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久遠の神話

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第九十三話 炎の選択その十

「脚気菌がある筈だって必死に探してたんだよ」
「ですが脚気は」
「伝染病じゃないだろ」
「はい」
 聡美がいま自分で言った通り脚気は細菌からなる伝染病ではない、食生活つまり栄養不足からなる病気である。
 だが森鴎外、本名森林太郎はあくまで脚気菌を探してその結果どうなったかというと。
「海軍の方で食生活が原因ってわかってても認めなくてな」
「ではその間は」
「ああ、よりによって陸軍軍医総監だったからな」
 陸軍の軍医の頂点に立っていた、だからだったというのだ。
「それでな」
「陸軍はですか」
「陸軍のトップが遂に切れて麦飯を入れるまで脚気が続いたんだよ」
 当時の陸軍の首脳だった山縣有朋や桂太郎達がだ。軍全体を預かる彼等にしてみれば将兵が無駄に脚気で死ぬことはたまったことではない。
 だからいい加減森に見切りをつけたのだ、それでなのだ。
「その間、鴎外さんが権威だったからな」
「中々、ですか」
「反論出来る人がいなかったんだよ」
「その陸軍の上層部の人達は」
「言っても聞かなかったみたいだな」
「権威だからですね」
「そうなんだよ、だから権威ってのはな」
 これはだ、どうかというのだ。
「厄介なんだよ」
「そしてその権威にですね」
「日本の知識人は今でもな」
「弱いのですね」
「知識人が一番弱いな」
 そのだ、権威にだというのだ。
「どうにもな」
「そしてお兄様がですね」
「その権威ならな」
 ドイツ医学、そこの人間ならというのだ。
「まあ問題ないな」
「何か言われることはですか」
「ましてや病院は八条病院だろ」
「はい、そうです」
「それだったらな」
「何かを言われることはですか」
「ないだろうな」
 それは大丈夫だというのだ。
「お医者さんの世界はとりわけ権威主義だしな」
「何か。そのお話を聞いていますと」
 どうかとだ、聡美は不安な顔になり中田に述べた。
「日本の医学界が怖くなります」
「まともかどうかか」
「はい、かなり」
「まあな、それはな」
「否定出来ませんか」
「実際そうだからな」
 権威主義がかなり強いからだというのだ、日本の医学界は。
「白い巨塔とかな」
「白い巨塔?」
「ああ、ドラマだよ」
 中田はそう聞いてもいぶかしむだけになった聡美に詳しいことを話すことにした、その白い巨塔という言葉について。
「ドラマのタイトルだよ」
「日本のドラマですか」
「小説をドラマ化したやつでさ」
「そのドラマが日本の医学界を描いているのですね」
「そうなんだよ、まあ日本の医学界はさ」
「問題が多いのですね」
「何かとな」 
 このことはこのドラマだけでなく手塚治虫のブラックジャックでも描かれている。日本の医学界も問題があるのだ。
「今も権威主義なんだよ」
「それが今もだからこそ」
「ドイツ医学界の権威ってだけでな」
「日本の医師の方々はですね」
「言うことを聞いてくれるよ。まあ八条病院は比較的権威が弱いみたいだけれどな」
「その病院によって権威の度合いが違いますか」
「みたいだな、どうも」
 これは一流大学になればなる程強いだろうか。 
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