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ハイスクールD×D ~我は蟲触の担い手なれば~

作者:RF
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『転生。 或いは、交差する赤と紅』
  EP.02

「ああ、俺もおっぱい揉みてえなぁ……」
「どうして、俺たちはこんな学園生活を送っているんだろうなぁ……」

 ぐすぐすと鼻を啜りながら号泣している松田。
 ブツブツと呟きながら、虚ろな視線をテレビに向けている元浜。
 放課後。 学校から帰宅して、松田の自宅に集合したエロ猿三匹。
 しかし、集合当時には無駄に高かったテンションも、今ではもはや風前の灯火だった。

 ―――どうして、こうなった。

 明かりを消した薄暗い部屋の中、不定期なリズムを刻む嬌声が響く。
 嬌声の元凶は、壁際に設置されている薄っぺらな液晶の向こう側。
 肌を重ねる男と女が互いを貪り、喘いでいた。

「……なんで、俺たちには彼女がいないんだろうな?」

 ぽつりと零れたその言葉は、誰の漏らした言葉だったか?
 決して静かとはいえない部屋の中に、けれどもその言葉はよく響いた。
 もしかすると俺だったのかもしれないし、或いはそうではなかったかもしれない。
 しかし、確かに言えることはここに身を寄せ合う全員が同じ思いを抱いていた。

 ―――彼女が、欲しい。

 気が付けば俺たち三人は、そろってテレビの前にて膝を抱えて泣いていた。
 虚しい願いだ。 もしそれが叶うのならば、俺たちがこうして集まることもない。

「あ……。 終わった、な。 じゃあ、次に行くぞ」
「……ああ」
「……おう」

 再生が終わりメニュー画面へと戻ったテレビ。
 松田はテレビの下に設置されているDVDプレイヤーからディスクを取り出し、元のケースに収納した。
 そして、プレイヤーに納められた次のディスクが再生される。
 再生されたのはおバカなタイトルの学園もの。
 肉付きがエロいと評判の女優が、学生服らしい衣装を着て画面中央でスカートを揺らしている。
 どうやらシチュエーションは放課後、手紙で呼び出された男子学生が先輩の女子学生と行為に及ぶというものらしい。
 数分後、おざなりな演技もそこそこに女優が男優を押し倒す。

『ねえ、しよっか?』

 女優の誘いに男優が頷く。 そこから先は想像の通りだった。

「……そういえば俺もさ。 この前、女の子から手紙を貰ったんだ」 

 シチュエーションに記憶を喚起されたのか、元浜が呟いた。
 その呟きに気を引かれ、俺と松田が二人そろって元浜へと振り返る。
 しかし、覗き込んだ元浜の表情はどこまでも空虚で、隠しきれない悲壮感が漂っていた。

「……それで、どうしたんだ? もしかして、先走って振られたのか」

 松田が尋ねる。 しかし、元浜はその問いを首を振って否定した。
 だったら、いったいどうしたんだ? その問いの答えは、実に簡潔なものであった。

「カツアゲ、されたんだ。 生まれて初めてのことだったよ、畜生め」

 ―――は、は。 は、は、は、は、は。
 乾いた嗤いが暗い室内に反響する。 やめろ、元浜。 やめてくれ。
 液晶に映った熱く激しい情事の光景とは裏腹に、俺達三人の気持ちはどこまでも沈んでいった。

「俺たちって、いったい何なんだろうなぁ……」

 再生が終わり、暗転した画面を前に松田が言葉を漏らす。
 決まっている。 松田だって、承知の上での発言だろう。
 エロDVDでどこまでも鬱になれる俺達は、まさしくモテない男子だった。
 ……いったい、どれほどの時間が過ぎたのだろうか。
 松田の用意したDVD、最後の一本がようやく終わった。
 立ち上がり、カーテンの隙間から覗く空を見る。
 既に10時過ぎということもあり、予想通りの夜闇が覗けた。
 親には松田の家で過ごすと伝えてあるが、これ以上遅くなってはさすがに心配するだろう。

「さて、それじゃあ今夜はこれでお開きにするか」

 俺の言葉を受け取って残る二人も立ち上がり、その場でぐっと背を伸ばした。
 明日は平日。 よほどのことがない限り、当然学校へは行かなければならない。
 今日はこのまま帰宅して、手早く明日の準備をするとしようか。

