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ソードアート・オンラインーツインズー

作者:相宮心
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SAO編-白百合の刃-
  SAO16-約束の代償

 それは、ゲームの中での今の現実世界での、不安を仰ぐような夜。私達はある理由で迷宮区に突入していた。
 その理由は『月夜の黒猫団」メンバーであるサチが誰にも連絡せず、宿屋から姿を消してしまった。だから同じギルドで仲間である私達は必死ににサチを探していた。

「くそっ……いないかよ」
「キリカ、別れて探した方が……」
「バカ野郎! 何が起こるかわからねぇんだぞ! もしもサチが見つかる前にお前らが死んだらアホだろ、バカ!」

 サチが消えた後、ケイタ以下メンバーは大騒ぎ。ギルドメンバーリストから居場所を確認できなかったために、単独で迷宮区にいるせいと思い探しに行くことになったが……。

「キリトの方はどうなのかな?」
「それは私にもわからない。だからテツオ、今は兄、キリトのことよりもサチを探すのに集中した方がいい」
「わかった」

 実は……サチの場所はすでに特定できている。正確に言えば、サチの場所を知っているのは私ではない。サチの場所を知っていて、サチを探しているのは、兄であるキリト。兄は索敵スキルから発生する上位スキルの『追跡』を獲得していたから、サチが行方不明になっても見つけることができる。だけど、それを仲間に打ち明けるわけにはいかない。私達は、レベルを偽って『月夜の黒猫団」の輪に入っている。私達がレベルを偽った攻略組だとバレてしまったら、私達はそこから追い出されてしまうかもしれない。
 兄は一人で迷宮区以外の場所を探すと言い放った。『追跡』を打ち明けず、フィールドにもいくつか、追跡不能の場所があるからと言う表向きの理由を告げて、サチを探している。私の役目は、もしもの時のトラブルを防ぐために彼らを守るのが私の仕事。この前まではモンスターと戦って、負ければ死ぬような非常識が常識になってしまったゲームの世界では、何が起こるかわからない。先ほどダッカーが言った通り、サチファ見つかる前に何かしらのトラブルで死んでしまったら、アホになってしまう。それは誰も望んではいないことだ。
 そろそろ頃合いかな……? 兄はもう見つけているかもしれない。
 私はケイタを含めた四人の仲間を護衛しながらサチを探すように指示をして、しばらく時間を稼いだ。頃合いを見て、私達は宿屋へ戻ることにした。
 サチが二度と見つからないわけじゃない。死んでない限りはきっと……。
 宿屋に戻ると兄が帰っていた。そしてサチを連れ戻してくれた。ケイタ達は早くサチの無事をその目で確かめたかったが、兄はそれを制止。理由はサチが寝ているからだ。
 だから今、この場で私達の今後のことを話すことにした。そんなに大げさなことではないが、一人の命がかかっている大事なことでもある。 

「キリト、どう言うこと?」
「言った通りだ、ケイタ。サチは盾剣士をやめて、元の槍に戻した方がいい」

 宿屋へと戻った私は兄と合流。酒場で兄はサチが盾剣士に転向せず、槍戦士を続けたほうがいいと告げて来た。
 あまりにも唐突なことに私以外のメンバーは戸惑い始める。

「でも、キリト。それでは君に負担がかかるんじゃ……」
「俺のことなら大丈夫だ」

 サチが前衛にいなくてもバランスが悪くなるわけではない。前よりは私も兄も負担はかかるが頑張れば問題ない。ケイタ達と私もそうだけど、どのようなやり取りが気になったが、兄の提案を受け入れてくれてひとまず解決した。
 あくまでも……“ひとまず”は。
 この日ばかりは、深夜の経験値稼ぎをやめて眠りについた。



