故郷は青き星
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第十六話
『トール! 冗談は止めろ』
『そうだ。止めろよトール!』
『トールのジョークは笑えねぇよ!』
まさに総突っ込み。
『いや、俺じゃないし。大体なんでロバートまで突っ込んでるんだよ?』
トールは自分の隣で通信機を使っているロバートに突っ込む。
「普段の行いね」
「自業自得だわ」
船内の同僚の中にも彼の味方は一人もいなかった。
『OK! OK! 分かったよ。もう二度と場を和ませるためのジョークは口にしないよ。殺伐とした職場にようこそだ!』
日本人の癖にわざとらしいほどアメリカナイズドされた仕草で肩をすくめて見せる。他国から来て異文化に過剰に馴染んでしまった結果だった。
『お前との付き合いは長いが、俺は一度もお前のジョークで和んだ事はないな』
トールの相棒ウォルターはやはり口が悪かった。
『俺だって、お前を和ませようなんて思ってジョークを口にしたことは一度も無いよ!』
類は友を呼ぶ。最低の人間関係だった。
『あの、そろそろそろ話を効いてもらえませんか』
エルシャンは同調装置を使い仮想擬体──実体のある擬体ではなく仮想空間内で動かすアバターのようなもの(第七話参照)──の姿を3Dフォログラフで映し出す。
『おお!』
特別な装置が設置されている様も見えないのに現れた映像に対するものなのか、それとも明らかに地球人類とは異なるエルシャンの姿に対するものなのか驚きの声が上がる。
『犬?』
『いや狼男だ』
『そんなに怖くない。ジャパニメーションに出てくる擬人化された犬みたいだ』
再び脱線を始める宇宙飛行士たち。彼等はエルシャンの話など聞きたくなかった。もっと現実逃避をしていたかった。
NASAのどんな訓練課程にも、宇宙人に捕まったと時の対応なんてものは無かった。
火星開発の第一陣に選ばれて喜び、誇りに感じていた自分を殴りつけ蹴りつけて病院送りにするためにタイムマシーンが欲しいと割と本気で皆は思った。
『聞かせてもらおう』
しかし、クルーの代表である船長としてケネスは返事をしない訳にはいかない。ただの悲鳴が可愛いヒゲの親父ではない事を照明する必要があった。
『貴方は?』
『私はこの船ウルスラグナの船長ケネス・マーティンだ』
『先程も離しましたが、ワタシハエルシャン・トリマ。宇宙仁です……トランスレーターがまだ完全ではありませんが、このまましばららく会話を筒家させてもらえれば、制度が上がるはずです』
『分かった。ところで君と直接会って話しは出来ないのかな?』
『現在そちらに向かっているところです。えっと……あなた方の母星である第3惑星の自転周期の40/1000(1時間弱)ほどお待ちください』(面倒なので普通に書きますが、変な言葉を使っていると思ってください)
1時間と言おうとして、咄嗟に一日を1000刻みにするインターネットタイムを思い出し計算して数字を割り出した。
『こちらに、それはどういう意味ですか?』
自転周期の40/1000ってインターネットタイムかよと思いながらケネスは尋ねる。
『あなた方の船を収容しているのは無人艦なので、現在私は別の艦でそちらに向かっています』
『そうですか……ところでエルシャン。貴方は何の目的で太陽系に来たのですか』
緊張を抑えて核心に触れる。内心では「頼むから征服しに来たとか言わんでくれ」と願っていた。
『全てを話せば長くなりますが、一言でまとめると事故です』
『事故?』
『はい。目的座標の入力ミスです』
『入力ミス?』
ヒューマンエラーも甚だしい。宇宙を自由に航行する技術力を持つに至っても生き物はヒューマンエラーから開放される事は無いのかと思うと、ヒューマンエラーが死に直結する最右翼の職業を選んだ身として悲しくなった。
『はい、緊急時に私が目的座標の指示をきちんと出せる状況に無かったもので……本来の目的地とはかなり離れた場所に飛ばされました』
『では我々を捕らえた理由は?』
『迷惑をかけた事に関しては申し訳なく思いますが、あくまでも保護です』
『保護? 馬鹿な我々は保護される理由が無い』
『本当に申し訳ないのですが、こちらのAIがそちらの船を救命ポッドと誤認したのです』
『きゅ、救命ポッド?』
ショックだった。人類の叡智を技術を全てつぎ込んだ地球のアメリカの自分の誇りである宇宙船ウルスラグナが、この宇宙人にとっては救命ポッド扱いだと知って。
『では後ほど改めて話をしましょう』
エルシャンは、光の無いうつろな瞳をしてぶつぶつと何かを呟き始めるケネスとの会話をさくっと打ち切った。
この時エルシャンは既に【敵性体】との戦争に地球を巻き込む事を考えていた。
何時か必ず戦いに巻き込まれる運命にあるのなら、連盟が連盟軍が戦えるだけの戦力を持っている間に巻き込まれるべきだと思う。
そして、少なくとも地球人のパイロット適正はフルン人を超えると言う確信がエルシャンにはある。
更に彼が田沢真治として死んだ2013年には70億人を超えている人口。16年後の今なら80億に達しているだろう。
これは恐ろしい数字だった。文明の発展はある一定ラインを超えるとその種族の人口減少に繋がる。連盟加盟国家の平均人口は1億人を僅かに割り込む。比較的人口の多いフルント人でも2億人には届かないのである。
