ソードアート・オンラインーツインズー
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SAO編-白百合の刃-
SAO15-偽った双子
失ったものは、もう二度と拾うことはできない。
過ぎた時間を元に戻すことなんてできない。
だからこそ、大切にしなければいけないものだってある。それを失えば大切さのありがたさを知ることはできるが、それは失う前に知らなければならないものであり、失った時には手遅れになり、後悔だけが残る。
それはなんて皮肉なものなんだろう。失いたくないって思った時にはもう失っていたなんて、悲しすぎて虚しさを感じさせてしまう。
でも、それはしょうがないことになってしまうのだろう。
だって、失った時に失いたくないって強く思うのは失う前からは何も気づいてない、愚か者であるからだ。
●
兄とドウセツは、私とアスナを見送ってからグランザム西門へと向かった。二人の姿が完全に見えなくなるとアスナは不機嫌を隠さず、拗ねた顔で文句を言い募る。
「もう! なんで一緒じゃないの! これじゃあ、キリト君と一緒にいる意味ないじゃない!」
「まぁまぁ、そう怒らないの。私達は、二人が無事に帰ってくることを気楽に待とうよ」
不機嫌そうに拗ねているアスナを慰めながら頭を撫でる。プクーと頬っぺたが膨らむアスナかわいい。
やりぃ。兄ザマァ。
「なんだかんだで、アスナと二人っきりって、新鮮だよね?」
「そう?」
「そう思わないの?」
「うーん……なんでだろうね」
アスナは割と兄と一緒にいることがあったから、その兄の双子である私と一緒にいてもあんまり違和感がしないから新鮮だと思わないのかな? 双子なのに似ることのない、一卵双生児だけど兄妹なのは変わりないからまったくの別人と思われていないのもあるかもしれないな。意外とドウセツよりも連携取れたりして。
「そう言えばキリカちゃんも……ギルド苦手だっけ? ごめんね、キリト君と一緒に巻き込んじゃって……」
「ううん、別にいいよ。アスナが謝る必要はないって。私もいつかギルドに入って、いろいろと集団行動とかに慣れなきゃいけないと思っていたこともあったしね。今回の件で強制でも丁度いいかな」
「キリカちゃんもそう言ってもらえると助かるけど……」
アスナの瞳は外さず、真っ直ぐに見つめてくる。その瞳には私が映し出されている。正直、悪い感じはしないが、あんまり良い気分ではなかった。
「あ、アスナ?」
「……ねぇ、キリカちゃん」
「あ、はい、なんでしょうか?」
「……キリト君はギルドを……人を避けるの……? キリカちゃんはどうして……ギルドを避けながらも……ソロからパーティーを組もうとしたの?」
何故、良い気分じゃない理由がわかった。それはアスナが私に訊ねてくる言葉は心にも響いてくるからだった。そして私だけじゃなく、私自身、過去の私までもアスナの瞳に映ったように見えなくもない気がしたからだ。
「……参ったな、やっぱり兄と私と関わってくると、知りたくもなる?」
「うん。ごめんね、キリカちゃん。わたし、キリト君のことも知りたいし、妹のキリカちゃんのことも知りたいの。それにキリカちゃん……昔、かなり荒れていた時期あったじゃない。それからどうやって改心したのかも知りたい……」
「……そっか」
「ごめんなさい……」
アスナはわかっているんだ。私が過去を話すことが辛くなるってことをアスナはわかっている。それでも私のことを知りたくて、兄のことを知りたくて私に訊ねてきた。
ここで否定することは簡単だけど、その後振り返ったら、本当に簡単に否定できたかと疑いたくなってしまいそうだ。でも、自分の辛い過去を話すってことは辛かった。
昨夜、私はドウセツに自分の辛い過去を話したんだ。今の私なら大丈夫かと思っていたけど、辛かった過去を話すことで“あの日”の記憶が蘇って激しく後悔をした。でも、傍にドウセツがいたから辛くても結果的には大丈夫になれた。
私はアスナに話しても大丈夫なんだろうか? ドウセツが傍にいないから、辛い過去を蘇る後悔に飲み込まれないだろうか?
