なく吹き出していた。
「なんや、楽しそうやね」
近くまで来ていたはやてが小首を傾げる。
それに合わせてこみあげていた笑いをせきでごまかしながら、敬礼をする。
なにかごまかすような仕草にはやては少し疑問を持ったようだが、そこまで気にはならなかったのか、敬礼を返す。
「みんなご苦労さん。急な呼び出しで悪いな。ほな、時間もあまりないし、早速紹介させてもらうな」
はやては敬礼していた手を降ろし、その手を手の平を上にして白髪の少年に向けた。
「この子が今日から隊に入ってもらうことになった、ラディオン・メイフィルス君や。所属はライトニング分隊。副隊長やってもらおうと思っとる。コールサインはライトニング5や」
はやての紹介に各々頷きながら、その場にいる全員が話しているはやてではなく、ラディオン・メイフィルスを見ていた。
好奇、期待、そして警戒。その場にいる全員の視線を受けながら、紹介されたラディオン・メイフィルスは一歩前に出る。
だらけた様子もなく、緊張する様子もなく、慣れた様子で敬礼をし、プラスとマイナスの入り混じった視線の中で彼は口を開いた。
「初めまして。ただいまご紹介に預かりました、ラディオン・メイフィルス陸曹であります。本日付で首都防衛隊より機動六課に出向となりました。よろしくお願いします。それと――」
額面通りの当たり障りのない挨拶。それだけに挨拶の後に付け加えられた“それと”の一言に全員の意識が集中する。
この男はこれから何を言うのか?
先程よりもより重みを増した視線の束に物怖じすることなく、彼はにこりと笑顔を浮かべた。
その笑顔を見て、ティアナは確信した。
この人は、普通の人間ではないと。
なぜならティアナの人生の中で、これほど鬼気迫る笑顔を見せる人間を、見たことがなかったから。
これから間接的に部下になる少女にそう警戒されたのを知ってか知らずか、彼はそのままの笑顔で、“それと”の続きを言ったのだった。
「イケメンでもなく、ワイルドでもなく、ふつーな人ですいませんね」
隣で声のない悲鳴が上がる気配を感じながら、ティアナはこれから先の生活で待ち受けるであろう波乱を思い、頭を抱えたのだった。
○●○●○●○●○●○
地上本部へ向かうヘリの中は、重苦しい沈黙に包まれていた。
それもある意味当然ともいえるだろう、先程のやり取りを考えるならば。
イケメンでもなく、ワイルドでもなく、ふつーな人ですいませんね。
自己紹介の後に付け加えられたラディオンのこの一言に、ヘリポートで待っていたなのは達が固まったのは言うまでもない。
原因のスバル、エリオ、キャロはもちろんのこと、なのは、シグナム、ヴィータ、ティアナも笑ってしまった手前、罪悪感を感じていた。
初めの頃は事情が分からなかったはやてたちも、次第にどこかぎこちない顔合わせが進んでいくうちに大方のことは察したのか気まずそうな顔になっていった。
結局、顔合わせが終わってもぎこちない空気は終わることがなく、そのままヘリに搭乗し現在に至る。
隊長・副隊長陣やシャマルたちロングアーチ陣は何か話題はないものかと頭をひねり、スバルはひたすらオロオロ、ティアナはそんなスバルからのSOSの念話にこめかみを引くつかせ、キャロとエリオは半泣き――とまではいかないが、なにかの拍子でそこまでいってしまいそうなほど小さくなっている。
そしてラディオンはというと、先程から無言で窓の外を見ていた。
なにか考え事をしているというよりは、やることが他にないからそうしているという感じだが、先程のやり取りの後のせいか、微妙に横顔が怖い。これではたとえ話題があったとしても振りづらい。
しかし、そんな彼に切り込む勇者が、この機動六課にはいた。
「さっきはごめんね、メイフィルス陸曹」
話しかけたのはフェイトだった。
爆弾を扱うようなおそるおそるという感じではあったが、それでも間違いなく勇者であることには間違いない。
そして話しかけられたラディオンはというと、フェイトに視線を向けながら、小首を傾げていた。
「ごめん、というと……“朝”の待ち合わせの件でしょうか?」
この一言で、朝の待ち合わせの件を知らないメンバーが、まだあったのかよ!?、と青ざめたのは言うまでもない。
が、声に出してまでそれを言う人間はいなかったおかげで、話しは途切れることなくそのまま続いた。