 翌日、昨夜のこともあって今日は経験値稼ぎせず、各自休みを取ることになった。
 その日、私は昨夜のことで心配になり、サチのもとへと訪ねた。

「サチ」

 ドアに二回ほど叩く。

「どうぞ」

 サチの応答があったので、ドアを引いて中に入る。
 部屋に入り、瞳に映していたのは、ベッドの上で毛布を被り、体育座りしていて微かに笑うサチの姿。
 その姿が思い出せそうにない“誰か”と被って見えていて、混乱しそうになった。

「……たく」

 私は平常になり、頭をかきながらサチの隣に座った。いつもならビクッと震えたり怯えたりするけど、今のサチは落ち着きすぎていた。

「……まったく、なに考えていんだよ」
「ごめんね、心配かけちゃって……」
「当たり前だ、バカ」
「ごめん」
「次したら、ぶん殴るからな」
「うん、わかった」

  私は、本当にサチを心配していたのか? 昨夜は兄が必ずサチを見つかると信じているから、また明日もサチがいることを確定していることを思い描いていたから、ケイタ達のように必死でサチを心配して探そうとしてなかった。なら、今言ったことも……嘘になるのか。
 なんだよ、それ……慰めも、心配も、嘘になるのかよ。
 自分の言葉に罪悪感を抱いてしまう。そのせいか沈黙を作ってしまう。それを打ち破ったのは、私ではなく、サチだった。

「ねぇ、キリカはさ……キリカは……私が一緒に逃げようって言ったらさ、付き合ってくれる?」
「……何から?」
「全部。全部、何もかも投げ出してどこか遠くへ逃げるの……」

 つまり、ギルドもモンスターも、この世界も逃げ出したいと言うことであっているのだろうか?
 ……なんて言えばいいのだろう。そんなことあんまり考えたことないから私にはわからない。私とサチは性格以前に気持ちの問題が違う。どうして全部逃げたいのか、私にはわからない。このソードアート・オンラインという世界に閉じ込められた私は、単純にゲームを遊ぶようにクリアを目指して戦ってきた。それで現実世界に帰れると思っていたから、ただひたすらに前に進んでいた。
 だから、サチが言ったこと考えたことない私は、そのままの言葉を口にするしかなかった。

「悪いけど、それは無理だ。逃げ出したいなら、その気持ちを持っている奴へ頼め」
「そう……だよね……」

 ごめんねとサチは小さく笑った。
 サチが言うことは本心か嘘かはわらないが、私は逃げ出すわけにはいかない。それはゲームクリアのこともあるけど、兄のこともそうだ。近くで見ないと危なっかしくて、周囲に壁を作る兄はいつか自分自身が崩壊する。そんな兄を私は見たくない、私が兄を守らなければいけないんだ。だって、そうだろ。
 
 壁を作っている兄自身が、崩壊したら誰が積み上げるの?

 誰が兄を支えるの?

 いないでしょ?
 
 だから、兄を置いて逃げるわけにはいかない。見捨てることはできない、絶対に。
 だけど、その気持ちはサチの気持ちを受け入れていないことになってしまう。

「私ね……なんでそんなこと言ったのは……死ぬのが怖いから、昨夜逃げ出したの……」

 だから、私はサチも守りたいと思った。今まで無理しても笑っていたサチが、恐怖で弱音を吐くサチを守りたかった。

「キリカ。何でこんなことになっちゃったの? 何でゲームから出られないの? 何でゲームなのに、本当に死ななきゃならないの? あの茅場って人は、こんなことして何の得があるの? こんなことに……何の意味があるの……?」

 サチの本音。誰もが思う、昨日までは平和だったのに一転した恐怖の世界。サチは死ぬことが恐いんだ。だから何もかも逃げ出して楽になりたいと、その気持ちはわからなくもない。私も、兄も、楽にはなりたい。

