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ハイスクールD×D ~我は蟲触の担い手なれば~

作者:RF
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『転生。 或いは、交差する赤と紅』
  Prologue

「今日は楽しかったね、イッセー君」

 夕暮れの赤に染まる公園。
 記念するべき初デートの最後に立ち寄ったそこで。
 夕日に当てられて、赤に輝く噴水を背景に。
 はにかむ様な笑みを浮かべ、彼女は俺にそう言った。
 天野夕麻。 夕麻ちゃん。 可愛い君。 恋しい君。
 こんな俺に出来た、初めての恋人。

 ―――好きです、付き合ってください。

 そんなことを言われたのは、生まれてこのかた初めてのことだった。
 正直なところ、俺は自分が女性に好意を寄せられるような人間だとは思えない。
 性的な欲求に情熱的な俺は、日頃から女性には侮蔑や嫌悪の視線を向けられるばかりで。
 だから、初めは信じられなかったんだ。 君のことが。 君の言葉が。
 誰かが影で俺のことを、間抜け面を晒して呆ける俺を笑っているんじゃないかと。
 疑う俺を見据えて、返事を促す君の言葉に俺は驚喜しハイと答えた。
 あの日から、確かに俺の世界は変わった。
 目に映る全ての色彩が鮮やかに変じたように思えた。
 一日中、携帯電話に登録された彼女の名前にニヤニヤと笑みが止まらなかった。
 どうかしたのかと俺のことを心配する友人達に、この上ない優越感を感じていた。
 そして今日。 彼女と付き合って、初めてのデートの日。
 半ば浮かれながらも、慎重に、念入りに組み立てたプランを決行するときがきた。
 待ち合わせの時間。
 予定よりも三時間も早く現地に到着して、うきうきしながら君を待つ。
 馬鹿なことをしている自覚はあった。
 こんなに早く現地に着いても、君がいるわけがないのに。
 それでも一分一秒でも早く、君の顔を見たかったんだ。
 そして、予定の五分前。 俺は、俺を見つけて駆けてくる君に気付いた。

 ―――もしかして、待たせちゃった?
 ―――いや。 俺も今、来たところだから。

 一度は言ってみたいと思っていた、定番の台詞で始まったデート。
 繋いだ手と手の感触に、初めて触れた女の子の感触にどれほど興奮しただろう。
 楽しかった。 楽しかった。 楽しかった。
 初めてのデートだ、失敗もあったかもしれない。
 それでも。 それでも。
 大胆な君の挙動に。 ふと見せる君の仕草に。
 確かに俺は感じていた。
 これを。 この感情を幸福と呼ぶのだろうと。
 けれども、そんな楽しかったデートもそろそろ終わりの時間だ。

「ねえ。 急に黙り込んじゃって、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。 ちょっとさ、幸せを噛み締めていたんだ」
「ふふ。 なぁに、それ。 おかしなことを言うのね、イッセー君」

 そう言って微笑む君。 君の見せた表情にトクンと胸が心地よく鼓動する。
 ああ。 ああ。 本当に、君に出会えてよかったよ、夕麻ちゃん。

「……イッセー君」
「なんだい、夕麻ちゃん?」
「今日の記念。 初デートの記念ってことで、一つ、私のお願いを聞いてくれないかな?」

 お願い。 初デート。 記念。 これは。 いいや。 これは。 まさか。
 アレ……だろうか? いいや、決まっている。 そうだ、違いないだろう。
 先走る妄想に、興奮に胸が高鳴る。 落ち着け。 落ち着くんだ、俺。
 こんなこともあろうかと、昨晩と今朝の歯磨きは過剰と思えるほど念入りにしてきた。
 心の準備。 よし。 口臭は……たぶん、きっと大丈夫だろう。

「な、何かな、夕麻ちゃん」

 高鳴る鼓動。 上ずる声。 隠し切れない動揺。 違う、そうじゃないだろう。
 ああ。 ああ、最悪だ。 もしものときはかっこよく決めてやろうと思っていたのに。
 しかし、俺のそんな不安を余所に君はただ微笑みながら。