「そう。こっちが遅れたせいで隊舎を迷わせてしまって……ホントにごめんなさい」
「気にしないでください。早く来た上に勝手に歩き回った自分の責任ですから……えと、ハラオウン隊長?いや、執務官とお呼びしたほうがいいでしょうか?」
語尾に?を浮かべながら呼び方を聞いてくるラディオンに、フェイトはやわらかく笑う。
「フェイトさん、でいいよ。みんなもそう呼んでるし」
「えと、名前で、ですか」
「うん。ここじゃ基本、みんな名前で呼び合ってるから。階級とか役職とかかしこまった敬語とかも基本なしで♪」
「まぁ、それがこちらのやりかたというのなら、お言葉に甘えて、フェイトさん」
「うん♪」
どこか困ったように笑いながら名前で呼ぶラディオンにフェイトは嬉しそうに笑う。
「ああ、それとみなさんも階級とか役職とかなしで名前で呼び合うというなら、自分も名前で結構です。これからはラディ、と呼んでください」
「ラディ?ラディオンじゃなくて?」
「はい。自分で言うのもなんですが、ラディオンって発音しにくいと思うので」
「分かった。じゃあこれからはラディって呼ぶね、ラディ」
ラディからの名前呼びの提案に、その場の空気が少し軽くなる。
たかが呼び方でと呆れる人間もいるだろうが、それでもその呼び方一つで人と人との距離感は大きく変わってくるものなのだ。
しかしその軽くなった空気も束の間のものだった。ラディが口を開いた途端、空気が変わる。
「それと朝の件ですが、個人的にはとても有意義だったので良かったですよ。みなさんの働く“素”の姿が見れましたので」
感じのいい笑顔のついた話の内容に、再び空気が重くなる。
気まずさからではない。敵意で、だ。
どんなに感じよくふるまっていようと、彼が敵であることには変わりない。それがこの瞬間に確定したのだ。
しかもラディの神経は丸太並みに図太いらしい。向けらている敵意に気づかないわけがないのもかかわらず、何事もなかったかのように話を続けていく。
「あと、個人的には食堂のメニューなんかもよかったですね」
「食堂のメニュー?」
「はい。女性が多い部隊と聞いていたので、カフェとかに並ぶようなのが多いんだろうな~と思っていたのですが、案外丼ものみたいなお腹にたまるものも多くて、食べ盛りの男の子の身としては嬉しい誤算でした」
「体が資本のきついお仕事だからね。気力も体力も充実させないと」
フェイトとラディの会話になのはが加わり、貨物室の空気がぐっと和やかになる。
それでも混じる敵意は薄まらず、表面上は和やかであっても他人目に見てもどこか緊張感のある会話だった。
それはこういうことに慣れているはやてや人生経験の豊富な副隊長陣だけでなく、FW陣もまた感じていることだった。
そんな緊張の中にあったからだからか。いや、常識的に考えて、さすがにそれはない、と可能性を排除していたからか。その場にいる全員が、ある“バカ”のことを忘れていた。
その“バカ”とは、FW陣の一人であり、先程地雷を踏んだ一人。
地雷など全く気にししない性格であり、あまつさえ、地雷の上でタップダンスを踊りだすような性格の人間。
そう、スバル・ナカジマである。
「食堂のメニューなんてわたし全然気にしてなかったのに。そこに気づくって、“さすがスパイですね”」
貨物室に、ヘリのローターの音だけが響く。
やらかしたスバルはもちろんのこと、その場にいる全員の思考がフリーズする。
そこには敵意も気まずさも和やかさも、もうなにもない。ただただ空気ごと全員フリーズしていた。
どうにかして今の発言を誤魔化さなくてはいけない。それは誰もが分かっていた。
しかしどうやれば誤魔化せるのかになると、本人も含め誰にも分からなかった。
そんな誰もがフリーズした空気の中で、一人だけ毛ほども動じなかった人間がいた。
このメンバーの中でもっとも分からない人間であり、神経が世界樹並みに図太く心臓がオリハルコンでできているような人間。
そう、ラディオン・メイフィルスである。
「まぁスパイなんて職業、目ざとく耳ざとくないとやっていけないからな」
スパイの口から出た言葉に、その場を覆う凍った空気がさらに密度を増したのは言うまでもなかった。
しかしそんな空気オレは知らんとばかりに、ラディはスバルに話しかける。
「ナカジマ陸曹、じゃなくてスバルはスパイになりたいのか?」
「へ? あ、いえ、あの、スパイって、ほら、あの、カッコイイじゃないですか?みたいな?」
