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相棒は妹

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志乃「人間って、自分のことだけ」

 男の言葉はどこまでも冷淡で、どこまでも余裕があった。それ程、相手はこうした状況にも慣れているという事だろう。先刻までバカにしていた自分がバカらしくなってくる。

 唯一の武器である刺又が敵の腕に絡め取られ、戦闘不能になった俺は、ここで決断を迷っていた。というより、成す術が無かった。

 ここで刺又から手を放せば、俺に勝ち目は無い。しかし、刺又を手放さないと俺が危ない。八方塞がりという言葉が身に染みて分かる。

 どっちにしても、俺は確実に怪我をする。ナイフはともかく、刺又も対人用としての道具だ。致命傷は負わせられないが、それでも行動を止めるだけの力は持っている。

 ましてや、相手は三人だ。武器にしか頼れない俺が何も持たなかったら、答えは一目瞭然だ。

 刺又を潜ってこちらに歩いてくる男は、俺の顔を見て笑う。きっと、さっきまでの俺もあんな顔をしていたのかもしれない。

 しかし、今は立場が逆転してしまっている。俺は確実に、こいつらに押されている。

 何か道は無いのか。この状況を切り抜ける道は。こんなところで、無残にやられたくないんだ。

 けれど、俺のかすかな願いは叶う事無く、男はついに俺の目の前に来てしまった。全身がこれまで以上の総毛立った。

 足が震えている。怖いんだ。刺又を持つ手が震えている。怖いんだ。喉から水分が一気に失われている。怖いんだ。震えは歯に浸透し、恐怖という感情を表に出している。怖いんだ。

 実際、ここまで来れたのも凄い事だ。悪運の強さは途中まで俺という人間の力を引き出してくれていた。

でも、やはり俺は先に踏み出せなかった。妹を、志乃を完全に守り切る事が出来なかった。

それがなんとも悔しくて、情けなくて……俺は泣きそうだった。

「妹がなんだか知らねえが、お前、俺らがどういう連中なのか分かってんのか?これを行動に移すまでにどんだけ計算したか分かってんのかぁ?おい」

 眼前の男が、俺に噛みつくように大声で言ってくる。ナイフを俺の目の前に突き出してニヤニヤしている。もう勝利を確信している顔だった。

 だが、俺は言い返せない。さっきまでの強みはどこかに無くなってしまった。

 「何にも言わねえのかよ。驚いた顔で俺を見るだけか?さっきの強気の発言はどこに行ったんだ、よっ!」

 その瞬間、男は俺の腹に向かって直球パンチを繰り出す。ナイフを持っていない手だ。

 「お、っごっ!」

 俺の短いが大きい呻きを発する。

 腹に食い込んだ男の拳は大きく、俺の呼吸は一時的に途絶えてしまう。胃液が食道を通って浮上してきそうになる。


 「最近流行りの厨二病ってやつか?けどよ、現実にゃ通じねえんだよこのクソガキが!」

 そう言ったが早く、二発目の拳が俺の頬にぶち当たる。その時、俺は鈍器で殴られたような重みを感じた。脳が強制的に揺さぶられ、軽い脳震盪を起こす。目がチカチカして、風景がぼんやりした。

 俺は刺又から手を放してしまい、同時に身体が後ろに倒れる。三発目を食らったのだ。


 「ま、お前を殺すと問題になるからよ、金だけ頂くぜ」

 そう言いながら、男は近づいてくる。俺は殴られた反動で動きが鈍くなっている。くそっ、金は渡さない!