「死んでくれないかな?」

 はっきりと、俺に向かってそう言った。

 ……。

 ……。

 ……。

 え? え? 何を? 君は今、なんて言ったんだ?
 はっきりと聞こえたはずの言葉は、しかし、俺の耳が拒絶した。
 そうだ、今のは何かの聞き間違いだ。
 或いは、ちょっとした冗談か何かだろう。

「ごめん、夕麻ちゃん。 聞こえなかった。 もう一度言ってくれないかな?」

 そう思ったから、俺は君に聞き返す。
 けれど。
 けれども。

「死んで、くれないかな?」

 囁くように。 甘く。 甘く。
 俺の間近へと歩み寄ってきた彼女の声が、耳元で反響した。
 意味不明。 理解不能。 この場にはそぐわない、あまりに不可解なその発言に。

 ―――冗談キツイな、夕麻ちゃん。
 ―――俺、もしかして、何か怒らせるようなことしたかな?

 そう言おうとした、次の瞬間だった。
 バサリと。 黒い翼が、視界を遮るように目の前で広がった。
 生えている。 彼女の背中から、黒い翼が。
 バサバサと音をたてて羽ばたくソレは、まるで天使の翼のようで。
 なんだアレは? 天使? まさか、そんな筈は。
 確かに夕麻ちゃんは、天使のように可愛いと思うけれど。
 けれども、それはないだろう。
 夕闇を背景に羽ばたく美しい彼女。 幻想的と言わざるを得ない光景。
 しかし、何故だろう。 俺は、その光景を見て何故だか恐ろしいという思いを抱いた。

「ねえ、イッセー君」

 彼女の双眸が俺を捉える。
 その目は今までの可愛らしいものから、凍て付くような鋭いものへと変じていた。
 ぞくりと、背筋に悪寒が走る。 怖い。 恐ろしい。

「あなたと過ごした僅かな日々。 ああ、本当に楽しかったわ。
 初々しくて、まるで子供のままごとに付き合えた感じだったのよ」

 少女的な愛嬌のある声ではなく、女性的な色香の漂う妖艶な声音で彼女が言う。
 嘲るように口元に冷笑を浮かべる彼女は、まさしく獲物を捕らえた猛禽のように見えた。
 ヂヂ。 ヂヂヂヂヂ。
 音が響く。 重い音。 耳鳴りに等しい音。
 同時に、それは彼女の手の中に現れた。
 光が。 集まる光が形を成し、顕現する。
 アレは。 あの形は……槍、だろうか?
 そうだ、アレは間違いなく槍と呼ぶべき形をしている。

「じゃあね、イッセー君」

 耳に届いた彼女の声。 聞こえた言葉。 別れの言葉。
 同時に聞こえた音。 ひゅう、と。 何かが風を切り裂く音。
 直後に、鈍い音と共に衝撃が腹部を襲った。
 腹を見る。 気が付けば、彼女が手に持っていた光の槍が俺の腹を貫いていた。
 何故、君が。 どうして、俺が。 疑問に対する答えはない。
 ふっと、光の槍が散って消える。 残されたのは大きな傷痕。
 ぽっかりと大穴を穿たれた俺の腹。 血が噴出し、身体の熱が失われていく。
 気が付けば、俺は足元から崩れ落ちるように、地面の上に倒れ込んでいた。

「ゴメンね。 あなたが私達にとって危険因子だったから、早めに始末させてもらったわ。
 恨むなら、その身に宿した神器(セイクリッドギア)か、或いは神でも恨んでちょうだいね」

