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ワンピース~ただ側で~

作者:をもち
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番外伝

 ジリリリと騒音をまき散らす耳元の電伝虫に、反射的に彼女の手が動いた。

『こっぴどくやられたようだな』

 電話口から聞こえてきた声は、彼女にとって非常に聞き覚えのある声。
 さんざん手を焼かされてきた腐れ縁の同期の声だ、まどろみにあったとはいえそれを聞き違えるはずもない。開口一番の嫌味は実に彼らしい。彼女を覆っていたシーツがベッドからずれ落ちたことに気づかす、彼女は電伝虫の側に置いてあったタバコとライターを手に取った。

『……元気がねぇようだが』

 素直に心配しているならそういえばいいのに、そう言えない不器用な、相変わらずのその同期に小さく笑みをこぼしながらも1本のタバコに火を点け、煙をくゆらせる。

「元気がないというよりも頭にきているのよ、ヒナ立腹よ」
『……てめぇの不甲斐なさにか?』
「……」

 一拍の間を経て、電話口から飛び込んできたあまりのストレートな言葉。的を射すぎているそれを、彼女は無言で頷く。電話越しのためその肯定の動きは同期の彼の目には映らないはずなのだが、無言という間そのものを肯定と察したらしく『そういやぁ』と彼女の言葉を待たずに話を切り出した。

『麦わらのルフィが一億ベリー、海賊狩りのゾロが六千万ベリー――』

 跳ねあがった彼らの賞金首をいきなり言い出されても彼女にその意図が理解できるわけがない。意味が分からずに「スモーカー君?」と尋ねるが、それを強引に聞き流し最後の言葉を同期の彼、スモーカーが言う。

『――海峡の弟子、海坊主ハントが六千万ベリー』
「!?」

 彼女の思考が驚きに一瞬、止まった。
 彼女自慢の黒檻部隊をたった一人で沈めたあの男、それがハント。海坊主ハント。王下七武海、海峡のジンベエに人間の弟子がいるということは彼女も知っていた。海軍本部内では色々と注目を呼んでいたのだから、彼女がそれを知らないはずがない。だが、麦わらの船にその人物が乗っていることは流石に知らなかった。

「……そう」

 ならば海戦でアレだけの馬鹿げた規模のことをされてしまったことも、理解できる。
 ただ、理解できたからと言ってそれはすなわち納得できるというものでもない。彼女自慢の黒檻艦隊がハント一人に沈められたことはまぎれもない事実。

『スモーカー君』
「なんだ」
「少し……熱くなってきたわ。ヒナ熱血」
「お前にしては珍しいな」 
「……私にだってプライドはあるのよ?」 

 王下七武海である海峡のジンベエ、その弟子、海坊主ハント。そのたった一人の男に、彼女自慢の艦隊が敗北した。
 海軍に所属し、彼女なりの正義を全うしようとしている彼女にとって、それは決して許容していい問題ではない。

「ヒナ嬢!」
「お見舞いの品を――」

 扉を開けて騒々しく現れた二人の下士官に、彼女――ヒナ――はため息を漏らし、電伝虫の回線を閉じるのだった。
 彼女の目に映るのは目の前で騒ぐ二人では、決してない。




 麦わらの一味の3人が賞金首となった。
 船長、麦わらのルフィが一億ベリー。
 戦闘員、海賊狩りのゾロが六千万ベリー。
 食料調達員のハントも同じく六千万ベリー。

 ルフィは2度目の、ゾロとハントに至っては初頭の手配でこれだけの高額となったことにはもちろんそれぞれがそれだけの海賊だと評価されたからであり、ルフィとゾロがそれに対して喜ぶのは目に見えており、本人たちからすれば嬉しいニュースとなるはずなのだが、如何せん海は広く、場所によってそれだけその知らせが届く時間がずれることとなる

 ましてや海のど真ん中を行く麦わら一味に至っては尚更だろう。
 麦わら一味にとっての朗報……という表現が正確かはどうかとして、ルフィとゾロにとっての朗報が彼ら自身に届く前に各地へと賞金首となったというニュースは届く。

 それは例えば――

「ベルメール! ノジコ!」
「どうしたのよ、ゲンさん。血相変えて」

 ――ハントの故郷、ココヤシ村。

「ここ、これを見ろ!」

 村の駐在、ゲンゾウが手に持った一枚の紙をベルメールとノジコへと突きつける。
 そこに写っているのは一人の青年。
 もちろん、ゲンゾウもノジコも、ベルメールも知っている。

 ゲンゾウが来ている駐在服の上から灰色の甚平を重ね着して、黒い瞳と短い茶髪。それら一切をずぶ濡れにして、どこか穏やかに微笑むハントが『海坊主ハント』としてそこに映っていた。なにも知らない女性が見れば軽く興味を引いてしまうかもしれないほどに、好青年を思わせる表情で、ゲンゾウが知っているハントの表情のどれでもない。