対【敵性体】における戦力と考えた場合、地球の持つポテンシャルは計り知れない。
地球人のパイロット適正データを揃えて直接連盟本部に送りつければ、例え地球の文明段階が前星間文明レベルでも首を横に振る余裕は連盟には無い。
それほどフルント星陥落は、この銀河にとって大きな損失だった。しかし地球を連盟に加盟させる事が出来れば【敵性体】をこの銀河系から駆逐すると言う誰もが口にしながら、同時に諦めていた宿願を果たすことが出来るかもしれない。
エルシャンは、もし自分に復讐以外の新しい生き方があるとするなら、この銀河を救いたい。【敵性体】によって踏みにじられる命が無い世界を作りたいと思っていた。
『ところで、どなたか怪我をされた方は居ませんか? 治療が必要ならこちらで行います』
ついでにパイロット適正検査もしてやろうと企んでいる。一人でも良いからサンプルデータが取れて想像通りの数値を出してくれたら作戦実行する気なのだ。
『いや、だが治療と言っても、我々は宇宙服を脱いそちらにいく事は出来ない』
救命ポッドの件で呆けているケネスの代わりにロバートが答える。
『文明を持つ段階まで進化した種族の母星の多くは、極端に大気組成が異なる事は無いので大丈夫とは思いますが、一応検査をしてみるのでサンプルをいただけますか?』
エルシャンの言葉と同時に格納庫の壁の一部が移動して開き、中から高さ120cmくらいの三角柱型の物体が現れる。そして下部に取り付けられた直径20cm程の3個の球体をタイヤのように回転させて移動するとウォルターの前で止まり、三角柱の3面の長方形の1つの中ほどからロボットアームが現れ、ハンドル付きの円柱状物体を差し出す。
『片手で円柱を握り、もう一方の手でハンドルを引けば内部に空気を取り込み組成を解析する装置です。その結果必要であれば中の空気を調整します』
『分かった。暫く待ってくれ』
ウォルターは装置を持って宇宙船のエアロックのハッチを開き中に入り再び閉じる。
エアロック内では、中に侵入した格納庫内の空気を抜き取り、更に埃等を完全に除去してから船内と同じエアを充填する。
宇宙船ウルスラグナには現在2つのエアロックが存在する。1つはウルスラグナ固有のエアロックで、もう1つは船体後部にドッキングしてる火星着陸船のエアロックだった。
ほとんど大気の無い月面着陸船のエアロックではレゴリス(月の砂)を船内に持ち込まないようにすれば良かったが、大気のある火星では船内に火星の大気を持ち込むわけにはいかないので、エアロック内の空気を完全に入れ替える機能があった。
『船内の空気を装置に取り込んだぞ』
ウォルターからの通信にエルシャンは『そちらの方が酸素濃度が1%高い以外は違いがありませんね』と答える。
『我々は基本的に酸素と酸素を薄めてくれる無害な気体があれば生きていけるかな』
『とりあえず酸素濃度をそちらに合わせます。あなた方の星の自転周期の3/1000程お待ちください』
エルシャンに『了解した』と答えたウォルターはエアロックを出る。左前腕部に取り付けられたバイタルデータなどの各情報を表示するモニターで時間を確認し『もう大丈夫だな?』と尋ねてから返事も待たずに、おもむろにヘルメットを外した──自分のではなく船長であるケネスのヘルメットを。
「……きゃーっ!」
ケネスは正気に返った瞬間、期待通りの悲鳴を上げると、慌ててヘルメットを被り直し宇宙服とヘルメットを一体化させる水密気密ファスナーを締める。
『な、何するだ!』
咄嗟に故郷のオレゴン訛りが口を突いて出る。
『いや、だって誰かが試してみないと』
全く悪びれる様子も無いウォルター。
『お前が自分で試せ!』
『そういうのは船長の役目じゃないですか。俺がクルーを守る! みたいな?』
『お、お前と言う奴は……いいか、もっと自分の船長を大事にしろ。失われた船長は二度と戻ってこないんだぞ!』
『船長、俺が居るから大丈夫ですよ。後は任せてください』
そこにロバートが割り込むと事態を混ぜ返した。
こいつ等、余裕がありすぎるとエルシャンは呆れたが、むしろ逆だった。普段はもう少し真面目で、それなりに統制も取れている腐っても『ライトスタッフ』なのである。ただ取り巻く状況が異常すぎた。
『一応、ケネスさんが確認してくれたようですが、身体に異常は感じませんか?』
『んっ? ……ああ、確かに思わず吸い込んでしまったが、今のところは異常は感じてない』
そう言うとヘルメットを外して、大きく息を吸い込んでみせる。そして左前腕部のモニターを確認して心拍数や呼吸回数、体温に変化がない事を確認する。
『……うん、大丈夫のようだ』
冷静沈着で有能でなければ、こんな重大な計画のリーダーに選ばれるはずが無かったのである。
後書き
『ライトスタッフ』(The Right Stuff)三十年前の古い映画のタイトル。
クリント・イーストウッドの『スペースカウボーイ』を観た時は、この映画を思い出して──
「ま、まさかこの私も、ライトスタッフがヤサグレてスペースカウボーイで私を月まで連れてってとは、想像すらしていなかった」と意味不明なことを考えたものだった。
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