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故郷は青き星

作者:TKZ
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第十八話

『お久しぶりですガッパー少将』
『生きていたのか……トリマ准将!』
 死んだものと思っていたエルシャンの姿に、喜びよりも驚愕が前にでる。
 戦闘宙域から僅かに1光日後方にいた機動要塞が撤退に成功する事例など彼は知らなかった。
 航宙母艦程度の質量ならば跳躍痕跡は1時間と掛からずに跳躍先を特定するのが不可能になり、数日で痕跡そのものが消える。しかし大型機動要級の跳躍痕跡となれば、跳躍先の特定は数ヶ月が過ぎても可能な場合があり、痕跡そのものが消えるには数年のスパンを必要とする。
 したがって大型機動要塞は決して戦闘が行われる最前線には配置しないのが軍の鉄則であり、最低でも数光年後方、安全を期すならば数百光年後方に配置して最前線の艦隊を指揮する必要があった。
『はい。この通り無事にとは言いませんが、生きながらえる事が出来ました』
 エルシャンは苦笑いを浮かべながら答える。未だ治療用タンクベッドの中から出る許可を貰えない。
 許可が出るのは経過が良好ならば一ヵ月後。しかし睡眠時には必ず治療用タンクベッドを使うと言う条件であり、大量の酸素とナノマシーン入りの液体のパーフルオロカーボン──水の20倍の酸素溶解度を有し、かつヘモグロビンの数倍もの二酸化炭素運搬能力を持つために人工血液の素材として使用される。しかし実際には液体呼吸に関しては現在も研究段階──に浸かる場合、肺への液体の取り込みと排出時に苦痛が伴うため、それを考えると頭が痛かった。
『そうか。生きていたか……』
 ガッパーは「生きながらえることが出来た」と言う、生き恥を晒したでも、死に損なったでもない生きる意志を示す言葉に気付く。
 エルシャンが戦場という地獄からだけでなく、自らの心の中に作った地獄からも帰ってきたのだと理解し安堵した。
『それで准将。貴官の現在所在は?』
『現在の所在は第三渦状枝腕(オリオン腕)の中央よりやや下流に位置する宙域の恒星系です』
 渦状腕に置ける位置関係はバルジ方向を上流として反対を下流と表現する。
『第三渦状枝腕? 何故そのような場所に?』
『ガッパー少将。司令官は当時意識不明状態にあったため詳細に関してはシルバ6のマザーブレインから報告させていただきます』
『分かった報告を頼む』
『恒星クラトの超新星化の直前に、司令官に跳躍目標の座標設定の指示を求めましたが、既に意識が混濁状態にあり、指示の再要求をしたところ司令官は座標らしき言葉を発した直後、完全に意識を失いました。その座標点の指示に対して問題ありと判断しましたが、再確認を行うために覚醒させるのは司令官の生命維持に大きな障害となる可能性があったため、既に下された指示を優先して実行しました──』
 マザーブレインは嘘と真実を交えながら説明を行い地球に到達した事情を報告した。ちなみに後に正式に提出する報告書は捏造の粋を凝らした詐術の芸術品と呼べる仕上がりになる予定だった。

『事情は把握した。前星間文明種との接触の件だが貴官が処分される事は無いだろう。今回のような事故による連盟加盟以前の国家との接触事例は過去20年間だけでも6例存在するが、指揮官の明確な判断ミスにより文明種族の母星への墜落と言う事態を引き起こした事例を除けば、責任者が処罰された例は無い』
 少将の言葉にほっとする一方で、そいつは一体何をやらかしたんだろうとエルシャンは思う。
『そして准将の今後の処遇だが、まずは中将への二階級特進は正式に取り消される』
『はい』
 これは当然のことだった。連盟軍は各加盟国の軍組織を手本に作られているため、ほとんど適用される事無い空文化した制度も引き継いでいたが、本来殉職による二階級特進は残された遺族への年金の増額による生活支援を目的とした制度でため、生存が確認されれば特進した階級に留まれない。
 またフルント星陥落以降の戦いにおけるエルシャンの戦果が彼の論功行賞論に影響を与える事は無かった。彼の准将としての階級は艦隊指揮官としての地位でありパイロットとしてのものではなかった為である。
『それからこれが本題なのだが……残念ながら現在、方面軍全軍においてパイロットが不足しているために、君の艦隊にパイロットを回す事は出来ない』
 パイロットとして活躍し実績を重ね名声を得ているエルシャンだが、指揮官としては何の実績も名声も無い。彼が指揮する艦隊にパイロット配属させるくらいなら、定員割れを起してる他の艦隊への配属を優先させるのも当然だった。
『麾下の第1211基幹艦隊および、旧フルント艦隊は引き続き貴官の麾下とする。戦力の拡充に努み、また療養に励んで欲しい』
 つまりエルシャンは軍に籍を残すものの、何の仕事も与えられないと言う事だった。
 しかし、そんな立場に甘んじて無為に日々を送るつもりは彼には無かった。
『ガッパー少将。パイロット不足に関することで報告したい事があります』
『何かね?』
『出来れは少将お1人に報告したいのですが……』
 少将は画面越しに訝しげな表情を向けるが、エルシャンはじっと少将の目を見つめ返す。
『……分かった。五分後にこちらから連絡を入れる』
 父親に良く似た彼の瞳に、少将は1つため息を漏らすと応じる事にした。
『ありがとうございます』

