碁神
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期末後の朗報。
「ふぅ……」
期末テストの返却が全て終了した。
教室から職員室に戻りながらも、つい顔がニヤついてしまう。
各学年の平均点は全て70点以上。
上々の出来だ。
子ども達の歓声がまだ耳に残っている。
みんな、よく頑張ったなぁ……。
この期末テストと中間の点数、それに平常点を足して子ども達の成績をつける。 俺はテストで子ども 達に成績をつけるというやり方が好きでは無いが、この結果ならどの子にも良い成績がつけられそうで良かった。
俺の持論だが、子ども達のテストの点が悪いのは子ども達が怠けたからではなく、教師の教え方が悪いからだと思うのだ。
俺達教師の仕事は子ども達に勉強を教えること。
テストの点がとれないということは、教師サイドがちゃんと教えられなかった、仕事を全うしていないということだ。
それなのに、テストの点で子ども達の評価をつけるなんて可笑しいじゃないか。
点数が取れないのを子どものせいにしないで、どうすれば分かって貰えるか試行錯誤していくのが俺達の仕事なんじゃないのか。
勉強が苦手だと思っている子だって、授業の内容が分かれば面白くなるし、面白くなればやる気だって出るんだ!
「あ、椎名先生」
「っと、教頭先生。 何でしょう?」
教頭先生に呼び止められ、慌てて立ち止まる。
脳内でついヒートアップしてしまい、周りが目に入らなくなっていた。
集中すると周りが見えなくなるのは昔からの悪い癖だ。
気をつけないと。
「期末テスト、国語は皆良い出来だったようですね。 生徒達が椎名先生の教え方は分かりやすいと言っていましたよ」
「あはは、ありがとうございます。 でも、テストの結果は子ども達が頑張った結果ですよ」
「いやいや、たまに残って補習授業もしてるでしょう。 先生もよく頑張ってると思いますよ。 ……と、いうわけで、そんな先生に朗報です」
「朗報?」
「ええ、実は先ほど、囲碁のプロ棋士からうちの囲碁部に指導しにきたいという電話があったんですよ。 ええと、名前は香坂美鶴さんと――」
「香坂美鶴ぅうう!?」
「おや? ご存知ですか?」
驚きすぎて素っ頓狂な声が出てしまった。
コホンと一つ咳払いをしてどうやら知らないらしい教頭先生に説明をする。
「香坂美鶴と言えば、タイトルホルダーですよ! 中学生でプロデビューして、数年後にはタイトルとった人です! ええと、今は確か十段と碁聖の二冠だったかな?」
「ほぉー。 囲碁のことはよく知らないですが、凄い人のようですねぇ。 詳しいようですが、ファンですか?」
「いやー、私は彼の父親のファンなんですが、やはりタイトルホルダーにもなると有名になりますから……とにかく、そんな凄い人が何故うちの囲碁部に?」
「以前から小中学校の囲碁部でボランティアをしていたらしいですよ。 うちは新しい囲碁部ですが、大会でそこそこ良いところまで行った生徒がいましたからねぇ。 それで気になったとか。 仕事の関係で来週の木曜日以外は来られないそうですが、では、承諾ということで良いですね?」
「もちろん! 子ども達も喜びますよ!」
教頭先生はウンウンと頷き、「それじゃあ連絡しときますからね。 よろしくお願いしますよ」と言って去っていった。
香坂美鶴は史上最強と謳われる香坂砕臥の息子で、確か俺と同い年だ。
先ほどは教頭先生に対して偉そうに語ってしまったが、実は香坂美鶴のことを俺は良く知らない。
囲碁のことに関してだけは少々負けず嫌いなところのある俺は、同い年であるにも関わらず棋界でトップ争いをする彼のことを何となく避けていたのだ。
両親共に棋士のサラブレッドで、生まれた時から囲碁を打つ環境が整っていただろう彼。
俺が憧れる香坂砕臥先生の教えだって存分に受けられただろう。
不満があるわけでは無いが、周りに囲碁を知る人が誰もいなくて独学で学ぶしか無かった俺と大違いだ。
しかも囲碁新聞の『週刊碁』に載っていた写真を見たことがあったが、……イケメンだった。
女の子にもモテるだろうな……ちくしょう……羨ましくないぞ……。
しかし、彼が小中学生相手にそんなボランティア活動をしていたとは知らなかった。
今まで勝手な理由で避けていたとは言え、タイトルをとる程の棋士なのだから素晴らしい腕前なのは間違いない。
直接プロ棋士の碁を見るのは初めてだし、今からわくわくしてきた。
子ども達も、棋界のことに詳しい子もいるし喜ぶだろう。 女子部員はイケメンってだけで喜びそうだな。
子ども達の喜ぶ顔を思い浮かべると頬が緩む。
今日はもう金曜日で部活は無いから、知らせるのは来週の火曜日になるか。
来週が楽しみだ。
● ○ ●
Mituru:Si-Naが対局を申し込んでくるなんて珍しいな。
対局申し込みしたのは数年ぶりだ。
勿論勝利して、対局後のチャットタイムである。
Si-Na:ふふん♪ 今日はちょっとMituruと打ちたい気分だったんだ。
Mituru:ほぉ? 俺としては嬉しいが、何か良いことでもあったのか?
Si-Na:実はうちの囲碁部にプロ棋士が指導にきてくれることになったんだ! プロに直接会うのは初めてだし、子ども達も喜ぶだろうし、今から楽しみだよ♪
Mituru:それは良かったな。 プロ棋士って誰がくるんだ?
Si-Na:黙秘します。
Mituru:む、何故だ?
Si-Na:いや、だってMituruも一応プロなんだろ? 誰が来るか話したら身元が割れるじゃないか。
Mituru:……チッ
Si-Na:舌打ちすんなww やっぱそれが狙いか!ww
Mituru:冗談だ。 この間反省したって言っただろう? それに、もう必要無いかもしれないしな。
Si-Na:ん? 何が?
Mituru:いや、こっちの話だ。 それじゃあ明日早くから仕事入ってるからもう落ちるな。
Si-Na:おー。 土曜日まで大変だな。 お疲れ!
Mituru:ああ。 またな。
《 announce:Mituruさんが退室しました。 》
さて、俺は明日休みだし、もう少し打とうかな。
香坂美鶴は俺とも打ってくれるだろうか。 でも子ども達の前で負けるのは何となく嫌だなぁ。
個人的にってなるとお金も掛かるだろうし、難しいだろうな。
タイトルホルダーに指導碁頼むとか、一体いくら掛かることやら。
あ、でも結構貯まってるし案外いけるかも。
そんなことを考えながら、次の対局者を選び、碁を打つ。
――この日が今年最後の平穏な金曜日となることを俺はまだ知らない。
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