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ハイスクールD×D ~我は蟲触の担い手なれば~

作者:RF
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『転生。 或いは、交差する赤と紅』
  EP.01

『ハヤクオキロッ!! マニアワナクナッテモ、シランゾーーーッ!!』

 朝。 いつも通りの時刻にセットしておいた目覚まし時計がけたたましく声を上げる。
 寝そべる体の下に感じる、冷たく固い床の感触。
 どうやら、俺は眠っている最中にベッドの下へと転がり落ちていたらしい。
 ため息が一つ、俺の口から零れ落ちる。 最悪。 最悪の目覚めだ。
 また、あの夢をみてしまった。
 床から体を起こしつつ、昨夜の夢、その内容を振り返る。
 初めて出来た彼女。 夕麻ちゃんにデートの最後に殺される夢。
 いいや、所詮は夢だ。 気にするな。 思い出すな。
 夢の内容を振り払うように、俺は朝の支度を始めた。

「起きなさいイッセー!! もうご飯は出来てるわよ!!」 

 階段の下から声が響く。
 お袋の声。 いつもの朝。

「わーってるよ!! 今、行くからさ!!」

 制服の袖に腕を通しながら俺は声を張り上げる。
 最悪の目覚め。 気分が滅入る一日の始まりに、俺はもう一度ため息をついた。

 ―・―・―・―

「行ってきまーす」

 トントンと靴の爪先で音を鳴らして、あくびを噛み殺しながら俺は家の外へと出る。
 通学途中、見上げた先には青空を背景に太陽が一つ。
 そのまぶしさに、俺は思わず目を細めた。
 やはり、だ。 家の外、太陽の光に身を晒すと、途端に体が気だるさを覚える。
 肌を刺すように照り付ける陽光が、酷く、酷く煩わしい。
 ここ最近、何故だか俺は太陽が苦手だった。
 朝の日差しは特にダメ。
 そのせいで、夜には眠る前には念入りにカーテンを閉めて、朝日が室内に差さないようにして眠るのが習慣になっていた。
 逆に日が落ちる時間になると、体に活気が満ちてくる。
 深夜になると完全にハイテンションだ。
 以前は日を跨ぐほどの時間に起きていることは稀だったのに、今では深夜の四時頃までだって余裕で起きていられる。
 日が昇るのを確認してから床に就くことだって、珍しくなくなっていた。
 ……これでは完全に夜型の人間だな。
 とはいえ別にネトゲー中毒ではないし、深夜番組に嵌っているわけでもなのだが。
 では何故? 俺の体はいったいどうしてしまったのだろう。
 或いは彼女に殺される夢をみたくないが為に、体が眠りを拒絶しているのか?
 いいや、しかしそれだけでは説明できない事がある。
 夜。 夜の感覚。 五感が研ぎ澄まされ、体の奥底から得体の知れない何かが湧いてくるような不可思議な感覚。
 あれは。 あれは、いったい何なのだろうか。
 先日、試しに外に出たときは凄かった。
 夜闇を吸い込むほどに高揚する心身。
 走ればどこまでも速く、跳躍すればどこまでも高く飛べそうな気持ちになる。
 いいや、気持ちだけじゃない。
 実際に夜道を全力で走ってみたときには、まるで冗談のような速度がでた。
 しかも、どこまで走っても体力が尽きない。
 もし、夜中に運動会があれば全部の種目で一等賞を取れるだろう。
 ……夜の運動会。 なんか、響きがエロいな。
 そんな風に考え事をしながら歩いているそのときだ。

「ていっ」
「ぬおおっ!!」

 不意に、首筋をキンと冷えた何かが撫でた。
 堪らず口から漏れた声。 反射的に俺は背後を振り返る。
 振り返った目と鼻の先にあったのは、キンキンに冷やされたコーヒーの缶だった。

「はははっ、まさかそんなに驚くとはね。 悪戯したかいがあったよ、コレは」
「―――桐原先輩!!」

 訴えるように叫んだ名前。
 振り向いた視線の先、背後に立った悪戯者な少女はまさしく桐原先輩だった。

「おはようイッセー君」
「……おはようございます」
「なんだい、随分気の抜けた挨拶だね。 ほら、もっと爽やかに好青年っぽくさ」
「爽やかな挨拶を要求するんだったら、変なイタズラなんかしないでくださいよ」
「別にいいだろう? これくらい、ちょっとしたスキンシップじゃあないか」