「…………質問は、せめて一つにしろよ」
「ごめん……」
「いや、謝らなくていい」

 死ぬのが怖い。レベルの数字が絶対的な力のゲームの世界、その世界で今は生きているけど、私は死ぬのが怖くなったことはない。武器を持って戦うことも、現実でゲームだと実感しつつ生きている。突然デスゲームが始まった日、茅場晶彦のやり方に理解できなかった人は多かった。
 なぜこんなことするのか、大規模なテロなのか?身代金目的の誘拐事件なのか? そうではなく、茅場晶彦の目的はこの世界こそが最終的な目的。ソードアート・オンラインの中で私達を生活させること。
 つまり我々は、たまたまソードアート・オンラインを買って『茅場晶彦の目的に巻き込まれた』不幸な人々と言うべきだろう。
 我々は被害者になってしまった。そのせいで目の前の女の子は恐怖を抱いているなのに、私はこの世界のことを悪くはないと思い始めている。
 それはなんて……救いようがないのだろうか。サチは何も悪いことはしてないのに、理不尽が許してはくれない。
 そんなサチに送る言葉は、思ったことを言うしかできない。

「…………サチが求める答えとは違うけど、いいのか?」
「それでも答えて……」

 結果的に傷つくだろうな。何もかも全部正しくても傷つき、それが嘘でも傷つく。いったい、どれを選択すれば、傷つけずに済むのだろう。そして答えが本当にあるのかな?

「私達は茅場晶彦の目的に巻き込まれた被害者みたいなもの。でも、この世界そのものが夢であるように、現実でもあると思う。私達はゲームの世界の実験動物みたいなもので、どう生きて死ぬか、喜び、悲しみ、怒り、楽しみ、苦しみなど味あわせることだけど、それは現実世界よりも生きることをより実感させるために、私達はやり場のない自由と理不尽さを与えられたのさ。なんせ、サチはこの世界から逃げたいと思っていて、私はこんな世界は嫌いじゃないと思っている」

 正直、茅場晶彦がわかりやすい悪で欲しかった。わかりやすいデスゲームで欲しかった。ソードアート・オンラインの中で『キリカ』として、現実世界と同じように考え悩みながら生きてきた。彼はいつの日か、終わりを望んでいるかもしれない。この世界の始まりがあるように終わりもまた……。でなければ、茅場晶彦は私達を永久に閉じ込めることも出来るから。
 だけど、終わってみればきっと…………寂しくなってしまうんだろうな。
 だって、この世界が嫌いではないから……。

「そっかぁ……私は望んでもいないのに、巻き込まれちゃったのか……」
「望んでもいないからこそ……巻き込まれたんだ」
「しかも、現実世界よりも生きているって、感じちゃうのか……」
「サチ……」

 この時、サチに全てを打ち明けるべきだった。数字が力のある世界では私と兄の本来の高いレベルを教えれば、少しの不安は剃られて、ささやかな安心を得られたかもしれない。
 けど、打ち明ければ、私が兄を守ると言う気持ちも、兄自身も裏切ることになる。
 私が勝手に偽って味方になったけども、私が離れたら兄の回りに誰がいるの?
 私は兄を守るんだ。裏切ることなんて、できるわけがない!