……いや、違うな。
私はただ、傷つくのが嫌だから過去のことを話すのに躊躇っているんだ。それでは何も変わりはしない。
それに私はそれを承知済みで話さなければいけないと思う。私は過去という古い傷跡を抱えながら、引きずっていても前に歩くと決めたんだ。
だから話そう。私のこと、兄のこと、それを話してアスナと一緒にいたい。そして、兄を支えてほしい。
「これから話すことは、いろいろと変わる切っ掛けを作る結果となった…………私と兄の後悔の話をするわ」
●
ソードアート・オンラインがデスゲームに変わって、五ヶ月ほど経過したある春のことだった。
私は兄と共に攻略を目指していたけども、たまには前線から離れて、当時の前線から十層以上も下のフロアの迷宮区に武器の素材となるアイテムの収集を目的に潜っていた。
技術や知識は兄を見て聞いては学んでいたので、私がソロでも十分に行動できるようになった。兄のまねごとではあるが、私は私なりの力をつけてきたんじゃないかと思っていた。それはゲームの世界で慣れたように自分が強くなってきていると自惚れていたのもあった。
そんなある日、兄と別行動をした次の日のこと、兄から告げられた言葉は当時の私にとっては仰天するような言葉だった。
「ああぁ!? あ、兄が格下のギルドに入ったのか!?」
「あ、あぁ……その……成り行きで」
この頃の私は長い銀髪を黒に染めては一本に束ね、服装は兄と同じ黒一面に緑を混じった男っぽい服装が多い、荒っぽくて強気を主張するような私であった。
兄の話によれば、迷宮で偶然助太刀した縁でギルド側から誘われたらしく、どう言うわけか兄はレベルを偽って入ったらしい。
名は『月夜の黒猫団』みんな同じ高校のパソコン研究会のメンバーが集まった部員達。ぶっちゃけ言えば戦力が弱いギルドだそうだ。当然のそのギルドは攻略組にはいるギルドではない。そんなギルドに兄は入ったのだ。
今までは攻略組の中心となるギルドを断り続けた兄が、そんなところに入るなんて……兄はお人好しには入るかもしれないが格下のギルドを断ることもできたはず。
となると、兄は格下ギルドには兄が求めているものがあったから、それに惹かれたかもしれない。
「……別に、ギルドに入ることは否定しないけどよ……なんでレベルを偽った?」
「それは……」
言いづらそうに苦い顔になる兄に私はそのまま言葉をぶつけた。
「レベルを偽り、攻略組のソロプレイヤーだってことを隠すってことは兄を誘った連中を騙していることになるんだぞ? それに、今更人の温もりなど求める資格はないのだって言ったのにも関わらず、兄は温もりがあるギルドに入るんだよな?」
「俺は……」
「あ、わかっている。別に答えなくてもいいから……そこまで悪いことじゃねぇって。その……悪かった、意地悪なこと言って……」
私は兄が悲しそうな顔を見て、自分が言ったことを後悔した。否定するように言ったところで、実は寂しがりの兄が孤独に耐えられるはずがない。『月夜の黒猫団』に入ったのは距離感のない友人同士の温もりに強く惹きつかれたんだ。そして一度惹きつかれたら、中々戻ることは難しいだろう。
でも、もしものこと、温もりが冷めてしまえば、それは恐怖に変わる。そして『月夜の黒猫団』の友人同士のギルドに余所者の兄の味方はいない。
必ず兄は傷つくだろう。それが何の切っ掛けかは知らないけど、偽る時点で人を傷つけているようなものだ。その時、兄を癒す人がいなければ味方もいない。
「わかった。でも、その変わりと言ってなんだけど、私も入るから紹介させろよ」
だから、私は兄の味方になるために言った。言わなければいけなかった。
「お前、何もそこまで俺に付き合わなくてもいいんだぞ」