 ―・―・―・―

「じゃあな」

 玄関で俺たちを見送る松田に別れを告げて、俺と元浜は夜の路地を歩き出す。
 点々と設置された街灯、それらが照らす夜の道に二人の足音だけが響いた。

「なあ、イッセ-」
「なんだよ、元浜」
「いい夜だと思わないか? こんな日には、そりゃエロDVDも見たくなるってもんさ」
「……おいおい。 まさか次には『月が綺麗ですね』なんて言い出すんじゃないだろうな」
「やめろよ、気色悪い。 生憎と俺には男の固いケツに欲情するような性癖はないんだよ」
「知っているさ、親友だからな。 ……じゃあ、また明日な」
「ああ、いい夢見ろよな」

 家へと帰る道の途中、俺は調子のおかしい元浜に別れを告げて見送った。
 本当に、どうしてこんなことになったんだろうか。
 思わず口から漏れたため息は、仕方のないことなのだろう。
 元々は俺を元気付けるための鑑賞会だったというのに、気付けば三人そろって落ち込んでいた。
 まあ、明日にはいつも通りのあいつらに戻っていることだろう。
 その点では心配は要らないはずだ。 ……たぶん、きっと。
 ……しかし、元浜のカミングアウトは本当に衝撃的だった。
 まさか、カツアゲとは。 しかも偽の手紙で誘い出すなんて。
 手紙を見つけたとき、あいつはいったいどんな気持ちだっただろうか?
 想像は、容易く出来る。
 きっと夕麻ちゃんに告白されたときの俺と同じ反応をしたのだろう。
 うろたえ、戸惑い、そして歓喜したに違いあるまい。
 そして意気揚々と返事をするために足を運び、あっさりと裏切られた。
 ―――きゅっ、と。 不意に心臓を締め付けたような感覚に襲われる。
 なんか、似ている。 夢で見た夕麻ちゃんと俺の関係と。
 初心な感情を弄ばれて、奪われ、捨てられたという点で俺と元浜は一緒だった。
 尤も、奪われたものに関しては多少どころではない差異はあるが。
 ……いや、夕麻ちゃんのことはもう忘れよう。 きっと、そのほうが俺の為だ。
 色々と腑に落ちないことはあるが、あれは幻想だったのだろう。
 天野夕麻なんて人間は、どこにも存在しないのだから。

 ―・―・―・―

 元浜と別れて、数分。
 暗い夜道、自宅への帰路を歩く俺は酷く、酷く疼いていた。
 夜。 夜の感覚。 五感が研ぎ澄まされ、体の奥底から得体の知れない何かが沸いてくるような不可思議な感覚。
 例の、アレだ。 夜限定の超感覚。
 俺はその圧倒的な開放感に、大きく息を吸い込んだ。 ……おかしい、やはり。
 日中の気だるさが嘘のように醒め、全身の神経が覚醒したかのように心身が高揚している。
 見える。 街灯の照らし出す光の外、深い闇に飲み込まれた街の景色が鮮明に。
 聞こえる。 周囲に並ぶ住宅の壁の向こうで、会話する家族の声が明確に。
 見えないはずのものが、聞こえないはずの音が。 確かに見える。 確かに聞こえる。
 鋭敏となった視覚と聴覚は、夜闇に飲まれて消え去るはずの情報を、残さず、余さず拾い集めた。
 ……だからこそ、俺はその存在に気が付いた。 背筋に走る悪寒と共に。

 ―――見られている、何者かに。

 先程から感じている誰かの視線は、間違いなく俺を見ている。
 いや、これは見ているなんて表現では生ぬるい。
 ……感じるのだ、視線の向こう側に冷徹なるその意思を。
 眼前。 数メートル先の路地の角。
 その角の直前で俺の両足は歩みを止めた。 ダメ。 ダメだ、その先に行っては。
 そこにいる、確かに。 路地の影に潜む何者かを、鋭敏化した俺の感覚は間違いなく捉えていた。
 酷く、“におう”。 いいや、嗅覚は捉えていない。 何も。 何も。
 ただ、なんとなく。 俺はこの未知なる感覚を、“におい”として認識していた。
 その他にこの感覚をどう表現すればいいのか判らなかったし、それ以外の表現を模索するほどの余裕は俺にはなかった。