「サチ」

 私は……覚悟と言う本当の意味も知らず、とてもとても重くて薄い…………約束を告げてしまった。

「死にたくないなら……私が守る」

 言うだけはタダだ。

 だけど一度言ってしまえば、後戻りはできない。

「サチは、サチも含めた皆を……絶対に死なせない。安心しろ、私は……強いからな!」

 そんなの口約束でしかない。綺麗事しかない。

 十代の女の子にとっては重い、覚悟。

 十代の女の子にとっては重くて薄い言葉。

 そんなことを私は何も知らずに、ただただと、縛る言葉をかけた。

「……やっぱり双子なんだね。キリトも似たような言葉を言ってきたよ」
「うわぁ、ま、まじか……」

 なんで、兄も約束するんだよ、アホ……。
 深いため息をつくと、サチはこちらを見つめてクスッと小さく笑った。

「ありがとう……」

 どこか寂しそうに礼を告げたサチは、私の肩に頭を置いた。

「……あぁ」

 私は拒むことなく、包み込むように手を添えて口にした。

「必ず……現実世界へ帰らせる…………何があってもな」

 こうして私はサチに約束をした。本気で私はサチを守ろうと誓った。
 この日から、気持ちも生活も周りも変わっていった。
 なんと、サチが毎晩兄の部屋で寝ることになったのだ。必然的に兄は深夜稼ぎに出ることはなくなり、それに合わせ私も出ることはなくなった。それ自体は気にはしてなかった。
 もしかして恋の発展かと思い、サチに問い出してからかおうとしたけど、サチは否定をした。一緒に寝るだけで、互いに触れることも、恋の言葉を告げることも、見つめ合うこともないと……。
 そして兄は毎晩、サチの恐怖心に縛られないようにと重い約束を何回も告げていたこと。私はサチに負担にならないように、接する回数を増えて恐怖を和らぐように安心させた。それと同時に、責任を感じる兄も安心するように励ましをした。
もちろんギルドのみんなも、安心させるように自分なりのやり方で恐怖から遠ざけたようとした。
 その甲斐があってか、確信はないながらも大きな希望を抱けるようになってきた。
 いける。月夜の黒猫団はいつしか攻略組の中に入って活躍して、皆生きて現実世界へ帰れる。みんな笑顔で閉じ込められたゲームの世界の恐怖を打ち破り、笑顔で帰れると、思い込んでいた。
 そう思わないと、私と兄はやっていけないと思っていた。兄が攻略組ではない、ギルドに入ったのは手に入れない物を手に入れるためにレベルを偽って入った。それは入った瞬間に持ち続けるものであり、嘘がバレたら消滅するようなもの。周囲に壁を作る兄が、みんなを平気で騙すような人ではない。逃れない罪悪感を抱いているくらいすぐにわかった。だから私は、そんな傷ついてしまった兄を守るために私も入った。
 そこは居心地が良いものであり、兄が抱いていた罪悪感も共感できた。その罪悪感を消す方法を私達は見つけた。それが合っているのかはわからないけど、サチを、『月夜の黒猫団』のメンバーを守り続けることが罪悪感を逃れる一つの方法であった。
 その時思ったのは、やっぱり騙すことが辛いからそれを別のことで許しを欲しがっているのに過ぎないんじゃないかと、それでも私には守りたいものが増えたから正しい、間違えはともかく、それが私が望む行動だと思っていた。
 私と兄はサチ、ケイタ、テツオ、ササマル ダッカーの五人と一緒にこの世界からの脱出を、
 
 私は願っていた。

 だけど、私達にそんな王道や、奇跡な道のりなんて用意してくれなかった。

 あるいは、偽り続けた私達が『月夜の黒猫団』と言う、光の輪に入った罰を下されたんだ。



 私達が大きく変わった日のこと、ケイタはついに目標額に達したギルド資金の全額を持って、ギルドハウス向けの小さな一軒家を売り出していた不動産仲介プレイヤーの元に出かけていた。

「買ったのはいいけどよ……ほとんど金残ってねぇじゃねぇかよ」
「それだけ高かったってことだろ」
「たくもう……よし、兄、なんか一発芸やって前の金額の二倍稼いでこいよ」
「無茶苦茶だな。つか、お前が色仕掛けで稼いでこいよ」
「無理だよ、キリト。キリカはいくら美少女でも口とか性格で全部台無しだよ」
「それもそうだな」
「てめぇら……少し言葉選びやがれよ。私だって本気でやれば元の金額の二倍、五倍は稼げるよ!!」
「えー、無理だよ」
「サチまで私の敵なのかよ! 応援しろよ! 女の子同士!」
「う~ん、キリカって……男っぽいんだよね」
「「だな」」
「同感」
「紅一点ならやっぱりサチだな」
「お前らぁ~――――っ!!」

 共通アイテム|(らん)のコル残額を眺めながら私をからかって笑って、くだらないことを駄弁っていた。
 ゲームの世界で閉じ込められ、HPがゼロになれば現実世界と変わらず死ぬ恐怖があるものの、私達は笑っていられた。
 宿屋でケイタの帰りを待っていたが、お金の話の流れになって私は…………思いついてしまった。

