相棒は妹
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伊月「俺は妹のために、アンタらとやり合う。これは必然なんだよ、クソッたれが」
にしても、一千万って欲張りすぎだろ。俺だったら十万程度で終わらせるぞ。
喉辺りがゴロゴロ震えている。同時に、心拍数が上昇し、自然と額に汗が浮かんでくる。
俺は、志乃と五十嵐と共に犯行者が指示した場所にやって来た。カラオケ店をジャックした犯行者が、そこに集めさせた人達から金を盗んでいるようだ。
皆はドリンクバー辺りのところに集まり、犯行者によって縄で両手両足を縛られていた。この店内はそこまで大きくないので、フロントが用意されていないのだ。ドリンクバーの中では収まり切らず、通路の端に座らされている人たちも見受けられる。
俺達は、犯行者が用意していた縄が足りなくなった事から、身体は不自由になっていない。しかし、そうした人間達の周りには犯行グループの人間が近くにいて、自由に動く事を許さない。
縄で縛られた人達は、バッグやポケットから財布を無理矢理盗み出され、金を取られている。
そして、その中にいかにも不良と言える少年がいて、彼が反抗した態度を見せると、犯行者の一人がジャケットの内側から何かを取り出し、『それ』を客に見せ付けた。それを見た瞬間、不良少年も黙ってしまった。
実際、俺もこれはヤバいって思った。俺が考えている以上に、これは規模の大きい事件なのかもしれない。
犯行者の一人が取り出した『それ』は、一丁の拳銃だった。
その人物の手の中に収まる程度の小型の銃で、運用性は良さそうだった。
どこで手に入れたのかは分からないが、少なからず、本気だというのは拳銃を見てから余計に伝わるようになってきた。
そして、彼らが路地裏を歩いているようなチンピラ風情では無く、幾度となくこうした行動を繰り返してきた、悪行に慣れた人間達だという事も分かった。
そして、その人物に続き、受付近くにいた男も同型の拳銃を取り出し、天井に向けて発砲してみせた。
同時に、客の中から悲鳴が上がり、事態は数分前とは比べものにならない程に深刻化していた。
もはや、彼らの思う壺だった事に、俺はその時気付いた。
だが、俺はもう一つの事象に気付いた。
それは、俺が今の状況に、心の中で冷静に異を唱えているという事だ。
俺は正義のヒーローじゃないし、そんなに強い人間じゃない。プロレスラーとかだったら余裕で介入するけど。
でも、それでも。決して弱い人間では無い筈だ。
度量が無くて優柔不断、『才能』には恵まれていない。いや、恵まれているからどうにかなったわけじゃないけど。
だけど。それでも。
これまで剣道を続けてきただけの力は、俺の中にあると思っている。
だから……。
「おい、貴様!勝手に動くな!」
近くにいた反抗グループの一人が俺に対して怒鳴る。だが気にしない。俺は一つの場所に辿り着ければ良いんだ。ドリンクバーコーナーから勢いよく飛び出す。
そこで、縄で縛られて座らされている人達を無視して、右横の通路から長身の男が飛び込んでくる。右手には何か袋のようなものを持っていた。おそらく、あれは催眠薬の入った袋だろう。
だが、剣道で身に付けた瞬発力で、俺は眼前の男をすり抜ける。「くそガキが!」とか後ろから聞こえてくる。うっせぇ黙っとけ。
これに失敗したら、パニクった拳銃持ちに撃たれるかもしれない。近くの男に睡眠薬やらナイフやらで行動不能にされて、金を取られるかもしれない。
だが、持ち前のネガティブな考えはここでは捨てた。自らの意志で動き出した時点で、不安要素を呟く事は意味が無いに等しいからだ。
なんとかして目的の場所に辿り着いた俺は、そこから武器を拝借する。
それは、狭い通路の分かれ目に置いてあった、刺又である。これが、今の俺にとっての最大の武器だった。
小学校や中学校において、教師が不審者に対抗するために配備されている物で、俺自身、学校以外でこれを見るのは初めてだった。逆にカラオケ店に置かれているのが不思議でたまらない。
だが、そんな疑問も今では吹き飛び、自分の悪運の強さに驚きを覚えるだけだった。マジで、無駄な運だけはあるのな、俺。
刺又を剣道の竹刀の要領で構える。大丈夫、半年ぐらいやってなくても身体が覚えてる。
袋を構えた男がこちらに走ってくる。通路は一本道なので、こいつを撃退しないと先に進めない。
俺はこの時、自分がひどく落ち着いているという事に気付いた。何故だか、自分でも分からない。
だが、無防備に突っ込んでくる長身の男の頭に刺又の柄の部分を叩き込んだ時、俺は一つの結論を出した。
それが合っているのか、戦う理由として間違っているのかは判断出来なかった。だが、それでも今の俺には、それこそが戦う理由なのかもしれないと、素直に思えた。
長身の男がこちら側に倒れ、その先の通路の景色が一気に広がる。
縄で両手両足を縛られ、身動きが取れずにいるカラオケの客達。老若男女、土曜日という事で多くの人が来店しているのが分かる。