「ほう? これは、これは」

 コツリ、と。 靴の音を響かせて、路地の角から一人の男がその姿を覗かせた。
 男が来る。 スーツを着た体格のいい男が、立ち止まった俺に向かって歩いてくる。
 ガクガクと。 ブルブルと。 身体の震えが止まらない。 止められない。
 男が見ている。 いいや、睨んでいる。 この俺を。 怯え、震えるこの俺を。
 得体の知れない恐怖に俺は、思わず視線を逸らしたくなる。 怖い。 怖い。 怖い。
 けれど、ダメだ。 絶対にこの男から目を逸らしてはならない。 絶対に、だ。
 生存本能とでも呼ぶべき強烈な直感が、俺にそうと訴える。 ……ヤツは、危険だ。
 俺は息を呑み、男を見つめる。 その仕草を、その挙動を、僅かでも見逃さないように。

「数奇なものだ。 このような地方の市街で貴様のような存在を見つけるとはな」

 ……? なにを、言っているんだコイツは? この男は?
 こんなどこにでもいるような男子学生を捕まえて、さも珍しいものを見つけたようにものを言う男に俺は言いようのない違和感を覚える。
 ……いいや、きっと頭がおかしいのだろう。
 俺はあまり深く考え込むことなく、そうなのだろうと決め付けた。
 だって、そうだろう。 この男の視線には、明確な敵意を感じる。
 赤の他人であるはずの俺に対して、こうまで狂気的な視線を注ぐあの男は間違いなく異常者だ。

 ―――逃げなければ。

 考えるまでもない。 危険だ、この男は。
 幸い……と言っていいかは疑問だが、今は夜。
 夜闇の中ならこの身体は、人知を超えた身体能力を存分に発揮できる。
 男に視線を固定したまま、俺は後ろへ足を運ぶ。
 不用意に男を刺激しないように、亀のよう鈍重な動作でゆっくりと。
 しかし、男はそんなことなどお構いなしにスタスタとこちらに向かい歩いてくる。

「逃げ腰か? いいや、無理もあるまい。
 こんな都市部から離れた地方に根を張るような輩は、きっと階級の低い者だろうしな。
 或いは、余程の物好きという可能性もあるが……。 さて、お前の主は何者だ?」

 ―――知るもんかよ、そんなこと!!
 言葉の代わりに俺はポケットに入れたままだった数枚の硬貨を男に向かって投げつけた。
 狙ったのは顔。 男は反射的に身構えて、迫る硬貨を払いのける。
 今だ!! 俺は振り向きざまに、来た道を全速力で逆走した。
 速い。 物凄い速度だ。 有り得ないほどの速度得てなお、俺の両足はさらに、さらにと加速する。
 不思議と息は上がらない。 まだ走れる、どこまでだって走ってみせる自信が俺にはあった。
 走って、走って、走って。 暗い夜道を両足で、俺は必死に蹴り続けた。
 ひたすらに、無我夢中に、一心不乱に逃げて、逃げて、逃げて。
 男は追ってきているだろうか? いいや、それでも構わない。
 振り返らずに前へ、前へと。 俺はどんどん進んでいく。
 この速度、このスピードに、ただの人間がついて来れるわけがない。
 勿論、男が車やバイクを所有している可能性はある。
 だからこそ、俺はときおり車やバイクでは通れない道を選んでいる。
 これならば、追って来ることは不可能だろう。
 ひたすらに走り続けて十数分ほど、気付けば俺は開けた場所へと駆け込んでいた。
 公園。 そこは中央に噴水の設置されている、この辺りでは一番大きな公園だった。
 俺は一旦走るのを止め、その場でふぅと一息ついた。
 振り返ると背後にあるのは夜闇と静寂、男の影はそこにはなかった。
 安堵した俺は息を整え、ゆっくりと噴水のほうへと歩き出す。

 ―――ここは、確か……。

 ぐるりと周囲を囲う街灯、その中央の噴水の傍らにて。
 俺は奇妙な感覚に……いいや、強烈な既視感に捉われる。
 ……知っている、この光景を。 俺は確かに知っている。
 ……夢。 そうだ、夢で見た光景と同じだ、この光景は。

 ―――違う。
 ―――違うだろう、イッセー。
 ―――あれは夢だと、お前は本気でそう思っているのか?

