東方攻勢録
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第五話
「合図が来ましたね」
映姫はそう言って頭から振って来た火をサッと避けた。
「案外早いのね。あっちにも連絡は行ってるかしら?」
「だと思います。準備はいいですね?」
「ええ。私たちは兵士の殲滅と、あの能力を受け付けない兵士の無力化」
「二人づつに分けてますが、戦力は大丈夫でしょうか」
作戦を開始する際に、映姫は効率を上げるためにチームを二手に分かれていた。陽動を仕掛けるために、キスメとパルスィを少し離れたところに待機させ、残っていた4人はさらに二手に分かれた。
ヤマメと勇儀は、キスメが鬼火を発生させる場所付近に、映姫と幽香はパルスィが混乱を発生させる付近にそれぞれ待機。混乱を発生させると、合図としてキスメに鬼火を降らせるようにしていた。
目的は全兵士の殲滅。それに加えて、映姫と幽香には俊司の作戦通りである兵士の無力化が加えられている。
人数差は歴然、しかし実力なら束で挑まれても勝機はある。それに殲滅さえしなくても、中で俊司たちが用を済ませれば最低限の戦果はあげられる。とにかく時間を稼ごうと、映姫は全員に注意を促していた。
「……どうやら始まったみたいよ」
反対側では交戦が始まったのか、かすかに土煙が見え始めていた。それだけでなく、ヤマメのものと思われる太いくもの糸が、革命軍の兵士たちを束縛しているのがわかる。
これだけの騒動がおきながらも、映姫が待機している付近の兵士達はいぜんと喧嘩をしていた。任務中だというのにやめようとしないだけでなく、それを止めようともしない。
「そろそろ行くの?」
「いえ、相手が出てきてからです」
「あえてそうするの?」
「そうですね。ここで出ても別にいいのですが、相手の容姿を確認しておいたほうがあとで行動しやすいですし」
「それもそうね……! 誰か出てきた……!?」
「えっ!?」
二人の視界には、地霊殿から出てくるある人物を捕らえていた。
兵士に連れてこられているから、おそらくターゲットとふんでもいいかもしれない。だが、どこから見ても兵士とは言いがたい容姿をしていた。
革命軍の標準装備は迷彩服など、軍が使用する戦闘服。だが、出てきた人物は迷彩服など着用していなかった。着ていたのは……幻想郷の人間が着るような和服。
それに周りの人間と比べても明らかに若い。年は俊司と同じくらいか少し下くらい。髪の毛は腰ほどまで伸びているようだった。どうやら女の子らしい。
二人はあまりに予想外だったためか、数十秒間女の子を凝視していた。
「あの子が……例の兵士」
「いいえ……例の人物だとは思うけど……兵士ではないのかもしれないわ」
「パルスィさんは兵士だと言っていましたが?」
「逃げてる最中は思考が定まらない場合もある。服装も確認できていなかった可能性もあるわ。それに……あの子……」
「どうしたんですか?」
「……なんでもないわ」
幽香は記憶の中からある少女を思い出していた。数年前に見つけた、人を癒す力を持った少女を。
だが、決め付けるのはまだ決め付けるのは早いだろう。今やるべきことに集中しないといけない。幽香は一度深呼吸して気持ちを整えていた。
「ところで……あの女の子、少し抵抗してるように見えるのだけど」
「……そうですね」
兵士に連れられている女の子は、どこかしら抵抗しているようだった。だが、高校生くらいの女の子と大人の男では、力に差がありすぎる。女の子は徐々に戦場へと引っ張られていった。
「まったく。乱暴にもほどがありますね」
「同感ね。どうする?」
「あの子が例のターゲットなら、能力を発動しますね。そうしたら、周りの兵士の殲滅と彼女の保護に向かいましょう」
「今じゃなくていいのね?まあ、どちらでもかまわないけど」
映姫達がそんな会話をしていると、女の子は喧嘩をしている兵士達の中央に立たされていた。女の子を連れてきた兵士は、何か命令を出しているそぶりを見せている。
女の子は怯えているようだった。軽く全身を震わせながら、弱弱しい表情を出している。男はそんな女の子を気遣うことなく、荒々しい声で命令を出している。
女の子は一度びくっと体を跳ね上げると、恐怖に満ちた顔をしたまま胸を両手で押さえて何かをし始めた。
「!?」
かすかではあるが、女の子は何かをつぶやいているように見える。それと同時に、女の子の両手が徐々に光を発し始めていく。
すると、映姫たちの体に暖かい何かがまとわりつく感覚が現れた。やさしく包み込む感覚は、別に害をなすような荒々しさは見受けられない。心の中が洗浄されていくようだった。
喧嘩をしていた兵士達にもそれは届いたらしく、なんともいえない感覚に戸惑っていた。自分が何をしていたのかを忘れたかのごとく、なぜ喧嘩をしていたかもわからなくなったみたいだ。
「敵が侵攻してきた!全員攻撃を開始せよ!!」
「敵襲……俺達はいったい……」
「ぐずぐずするな!!」
「りょ……了解!」
正気を取り戻した兵士達は、注意を反対側の戦場に向けていた。映姫たちから見れば、自分たちに目もくれず背後をさらしているみたいだ。
「もう……いいわね?」
「はい。始めてください」
「ええ」
幽香がにっこりと笑って返事をすると、何かをするそぶりを見せた。
「うわああ!?」
戦闘に向かおうとした兵士達の背後から、叫び声が聞こえた。背後を振り返ると、そこには旧都では見ない光景が広がっていた。
一面に広がっていたのは、色鮮やかな花がいくつも咲き誇る花畑。もちろんさっきまでそこにあったわけではない。
花畑の上では、ツタ状の花が兵士達を巻き取り拘束していた。兵士達はもがきながら脱出を試みているようだが、びくともしないようだ。
そして、そんな彼らを一人の女性が不気味な笑みを浮かべながら見ていた。
「貴様は……」
「わざわざ両側で違う暴動を起こして、攻撃があちらだけだとでも思ったのかしら?」
「風見幽香……太陽の畑にいたはずでは……」
「私も気まぐれで動くことはあるわ。いつもあそこにいるわけじゃあない」
そういうと、幽香はツタで捕らえていた兵士達を投げ飛ばした。
「私も幻想郷の住人の一人……戦ってあげるわ。来なさい」
そういって、日も出ていない場所にも関わらず、幽香は日傘を差して兵士達をにらんだ。
(さっさとしなさいよ。私だって……あの手錠みたいなものがでれば……)
幽香が花畑を作り出した瞬間
「じゃあ行くわよ」
「先に行っててください。私はばれない様に彼らの背後に回りこみます」
「何をする気なの?」
「……あの子を救出します。私が足止めするよりも、あなたがしたほうが時間は稼げるでしょうし」
「……それもそうね。でも保障はできないわ。あの手錠……どうなるかわからない」
「わかっています。すぐに終わらせるつもりですから」
そういうと、映姫は建物を縫うようにして行動を始めていった。
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