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久遠の神話

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第九十三話 炎の選択その九

「あの人からな」
「その人は確か」
「作家だったよ、けれど医者でもあったんだよ」
「それは知りませんでした」
「ああ、日本人でも今ではな」
 あまり知られていないことだというのだ。
「それでも医者でも有名だったんだよ」
「その人とドイツがどういう関係が」
「森鴎外さんは当時医学の最先進国だったドイツに留学したんだよ」
 そしてドイツ医学を学んできてそこで名声を博したのである、そしてそのうえで多くのものを得たのである。
「コッホに学んでな」
「コッホについては知っていますが」
「細菌学の権威だっただろ」
「あの人に学びですか」
「日本に戻ってきて医学の権威になったんだよ」
「そしてその頃からですか」
「ドイツ医学が権威になったんだよ」
「成程な、その頃からですか」
「ただな」
 ここでだ、また言うのは。
「その権威ってのがな」
「それがですか」
「案外曲者なんだよ」
 そうなっているというのだ。
「権威があればそれが正しい、一番だって思うだろ」
「そうですね、どうしても」
 聡美も権威についてはだ、中田の言葉に対して頷くのだった。
「私達にしましても」
「神様でもか」
「私達は人間と同じですから」 
 その性格がだとだ、聡美は中田に微笑んで答えた。
「ですから権威にもです」
「弱かったりするのか」
「そうした面からもよく人間的と言われます」
「幾ら何でも人間的過ぎないか?」
 中田は聡美の今の言葉に苦笑して返した。
「権威に負けるとかは」
「ですがどうしても」
「ブランドとかにも弱いか」
「ここだけのお話ですが。お兄様も」
 アポロン、彼女の兄のこの神、つまりこれから中田の家族を助けることになるその神もだというのである。
「ブランド品がお好きで」
「じゃあ服とかもか」
「イタリアのものを好まれます」
「本格的だな、それは」
「車は日本のものを」
 つまり今彼等がいるこの国のものをだというのだ。
「好まれます」
「ブランド好きの神様か」
「そうしたものですのね」
「一緒なんだな」
「はい、人間と」
 そうなるというのだ。
「私にしましてもそうしたところはありますし」
「何か神様って気がしないところがあるな」
「そう思われますね」
「どうにもな」
 中田はその笑みのまま聡美に答える。
「そう思うな」
「それでなのですが。その権威は」
「ああ、森鴎外さんが権威だったんだよ」
 明治の頃の日本医学界はそうだったというのだ。
「それでその頃脚気が日本の国民病になってたんだよ」
「脚気ですか」
「知ってるよな、この病気は」
「はい、ビタミンBの不足でなる病気ですね」
「足がむくんで身体がだるくなって下手をしたら死ぬな」
「そうした病気でしたね」
「それで鴎外さんもその病気を何とかしようとしてな」
 このことは医師として当然のことである、そうした意味で彼には医師としての良心があった。だがそれでもだった。 
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