 ぞくり、と。 強烈な悪寒が背筋を撫でた。
 何かが、いる。
 恐ろしい何者かが、俺の背後に。
 ゆっくりと、慌てずに。 俺は確かめるように背後へと振り返る。

「逃げられるとでも思っていたのか? 困ったものだな、下級な存在はこれだから」

 振り返った俺の眼前を黒い羽が舞い散った。 
 カラス? いいや、もっと大きい。 鳥にしては大きすぎる。

 ―――嘘、だろう。
 ―――まさか。 まさか、そんな。

 ありえない光景に、俺は自身のその目を疑った。
 男が立っている。 背中に翼を生やした例の異常者が。
 ……何で、コイツがここにいるんだ?
 追ってきたのか? あんなに稼いだはずの距離を、この短時間で?
 まさかとは思うが、あの翼で飛んできたとでもいうのだろうか?
 ありえない。 ありえないだろう、そんなことは。
 戸惑い、困惑を極める俺のようすに、男が舌を打ち鳴らす。

「まったく、下級が手間を取らせおって。 ……まあ、いい。
 こんなところでお前たちに邪魔をされたくはないのでな。
 さあ、さっさとお前の属する主の名を言ってみろ。 そうすれば、こちらとしても相応の―――」

 ぷつり、と。 そこで男の言葉が途切れた。
 同時に走った嫌な予感が、俺の身体を支配する。
 酷く、“におう”。 いいや、嗅覚は捉えていない。 何も。 何も。
 けれど、間違いなく。 先程よりも濃厚なその“におい”は、男を中心に俺のほうへと漂ってくる。
 一歩、また一歩。 音を殺して後ろ向きに、俺は少しずつ足を進める。

「……まさかとは思うが、お前、“はぐれ”か?」

 ぎらり、と。 狂気を瞳に宿した男が、俺の姿を嘲笑う。
 喜悦に、愉悦に歪んだその表情は、まさしく獲物を捕捉した獰猛たる笑みだった。

「そうか、成程な。 主なしなら、その困惑する様子も頷けるというものだ」

 何かを納得したかのように、男が俺に向けてそう言った。


『死んで、くれないかな?』


 ぞくりと背筋を駆ける悪寒に、彼女の言葉が喚起される。
 それに触発されて呼び起こされた夢での出来事は、まさしく今の状況と酷似していた。
 ―――つまり。
 ―――この後、俺は。

「……ふむ。 主も、仲間も来る様子はない。 消える素振りも、魔方陣の展開すらも。
 状況から察するにやはりおまえは、はぐれのようだな。 ならば、問題はないだろう」

 男が右手を伸ばす。 なんでもないような仕草で、右手を前に。 俺に向けて。
 ヂヂ、ヂヂヂヂヂ。 どこかで聞いたあの音が、静かな夜に鳴り響く。
 判っている。 この後なにが起こるのか、俺は既に知っている。
 光が。 集まる光が形を成し、顕現する。
 夢の再現、光の槍だ。 夕麻ちゃんのそれと同じく、男も槍を手にしている。

 ―――ああ、判った。
 ―――判って、しまった。

 唐突に理解してしまった“におい”の正体。 五感ではない何かが捉えた未知の感覚。
 死の恐怖。 漫画やアニメのように言うなら、殺気とでも呼ぶべきか。
 俺が“におい”と錯覚していたその感覚は、迫り来る死への警鐘だったのだ。

 ―――殺される。

 そうと理解した瞬間に、既にそれは終わっていた。
 ずぶり、と。
 悲鳴を上げる暇さえもないままに、痛烈な感覚が下腹部を貫いた。

「……あ。 え?」

 一瞬の出来事に、なにが起きたか理解が遅れる。 ……そして、気付いた。
 生えている、光の槍が。 いいや、違う。 違うだろう。
 貫かれた。 この槍に、この光に、俺の身体は穿たれた。

「―――っ!!」

 自身の身に起きた事態を正確に把握した途端、激痛が神経を引き裂いた。
 痛い。 なんだ、これは。 この痛みは。
 腹の中。 痙攣する胃が、肺が、腸が腹に溜まった何ものかを喉へ、喉へと押し上げる。
 ごぼっ。 不快な音、まるで詰まった排水溝が逆流するような不愉快な響き。
 そんな音を伴って、俺の口からそれは溢れた。
 血だ。 それも、大量の。
 俺の血が、俺の生命が、酷く不快な音を伴い、口から外へと零れていく。
 堪らず俺は膝をつく、あまりの痛みに耐えかねて。