「うるせ、これは私が決めたことだ、妹のことを紹介するぐらいどうってことないだろ」
私は強引な手段を使ってでも、兄の傍にいなくちゃいけない。例え、私が損になってしまう結果だとしても。
兄がギルドに入る報告してから翌日。兄の嘘を突き通すために私もレベルを偽り、武器もカタナからスタッフに変えた。『月夜の黒猫団』にいる私は少なくとも攻略組の一員ではないことを示す意味でも、慣れない武器の方が良かったと思うからだ。だからと言って、レベルは何も変わりはしない。
「紹介するよ、こいつはキリカ。俺の妹でもある」
「紹介された通り、私はキリトの妹のキリカだ」
メンバーは正直、バランスの悪いパーティーだった。前衛と言えるのは盾とメイスを装備したテツオだけであり、後のメンバーは短剣のみのシーフ型であるダッカー、クォータースタッフを持ったギルドのリーダーであるケイタ、長槍を使うササマルの三人。そしてササマルと同じく長槍を使う紅一点のサチの五人で構成されたギルド。
そんなギルドとわかって、私はやっぱり単純に誘われただけでとか、お人好しな理由で兄が所属したのではないとわかった。
「へぇ……キリトにこんな綺麗な女の子の妹がいるのか」
「口が悪くて台無しだけどな」
「うっせ」
兄に肘うちをすると、変な声が漏れ、笑いが響き合った。
『月夜の黒猫団』のメンバーと話し合う内に、兄がギルドに入る理由が更にわかってきた。私と兄は仲間で言わば同志のようなものだとすれば、『月夜の黒猫団』は仲間と言うより一つの家族だった。全く違う仲間に惹かれて、家族の温もりが癒しとなり、偽りがいけないことでも、兄はそこにいたいと思ったんだろう。兄のゲームプレイはおそらく、一、二を争う腕を持っているだろう。でも、兄だってゲームを除けばm寂しがり屋で妙に壁を作って人と関わらないようにしようと不器用な人だ。家族の温もりが恋しくたっておかしくはない。
「ハハッ、口が悪いがキリカは美人だな」
「ケイタ……それは褒めているのか? 悪口なら、それ相応に殴るぞ」
「どちらでもないよ。キリカみたいな魅力ある人が入ってくれたから、紅一点だったサチも御役御免」
「何よ、私のこと紅一点だと思ってないくせに」
ケイタと言うギルドの隊長が、小柄で黒髪のおとなしい、サチって言う子はからかわれて拗ねていた。
私の口が悪いせいか、おとなしい性格であるサチにとっては不良やチンピラを見る目と同じ、あまり関わりたくないようで怯えていたようにも見えた。それをわかっていながらも、サチに対しては強めの声音で発してしまった。
「何? さっきからジロジロ見てさ、言いたいことあんの?」
「そ、その……」
「ああ? 聞こえねぇよ? なんだって?」
ビクッと震え、怒っているのではないのかと思っているらしく中々言葉を出せないでいる。
訂正の言葉でも入れれば少しは気が楽になるのだろうか? そう思っていることには勇気を振り絞って、私に話しかけてきた。
「き、キリカさんは……」
「キリカでいい」
「あ、はい。き、キリカは……その……キリトのこと……好きなの?」
出会って、かけた言葉がそれかよ。と、内心ではサチに対して呆れてしまう。
「は、はぁ? なんでそう思うの?」
「その……同じ黒い服を来ているから」
だからって、それだけで兄を好きになるのはどうかと思った。
あながち間違ってはない。けど私が全身“黒い服”を選んでいるのは、単純に“好きな色”だからと目立たないからであることだ。
私は否定をするも、サチは話を終わせなかった。
「それと……」
「それと?」
「先ほどから、ちらちらとキリトの方に視線を送っていたから……」
「見間違えじゃねぇのか?」
はっきりと否定したものの、サチと言う少女は続ける。
