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故郷は青き星

作者:TKZ
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第十七話

 格納庫の扉が開くと、入り口の向こうから無骨な四角い箱型ロボットに牽引されて、巨大なカプセル錠を横に倒したような白い物体が運び込まれ、ウルスラグナの乗組員達の前に置かれる。
『これは何?』
 足を痛めてるためにトールに肩を借りたクリスタル医師が、不安と好奇心交じりの視線を向ける。
 するといきなりカプセルの一部が透明化して、中に横たわる人の顔らしきものが見えた。

『治療中のためこんな姿で申し訳ありません。初めまして、私がエルシャン・トリマです』
 エルシャンは治療用タンクベッドのカプセルの中で淡い青色の液体に揺られながら宇宙船ウルスラグナの乗組員達と対面した。
「こちらこそ初めまして、私がウルスラグナ船長のケネス・マーティンです、治療中にもかかわらずご足労頂感謝します」
 ケネスは、エルシャンが目的座標を指示できる状況に無かったというのが、この治療が無関係ではなかったのだろうと察した。
『出来ればここから出て直接お会いしたかったのですが、私の唯一の部下がそれを認めてくれないのです』
『司令官。私は貴方の唯一の部下ではありません。シルバ6の同型艦53隻のマザーブレインのAIがいます』
「この声は?」
『私の乗艦である大型機動要塞シルバ6のマザーブレインのAIです』
「大型機動要塞……それは一体どのような?」
 大型機動要塞という言葉に好奇心がくすぐられる。イメージから10000フィートを超えるような巨大なものを想像しつつ尋ねた。
『そうですね、大きさは直径があなた方の母星の直径の1/25程度で、形状はほぼ球体で──』
「に、に、二十五分の一?」
「せ、船長。ひゃ、170万フィート近くになります」
 ジョイスが素早く計算するが、その声はみっともないほど上ずっていた。
「わ、分かってるともジョイス……170万フィート……そりゃあ、救命ポッドに見えるよな……ゴミと言うか塵じゃない?」
 ケネスの心は再び自分探しの旅に出てしまう。

「……大した事無いよ。ほら古い映画で宇宙人が侵略してくるのがあっただろ。最後にノートPCからウィルス流し込こまれて自爆する宇宙船って、もうちょっとでかいんだぜ」
「いやアレは円盤状だからさ。質量的には劣るんじゃない?」
「たしか、あの映画の続編では安いスマホのバッテリーの爆発で宇宙船が吹っ飛ぶんだよな」
 ロバート・トール・ウォルターがまた古いSF映画の話題で盛りあがって大声で笑うが、その笑い声はとても虚ろだった。

 つかみはOK! エルシャンは相手の度肝を抜くことで更なる精神的優位を確保した事を確信する。
『それで、先ずは改めて謝罪をさせてもらいます。貴方達をこのような事態に巻き込んでしまって申し訳ありません。怪我を負われた方には治療を、壊れた宇宙船に関してはこちらで修理させてもらいます』
「それはちょっと困る。そっちからしたら骨董品でしかも子供のおもちゃレベルかもしれないが、あれでも俺達には最新技術の機密の塊だ。勝手に触れられたら我々の立場が無い」
 使えなくなった船長の変わりに、No.2である操縦手としての自覚からかロバートが慌てて遮った。
『そうなると、貴方達をどうやって地球に送り届けるべきか……』
 エルシャンは困った振りをする。むしろ彼にとっては思った通りの展開であり、相手が重要なカードを一枚切ってしまったことに嬉しくなる表情を押さえるために顔をしかめるしかなっかったのだった。
「うっ……」
 ロバートも自分達が地球に戻る方法が無いということに気付く。
 これから地球に戻るまでの長い道のりを往く方法が無い。しかも最も自分達にとってフリーハンドが与えられるはずの現状復帰を既に断ってしまっている。
『……その方法は後ほど話し合うとして、先ずは治療を行いたいのですが?』
 だがエルシャンは優位なカードを敢えて引っ込める。追い詰めても意味は無い。小さい信頼を『掠め取る』のが交渉だと彼は信じるタイプだった。
「治療ですか?」
『はい。それで出来れば貴方達、地球人の身体データのサンプルを取らせていただければありがたいのですが?』
「それは治療のために必要なのですか?」
『ええ、治療用のナノマシーンを投与すれば骨折程度なら24時間程度で完治が可能ですが、その為には検査しナノマシーンを調整する必要があります。それに事故とはいえ、せっかく文明を持つ知性体とコンタクトしたのですからデータを持ち帰りたいという気持ちもあります』
 そんな彼だから身体データが欲しい事も隠すことはしなかった。
「そうですか……では治療用ナノマシーンとは治療後に何らかの問題が残る事は?」
『治療処置終了後、一部を除けば体外に排出されますし、残る一部も分解して身体組織の一部となり吸収されるので、副作用や治療の痕跡が残る事もありません。ですから後から彼女の身体を調べたとしてもナノマシーンは検出されませんよ』
「そうですか……しかし──」
「私はその治療を受けてみたい」
 断ろうとしたロバートの言葉をクリスタルが遮る。
「1人の医者として、異星人の進んだ医療の一端を身をもって確かめられるなんて機会を逃したくないわ。そんな事したら絶対に一生後悔し続ける。ナノマシーン素晴らしじゃない? 私は治療を受ける。そして地球に帰ったら真っ先に治療した足を徹底的に調べ上げるの。必要なら足を切開して治療箇所の骨をを切り採ってでも、その治療のプロセスを解き明かして見せるわ」
 そう一気にまくし立てられたロバートは『このマッドドクターめ』と内心毒づき、トールは日本語で「匙は投げられた」と呟くが、誰にもジョークが通じないので寂しく思った。