「あ、そうだ。ケイタが帰ってくるまでに、迷宮区でちょっと金を稼いで新しい家具とか揃えてドッキリさせようぜ!」
「お、たまにはいいこと思いつくじゃねぇか」
「うっせ」

 流れに乗って、ケイタを除いた私達六人は、それまで行ったことなかった最前線から|(わず)か三層下の迷宮区に向かうことになった。そこは稼ぎがいいがトラップ多発地帯であり、本来なら警戒すべきはずだった。
 はずだったのにも関わらず、私はただ単純にそのことを考えてはおらず、油断してしまった。私自身が緩んでしまった。
 迷宮区では、レベル的に安全圏内だったため順調な狩りが続き、思いのほか早く一時間ほどで目標額を稼ぎ上げた。

「案外早く終わったな。そろそろ帰ろうぜ」
「そうだな」

 さっさと戻って買い物をして驚かせよう。私達は成功したんだと、思っていた矢先に見つけてしまった。
 それはRPGによくある宝箱。宝箱と言う…………パンドラの箱。

「なぁキリカ、それは見逃そうぜ」
「え? なんでさ」

 私はたまたま見つけたら、ついでに頂こうと言う単純な理由だった。他のメンバーも頂こうとした中、兄とサチは反対を主張した。

「バカ言ってんじゃねぇよ。アホ」
「それは何となくやばそうなんだよ……」
「トラップっていうやつか? 心配しなくてもいいんじゃないのか? もしものことがあったら、転移結晶で脱出すればいいだろ」

 後から知れば、この層からトラップのレベルが上がっていること、だから警戒するべきことだった。兄はそれを言うべきであったが言えなかった。理由は兄が言うことで、本来のレベルがバレてしまうからだ。
 私が兄の主張を聞かなかったことは裏切りと同じ。味方になるって言いながらも私は気持ちを、兄を裏切ってしまった。

「キリカ、やめようよ」
「大丈夫だってサチ」
「でも……」
「何が来ても、守ってやるよ」
「うん……」

 ナニガマモッテヤルヨ……だよ。

 ジブンガダレカヲマモレルホド、ツヨイッテカンチガイシテイルンダ。
 
 結局、私を含めた四人の主張により宝箱を多数決で開けることになった。
 悪魔の宝箱と知らず、けして開けてはいけないパンドラの箱だと知らずに……。
 宝箱のトラップは最悪中の最悪なトラップ、アラームトラップだった。けたたましく鳴り響き、三つあった部屋の入り口から怒涛のようにモンスターが押し寄せてきた。
 そんな時になっても私はどこか冷静だった。緊急転移で逃げられると…………思っていたから。
 勝手に思っていたから、強がることができたんだと……どこまでも愚かな自分だと気づかずに。

「なんで……なんで作動しないんだよ! まさか壊れたのか!?」

 転移結晶が作動しないのだ。何度、何度も叫んでも作動しない。そして兄は終わりを告げるように、冷酷で残酷な言葉を叫んだ。

「まさか……結晶無効化空間!?」

 罠は二重に仕掛けられていて、兄の叫びはどん底を突き落とされた気分だった。

「うぁぁぁぁぁっ!!」
「やめてくれぇぇぇっ!!」

 響く悲鳴は仲間の声。

「いや、でも……あ……」

 次々と人体はポリゴンの欠片となって天井へ舞い上がる、仲間の死。
 それを見て、視界が定まらなくなっていき、急激に体温が冷えていく気持ち悪さが流れ込んだ。

「ち、……う……ちが…」

 目の前が真っ暗になった。

 ナニモキコエナイ。

 ナニモミエナイ。

 ナニモニオワナイ。

 ナニモカンジナイ。

 ナニモ、

 ナニモノコサレテイナイ。

 私が、

 ミンナヲコロシタ?



