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相棒は妹

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志乃「兄貴、手離して」

 真剣な目で、それでいてどこか悲しげな色を湛える妹に、俺は本気で困っていた。この感覚、久しぶりだ。

 ここがカラオケボックスの中だという事も忘れ、マイクを握ったまま俺は必死に考える。

 俺はどうしたかった?退学したこと、年上であるという事実を他の奴らに伝えたくなかった。何がしたかった?静かに平穏に暮らしたかった。そのためには何が必要だ?目立たなければ良い。

 だが、妹はそれら丸ごと全て、俺とは違う考えを持っている。

 理解出来ない。こいつの考えが。理解出来ない。こいつの感覚が。

 これが、俺と志乃の一番の違いなのかもしれない。そして、これらは性格によるものだと俺は思う。

 俺と志乃は基本的にうるさくない。変に声のボリュームが高くなるのは、俺のツッコみと綾乃が襲撃した時の志乃の悲鳴ぐらいだ。

 だが、俺とこいつには決定的な違いというものがある。

 それは、『押し』の強さだ。

 何事も慎重すぎて、他の奴らより遅れを取る俺に対し、志乃は大胆且つ周りを気にしない。いつも自分という空間を広げているのだ。

 それが、普段着が体操服という異端した結果にも繋がる事もあるが、実際志乃は奇人などでは無い。

 こいつは、俺より生きるのが上手いだけなんだ。

 だから、今のような考えの食い違いにおいて、俺は志乃が本当に分からなくなる。俺と志乃の価値観の差ってやつだ。

 カラオケボックス内には、歌手の宣伝や歌われている曲のランキングなどのBGMが流れ続け、俺達の声はどこにも無い。まるで、そこに人がいないようだった。

 そろそろ答えを出さなくてはならない。俺と志乃は互いに目を合わせたまま三分ぐらい固まっている。カップヌードルもびっくりの記録だ。

 手に汗が滲む。身体のあちこちがギシギシと呻りを上げる。志乃が向ける真っ直ぐな目から今すぐ離れたい。口内が渇いている。

 そんな感情を全て内側に押し込み、俺は言葉を紡ぐ。

 妹に対する、答えを。

 「確かに、お前が俺の事をクラスの奴らに言ったのは不味かったな」

 その言葉に、最初に目を逸らしたのは志乃だった。オレンジジュースに手を伸ばし、それを口に含む姿は、いつもの志乃と同じだ。首元のヘッドフォンから曲が流れている事に、今頃になって気付く。それまでに、俺は志乃の目だけに意識を注いでいたわけだ。

 そして、俺はそんな妹から目を離さない。絶対に、目を逸らさない。

 だって、俺の答えはまだ終わってないんだから。


 「でもさ、意気地なしの俺の代わりに真実を皆に言ってくれたお前には、感謝してる」

 そこで、過去最大の沈黙が生じる。

 突然、カラオケボックス内のライトが消え、テレビ画面やカラオケ機器も機能しなくなったのだ。

 つまり、真っ暗。俺と志乃は暗闇の箱の中に閉じ込められてしまったのだ。つか、ドアの向こうが見えない仕様とか、普通あり得ないだろ。停電になった時の事ぐらい考えとけよ。

 急いで携帯を出して、明かりを生み出す。室内は狭いので、変なところにぶつけたりすると危険だからだ。

 その時、自分の前に座っているであろう妹の声が口を開いた。


 「そう。兄貴、やっと私の言いたかった事、分かったんだ」

 「まぁな」

 そう言いながら、ライト代わりの携帯を入口に向ける。とりあえず、この室内から出ないとな。

 「志乃、とりま出口行こうぜ。どうせ停電だろうし」

 「分かった」

 その返答を聞いた後、俺は明かりを志乃の方にやって、視界から見つけた志乃の手を掴む。

 「え?」

 なんか志乃が驚いてるみたいだけど、特に気にしない。だって、俺一人で出口まで向かうとか意地悪じゃん。

 そんな事をいちいち口にするのも面倒なので、俺は志乃の手を掴んだまま歩き出す。

 「足元気をつけろよー」

 適当に注意を促し、携帯の明かりを頼りに出口の元へと進んでいく。とは言っても、室内の小ささからすぐに辿り着いたが。

 ドアを開けると、視界いっぱいに色が飛び込んできた。辺りは薄暗く、電気が通っていないのが良く分かる。昼間だったのは本当に運が良かったとしか言えないよな。

 「ったく、この分の料金は引いてくれんのか?」

 そんな独り言を呟いていると、後ろから志乃の声がする。

 「兄貴、手離して」

 あ、忘れてた。って、ちょっと待て。

 「お前、なんか震えてね?」

 そう聞いてみると、志乃は首がもげそうになるぐらいに首を振る。否定しているようだ。

 だが、俺だって志乃の兄貴だ。幼い頃は仲良く遊んでいたわけだし、こいつの事を全く知らないわけじゃない。

 だから、俺は志乃の今の感情を的確に当てる。

 「志乃、お前今……」

 「そんな事無い!」

 って、俺の声に被せんなよ。つか声でかい。普段は俺をバカにする時ぐらいしかちゃんと喋らないから新鮮だな。

 志乃はいつも以上に肌を白くさせ、顔は少し青ざめている。体操服を着ているからか、授業中に腹壊した人みたいになっている。これはこれで面白いわ。

 だが、そんな事を本人に言えばマジで殺されかねないので、その代わりに呆れた調子で声を掛ける。

 「志乃さ、暗いのが怖いってのは小学生で卒業するもんだぞ」

 「……う」

 さすがに自分でもそう思っていたのか、志乃は言い返してこない。常識人だから無駄に反論してこないのは良い事だけどな。

 こいつにも、勿論苦手な事はある。

 その一つが暗闇である。志乃は暗いところが苦手なのだ。理由は聞いた事が無いので知らない。

 さっき、俺と志乃が真っ暗なカラオケボックス内にいた時は普通に話していたが、実際内心でビクビクしていたんだろう。そこで俺がなんか言えば、志乃は怒るのであえて言わなかった。