 5分後、ガッパー少将から通信を入れると直ぐに、待ち構えていたエルシャンと繋がる。
『時間を頂きありがとうございます』
 治療用タンクベッドのカプセルの中でぎこちなく首を前に傾けるようとするエルシャンに、少将は『療養に励めと言ったはずだ』と諌める。
『では准将。貴官の話とやらを聞かせてもらおう』
『私が保護した前星間文明種族、地球人、6名にパイロット適正テストを施しました』
『……勿論、同意は得たのだろうね?』
 星間文明以前の種族との接触の場合にパイロット適性テストを施す場合は多いが、建前上本人達の同意を必要とする。何故『建前上』なのかと言えば、特例を作ってその種族を連盟に加盟させるまでの結果が出なければ、接触した個体の記憶消去処置を施して、接触の事実を曖昧にすると言う方法を採るためだった。
 連盟とは決して紳士的なだけの組織ではなった。
『はい』
『それで結果を聞かせてもらおう』
 少将の声には先を急がせる焦りの色があった。この話の流れで結果が悪かったなどと思う人間は居ない。ましてや直属の上司である自分と一対一で話したいと言うのだから地球人のパイロット適正はかなり高く、フルント星陥落による現在の戦力不足を補える可能性すら期待出来るのでは、と思うのも無理は無かった。
『彼等6名の結果の平均は適正値182です』
 この適正値とは、一番重要視されるポイントは反応速度だが、その他にも操縦センスや集中力、同調装置使用に対する耐性など様々な要素を数値化したもので、この数字が実際に同調装置を使った戦闘における強弱を直接的に表すものではない。だが性格的に戦闘に向いてないなどの場合を除けば、そう大きく裏切られる事の無い数字だった。

『……ん?』
 明らかに聞きなれない数値に少将は先ず自分の耳を疑った。
 パイロット適正値が20を超える者にのみパイロットへの道が開けるが、種族的にパイロットが無理と言う種族も少なくない。そして適正値30程度が連盟軍における平均的なパイロットの適正値。それに対してフルント人を含む高パイロット適正種族と呼ばれる6種族の各平均値は80台後半から90台前半に分布する。如何にフルント人を含む6種族が戦場において圧倒的な存在感を放っていたかが分かる数値差だが、それ故に182という高すぎる値を彼の脳は受け入れられない。
 勿論、6種族の中でもエースパ一ロットと呼ばれる個体になれば種族的平均値など軽く飛び越え120台の適正値をたたき出す。
 そして、連盟軍史上最高のパイロット適正値を誇っていたのがエルシャンであったが、彼をして適正値は147に過ぎなかった。
『ですから182です。最低で175。最高で186でした。何度も測定しなおし、測定器の故障も疑い何度も確認したので間違いありません』
『……本当?』
 次にエルシャンの言葉を疑う。
 もっとも、わざわざこんな状況で部下が自分に嘘を吐くと言うのも信じられない。
 軍人として指揮官として、長い経験から様々なものを学び、判断力と決断力を身につけてきたはずなのに、初めて戦場に出た新兵の様にうろたえる自分に困惑する。
『こんなことで嘘を吐く意味がありません』
 だが必要ならどんな嘘でも吐くエルシャンである。
『…………司令長官と副司令長官にも話をしてもらっても構わないな?』
 ガッパー少将は、暫し迷った末に、もっともな言葉を口にしつつ、決断を上司にたらいまわしにする事に決めた。「自分の手には余る」それが彼の偽らない本心だった。

『はい』
 ガッパー少将にエルシャンがそう答えて1分足らず。
『182ってどういうことだ!?』
 どう見てもオカメインコにしか見えない方面軍司令長官、マリキ・ラダイ大将の冠羽を大きく逆立てた顔が画面上に甲高い声と共にアップで現れる。
 フルント星が引きこもり政策をとっていた為に、余り異星種族とかかわる機会の少なかったエルシャンにとって司令長官のアップはインパクトが強かった。
 ちなみに副司令長官のコントバルやガッパー少将に関しては、フルント人よりもずっと地球人類に近い容姿であり、こんなの地球に連れて行って宇宙人だと名乗らせても鼻で笑われるなどと失礼な事を考えていた。
『詳しく話を聞かせてもらおう!』
 司令長官の顔の横に、これまたアップで副司令長官の顔が映るり役者が揃った。