 危険因子。 神器(セイクリッドギア)。 なんだ、それは。
 わけがわからない。 彼女は何を言っているんだ。
 聞きたい。 何故、俺がこのような目にあうのか。
 聞きたい。 彼女は。 夕麻ちゃんはいったい何者なのか。
 聞きたい。 けれど、喉から零れたのはひゅうひゅうと掠れた呼吸の音ばかりで。
 彼女は俺を一瞥すると、倒れた俺に背を向けて歩き出した。
 音が響く。 静かな公園に立ち去る彼女の靴音だけが。
 待て。 待ってくれ。 俺は右手を伸ばし、視線のみで彼女を追いかける。
 しかし、伸ばした右手は届かずに。 彼女の背中はやがて夕闇の向こうへと消え去った。
 ……ああ、行ってしまった。 まだ、何も聞いていないというのに。
 俺。 このまま、死ぬのかな。
 まだ、童貞も。 いや、高校も卒業していないというのに。
 薄れる意識。 浮かんでは消える記憶。 記憶。 記憶。
 親父。 お袋。 松田。 元浜。 担任の教師。 クラスメイトの皆。
 くだらない事。 些細な事。 人には言えない秘密の事。
 嫌。 嫌だ。 死にたくない。 俺は、まだ死にたくない。
 俺は脳裏を巡る記憶を振り切り、指先に力を込める。
 ピクリと力を込めた指先が動いた。 まだ。 まだ、動く。 動ける。 
 震える指先を腹の傷跡に導き、確かめるようにそっと触れる。
 冷え切った手のひらが血で汚れた。 しかし、痛みは感じない。
 こんなにも。 こんなにも大きな傷だというのに。
 傷に触れた手のひらを見る。 紅い。 紅い。
 血の色。 肌を塗りつぶす鮮血の紅。 全部。 全部が俺の血だ。
 紅。 ふと、その色を切っ掛けに思い出す。
 今わの際に、俺が頭に思い浮かべたのは一人の少女の姿だった。
 色鮮やかな紅い髪のあの美人。
 学園で見かけるたびに目を惹きつける、鮮烈な紅い髪の美しい先輩。

 ―――どうせ、死ぬのなら。 
 ―――あんな美少女の腕の中で死にたかった、かな。

 ささやかな願い。 ある意味、男らしいとさえいえるであろう願望。 欲望。
 唇が引き攣る。 嗤った、つもりだ。
 人生の最後に思い浮かべたのが、自慢の彼女ではなく赤の他人の姿だなんて。
 ……ああ。 いいや。 そういえば、俺を殺したのは夕麻ちゃんだったっけ。
 こんな目に合うって判っていれば、多少強引にでも胸を揉んでおけばよかったな。
 ははっ。 ははは。 もうすぐ死ぬって言うのに最後までエロ妄想かよ。
 視界が霞む。 目に映った景色、その輪郭が崩れていく。
 終わる。 俺が終わる。 ここで、こんな場所で。 畜生。 畜生。 畜生。
 振り返る人生。 薄っぺらで、くだらない俺の生涯。 けれど。 けれど。

 ―――けれど。
 ―――もしも、この身が生まれ変われるのなら、俺は。

「あなたね。 私を呼んだのは」

 突然だった。
 視界に映りこんだ誰かの影が、俺に声をかけてきた。
 誰だ、いったい。
 霞む視界が捉えるのは曖昧に映る輪郭だけで、もう誰かすら判らない。

「死に―――ね。 ―――、お――――――って―――の。 ――――――――わ」

 クスクスと笑いながら。 影が、何かを言っている。
 何。 何を言っているんだ? よく、聞こえない。
 困惑する俺を、しかし影は解することなく、ポケットから何かを取り出す。
 影の指先で踊る紅い何か。 紅い欠片。 あれは、いったい何だろうか?
 しかし、ギリギリのところで保っていた意識が、そこでついに限界を迎えた。

「―――なら、――――――わ。 ――――の――。 ―――――に―――――――さい」

 意識が途絶える寸前。
 俺の目に映りこんだのは、目の前で揺れる色鮮やかな紅い髪だった。


 
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