「あ、が……。 ぎ、ギ、が、ガアァああああッ!!」

 腹を焼く槍が、光が、激流となり俺の身体を侵食する。
 咄嗟に動いた俺の両手が、槍を捕らえる。 握り締める。
 けれど、行為は無駄に終わる。
 刹那に感じた灼熱に、俺は堪らず両手を離してしまった。
 見ると火傷が生じている。 これでは、抜けない。 掴めない。

「痛いか? 痛いだろう。 光はお前達にとって、致命の猛毒なのだからな」

 静寂に靴音が響く。 一歩、また一歩。
 男が来る。 愉悦に表情を歪ませた男が、俺の方へと歩いてくる。

 ―――逃げ、なければ。 
 ―――だけど、どこへ? いや、どうやって?

 ひゅうひゅうと掠れた音が喉を鳴らす。 俺の呼吸。 微かな、僅かな。
 動けない。 力を込めたはずの四肢は、僅かに痙攣するだけで。
 やばい、やばい、やばい、やばい。
 一歩、また一歩。 男が来る。 蹲る俺の方へと、濃厚な死のにおいを伴って。
 コツリ、と。 一段と大きな靴音が鳴った。 目と鼻の先、僅かな距離で。
 見上げれば、そこにはやはり男の姿。
 這い蹲った俺を嘲笑うように、男がそこに立っていた。

「ギ、ギ、ギ……」
「……ほう。 思ったよりも元気そうではないか。 なあ、小僧?」

 見上げる俺、見下ろす男。 およそ対等とはいえない両者の関係。
 まるで、罪人と処刑人だ。 ……いいや、あながち間違いではない。
 まさに今、この瞬間、俺の命はこの男の手中にあった。
 ヂヂ、ヂヂヂヂヂ。 音が響く。 男の手の中で、灼光の紡ぐ死の音が。 

「それでは、もう一撃だ。 今度こそ、確実に仕留めさせて貰うぞ」

 光の槍を握り締め、男がその手を振り上げる。
 今度こそ間違いなく、トドメを刺すつもりなのだろう。

 ―――なんで。
 ―――なんで、こんなことに。

 あまりにも理不尽な状況。 迫り来る死の脅威。
 ……もう、駄目かもしれない。
 諦めが、絶望が、胸中を埋め尽くす負の感情が、俺の心に突き刺さる。

「終わりだ」

 男が宣告する。 無慈悲に、冷徹に。
 嘘。 嘘だろう? 死ぬのか、俺は?
 こんなところで、わけもわからずに?

 ―――イヤだ、絶対に。
 ―――諦めるなんて、そんなことはっ!!

 僅か数十センチの距離、熱を伴った光が視界を埋めていく。
 その、ほんの少しの刹那。

「そこまでだ」

 声が、聞こえた。
 おそらくは少女の、どこかで聞いた覚えのある声。
 同時にひゅうと、風を切る音。 鋼色の何かが、男に飛来し襲い掛かる。
 何か。 霞む視界を凝らして男を襲った何かを見る。 ……あれは、虫か?
 いいや、確かにアレは虫だ。 虫の、はずだ。
 知識にない、見たことのない姿形をしているが、そのデザインは虫を連想させる意匠をしている。
 ザクリ、と。 その前足、大きく鋭い鎌を走らせて。
 俺の拳より一回りほど大きな虫が、男の右腕を切り裂いた。

「ガアァああああッ!!」

 男が悲鳴を上げる。
 文字通り、その身を裂かれるほどの痛みに男は声を震わせる。

「さて。 どうやら間一髪といった様子みたいだね、イッセー君」

 黒い影。 夜闇に溶け込む誰かの姿。
 見覚えがあるその影は、靴の音を踏み鳴らし、俺のほうへと歩いてくる。
 黒い髪。 不敵に微笑む、その横顔。 その姿は。

「桐原……先輩?」
「ああ、正解だ。 ふむ、どうやら意識ははっきりとしているみたいだね」

 桐原伊織。 駒王学園三年生。 俺のよく知る、あの人だ。
 けれど、何故? どうして、桐原先輩がここにいるんだ?
 奇妙と不可解が混乱を招く。 判らない。 判らない。
 ……けれど、判ることもある。
 男が見ている。 先輩を忌々しげに、憎々しげに。
 負傷する右腕を押さえながらも、その双眸に憎悪を灯して。

