東方攻勢録
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第六話
妖怪の中では非常に凶悪な力を持つ花の妖怪を前にして、革命軍は若干後ずさりをしていた。
もちろん、幽香にとっては知ったことではない。自身の実力を一番熟知している本人にとっては、いつも通りのことだ。だからといって、見逃すわけでもない。今はやるべきことをやるだけだ。
「どうしたの? 攻撃しないのかしら?」
「くっそおおお!!」
一人の兵士が発砲を始めると同時に、一斉射撃が幽香に向けて行われた。
だが、幽香はまったく動じようとしない。そのまま左手を前にかざすと、一瞬で無数の弾幕を作り出し、高密度を保ったまま放ち始めた。
弾幕は兵士たちが発砲した鉛玉を溶かしながら前に進んでいく。ぱっとみただけでは、弾幕が鉛玉を吸収しているみたいだ。
「ひっ!」
数名の兵士達は発砲をやめて逃げ始めている。マガジンの中身もなくなり、リロードをする暇なんかもない。
だが、弾幕は兵士達に当たることなく、目の前でスゥっと消えていった。
「……」
あまりにも不自然な行動に、兵士達の思考はとまってしまった。そんな彼らを見ながら、幽香はまた奇妙な笑みを浮かべていた。
「今のは警告よ?それでも……戦うというのかしら?」
「……今の我々に……撤退の命令は下されていない! なにがあっても戦うだけだ!」
「……そう」
幽香がそういった瞬間、兵士達の背後で何かが動き始める。
振り向くと、そこには太陽の畑を思い浮かべるような背の高い向日葵たちが、まるで兵士達を逃がさないかのように埋め尽くしていた。
「……っ!」
「逃げないならこうしても問題はないわね?」
「くそがああ!!」
一人の兵士はそう言って銃をかまえる。
だが、彼はまだ気づいてはいなかった。
目の前の妖怪は、すでに背後に回りこんできていたことに……
発砲音よりも先に、兵士が吹き飛ぶ姿が回りのものたちには見えていた。もちろん何が起こったかなんて理解していない。
彼らがそれに気づくのは、彼女が声を発してからだった。
「あらあら……ちょっと出しすぎちゃったかしら?」
「!?」
今の発言で、すべての兵士の視線が彼女に向けられた。もちろん、幽香はそれに動じようとはせず、すまし顔で彼らをみている。
化け物……いまさらでもあったが、その言葉が彼らの頭をよぎった。
「やっぱり5割でもこれくらいの差がでるのね」
「今のが……実力の半分……?」
「あなたたち名だけでも兵士なんでしょう? それに外の世界ではそれなりに優秀な……」
「……」
「それなのに本気かどうかも見抜けないなんて……まるで束でかかってくる雑魚妖怪……山賊みたいなものね」
幽香は坦々と兵士達をあおっていく。だがどれもこれも正論ばかりだ。言い返せる人間がいるわけでもない。
そんな中、幽香はある人物を視界に捕らえていた。
(やっぱり……思考を止めたのは正解ね。あの子を下げようとはしない)
幽香の視界に入っていた少女は、逃げることなくその場でおどおどしていた。もちろんそばにいた兵士も、思考が止まっていて少女を連れて逃げようとはしていない。
あとは映姫の到着を待つだけだ。
(にしても……やっぱりあの少女見たことあるわね……あの髪飾りといい……っと、今はそんなことを考えてる場合じゃないわね)
幽香は日傘を閉じると、先端を兵士たちに向ける。それに気づいた兵士達は、なにかをさとったのか回避行動をとり始めていた。
「遅い」
幽香がそうつぶやくと同時に極太のレーザーが先端から飛び出していく。着弾とともに土煙と数人の兵士が吹き飛ばされていった。
あまりの威力に、ほかの兵士達はぽかんとしている。
「基礎ができてないわね。もちろんそっちの世界での基礎はできてるのでしょうけど。まあ、やり方しだいでなんとでもなるものね」