『そうか、彼等6人が地球人としてはかなり高い能力を持つ個体だとしても、この数値は異常だ。種全体としてもフルント人を上回る可能性が高いと准将は考えているわけだな』
『はい』
『それに僅か1つの母星だけで80億を超える人口か……准将。地球社会に関する可能な限り詳しい情報をまとめて提出してくれ。連盟上層部に私から報告を入れる。それから決定ではないが、連盟本部から何ヶ月もかけて正式な公使を送る時間的な余裕は無いので必然的に君が地球との交渉を行う事となるだろうから、そのつもりで居てくれ』
 ラダイ司令長官の胸の中では、地球と交渉を行い何としても連盟に加盟してもらう事は既に決定事項だった。もし連盟政府がグダグダ抜かすなら連盟議会に乗り込んでクーデターを起す覚悟もしていた。エルシャンが持ってきた地球の話は、彼にとって最後の希望であり、対【敵性体】戦争に地球を参戦させる事を邪魔する者には敵行為と断罪して社会的にも物理的にも葬り去るべきだと思い込むほど追い詰められていたのだった。
『了解です』
 しかし、それは連盟上層部も同じ事であり、前星間文明種の独自の発展が銀河にとっての多様性と発展に繋がるという理念は、とりあえず脇に退かされて地球の連盟加盟と対【敵性体】戦争への参加に向けた交渉許可が下りるまでに24時間を待つ事は無かった。

『おお、連盟も形振り構わない大盤振る舞いな条件出してきたな……』
 地球との交渉を任されたエルシャンは方面軍司令部を通して送られてきたファイルを読みながら笑みを浮かべる。

 交渉の第一段階で提示する地球への利益供与の条件は、エネルギー技術(核融合)・食糧生産技術・宇宙開発技術および、現在地球で研究が進められている技術の提供。
 そこで交渉が難航した場合の妥協案として、上記に加えて太陽系内の惑星(金星・火星)のテラフォーミング処置。資源を多く含むエッジワース・カイパーベルト──太陽から30天文単位(AU:太陽と地球の平均距離。約1億5000万km)以遠の黄道面(黄道は地球から見た太陽の通る軌跡で、黄道面とは地球の公転軌道を内包する面)に分布する天体(EKBO:Edgeworth-Kuiper Belt Object)が密集したドーナツ状の領域──天体の、地球・月のラグランジェポイントへの移動。
 それでも交渉が進まない場合の条件は、第二の条件に加えて、各技術分野にわたる初期星間文明レベルの技術供与であった。
 しかし最初の二つは連盟における一部の良識派と呼ばれる議員へ配慮したものであって、注意書きに遠まわしに「早い段階で第3案に移行し交渉を早期にまとめろ」という内容が書かれていた。
 エルシャンとしても前世で地球人だったこともあり、自分の職分の範囲で可能な限り地球へ利益を誘導するつもりだった。

 勿論、連盟側から地球へ要求する条件も、それに似合った大きいものとなる。
 地球が1つの政体に統一されていないと言うこともあり、時間的な余裕を考慮してはあるが3年以内に地球の総人口の1割。8億人のパイロットを連盟軍に参加させると言うものであった。
『こいつは大変だ』
 だが必要な事だった。そしてそれだけで済ませる気はエルシャンにも連盟にも無かった。より多くの地球人を、より深くこの戦争に関わらせる。
 それ以外に【敵性体】からこの天の川銀河を守る術は未だ見つかっていない。
『大変だ。大変だ』
 同時に、それだけ地球をも救う唯一の方法でもあった。
『本当に大変だ……』
 そして、銀河を救うと言う目的だけがエルシャン自身の魂を救う最後の方法でもあった。 
 

 
後書き
さすがに話のストックが無くなり毎日更新は難しいので、2日に1回の投稿を目標に頑張ります。

やはり急ぐとミスが多く、今回の話を書きながら2つのミスを発見。
第1に、前星間文明という用語を以前にも使っていたはずなのに解説してなかった。

前星間文明:文字通りに文明レベルが星間文明より1つ前の段階であり、かつ母星から宇宙空間へと進出した初期宇宙文明より1つ進んだ段階。その種族が母星以外の惑星へ進出することが前星間文明の始まりであり、宇宙船ウルスラグナの乗組員達が火星に上陸した時点で地球は前星間文明として認められる要綱を満たすこととなった。

そして第2に、宇宙船ウルスラグナの乗組員は7人の予定だったのに6人しか登場していないという悲しい事実。
もう1人の搭乗運用技術者(ミッションスペシャリスト)の男性が居たはずなんだけど完全に存在を忘れてしまっていた。
とても寡黙で存在感の薄い人物で、今まで台詞も無く誰にも名前を呼ばれなかった。という設定にして無理やり話に押し込もうと考えたが断念して、最初から6人しかいなかったという方向で話を進めます。 
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