「分かった! だがその前に1つ確認させてくれ。エルシャン貴方の立場が知りたい」
『私の立場ですか?』
「はい。貴方がどのような立場でこの船を始めとする……そう、大型機動要塞の指揮官を務めているのか。そして我々とどのような関わり合いを持つつもりなのかです」
『もうある程度察しはついているだろうとは思いますが私は軍人です』
「やはり」
『貴方は私が軍人であり、貴方達の星が戦争に巻き込まれる事を恐れているのですね』
「その通りです」
『ですが、その心配はありません……もっとも、心配するだけ無駄なのです』
「何故ですか!」
 持って回ったエルシャンの話し方にロバートは苛立ち声を荒げる。
『貴方達を含め、この銀河に生きる者達は全て、遙か昔から戦いに巻き込まれているのです。この銀河外からの侵略者。【敵性体】と呼ばれる我々炭素系生命体全ての敵との戦争にね』
 そしてエルシャンは【敵性体】と連盟による500年にわたる長い戦いの歴史を語る……フルント星とその最後も。

「この銀河系でそんな昔から侵略者との戦争が行われていたなんて……」
「しかも銀河系の半分近くが既に【敵性体】の勢力下にあるのか」
 エルシャンの話に納得しかける乗組員に対して、1人異を唱える者が居た。
「エルシャン。今の話が本当だという証拠はあるのですか? 先程見せられた映像等も我々を騙す程度のものは貴方には簡単に作れたはずです」
 自分探しの旅から心が帰ってきたケネスである。彼にはエルシャンが嘘を吐いているとも思えないが、決断を下すには信じられる確証が欲しかった。
『確かに映像データは何の証拠にもなりませんね。リアルタイムで現実と区別の出来ないレベルの映像を作るのはマザーブレインにとっては簡単な事です』
「何か他に証拠となるものはありませんか?」
『そうですね。シルバ6のような馬鹿げた規模の機動要塞が存在する事が【敵性体】の脅威に晒されている証拠にはなりませんか? 本来このよな巨大な軍事力は必要がありません』
 少し考え込んだ後エルシャンは答えた。

「何故軍事力が必要ないのですか?」
『本来、我々星間文明種族にとっては戦争をする目的が存在しません。恒星間を旅して、そこに恒久的に生活を送れる社会を構築できる技術を持つということは、資源・エネルギー問題から開放されているからです』
「資源・エネルギー問題が解決してるのですか?」
『ええ、自星系の中だけでも自由に航行できるならば余程の事が無い限り資源の入手には困る事はありません。また他星系に渡る為には最低でも核融合炉の開発が必須になります。また人口の減少が始まり、人口維持のために大規模な社会システムの再構築を行う事になりますが、それが機能するまで急速に減り続けるため資源・エネルギーの需要が落ち込みます。更に環境問題への意識が高まりから資源やエネルギーの再利用技術開発が進むために、必然的に資源・エネルギー問題は解決します』
「核融合炉が最低限ですか……」
 21世紀が始まった頃は核融合技術は今世紀後半に実用化段階に進むと言われていたが、そろそろ今世紀も1/3を終えようとしているが、未だに核融合技術は夢の技術のままだった。
『それに、現在【敵性体】の侵略により1万程に減らしていますが、この銀河系に存在する星間文明国家の数は最盛期の頃でさえ2万には到底及びませんでした。また多くの国家が領土とする星系の数は2-3程度。多くても2桁に達する国家は存在しません。それどころか人口減少のために植民した星系を放棄した国家も少なくありません。星間文明国家において国境同士が接するような事例は僅か数例であり、基本的に我々にとって隣国とはいさかいを起すには遠い存在なのです。もっとも国家間の紛争が完全に無いわけではありませんが、互いに大規模な兵力を集めての戦争などここ数百年は記録にありません』
「つまり、貴方が所属する連盟には地球を侵略し征服しても得るものは無いと言うわけですね」
『失礼かもしれませんがその通りです。ですがもし貴方達の種が高いパイロット適正を持つのなら、是非とも協力をお願いするかもしれません。勿論身体データのサンプリングを許可していただければですが』
「血が流れない戦争にですか?」
『いえ、基本的に血の流れない戦争です。破れれば多くの人命が失われます』
「すいません失言でした」
 ケネスはエルシャンの故郷が【敵性体】に滅ぼされていた事を思い出し慌てて謝罪する。
『構いません。私もそんな風に思っていました。僅か数ヶ月前までは……ともかく【敵性体】の脅威さえなければ、連盟による調停力と最低限の軍事力。そして各国には警察機能があれば十分に平和は保てるのです』
「……少しの間、我々だけで話をさせてもらえませんか?」
 そう答えるケネスの考えは決まっていた。