 缶コーヒーを手の中で弄びながら桐原先輩がそう言う。
 桐原伊織。 胸元の乏しい駒王学園三年生。 貧乳。
 とあるきっかけで知り合って以来、俺に何かとちょっかいを掛けてくる先輩だ。
 いや、きっかけといっても覗き魔とその被害者というだけの関係だったりするのだが。 

「ふむ。 しかし、君は今日も元気がないみたいだね。
 後ろから歩いているのを見かけたんだが、そこはかとなく体調が悪そうだったよ」
「え? 俺、そんなにふうにみえましたか?」
「まあね。 学園生活もあるんだから、今後は夜遊びも程々にしておきなよ」
「いや。 俺、夜遊びなんてしてないんですけど」
「おや、シていないのかい? いいや、ナニをとは言わないけどさ」
「……先輩。 今、なんかニュアンスがおかしくありませんでした?」
「さて、どうだろうね」

 微笑を浮かべて、ひらりと俺の問いを躱す桐原先輩。
 まあ、この人がこんななのはいつものことだ。
 ……というか、こんな人だからこそ俺みたいな男と気軽に話せるんだろうな。
 そして、桐原先輩は俺と並んで通学路を歩き出した。
 道中、横に並んだ俺たちとの間に交わされる会話。 会話。 会話。
 漫画週刊誌の感想。 新作のゲームの話題。 学園生活のあれやこれ。
 学生らしい、よくある他愛のない話に俺と先輩は花を咲かせる。
 そうしているうちに、どれほどの時が過ぎただろうか。
 気が付けば、既に校門の目の前にまで俺たちは来ていた。
 校門を抜け、学校の玄関へと到着。
 そこには見慣れた二人の後頭部が並んで見えた。

「松田、元浜」

 俺は手を振りながら二人の名を呼ぶ。
 振り返る二つの頭。 丸刈り頭と眼鏡を掛けた二人の級友。
 それは、確かに俺の親友の二人だった。

「お、イッセーじゃないか。 今朝は桐原先輩と一緒だったのか」
「おはようございます、桐原先輩。 ところで、今日のパンツは何色ですか?」
「黒」
「おお、大人ですね。 もしかして勝負下着だったりします?」
「聞きたいかい?」
「「勿論!!」」

 爽やかな笑顔で、そう答える松田と元浜。
 俺の親友の二人は、朝っぱらから最低だった。
 いや、答える先輩も大概なんだけどさ。

「つーか、松田も元浜もあんまり本気にすんなよな。
 実際に見せてくれない以上、本当に黒色かなんてわかんないだろ?」
「なんだよ、イッセー。 最近なんだかノリが悪いぞ」
「つーか、そうだ。 昨日貸したDVDはどうだった? 最高だっただろ?」
「あー、悪い。 実はまだ見てないんだ」
「なん、だと……」

 驚愕といった様子で目を見開く松田。
 元浜も信じられないといった様子で俺の事を見つめている。 ……無理もない。
 少し前の俺だったなら借りたDVDはその日のうちに鑑賞していただろう。
 その内容を思い出しながら学園でこいつらと語り合うのも俺の日常の一つだったのだ。
 しかし、ここ数日。 俺はイマイチそういう気分にはなれなかった。

「おいおいおい。 せっかくお宝を貸してやったのにどうしたんだよ、イッセー」
「おかしい。 実におかしい。 いつものお前はいったいどこに行ったんだ?」

 俺の様子に嘆息する松田。
 隣の元浜も眼鏡を指で押し上げながら、つまらなそうにものを言う。

「いや、さ。 なんかここんとこ精力減退してて、気分になんないんだよな」
「もしかして病気か? いやいや、お前の壮絶な性欲がその程度でなくなるわけがない」
「あー、もしかしてアレか? 例の彼女がどうとかっていう幻想の影響か?」