「あれ……こ、ここは……?」

 気がついたら、私は別の部屋にいた。先ほど湧き出るモンスターが嘘のように存在しなかった。

「さち…………あ、あに……? みんな、どこ、どこにいるの…………?」

 ……夢……だった…………?
 悪い……夢……だった…………の?
 …………。

 違う。
 
 現実だ。

「…………そうだ、私は…………っ」

 思考の歯車が徐々に動かし始め、自然と落ち着きた頃には涙と変わり、思い出してしまった。

「私…………に、げ……逃げた……み、皆を残して………逃げた……逃げたっ!!」

 思い出したことは、逃げたことだった。
 皆を置いて、一人だけ、あの部屋から遠く彼方へと無我夢中に逃げた。
 皆に恐怖を引き出した本人が誰も守らず、自分だけが生き残りたいように見捨て逃げた。
 つまりそれは……。

「っ!」

 諦めが悪く、私は皆が生きていると言う希望を抱いてあの部屋へと走り出した。だが虚しくも、あの部屋には誰一人もいなかった。
 それでも私は希望を抱いていた。いや無理矢理、希望を持たせていた。持たないと後悔の罪と言う、闇に落とされ負けるのが怖かったから、絶望を知ることに耐えられないのが怖かったから、自分が仲間を殺したという事実を決定づけたくはなかった。
 真実をねじ曲げて、夢であって欲しいと、なかったことにしないと、押し潰れそうで怖かった。
 でも、どんなに真実をねじ曲げても結果は変わらない。
 都合のいい夢もまた夢また|(うつつ)、夢は夢、現実は現実でしかない。
 都合良く、夢にすることなんて絶対にできないんだ。
 ケイタが待つ宿屋の前に立っていたのは、棒のように立ち尽くす兄の姿だった。

「あに……」
「キリカ、か……」
「…………うん」
「無事……だったんだな。良かった……」

 兄は生きていた。だけど様子がおかしなことくらい、すぐにわかった。言わなくても目を見なくても言葉で全てをわからせてしまった。

「……キリカ」
「言わなくていい……わかってる、全部とは言わないけど……わかっているわ」

 生き残ったのは、レベルを偽っていた双子の兄妹。
 サチも含めた四人のメンバーはモンスターにやられてしまった。そして兄から告げられたものはケイタの投身自殺だった。
 たった数時間の間に、守るべき月夜の黒猫団はなくなってしまった。

「兄、なんで、ケイタは……自殺したの……?」
「…………」

 兄は何も言わなかった。それが何を意味するのかはわからないが、良い言葉では絶対ないことはわかった。
 私はバカだ。ケイタが自殺した理由……正解じゃなくても、私達が原因なのは明確にされているようなものだ。
 
「……何だ、何だよ、それ………数時間の出来事で皆死ぬなんて……さっきまで笑っていたのに、落差激しいよ……」
「……そうだな」
「私…………こんなはずじゃなかった、私はケイタを喜ばせようとしただけなのに……」
「…………」

 なんで、
 なんで……なんで、 
 なんでっ!