「ううん、キリカは無意識にキリトのこと見ていたよ」
嘘ついているとは到底思えない、真実の言葉。私に怯えてもなお、ハッキリと私に届かせる言葉に私はサチを見る目が変わったかもしれない。
「……別に好きでも嫌いでもないよ。兄のことが好きと言うより……心配なんだよ」
「心配?」
偽った兄がギルドにバレた時、傷ついて壊れないか心配……なんて言えるはずもなく、
「人見知りだからだよ」
あながち間違ってないことを伝えた。
サチと言う子は、私と違っておとなしい女の子だった。どことなく兄と雰囲気が似ていると思ってか、
「サチ、以後よろしくな」
サチと深く関わって、知りたいと思ったし、友達になれたらいいなと思った。
●
私と兄が前衛に加わったことで、バランスが悪かった『月夜の黒猫団』のパーティ構成は改善された。もっとも、『月夜の黒猫団」の平均レベルよりも三つ上のレベルは偽りで、本当は二十もレベルの差がある双子がいるのだから悪かろうが良かろうが、結果的に改善されるようになるのは必然だったかもしれない。それを抜きにしても、私と兄が前衛に出ることで前衛不足を補える形にはなった。
意外にもレベルが偽っていてもバレないもので、私達のHPバーを見ていれば不自然に減少しないことに気がついたはずなのに彼らは、コートがレア素材だからと言う……あながち嘘じゃない説明を信じてしまい、疑問に思わなかった。
戦闘中はなれない両手棍で兄と同様にひたすら防御と援護に徹し、他のメンバーにとどめを刺すことによって経験値を譲り続けた。そうすることで、ケイタ達のレベルは快調に上昇し、私達双子の兄妹が加入してから一週間で、メイン狩場を一フロア上にするほど強くなっていった。
「ねぇキリカ、味どうかな?」
「うーん……現実と比べると、まぁまぁだな」
「比べる対象が間違っているよ」
「食えるだけマシだな」
「そう言いながら、食べるペース速いね」
「うっせ」
ダンジョンの安全エリアでサチの手作り弁当を頬張る。まぁまぁと言いながらも実際は美味しかったが照れくさいので素直に言えなかった。
サチの手料理を頬張っていると、兄とケイタの会話が耳に入った。
「もちろん仲間の安全が第一だよ。でもさ……安全だけを求めるなら、はじまりの街に籠っていればいいわけなんだ。こうして狩りをして、レベルを上げているからにはいつか僕らも、攻略組の仲間入りしたいって思うんだ。今の最前線はずっと上で『血聖騎士団』とか『聖竜連合』なんて言う、トップギルドに攻略を任せっぱなしにしちゃっているけどさ。ねぇキリト、彼らと僕達は何が違うのかな?」
ケイタを見れば、丸い瞳を輝かせながら兄に夢を語っていた。
「うーん…………情報力かな。あいつらはどこの狩場が効率いいかと、どうやれば強い武器が手に入る情報を独占しているからさ」
それに対して、兄は攻略組足り得た返答をする。だが、それでケイタは納得はしてくれなかった。
「そりゃ……そう言うのもあるだろうけどさ」
「あん? なんだよ。何が不満なんだよ」
思わず口を挟んでしまった。話を聞いていたので振り返る必要なく、ケイタは言葉を続けた。
「いやキリカ、話を聞いた前提で話すけど、僕は意思力だと思うんだよ。仲間を守り、そして全プレイヤーを守ろうって言う意思の強さって言うかな、そう言う力があるからこそ、彼らは危険なボス戦に勝ちつづけられるんだ。僕らは今、まだ守ってもらう側だけど、気持ちじゃ負けてないつもりだよ」
いかにも理想を求めた答えだった。でもそれは知らないから、兄と違ってケイタは前線のことを知らないから憧れるような気持ちで話すことしかできない。そんなケイタに、私達にとってその答えは羨ましいと思った。