「カッコイイ? あぁ、スバルはスパイっていうのを映画でしか知らない口か」
「え?え、えと、まぁ、そんな感じです?」
「ならやめたほうがいいぞ~。スパイなんて基本裏方。地味だしキツイし、せっかくスゴイことやっても基本誰も褒めてくれないしそれ以前に誰もそのこと知らないっていう職業だからな」
「へ、へ~、そうなんですか?」
「そうそう。スパイがかっこいいなんて所詮映画とか小説の中の話だよ」
「そ、そうなんで、すね。思ってのと違う? です」
「実際そんなもんさ。ところでスバルは食堂のメニューなにがお気にい—―」
「――ってちょっと待てーーーーいっっっ!!!!」
ヘリに乗ってから最も長く続いた会話をはやてが強引にぶったぎる。
そのあまりの大声とぶったぎりかたにさすがのラディも驚いたのか、口を開けたままはやてのほうを見た。
「自分なになにもありませんでしたよ~って感じで話しとんねん!!」
「え?いやなにもなかったじゃないですか特に」
「あったわ!! 普通にあったわ!! バリッバリあったわ!!いまさっき自分、自分はスパイです~って認めたも同然のこと言っとたやないかい!!」
「確かに言いましたけど、なにか問題でも?」
「問題だらけや!! どこに自分で自分のことスパイです~って手上げて言うヤツがおんねん!! ありへんやろ!?」
「いや~でもみなさんオレのこと普通にスパイだってわかって……はっ!?」
捲し立てるはやての応対を引き攣った笑顔を浮かべてしていたラディが、突如息を飲む。
その様子にようやく分かったかとばかりにはやては口を一文字に結びながら大きく鼻息を出した。
先程までのにこやかさは消え、これ以上ないほどに深刻な顔を浮かべて両手で顔を覆いながらラディが口を開く。
「セラフィム」
«なんでしょう?»
「ネットの掲示板にスレを立ててくれないか」
«タイトルはどうしましょう?»
ネットや掲示板と言ったこの場に不釣合いな単語になにやら雲行きの怪しさを感じ、はやての顔が怪訝そうに曇る。
しかしその顔も両手で顔を覆っているラディに分かるわけもなく、そのまま沈痛な声で告げた。
「『バレバレのスパイに気づけない無能が上司になった件』」
「だれが無能やだれが!!」
自分の落とした爆弾に反省の色を見せるどころか、正反対の対応をするラディにはやての頭に再び血が昇る。
そのまま再び怒涛のラッシュが続くかと思われた矢先、その出鼻をラディのデバイスであるセラフィムがくじいた。
«割り込み失礼。先程のスレの件ですが、ネットで意見を集めることなく答えはでているかと»
「ん、どんなの?」
肉体を持たないデバイスにもかかわらず、わざとらしくコホン、と咳払いをし、セラフィムは答えを告げた。
«サボりやすくていいじゃない»
「たしかに」
「たしかに、やないわコラァッッ!!!!」
はやて、怒りを超えて大激怒。
ただでさえ怒っているところに油を注がれては当然の結果である。
しかし怒られている一人と一機の方はまったく自覚がないのか、まるで公園の木に生えた派手な色合いのキノコを見るような目ではやてを見ていた。
「サボりやすくていいじゃないってなんやそれは!! 自分社会人舐めすぎやろ!! やる気出すんや!! もっとやる気出すんや!! 死ぬ気でやる気だして働かんかい!!」
「え!? やる気出して働けって、自分一応スパイなんですが……」
「あ、あれ? せやな、自分スパイやもんな。やる気出して働かれたら確かに困るからやる気ないほうが……でもいちおう隊員なんやしやる気はあったほうがってあれ? あれ?」
いまさらな気のするラディのスパイ宣言にはやてが頭を抱えて悩みだす。
もし彼女の脳がコンピューターだったなら、まず間違いなくその頭から立ち上る湯気を見ることができただろう。
そんなはやてを見てようやく自責の念でも感じ始めたのか、ゆっくりとした動きでラディが手を上げる
「あの~、一応さっきのスパイ宣言の補足説明的ななにかをしたほうがいいのでしょうか……?」
「「「「「当然」」」」」
その場にいる全員が頷いた。
これにはさしものラディも汗をたらしながら苦笑いを浮かべた。
「いや~みなさんオレのことスパイだって知ってると思ったんで普通に隠さなかったんですが……」
「それでも自分から晒していくんはどうかと思うで!?」
「でも知ってたでしょう?」