 俺が志乃の手を掴んだのは、あいつに恥をかかせないため。

 上から目線っぽいけど、そういう風にしか説明出来ない。志乃が俺に対してプライド高くなけりゃ、他に言い方はあるけどさ。

 あいつに「兄貴、手、掴んで」なんて言われたら、それは地球の崩壊だ。そんな世紀末な現象が起きるわけが無い。

 だから、俺の方から行動を起こす他無かったのだ。

 そんな俺の考えを理解しているのかは分からないが、志乃は顔を真っ赤にして、何故か俺を睨みつけている。いやいや、俺何も言ってないじゃん。

 にしても、この状況。どうすれば良いのだろうか。

 とりあえず、志乃にこの後の事でも聞くか。

 「志乃、この後どうする?」

 俺としては、テンションが下がったのでもう帰りたい気分だったのだが、それを押し通すわけにもいかない。志乃に意見を聞くのは必然的だ。

 すると、志乃は俺を通り越して、その先の方へと視線を向けている。その顔には、珍しく驚愕の表情が貼り付けられていた。

 疑問に思った俺も、後ろを振り返ってみる。そこには俺達がいたような室内に続くドアばかりが続く筈なのだが――

 「……お前は」

 そんな俺の呟きが聞こえたのか、そいつは俺達に笑顔を向けてきた。

 そして、そいつは俺達に向かって突拍子の無い事を聞いてきた。


 「こんにちは!二人はもしかしてデートの途中かな?」

 ……こいつ、頭の中お花畑なんじゃねぇの?俺と志乃は兄妹だぞ?デートとかマジであり得ねえから。

 つか、待ってくれ。こいつ、誰だよ?

 志乃なら知ってるかもしれない。ちょっと聞いてみよう。本人いる前で失礼かもしれないけど。分からなきゃ話すら出来ないし。

 そこで後ろを向いて、志乃に視線で意図を告げようとしたのだが……。

 何であいつ、ボケーっとしてんの?視点合ってないぞ、おい。まだ暗闇のこと引きずってんの?

 「あれ?私の声聞こえてる?もしかして無視?それは悲しすぎるな~」

 くそっ!ちょっと黙ってろお前!今お前との会話のために名前思い出そうとしてんだよ!

 「もしかして、私の名前覚えてない?私の名前は五十嵐蘭子っていうんだけど」

 あー、五十嵐さんね、五十嵐さん。実際分かんないけど。

 とにかく、再起不能な妹に代わって俺が喋るしかない。別に女と話すのが苦手なわけでもないしな。


 「えーと、五十嵐だっけ?俺らの事覚えてんの?逆に」

 素で気になったので、自然にそう聞いてみる。すると、

 「勿論!昨日の自己紹介で一番目立ってたもん!」

 ああ、こいつクラスメイトだ。出席番号一番でナカタサンが好きって言ってた奴。

 変な目立ち方したなやっぱり。

 でも、言わなかったら居心地悪かったかもな。今みたいに、一つ年下の奴と自然体で話せなかったかもしれないし。やっぱり志乃には感謝しないと。

 「で、葉山君……先輩?」

 くりくりした目が、純粋に疑問を伝えている。俺が先輩と呼ぶように言えばガチでそう呼ぶな、こいつは。

 「いや、葉山でいい。先輩って呼ばれんのは来年からで十分だ」

 「了解!じゃあ葉山君、第一に質問させてもらっていい?」

 「おう、構わないぞ」

 「何で葉山志乃さんは体操服なの?スポブラ透けてるよ?」

 「ノーコメントで」

 「えー?最初から返答拒否なの?」

 これに関しては言わない方が身のためだろう。うちの家族、皆普通じゃないんだよ。

 じゃ、次はこっちから質問させてもらおう。

 「そんな事より、五十嵐も歌いに来たの?常連?」

 「まぁね!去年は十二月ぐらいまでは何度か通ってたよ」

思いきり受験シーズンじゃねぇか。

 「でも一月は行けなかったなー。お母さんが言っちゃダメだって言うんだもん」

 そりゃそうだろ。一月になってまだカラオケ通ってたらお母さんも心配になる筈だ。

 「まぁ、塾の帰りに行ってたけどね!」

 こいつ、俺よりカラオケ中毒だわ。

 ある程度話はしたし、そろそろ切り上げるか。後は学校で話せばいいだろ。

 「じゃあ、俺達は帰るわ。五十嵐はまだ残るのか?」

 「うん、まだ歌い足りないからね。でもまだ復旧してないんじゃない?」

 五十嵐の言う通り、店内はいまだに電気が通っておらず、周囲は客のどよめきや笑い声で埋め尽くされている。

 その時、店内放送が入った。よし、早く俺達を家に帰らせてくれ。

 だが、聞こえてきたのは到底考えもしないような内容だった。

 『店内にいる連中に告げる。すぐに一千万用意しろ。さもないと、この建物をお前らごと破壊する』

 ……これ、なんていうクソゲー? 
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