「だからさ、このままがんばれば、いつかは彼らに追いつけるってそう思えるんだよ。キリカはどう思うかな?」
私は空を見上げ、遠く彼方へと、
「さぁな…………知らね」
投げ出すように言った。とてもじゃないが、理想を求める回答なんて言えるわけがなかった。
●
攻略組である私達は偽りながらもギルドに入団してから、深夜の活動が多くなった。と言うのも、レベルはメンバーに譲っているため、トッププレイヤーであり続けたい私達はレベルをおろそかにしないために、深夜になると宿屋を抜け出し、最前線に移動してレベル上げを続けていた。
「おらっ! くたばれよ!」
カタナで叩き斬りつけ、モンスターはポリゴンの欠片となり爆散した。
「そろそろ帰ろうぜ」
「……そうだな」
頃合いを見て、私達は最前線から引き宿屋へ戻る。深夜の時間ではこれが日常になっていく。
帰り道は会話せず無言で戻るが、昼間ケイタが語ったことを思い出し、そのことを兄に話をした。
「兄」
「なんだよ」
「昼間、ケイタが言っていたこと……どう思う?」
昼間にケイタが語ったことを兄の答えが知りたいので訊ねた。
兄はフゥと一息吐き、足を動かしながらも私に話してくれた。
「……そんな大層なものじゃないんだ。ケイタが言っていたことは」
「夢見過ぎってこと?」
「そうとも言えるな……。攻略組を攻略組たらしめているモチベーションはただ一つ…………数千人のプレイヤーの頂点に立つ最強の剣士で有り続けたいと言う執着心それ自体だ」
兄の話によれば、攻略時、プレイヤー保護だけが目的なら、トッププレイヤー達は手に入れた情報とアイテムを最大限、中層プレイヤーに提供するべきなんだと、そうすることでプレイヤー全体のレベルが底上げされ、攻略組に加わる者の数も今とは比較にならないほど増加する。だけどそれをしないのは、自分たちが常に最強でいたいからだ。
それはつまり、自分の身を護ることしか考えていないことに繋がってしまう。
それは彼らだけじゃなく、私達もそうだってことを兄は話してくれた。
「ようするに私達が今、こうやって行動していることも……」
「そうだ。結果として俺達は彼らを裏切っていることになる」
最強。
絶対負けない。
最強。
圧倒的な力。
最強でいることで確かな命を守れる理由づけにしかならない。ハッキリ言えば自分の命が一番大切だから別の人の命の心配はしないことを言っているようなものだろう。それを私と兄は最強でいたいために仲間である『月夜の黒猫団』を騙して、深夜最前線でレベル上げをしている。
私は……裏切り続けて、いつか精神的に壊れてしまうのではないかと思う兄が放っておけなくて、ついて来ていると同時に、私も最強でいたいために、偽り、裏切り続ける。
深夜の暗闇のように闇を包み本心を表さないように、私達双子の兄妹は今日も騙し続ける。
例え、遠くない未来気づいてしまったとしても。
●
私達双子が入団してから、『月夜の黒猫団』の戦力強化は順調過ぎる程上がっている。 十もあった前線層との差は短期間で五まで縮まり、貯金額も平均レベルもみるみる増加していく。お金が貯まればギルドホームの購入さえも現実的な話となりつつあった。
しかしたった一つ、問題があった。
「きゃっ」
サチが凶悪なモンスターに返り討ちにあい、地面に叩きつけられてしまった。
「おらっ!」
サチに怒涛の追加攻撃してくる昆虫系のモンスターを力いっぱいに弾き返す、その隙にメイサーのテツオがとどめを刺した。
「危なかったな」
「油断すると命落とすからな、テツオも気をつけた方がいいぞ」
「そうだな、キリカいつも助かる」
「礼はいいって、別に……」
私は地面にへたり込むサチに手を差し伸べ、立ち上がらせる。