「なんでこんな結末になっちゃうんだよ!!」

 …………私が迷宮区に行こって、稼ぎ行こうって言ったから。

 …………私が宝箱を見つけてしまったから。

 …………私が兄を信じないから。

 …………私が逃げてしまったから。

 …………私が約束を破ったから。

 死んだ。

 みんな死んでしまった。

 全部、全部私のせいだ。

 私のせいで、ケイタを、テツオを、ササマルを、ダッカーを、サチを……。

 殺した。

 殺したのは紛れもなく、

 私だ。

 兄は……怒っているよね。当然、よね。私が皆を殺したんだから、私の行動が元凶なんだ。殺したいほど憎んで怒っているに違いない。
 誰よりも生を求めたサチが死んで、ただ逃げて生き残る私が生きていいわけない。
 だから……私を殺していいから、思う存分、私を斬り殺していいよ。
 メニューウインドウを操作し、兄にデュエルメッセージを送った。兄が私を殺すには『全損決着モード』これはお互いのHPバーを0にすることが出来る。つまりHPバーが無くなれば、この世から消える。
 今の状況にピッタリなデュエルだ。
 兄は顔を見せずにデュエルは受諾する。オプションは『全損決着モード』
 そう、兄は私を憎く怒り殺したいに決まっている。私のせいで全てを失った。
 それなのに私が生きているのはおかしいんだ。
 私はここにいちゃいけない存在。全てを壊した私が生きたところで何も意味は見出せない。
 カウントダウンが迫り、兄妹の間の空間に『DUEL』の文字が弾いた。
 私は武器を構える必要がない。ここで兄に殺されて死ぬんだから。私はここにいていいわけないから、武器を持って、死を拒否することは許されない。

 それなのに…………なんで。なんで、兄も……私と同じように武器を構えないの? どうして、私を殺そうとしないの?
 なんで?
 
 なんで!?

 私は兄のことが理解出来なかった。
 殺したいほど憎んでいるんじゃないのかと思っていたから、兄が何もしないことに意味がわからなかった。
 思っていたことが描けず、苛立ちを覚え始めた時、兄が震えるような声で……。

「ごめんな」

 謝った。

「サチを、みんなを、キリカを守れなくて…………ごめん……」

 謝ってきたのだ。

 憎いはずの私に与えたのは、謝罪の言葉だった。

「は……なにを……」
「あの時、俺がもっと強く言っていれば守れた」
「いや、なにを……?」
「俺が、もっとしっかりしていれば生き残れたんだ」
「な、なんであやまっているの?」
「早く告げるべきだったんだ」
「あ、兄が謝る必要がどこにあるの? サチやケイタを死なせたのは、殺したのは兄じゃないでしょ? 全ての元凶は私なのよ!」

 なのに、
 なんでっ。

「キリカ…………俺を」

 どうして、どうして、そんなこと私に言おうとするの!?

 怒ってよ!

 憎んでよ!

 恨めよ!

 殺してよ!

「俺を殺してくれ。憎いんだろ? 怒っているんだろ? 恨んでいるだろ? 殺したいだろ? だから…………好きにしていいよ」

 どうして、私に望まない言葉を告げるのよ!

「キリカ、こんな兄で……ごめんな」

 兄の言葉は、私に苛立ちを覚えてしまった。望まない兄の発言にして、憎く怒りが込み上げてしまった。

「なんだよ…………なんだよ、それはよ、ふざけるなよ!!」

 力強く右手の拳で地面に叩きつけるように殴りかかった。
 一度、苛立ちを覚えてしまった私に冷静になることは無理に等しい。私は感情をむき出しに殴り続けた。

「なんで、なんでそんな言葉が出てくるんだよ!」

 攻撃しているのは私なのに、体が痛くて……心が痛くて……苦しかった。
 それもそのはずだった。兄がこんなことを言いだすのは、元々私が原因なんだから。
 私のせいで、兄は言わなくていいことを言ってしまう原因に繋がってしまったんだ。

「恨めよ!」

 一発。

「怒れよ!」

 一発。

「憎めよ!」

 一発。

「殺せよ!」

 イッパツ。

「サチ達を殺したのはキリカだって!」

 いっぱつ。

「全ての元凶はキリカだって!」

 いっ……ぱつ……っ。

「キリカが逃げたせいでサチ達は死んだって、言えよ! 言ってよ!」

 一発、
 一発、
 一発。
 殴る度に視界がボヤけて、兄の顔が見られなくなっていても涙混じりの叫び声と共に、殴り続けることを止めなかった。止めようとも考えなかった。何も考えられなかった。

「兄が謝るなよ! なんで謝るの!? 謝る必要も殺して欲しい理由もないでしょ! 訂正しなさいよ! 俺はお前が憎いから殺すって! 俺は……っ、お前を許せない、ってさぁ…………言ってよぉ、ねぇ……なんでぇ……」