 「……やれるかよ」

 「あぁ?」

 「俺はケチなんだよ、金やれるわけがねぇだろ!」

 「この期に及んで減らず口を……お前、M気質か」

 呆れた顔をしながら男はこちらに向かってくる。だが、俺は屈しない。ここで大人しく金を渡せるか。

 そして、男が倒れた俺の股間に蹴りを入れようとし、俺が身体を丸めた時だった。

 「人間って、自分のことだけ」

 そんな声が、室内にいる者の耳に入り込む。次いで、溜息が聞こえた。

 その声に、俺は殴られる直前に感じた寒気以上のものを感じた。まさか、この声は……

 「それと、兄貴弱すぎ」

 俺は知っている。

 普段はあまり喋らないわりに毒舌で、そのくせ他人とどこかがずれているそいつのことを。

 いつも首元にヘッドフォンを提げた、おさげの髪が特徴の小柄な少女。一見すると大人しそうで儚げな雰囲気を醸し出す美少女だが、実際は俺以上に胆の据わった、俺の妹。

 志乃はグループの男数人に囲まれながら、なおも口を開く。

 繊細な人差し指を、文字通り人に向けて指しながら、

 「警察呼んだから。兄貴、時間稼ぎありがとう」

 と、無表情のまま言った。

 *****

 「な……」

 警察という言葉に、室内の人間達はそれぞれ違う感情を滲ませた。

 縄で縛られた人や金を取られた人は安堵し、取り押さえられた店員は思わぬ展開に目を見開いた。

 俺自身、志乃の言っている事に頭の中が白くなった。警察を呼んだ?いつ?どうやって?俺が取り押さえられた間に、何があった?

 俺は立ち上がるものの、三人の男のせいで志乃の様子が見れない。つか、目の前のおっさんが凄い形相しててびっくりした。この人、怒ってんじゃん。

 そして、三人は一斉に俺から志乃の方へと視線を変え、刺又を掴んでいる一人が低い声を上げる。


 「そこの嬢ちゃん、何言ってんだ?俺達には電話の音なんか聞こえなかったぜ」

 「そう。なら貴方達の耳はただのお飾りということね」

 「話にならねえ」

 そう言うと、刺又から手を放した二人は志乃の方へ歩いていく。また、足音が二人以上である事から、俺からの位置では見えない構成員も動いている事が分かる。

 俺の前に立つ男から位置をずらし、俺は一生懸命に志乃の姿を探す。あいつが何を目論んでいるのかが分からない。

 でも、意味は絶対にある。

 俺はそれをさっき学んだばかりだし、何よりあいつは俺より頭がキレる。こんな無駄で危険な事を考えなしでやる筈がない。

 そう確信して、俺は前方にいるであろう志乃の姿を捉えようとするのだが、なかなかに狭い通路は男の体躯でだいぶ埋め尽くされ、思うように志乃の顔を窺う事が出来ない。

 どうすればあいつの顔が見える?俺は何か使えるものはないか探すべく、視界を交互に見渡す。そして、


 「あった……」

 俺は、近くに刺又が転がっている事に気付いた。先程男から食らったパンチが原因で手放してしまったものだ。

 そして、俺を戦闘不能と判断したと思われる二人が志乃の方に向かって歩いている。つまり、刺又は今、自由の身というわけだ。

 そして、目の前の男は志乃の方を向いている。俺なんて視界の外だ。俺はもう戦えないってか。

 そんなわけあるか。俺はまだ戦える。

 志乃がくれたチャンス、ここで逃すわけにはいかないんだよ。

 心中で決心し、俺はバネ仕掛けの玩具のように勢いよく飛び出し、身をかがめながら近くにあった刺又を再び手にする。

 俺の動きを感知して瞬発的に動き出した男だったが、もう遅い。

 今度はナイフを俺に向けてきた。その動きは確かに素人では無かったが、完全に熟知しているようでも無かった。

 俺はU字型の部分の外側を、男のこめかみ辺りに叩き込む。男は小さく呻きながら、何の抵抗もしないままその場に倒れる。さっきの仕返しだ。まだけっこう痛むんだぞ、おい。

 そんな俺の動きに、他の奴らは全く気付いていなかった。近くにいた客は見ていたが、敵はもう完全に志乃に向いていた。

 これは、いけるかもしれない。

 再び溢れてきた余裕と妹と無事に帰還する希望を胸に、俺は刺又を構え直して再び走り出した。 
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