「みんな聞いて欲しい。私は彼の話を信じようと思う」
 ウルスラグナの船内に戻るとケネスは、他の乗組員を前に話を切り出した。
「良いんですか船長?」
「ロバート。君は反対か?」
「いえ、彼の話を信じた訳ではありませんが、彼に我々を騙すメリットが無いと感じました。ですが──」
「我々の立場の問題は後回しにして、今は彼の話が信じるに値するかどうかにだけ集中しよう」
「……はい船長」

「彼や連盟が人類に害意を持っていたとするならば、我々人類にはそれをはね退ける手段は無い。そんな状況で我々を騙す事で彼が何を手に入れられるかだが、彼の言うとおり資源と言う事は無いだろうし、土地と言うのも考え難い……」
「人ってのはどうです? 奴隷にするとか?」
「社会全体の規模で考えた場合。労働力としての奴隷など役に立たないと歴史が証明している。我々よりも進んだ文明を持つ彼等がそれを判らないはずが無い」
 ウォルターの意見をケネスは一刀の下に切り捨てた。
「いえ……あの、労働力としての奴隷ではなく。その……」
 ウォルターが言いよどみながら、チラッと女性達の方を見やると、彼の言いたい事に気付いたジョイスが彼の頬を張り飛ばす。
「何で打つの?」
「厭らしい目で見ないでください!」
 ジョイスの蔑むような目にウォルターは沈黙する。

『種族が違えば美的感覚も違うだろうし、そういう目で見るのは難しいんじゃないか?』とケネスは思ったが、今は黙っているべきだと思い、話題を変えるためにトールに話を振る。
「トールはどう思う?」
「現在彼が我々に求められているのは、身体データ調査許可。そしてパイロット適正が高かった場合には地球との交渉の協力。まあ我々に出来るのはヒューストンを通じて合衆国連邦政府と彼の交渉の仲介でしょう」
「そんなこと出来ると思うか? 誰も信じないで俺達はキチガイ扱いされるさ」
「出来るも出来ないも、火星を離れてすぐに通信が途絶したウルスラグナがいきなり地球衛星軌道上に現れて、宇宙人に遭遇してここまで連れてこられたと我々が言えば、嫌でも信じるしかないでしょう。なにせ予定を一年も繰り上げて帰ってくるんですから」
 そう言ってトールは笑うと他の乗組員達もつられて笑った。やけくそで笑うしかなったか。
「それに、もし嘘を吐いていたとしても、圧倒的な立場にありながら力づくで言う事を聞け! と言わない彼なら、それほど酷い嘘は吐かない気がします……勘ですけどね」
 トールの言葉にケネスは頷く。彼も同じように感じていた。
「そうなると彼が嘘を吐いていて、我々の行動が地球の不利益になる可能性があるとするならば、我々の身体データを彼に渡すこと自体が問題である場合だけですね」
「我々の身体データか……地球の不利益なる場合か、奴隷などの労働力ではなく我々の身体から何か必要な物質が取れるとか?」
「それは無いでしょう。彼等の技術レベルなら我々の髪の毛などからクローンでも作ると思います。あんな馬鹿げた規模の移動する宇宙要塞を作ってしまうような宇宙人です。必要なら何億体でもクローンを作る工場でも造ってしまう。そうではありませんか船長?」
「そうだな、クローンを作れるなら、わざわざ地球人一人一人を捕まえて何かするなんて野蛮な真似をする輩とは思えないな」
「ですから船長。早く調査を終わらせて私が治療を受けられるようにしてください」
 色々と台無しだったが、全員の意見として身体データのサンプリングに協力することとなった。 
 

 
後書き
某映画の続編は実際には存在しません。
 
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