「なんで兄が私の罪を背負うんだよ!!」




 兄は何も言わなかった。何も反論せず、ただ理不尽な怒りを受けていた。
 こんなことをしたところで、何もかもが戻ってくるわけじゃないんだと冷静になった自分が憎いと思った。自分を殺したところで、兄が死んだところで、サチ達が戻ってこない。
 どちらが自分の罪を背負ったまま死んでも、何も意味はない。変に冷静になった私は『降参』と発生してデュエルは終了させた。
 止まらない涙を拭いた。でも、涙は止まらない。悲しくて、殴る手は止まっても涙は流れ続ける。
 私は立ち上がり、気力も覇気もない、倒れている兄……キリトに別れの言葉を告げた。

「さよなら…………“キリト”」
「…………あぁ」
「……ごめんなさい」

 私は兄から離れる。後ろを向かず遠い彼方へと、どこに向かうわけでもなく歩き去った。



 第一層『はじまりの街』
 私は…………キリトから背を向けたまま、一層へ降りてやって来ていた。
 意思を持ってやって来たのではなくて、黒鉄宮にある『生命の()』と言う墓へ招かれるように足を運んだ。
 本来は、HPバーが0になってしまえばここへ蘇生されるはずが、今やプレイヤーの生死が確認できる、一万人のHNが刻まれた巨大な墓場。
 私はまだ夢だと悪あがきをしていた。でも、結局のところ何もなかったことにするなんて、夢の話であったんだ。

「あっ…………」

 生命の碑にはケイタやサチ、月夜の黒猫団のメンバーの名前に横線が刻まれている。
 これを意味すること即ち他界したことを意味する証である。
 
「何が…………何が守ってやるだよ」

 これが悪あがきもできない、夢にすることもできない真実。

「何も……守れなかったじゃないか……」

 皆を見捨て、誰も守ろうとはせずに逃げた。
 兄の味方なのに、私は兄の気持ちを裏切ってしまった。その結果がサチ達を殺してしまい、兄を悲しませた。
 サチと約束をした。守るって約束したのに、私はサチを…………見捨てた。
 私は強くなんてなかった。
 何もわかっていない、単なる強がりでしかなかった。その強さは何も果たすことなく、人を殺した。私は最低なクズだ、
 この世界はゲームであって遊びじゃない、私は心の底は軽視していた。なんとかなるんじゃないかと軽く思い込んでいた。
 自分の弱さと軽視が、サチ達を置いて逃げて殺してしまったんだ。

 本当の覚悟も恐怖も知らなかった。

 私の言葉なんて薄っぺらにすぎない。その薄っぺらな言葉をサチは……信じていたんだ。強がりでしかない私を純粋に信じていたんだ。

「う、うわぁ……あ、あ……」

 もう…………いないんだ。

「あぁ……ああ、あぁ……」

 私のせいでいないんだ。

「ああぁ……ああ……っ」

 私のせいで、永遠にサチの言葉を聞くことも出来ないんだ!!

「うわぁ……あぁ…………ああぁああああぁぁぁああああああああぁぁあああああぁぁああぁぁっ!!!!」

 泣き叫んでも、どれだけ泣いてもサチは戻って来ない。この世界での消滅が死を意味するものならば、サチは永遠に戻って来ない。

「ごめんなさいっ、ごめん、ごめんなさいっ!! 私のせいでっ、ごめんなさいっ、ごめんなさい!」

 死の重さ。
 恐怖によって仲間を見捨てた重さ。
 強がりでしかなかった自分の失態による、仲間の死。あらゆる重さに堪えきれずにただ生命の碑にすがり、涙が枯れるまでサチ達に謝罪しながら泣きじゃくった。
 この日、私は強がりでしかなかった自分自身を嫌うようになった。そして、何も守れずに逃げてしまった自分自身が恐怖に囚われてしまったのも事実。苦しみが私への罰だと無意識に受け入れた。

 ダレカ
 私はこの日

 ワタシヲ
 自分という優先順位を

 タスケテ。
 捨て、意味のある死を求めた。 
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