「大丈夫か、サチ」
「う、うん……ごめんね」
「謝るなバカ、礼を言えアホ」
「うん……ありがと、キリカ」
ふと兄を一瞥してみればこちらを見つめていた。
この時は語らずに頷くだけで戦闘に集中した。
何回か戦闘をして行き、ある程度レベル上げをしつつ夜が近づいたら私達は引き上げて宿屋に戻った。戦闘が終えた私は、兄と二人っきりで今後のことを話すことにした。
「なぁ兄、サチのことなんだけどよ……」
「わかっている。サチの盾剣士のことだろ?」
「あぁ、そうだ……今日は特に何回も危ないところがあった……」
元々、私達双子が入る前は前衛が一人しかいない、バランスの悪いギルドだった。紅一点であるサチは両手用長槍をメインスキルしていたが、もう一人の槍使いに比べて低いためか、今のうちに前衛に転向をケイタから薦められる。私も兄もサチを盾剣士としての役割を頭に入れることで、サチを育ててきた。そして最悪、私と兄が抜けてもバランスは崩れないようにサチのレベル上げを譲ってはしていたが……。
「バランスやステータスの問題に……サチ本人が危ういんじゃバランスどうこうの話じゃ済まないだろ」
「……そうだな」
私も兄も以前から、サチだけがあんまり上手くないことは気づいていた。でも、それは慣れていないだけだと思っていたが勘違いだった。
サチはいつも戦闘の時、どこか怯えていたようにも見えた。
それは私の口が悪くて怯えているんじゃない。私がいることが恐くて怯えているわけでもなかった。サチは、モンスターと戦う恐怖に怯えていたんだ。
もっと正確に言えば、死んだ自分がどうなるかわからないことを怯えていたに違いなかった。
現実世界では心臓にナイフが刺されば死ぬ常識を知っている。そんな人殺しが通常だなんていう、非常識な日々を送る人がまずいないだろう。だから、人でもなく、それこそモンスターとの戦闘は恐怖そのものに感じる人もいるだろう。開始直後もパニックが原因で多くのプレイヤーが命を落としたのだ。いきなり人を襲うモンスターと普通に倒すことは簡単ではないのだから。
サチは大人しくて怖がりな性格だから前衛どころか戦いすら向いていない。そもそも、サチは普通の女の子なんだ。刃を持って、凶悪な怪物と戦うことに対して、向いているか向いていないの問題ではない。ゲームだったら、まだ割り切れるところもあるだろう。でも、今はゲームだけど同時に現実でもある。負けたら死んでしまう恐怖を抱かないことが当たり前じゃないんだ、サチは。
私と兄はサチをどうするかは、既に決めていた。このままサチを前衛に出せば、プレッシャーが強まり、恐怖も増加し、サチが壊れてしまう。今もきっと、逃げたいと思っている。そして、一刻も早く現実世界へ帰りたいと思っている。
夢であってほしいと、誰もが何度も願うように……わかっていても、解り切れない思いがサチには絶対にある。
「……サチの分は俺達が頑張ろう」
「あぁ、頑張らないと私達が……」
これでケイタ達に伝えれば、サチも少しでも恐怖から退けると思っていたこの日の夜、宿屋からサチの姿が消えた。
それは兄にとって一生忘れられない、後に思えば残酷な夜の出来事。
そして私にとっても忘れられない、忘れてはいけない。
月夜の光を照らす夜に、一匹の黒猫が逃亡する日のことだった。
後書き
SAOツインズ追加。
アスナがキリトの過去を訊ねる件。
原作ではアスナはキリトに過去のことを訊ねますが、ツインズではキリカにしました。理由はキリカとキリトの過去を載せるためです。今考えればドウセツに話したところを載せた方が良かったかもしれませんww
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