「ま、まぁ知っとったけど……」
「なら隠してもしかたないじゃないですか」
ね、そうでしょう?と同意を求めて皆の顔を見るラディ。
しかし返ってくるのはどうにも微妙な顔ばかり。
これはまずいと危機感を感じたのか、冷や汗を流しながらラディは慌てた様子で口を開く。
「ならもうこれでいいじゃないですか。オレはみんなが知ってると思ったことを言った。そしてみんなもそれを知っていた。つまり自分は常識を言っただけ。うんこれでよし!!」
「……うん、まぁそういうことにしとこか。うちも疲れたし」
強引に話を終わらそうとするラディに、若干自暴自棄気味の様子のはやてが頷く。
他の面々も渋々と言った様子ではあるものの、一番怒っていたはやてがそれでいいならと頷いた。
その様子に満足気に何度もうなずくラディ。それを見たはやては沈痛な顔で顔を覆いながらひどい溜息をつく。
「うちこんなんに頭痛ませて胃に穴が開くような思いしとったんか。なんかバカみたいや。完全ピエロやん、うち」
「初対面から随分構えてる感じでしたもんね~部隊長」
かなりひどいことを言われているのだが、まったく気にしてないのか苦笑いで受け流すラディ。
そこでラディは何かいいことでも思いついたのか、苦笑いから普通の笑顔に変え、ぽんと軽く手を叩く。
「じゃあそんなはやて部隊長に、自分から一つ言葉を送りましょう♪」
「ん。なに?」
張っていた緊張の糸が切れたせいか鈍い反応を返すはやてを、ラディは楽しそうな笑顔を浮かべて人差し指を向ける。
そして、その指をくるくると回した。
「か~らま~わり~♪」
「………」
そのとき、その場にいる全員の耳に、なにかが切れた音が聞こえた。
「は、はやてちゃん。大丈夫、ですか……?」
「………」
恐怖と心配が絶妙にブレンドされた顔でリインがはやての肩に手を伸ばしながら声をかける。
が、返答はなし。
「は、はやて……ちゃん?」
ラディを除いただれもが恐る恐るはやての様子を覗う中、肩に伸ばした手を止めながらも果敢にもう一度リインがはやてに声を掛ける。
その結果は――
「………」
――返答なし。
薄気味悪い沈黙を垂れ流すはやてにラディを除いた全員が恐怖と心配の入り混じった視線を向ける中、もはや果敢を通り越して健気に思えてくるリインが再び声を掛けようとする。
瞬間。
「あはははははははははははっっっ!!!!」
「ひうっ!?」
突然響いた空気が割れそうなほどの大きな声ではやてが笑い出した。
これにはさすがのリインも勇気が尽きたのか、体を震わせながら身を引く。
程度の差こそあれど、相変わらず憎たらしいほどいい笑顔なラディを除いて他のメンバーも同様の反応だった。
心配と恐怖が混ざった視線から完全に恐怖一色になった視線を受けながら、しばらく声を上げて笑っていたはやては、何の前触れもなくピタリと笑うのを止め、先程の疲れた様子が嘘のように滑らかな動作で顔を上げラディを見つめる――ハイライトのない瞳で。
「ちょっと、“お話”しよか?」
「お話って楽しいですよね~」
淀みない動作で上げられたその手に浮かぶのは彼女のデバイスの一つ、魔導書型デバイス『夜天の書』。
風に煽られたかのようにいくつものページがめくられていくその様に恐怖のあまり誰も声を上げることがができず、ただただ青ざめた顔で見守る。
そして運命の時は訪れる。めくられていたページが動きを止めたのだ。
開かれたページに目線を落としたはやては、満足気なそれはそれはとても“イイ笑顔”を浮かべながら、口を開いた。
「遠き地にて闇に沈めえええええええっっっ!!!!」
「はやてちゃんその魔法はダメですううううっっっ!!!」
ヘリの貨物室の中が蜂の巣をつついたかのような大パニックに陥る中、原因となった少年はおかしくて仕方がないとばかりに腹を抱えて笑っていた。
to be continued
後書き
自分がスパイであることを積極的にばらしていくラディ。それでいいのかよおい(笑)
久々にコメディが書けて楽しかったです。
でも、こうして自分の正体をバラしていくのにはちゃんとわけがあったりなかったり。
次はもう少し早めに投稿できたらなと思っています♪
それでは、読んでくださったみなさんに感謝しつつ、今日はこの辺で。
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