 ドキリと、胸が鼓動する。 例の彼女。 夕麻ちゃん。
 あの日。 デートの日を境に忽然とその姿を消した彼女。
 携帯電話に登録したはずの情報も、一緒に撮った写真も、何もかも。
 彼女はその痕跡一つすら残さずに、文字通りに消え去ってしまっていた。

「……本当に、夕麻ちゃんのこと覚えてないのか?」

 確かめるように俺は問う。
 しかし、松田と元浜は悲哀に満ちた視線をただ俺へと向けるだけだった。
 いいや、こうなることは判っていた。 これまで、何度も繰り返し聞いたことだ。

「だからさ、俺たちはそんな子知らないって。 なあ、元浜」
「ああ。 何度も言うがお前に女の子を紹介された記憶なんて芥子粒ほどもないな」
「桐原先輩も覚えてないんですか? 写真、見せましたよね?」
「写真、ね。 そもそもその写真とやらも手元にはないんだろう?」
「それは、そうなんですけど……」
「それならソレが答えだよ、イッセー君。 そんな女の子、最初からいなかったのさ」

 いつも通りの返答。 知らない。 覚えがない。
 そう、俺が夕麻ちゃんのことを尋ねても返ってくる答えはいつもコレだ。
 一度はからかわれているのではと疑いもした。
 けれど、真剣に問いただすほどに、そうではないと痛感するばかりだった。

『なんでこんな美少女がイッセーの彼女なんかにイィィィー!!』
『馬鹿なッ!! まさか、世の中のシステムが反転したのか!?』

 驚愕。 混乱。 嫉妬。 羨望。
 様々な感情を織り交ぜた、失礼極まりない暴言の数々。
 数日前に繰り広げられた光景は、強く記憶に残っている。
 しかし、今ではこいつらが言うようにまるで幻想だったようだ。
 こいつらの発言を裏付けるように、彼女の痕跡は何もない。 何も。 何も。
 携帯電話に登録されていたはずの情報。 消えた情報。
 記憶を頼りにかけた電話番号は、現在使われていないとのことだ。
 ならばと、彼女の着ていた制服を手掛かりに調査もしてみた。
 しかし、結果はそんな生徒はいないという回答。 回答。 回答。
 在校生に、教師に、近隣の住民に尋ねて。 尋ねて。 尋ねて。
 結局、警察官に補導されるまで繰り返し尋ねても望んだ答えは得られなかった。

 ―――天野夕麻という少女は、存在しない人間だった。

 未だに信じられないが、確かにそれは紛れもなく現実らしい。
 じゃあ俺は誰と付き合っていたんだろうか?
 あの日、俺はいったい誰とデートしていた?
 或いは松田や元浜の言うように、彼女は俺の夢の中だけの存在だったのだろうか。
 夢の中の出来事を、さも現実であるように俺は錯覚していたのか?
 嘘。 嘘だろう。 だって、俺は覚えているんだ。
 解せない。 どうしても納得がいかない。
 深夜に感じる身体の異常の事といい、何かが決定的におかしいような気がする。

「イッセー」

 ぽん、と。 考え込む俺の肩に松田の手が優しく置かれた。

「まあ、俺たちも思春期だしそういうことだってあるだろうさ。
 とりあえず、今日の放課後は俺の家まで遊びに来いよ」
「むむっ。 松田君、それはもしかしてアレかい? アレなのかい?」
「ああ、今日はイッセーの為に、俺の秘蔵のお宝の鑑賞会だ。 元浜君も当然、来るよな」
「ふっ、愚問だよ。 俺たち三人はいつだって一緒だ。 ……そうだろう、イッセーくん?」

 爽やかな笑顔を並べて、いやらしくグフフと笑う松田、元浜。
 変態だ。 どこからどう見ても、間違いなく変態だった。
 ……だが、そうだったな。 これが俺だ。 俺たちだ。
 俺も、お前らも、ともにエロスを胸に刻んだ変態男子だ。

「わーったよ!! 今日はとことん、枯れ果てるまでエロDVDの鑑賞会だっ!!」
「おおっ、それだ!! それでこそイッセーだ!!」
「その意気だ、イッセー!! 俺たちと素晴らしい青春を謳歌しようではないかっ!!」