 これがハントではないことに一縷の望みをかけて、家族である二人にこの手配書をゲンゾウは見せに来ていた。明らかにその慌てぶりを見ればハント本人だとゲンゾウもわかっているはずなのだが、写真の下に載っている6千万ベリーという賞金がゲンゾウの想像できる額をはるかに超えていてそれがどこか非現実性を彼に与えているのかもしれない。

 とにかく息を切らせて、ただひたすらに慌てた様子をゲンゾウは見せるのだが、ハントの手配書を見たノジコとベルメールの反応はそれとは対照的なものだった。

「……」
「……」
「……お、おい?」

 反応がない。
 顔を俯かせて、何かをこらえるかのようにぐっと息を呑みこんでいる。

 ――しまった。

 そこで、ゲンゾウは己のミスに気付く。
 確かにハントは海賊になることを自ら望み、海賊となってこの村と島を出て行った。だが、だからと言ってそれで海賊になってしまった家族のことを、残された家族が心配しないはずがない。

 この手配書はそれだけハントが無事だったという知らせに他ならないが、それ以上にこれからハントの身に危険が差し迫るであろうことを示しているソレでも確かにあるのだから。

 ――なんということを。

 二人の気持ちを汲んでやれなかったゲンゾウが「そ、その――」と帽子をとり頭を下げようとしたところで「――ぷっ」
 どこからが空気が漏れる声が聞こえた

「?」

 その音の意味が分からずに首を傾げたゲンゾウをよそに、その音が皮切りとなったらしい。

「っ……ふふふ、あはははは!」
「あっははは!」

 ベルメールとノジコが一斉に笑い出した。
 腹を抱えて、肩を揺らして。それはもう全力で。

「? ……?」
「なにこの笑顔! ハントかっこつけすぎ! ぶっ!」
「ひー、ひー……だめ……本当だめ。面白すぎて苦しい」
「っつうか全身びしょ濡れで手配書になるってなに! 格好つけるならせめて濡れてないところでしろっての!」
「あはははは! やめてベルメールさん、笑いすぎて死んじゃう!」

 爆笑。
 もう、ただ爆笑である。
 どうやらこの二人、ハントの心配をしすぎて反応がなかったわけではなくただ単純に笑いをこらえて、ということらしい。

「……」

 あまりの二人の態度に、ゲンゾウが頬をひきつらせながら「ごほん」と咳払い。それに二人が気付いて、いまだに笑いを引きずりつつも「はー……はー……ごめんごめんゲンさん。わざわざこの……ぷっ……おもしろいの持ってきてくれたの?」
「ゲンさん必死な顔で…………こ……この手配書をもって……くく――」
「ぶっ! ふっふふふ……ちょ、ノジコやめなさい。こ、呼吸でき……ふふふ……ない、から」
「……」

 どうやら笑いのツボにはまってしまっているらしい。
 ゲンゾウまでも笑いの対象となってしまった。
 当分は収まりそうにない、二人の笑いにゲンゾウはため息を吐いて、ただ思う。

 ――笑顔なら何でも良いが……ナミとノジコとベルメール……ううむ、なんでハントがひねくれなかったかわからんな。

 どこか遠い目で「また来る」と言い残してゲンゾウがベルメール宅を出ていく。

「……はー、はー」
「……ふー、ふー」

 やっと笑いが収まったらしく、肩で息をしてゲンゾウが残していったハントの手配書を見つめる。

「……うん、なんにしても元気そうでよかった」
「なんかちょっと大人になった感じかな?」
「……ナミとなんかあったのかな」
「かもね」

 二人が、さっきまでの笑いとは違う種類の笑顔を突き合わせる。ベルメールが、そっと目じりに浮かんでいた何かを指でふき取るさまに、ノジコは気付かないふりをして窓の外を見つめる。ノジコの目じりにも何かが浮かんでいる。

「……」
「……」

 どこかやさしい空気が二人に流れていた。
 もしかしたら二人が爆笑したのは心の底からホッとしたということもあったのかもしれない。

 海賊になった息子の無事の知らせとして、それを受け取り、ハントの笑顔があるということはもちろんナミも笑顔でいるということは当然伝わってくる。だから、嬉しさが相まって爆笑した。
 それは彼女たちなりの、心配の仕方なの――

「にしてもやっぱ、この写真おもしろいわねー」
「ぶっ! やめてって! ほんと笑い止まらなくなるんだから! コレ!」

 ――……だろうか?