「全員射撃開始!! 攻撃をやめるな、やられるだけだぞ!!」
掛け声とともに幽香に対する攻撃が始まる。しかし数人は恐怖心にかられて攻撃してきそうにない。
幽香は最初と同じように弾幕で鉛玉を裁いていった。
「こい小娘!」
「はぅっ」
奥で呆気に取られていた兵士は、思考を取り戻すと少女を引っ張り花畑の外へ出ようとする。
幽香もそれを確認していたが、兵士達の粘り強い抵抗せいで手を出せそうにない。だが、彼女の顔にあせりの色はなかった。
(そろそろかしらね)
幽香が兵士達の背後に花畑を出したころ、映姫も兵士達の背後に回っていた。
「助かりましたね……これで気づけずに近づける」
実は数分前に映姫はこの場所に来ていたのだが、建物の影から少女までの距離が遠すぎたため、行動できずにいた。
しかし、ちょうどいいタイミングで幽香が向日葵の花畑を発生させた。背の高い向日葵のおかげで中にいる人間は外の状況を把握できない。それに反対側は勇儀とヤマメが制圧し始めているため、こちらを見ている余裕はない。
どうやら幽香が機転を利かせ行ったようだ。
「さてと……」
映姫は物陰から飛び出し、さっきまで少女が見えていたところに向けて走り始める。
向日葵のすぐそばまで来た瞬間、映姫の耳にある声が飛び込んできた。
「こい小娘!」
「はぅっ」
兵士の声と少女の声がかすかに聞こえた。声の主は気配からこっちに向かってきているらしい。
「いいタイミング」
映姫は少し微笑んだ後、コホンと咳払いをして向日葵を掻き分けながら中に入っていった。
「どうかしましたか?」
「えっ……!?」
向日葵を掻き分けて出ようとした男は、向日葵達の間にいる閻魔を見た瞬間止まってしまった。
「その子を放してもらいますよ!」
「ごふっ!?」
映姫は男に数発の弾をぶち込み、遠くへと吹き飛ばした。
「大丈夫ですか?」
「え……ふぇっ……?」
やさしく声をかけた映姫だったが、少女は少し気が動転しているのだろうかしゃべろうとはしない。
だが、少し安心したのだろうか、映姫の目をきちんと見ていた。
「なっ……なんだ!?」
今の攻撃で戦闘をしていた兵士達も、背後で起こった出来事に気づき始めた。
映姫は少女を自身の背後に回すと、悔悟の棒を持って兵士たちをにらんだ。
「さて……少し説教といきましょうか」
その言葉のせいで悪寒が走ったのか、兵士達は身震いをしていた。
地上で映姫達が交戦を始めたころ、地霊殿の地下でも戦闘が始まろうとしていた。
「……」
制御棒をつけた妖怪は、何もしゃべることなくこちらを見ている。
「……お空?」
こいしは妖怪を見ながらそう呟いた。
今俊司たちの目の前にいるのは、地獄鴉であり八咫烏である妖怪『霊烏路空』そのものだった。制御棒をこちらにむけているのを見ると、何があったか言うまでもない。
「これは……やばいねぇ」
「逃げ道なし。それに……この空間で核融合の攻撃となると……」
捕虜を収容していた部屋ということもあって、部屋自体はかなり広い。だが、お空の攻撃は広範囲かつ強力すぎる。
それに捕虜の関係もあって逃げ場が多いとは言いがたい。相手にとっては標的が多いともとれる。
状況は最悪だった。
「どうした?はやくやれ」
「……」
兵士の命令と同時に、制御棒に左手をそえてこちらを狙うお空。ためらう様子が見えない以上、チップを取り付けられているようだ。
だが、いくら待っても制御棒からエネルギーが放出されることはなかった。
「……おいさっさとしろ」
「……」
兵士の声に反応するお空だが、なぜか攻撃しようとしない。すると、ずっと無表情だった彼女の表情が、ほんの一瞬の間だったが崩れていく。
その顔は、どことなくなにかに抵抗しているようだった。
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