 半ば自棄になって叫ぶ俺に、追随して盛り上がる変態二人。
 この際、夕麻ちゃんの件は保留で構わないだろう。
 思いつめても仕様がないし、この鬱な気持ちから抜け出すためにも息抜きは必要だ。
 そうやって俺たち三人が結束を新たにしたそのときだった。

「おはよう、伊織」
「うん? ああ、部長じゃないか」

 俺の視界に、色鮮やかな深紅の髪がふわりと揺れた。
 おはよう、と。
 桐原先輩が挨拶を返した相手は、腰に届くほどの紅い長髪が印象的な北欧系の美少女。
 リアス・グレモリー。 おっぱいがいっぱいな駒王学園三年生。 巨乳。
 桐原先輩の級友であり、俺たちにとっては先輩にあたる駒王学園のアイドルの一人。
 日本人離れしたスラリと細い身体に、健全たる男子諸君の視線を独占する豊満なバスト。
 気が付けば誰も彼もが、彼女に視線を集めていた。 男子、女子に関係なく。
 あるものは歩みを止めて、またあるものは友人とのおしゃべりを止めてまで。

 ―――美しい。

 彼女のことを一言で表わすのなら、まさにそれだ。 他の言葉は不要だろう。
 この場に居合わせたすべての生徒が彼女を一目見るためだけに振り返る。
 それほどまでに彼女の存在感は圧倒的だった。
 そうだ、俺も彼女に夢中になっていた。 その美貌に、その高貴な雰囲気に。
 ふとその姿を見かけるたびに、その時していた行為を投げ出して彼女に魅了されていた。
 けれど。
 けれども。
 この頃、彼女に魅入るその感覚に変化が生まれた。
 確かに、彼女は美しいだろう。 しかし、それだけか? 本当に?
 心の片隅で何かが囁く。 怖い。 恐ろしい。
 何故そんな感情をリアス先輩に抱くようになったのか。 判らない。 判らない。
 けれど、はっきり判ることもある。
 俺が、彼女を畏怖するようになったのは夕麻ちゃんの存在が消えてからだということだ。
 そのとき、ふと気付く。 見つめている。 リアス先輩の碧眼が、俺の事を。

 ―――っ!!

 その一瞬に、俺は何かが心を締め付けるような感覚に陥った。
 なんだ、これは。 この感じは。
 まるで、巨大な肉食獣と対峙したかのようなしているかのような錯覚に、俺は支配されていた。
 そんな俺を見つめて、リアス先輩が少しだけ口元に笑みを浮かべる。
 何故、俺にそんな表情を向けるんだ?
 俺とリアス先輩の接点は友人の友人といった程度だ。
 挨拶くらいはするかもしれないが、それだけの関係でもある。
 では、何故。 どうして彼女はそんな目で俺を見ているというのだろうか。

「それじゃあ教室まで行くわよ、伊織。 あまりのんびりしていると遅刻しちゃうわ」
「ああ、判ったよ。 では、そういうことだからボク達は先にいくよ」
「あなた達も遅刻には気をつけなさいね」
「「はいっ!! 了解でありますっ!!」」

 挨拶もそこそこに、先輩達がこの場を離れて先へと進む。
 俺の隣では、松田と元浜は何故か敬礼の姿勢で固まっていた。 ただし、その表情は緩みっぱなしだ。

「いやぁ。 もしかしたら、今日はいいことあるかもなぁ」
「至近距離でリアス先輩を見つめる機会なんて滅多にあるもんじゃないからなぁ」

 二人の変態が表情筋を極限まで緩ませながら歓喜を謳う。
 しかし、貧乳派の元浜までも陥落せしめるとは。
 流石はリアス先輩といったところだろうか。 ……まあ、美少女は無条件で正義だよな。
 しかし、リアス先輩か……。
 不意に脳裏をよぎったのは、ここ数日に繰り返してみた夢のなかの光景。 その最後。
 霞む視界の先に立つ、紅い髪の何者かが俺に向かって話しかけていたような気がする。
 優しくも、冷酷な存在感を放っていた人影は。 まさか。
 夢に見た人影にリアス先輩の姿が重なって見えたとき、既に先輩達の後姿は視界の外へと消えていた。


 
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