 とにもかくにも、こうして故郷へとハントの知らせは届く。
 



 ハントが賞金首となって明らかな反応を示す人物はまだいる。
 グランドラインのど真ん中。

 穏やかな波にのった巨大な海賊船に一人の魚人が、珍しく頬を緩ませてそこにいた。普段、客や敵にあたる人物が船にいるならばその巨大船モビーディック号の甲板には所狭しと人が並んでいるはずなのだが、今はこの船の船長とその魚人のみ。つまりは魚人は客や敵という位置にあたる人物ではないということだろうか。
 ともかく二人っきりの船上で、まずはその船の船長――白ヒゲ――が口を開いた。

「随分とご機嫌じゃねぇかぁ、ジンベエ」
「こいつをみてくれ、オヤジさん」

 普段いかつい表情が原則の魚人ジンベエがその気持ち悪い笑みを張り付けたままで一枚の手配書を白ヒゲへと差し出し、それを見た白ヒゲが「ほぅ」と小さく頷き、ジンベエの表情の意味を理解した。

 手配書に記されてあったのは『海坊主ハント』という文字と『六千万ベリー』という額。白ヒゲやジンベエからすればその額はとるに足らない海賊の額でしかないが、なんといっても二人はハントのことを知っている。

 ジンベエはハントの師匠で、白ヒゲはハントが唯一親しくしていた海賊一味の船長だから。

「ぐらららら。あの鼻たれが初頭手配で6千万たぁ、幸先がいいじゃねぇか」
「まったく」

 だらしのない表情で頷くジンベエは、はっきり言ってしまえば気持ち悪いのだが、白ヒゲもそこは快活に笑って気にしない。

「マルコ! ジョズ! おめぇらもよく相手してやってただろう!」

 雷鳴かと思われんばかりの白ヒゲの声に、どこかの船室にいたであろう、呼ばれた二人が姿を現した。

「ああ、ハントがついに賞金首に……まぁ当然といえば当然だよい」
「……」

 マルコの独特な口調に、ジョズが無言で頷いて同意する。が、頷くだけ頷いて動こうとしない二人に対して、白ヒゲは眉をひそめて「なにしてやがる。宴の準備じゃねぇのか、ここはぁ」と二人につぶやく。

「おやじは酒はひかえろよい」

 既に随分と加わってしまっている年齢を心配して、マルコが言うのだが、それを白ヒゲはやはり一蹴。

「ぐららら、ジンベエの息子が一端の海賊の道を踏み出したんだ。こんな時にまで酒を飲まずにいられるかぁ……船ん中にいる奴ら全員呼んで来い。宴だぁ!」

 無類の酒好きの船長の言葉に、彼らが従う術をもっているわけもない。
 二人揃って静かに頷き、船室へと姿を消す。

「しかし……ハントが海賊とは」
「……そういやぁそうだな、少なくともあいつに海賊は似合わねぇと思っていたが」
「この男に感化されたんかのう」

 顎に手を置いて考えるジンベエがもう一枚の手配書を取り出してそれを見つめる。

「そいつは?」
「麦わらのルフィ。ハントが乗っておる船の船長で、アーロンを倒してくれた男……じゃのう」
「……」

 ちらりとその手配書のルフィを見つめ、だが一億ベリーという数字でも白ヒゲからしてみれば大した興味のある数字ともならないらしく、そのままそっぽを向いてしまった。白ヒゲの行動にジンベエは何とも言えずに、小さく笑みを。

「おやじぃ! 酒の用意できたよい!」

 マルコの声と共に、様々な酒樽をもった船員たちが顔を出す。

「ハントが賞金首になったって!?」
「初頭で6千万か! 俺んときよりすげぇぞ!」
「あいつ強かったもんなぁ」

 ハントと親交のあった一味だけあってそのほとんどがハントのことを知ってるらしい。口々に思い思いのことを呟いては所定の位置に腰を下ろす。ジンベエや白ヒゲを含めた全員に酒がいきわたった時、白ヒゲが立ち上がって言う。

「ぐららら、息子ども。これから一人前の道を踏み出す鼻たれに……乾杯だぁ!」
「乾杯!」

 ハントは白ひげ一味ではない。
 ハントの師匠、ジンベエも白ヒゲ一味ではない。
 だが、それでも白ヒゲ一味はジンベエやハントのことをそう思っているかのように、喜びの宴をあげるのだった。

 ジンベエはまだ知らない。
 ハントこそがアーロンを倒した男だということを。
 ハントを苦しませていたのはアーロンだということを。
 いつか、それを知るときが来るのだろうか。
 とにもかくにも、ジンベエと白ヒゲたちの喜びの宴は一日中続く。
 ジンベエも、今は笑顔だった。

 
 

 
後書き
二つ名に関して最初は『甚平のハント』とかが妥当かなとか思ってたけど……師匠がジンベエで二つ名が甚平はちょっと流石にややこしいかなという結論。

海侠と海坊主。
坊主を本来の意味でお坊さんととらえずに、俗語的な、こどもって感じの坊主で捉えるなら。これはこれで弟子っぽくて悪くないかなという感じ。

白ヒゲとジンベエの会話シーン……原作にないせいで自信ないです(汗)
アニメにならあった気もするけどちょっと思い出せない。
とにかく違和感なかったらいいんですけど。


あとがきを一部削除2015/2/17
 
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