今回の事件の発端である犯行グループは、仲間が倒されたという事実が飲み込めずに、その場に直立していた。拳銃を持っている奴も、呆けた顔で俺を見ている。
ここからでは見えないドリンクバーコーナーには志乃や五十嵐がいる。そうだ、あいつらがまだ捕まってるんだ。
そして、それこそが、俺にとっての戦う理由になる。
仮に一人カラオケをしに来た時に、このような状態に居合わせたとしたら、俺はこんな面倒な事はしていないだろう。だって、俺一人だし。俺は皆のために戦う主人公じゃないし。
けど、今は違う。
俺は今日妹に、あの志乃に誘われて(?)カラオケに来てんだよ。あいつが、俺との時間を作ってくれたんだよ。それなのに、派手にぶち壊して。
確かに、事件を起こした奴らにとってはそんな事、知ったこっちゃない。俺と志乃がここにいるのは、ある意味偶然なんだからな。
だから、これは俺の逆恨みだ。これは俺と志乃の大事な時間をぶち壊した罰であり、あいつを助けるという、兄貴としての義務でもある。
すなわち、
「俺は妹のために、アンタらをぶっ飛ばす。これは必然なんだよ、クソッたれが」
その言葉に、占領された店内は凍りつく。誰もが、俺を見て固まっていた。
そんな中、まず最初に口を開いたのは犯行グループの一人だった。顔には怒りやら焦りやらが浮かび上がり、俺を撃退させようとしているのは明らかだった。
「おい手前、何抜かした事言ってんだよおい」
そいつは、ジャケットから折り畳み式のナイフを取り出し、俺に刃を向けてきた。しかも、その後ろからもう二人の男が来てるし。
三対一か。でも、俺の刺又の方がリーチは長い。この狭い通路なら一人一人での応戦になる。結局タイマンだな。
ここで余裕が生まれた俺は、一番前にいる男に応戦すべく、得物を構え直すのだが、そこで一つの違和感を掴み取った。
何だ?どうして?
何で、あいつら笑ってんだ?
そんな俺の素朴な疑問は、次の男達の行動によって解ける事になる。
男達は、身体を通路と平行するように――俺から見て半開きになるように――して、通路全体に己の身体を押し込めたのだ。
ここの通路は、最大でも二人ぐらいが横に歩ける程度だと踏んでいたので、三人一斉に通路に並ぶという単純な考えを俺は捨てていた。盲点だった。
けれど、だからと言って俺がピンチなわけじゃない。
確かに、相手は刺又なんかより凶器である刃物を所持している。食らえば致命傷では済まされないだろう。病院送りは確実といえる。そして何より、
志乃を無事に退避させる事が出来なくなる。
それは、俺が相手とやり合う事に意味が成さなくなる事を意味している。これを無駄足と言わせるわけにはいかないのだ。
しかし、ナイフというのは超近距離の武器で、敵の懐に飛び込んで、初めてその力が盛大に発揮されるものだ。
つまり、俺のすぐそばまで来なければ、俺を倒す事が出来ないわけだ。……厨二病っぽくなったが、あえて何も言わない。
俺には刺又というナイフなんかよりずっと安全でずっと長い武器を手にしている。俺にだって勝ち目はあるんだよ。
その時、男達がその身体を互いに押し合いながらこちらに走ってくる。つか、よく走れるな。
そして、俺も刺又を構えながら走り出す。無論、U字型になっている部分で相手を一気に捕獲するためだ。
大丈夫だ、これならいける。あいつら、単細胞すぎてお話にならない。
そんな事を考えながら、俺は刺又を男達の腹部目掛けて突き出した。
のだが。
有利と思われたその攻撃は、ナイフを捨てた左右の男達が腕で押さえ付けられる事となった。
男達は勢いよく繰り出された攻撃を無理矢理受け止めたせいか、苦痛に顔を歪めたが、その次には悪意のこもった笑みを、俺に向けていた。
どうやら、読まれていたらしい。お話にならないのは俺だったってわけかよ。くそっ。
そして、U字型になっている部分にちょうどすっぽり入っている真ん中の男は、動きを止められた長い得物を潜って、俺の方に近づいてきた。
「無駄な悪あがきはその辺にしとけよ、ガキ」
後書き
前話よりいきなり今までの流れをぶち壊しました。この展開は当初の予定には組み込まれていませんでした。
最初書いていた時はジャンルが違う事に気付き全て消したのですが、再び書いてそのまま進めていきました。これには、兄貴が口先だけではなく、実際に戦うところを描きたいという理由と、刺叉を竹刀のように構えて相手の前に立つことで、口だけではなく完全に過去の自分(剣道をやっていた頃の自分)を受け入れさせようと考えたからです。簡単にいえば、行動することで過去を受け止めさせようとしたわけです。
口だけで今まで積み重ねてきたものを全部を終わらせるのはなかなか難しいな、と実体験から感じ、兄貴にもそれを加えて見ました。
後書き部分に長文申し訳ありませんでした。これからも変な兄妹の話に付き合っていただければ幸いです。
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