「……まさか、仲間がいたとはな。 もしや、お前がコイツの主か?」
「いいや、彼の主人はボクじゃない。
 ……だが、今に来るよ。 すぐにでも、彼女はここにね」
「……なに?」

 男が眉をひそめる、そのほんの僅か後。 紅い光が路面を走った。
 紅い光。 線を描き、弧を描き、紋様を描くその光は。
 瞬きするほどの刹那の間に、魔方陣を描き終えた。
 そして、そこから現れる。 溢れんばかりの輝きとともに一人の影が。
 現れたのは一人の少女。 色鮮やかな真紅をなびかせ、悠然と立つその姿。
 駒王学園の制服に身を包んだ彼女は、まさか。

「ごきげんよう、堕ちた天使さん」

 凛と響く彼女の声は堂々と、優雅な笑みを浮かべながら男へ向けて挨拶を。
 対する男は驚愕に目を見開いて、彼女のことを見つめ返す。

「魔方陣のあの紋様、そしてその紅い髪……。 まさかっ!? グレモリーの家の者か!!」
「あら、さすがに無知ではないみたいね。
 そうよ、私の名前はリアス・グレモリーで間違いないわ」

 リアス・グレモリー。 駒王学園三年生。
 彼女もまた、俺の先輩その人だ。
 蹲る俺の傍に、リアス先輩が立ち並ぶ。
 視線の先には男の姿、切っ先のような鋭い視線は確かに男を捕らえている。
 一歩、男が後ずさる。 鋭い眼光に気圧されてか、或いは他に何かあるのか。

「ねえ、堕天使さん。 このまま即座に帰るというなら、今回は見逃してあげてもいいわよ?」
「……やれやれ。 まさか、こんな小僧があのグレモリーの眷属とはな。
 つまり、この街はそちらの縄張りというわけか? ……まあ、いい。
 今日のところは詫びるとしよう。 だが、下僕の放し飼いはしないことだな。
 私のようなものが、気紛れに狩ってしまうこともあるかもしれんぞ?」
「ご忠告痛み入るわ。 けれど、もしそうなったなら、そのときは容赦しないわよ」
「ふんっ。 その言葉、そのまま返すぞ悪魔どもめ。
 我が名はドーナシーク。 グレモリーに連なるものよ、再びまみえないことを願うぞ」

 バサリ、と。 羽ばたき、浮遊し、飛翔する。
 ドーナシークと名乗った男は翼を広げて、遥か空へと舞い上がった。
 ……助かった、のか? 生きているのか、俺は?
 過ぎ去った危機。 少しの安堵。
 俺は自分の無事を確かめるように、大きく、大きく息を吐く。
 ……あ。 ……もう、ダメだ。
 ようやく訪れた安堵に、途端に意識がぐらりと揺れる。
 散らばる意識、霞む視界。 ……あれ? これは、もしかしなくてもマズいのでは?

「あら、気絶してしまうの? 無理もないわね、これほどの負傷だもの」

 女性の声。 おそらくはリアス先輩。
 僅かに残された意識がその声を聞き取った。
 ……けれど、それが限界だった。
 先輩はどうやら俺に話しかけているようだが、既に俺にはその声を聞き取る余裕はない。

「……仕方ないわね。 伊織、彼の自宅に案内してちょうだい」
「了解。 それじゃあ、行くとしようか」

 意識が途切れる、その直前。 先輩たちの会話を聞きながら。
 ふと、俺は夢の最後を思い出した。
 幻視する。 俺を見下ろす、紅い髪の誰かが何かを言っているその光景を。
 今なら、判る。 あれが誰だったのか、はっきりと。
 リアス先輩。 間違いなく、あの人はリアス・グレモリーその人だった。

 ―――どうせ死ぬなら、私が拾ってあげるわ。
 ―――あなたの命。 私の為に生きなさい

 ……あ。 聞こえた。 今、夢に見た彼女の言葉が。
 あの時、聞き取れなかった言葉が今、なんとなく理解できた。
 ひゅうひゅうと、掠れる喉で息をしながら。
 俺は聞こえた言葉を反芻し、深い眠りに落ちていった。


 
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