| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

帝国兵となってしまった。

作者:連邦士官
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

34


 乾いた音、建物の陰に隠れながら様子を伺い進む。何かあれば宝珠を全開にすれば首都警備網が発動して、別の部隊がやって来るはずだ。別の部隊が来たならばなかったことにはできないだろう。それに俺は謹慎喰らうかもしれないが全然問題ない。気にしないし、気にする必要もない。出世ができなくなろうがこれ以上偉くなるつもりもない。

 「貴様ら!解散しろ!」
 あの声のもとは夜目を効かせて術式を展開し、様子を見れば騒いでるのは中尉だ。四十は過ぎてるだろう。顔の皺は叩き上げに見える常に銃から手を離さないところを見ると鎮圧経験も豊富なのだろう。下手に出たら暴れまわる暴徒予備軍の数百人を前に一切引かない。たった20人程度なのにあの中尉がいるだけで、千人は居るように感じられる。そして、それに従う兵士たちも動揺してないのも見て取れる。人望に厚いのだろう。半身を引いた近くの兵士はいつでも中尉の前に飛び出せるように身構えている。乾いた音の正体は兵士たちが持ってる散弾銃の鎮圧用の岩塩弾辺りだろう。警告として撃ったのだろう。当たり前ではあるがこれは重要な主導権争いだ。

 主導権は初回の動きで決まるものだ。気圧されないようにしなければならない。それに相手は興奮してるのだから、威圧して直ぐに動けないようにしないとならないのだ。ちょっとの隙を見せれば暴れまわるのが興奮した人間だ。

 しかし、その後ろのあれは上等兵だろうか?まだ徴兵されてピカピカの新兵みたいなのがいる。それとも、この部隊の縁故で配属されたのか?あれは何かがあったら暴発しそうだが。

 「私は南部や東部からやってきたこの団体、【帝国救済会】の代表のハインツ・ハーエルシュタインです!何故君等は陛下の臣民たる我々に銃を向けれるのか!工業地帯と農業地帯の住民は限界地点に達している!農地の機械化により焼け出された民を工業地帯の労働力として安く買いたたき、それでも余った臣民はこうして、行き場をなくして抗議しに来ただけである!帝国の繁栄を支えてきたのは我々一般市民であり、特権階級ではない!それにだいそれたモノを求めてるわけでもない。我々に加盟する者たちの家族や生活困窮者に1ヶ月分の食料とビール、臨時の仕事を求めているだけだ。こんなにも困窮しているのに首都では活気がある。我々の血の対価を貰うだけである。我々は明日生きなければ死ぬのだ。君たちにも農地や工業地に家族がいるだろう。同じなのだ。我々はただ安定した生活がしたかっただけなのに明日のジャガイモやパンにすらありつけない。議会の怠慢なのは間違いがないのだから抗議する権利ぐらいはあるはずだ。」
 それはそうかも知れないが、相手の中尉が部下を抑えれてるだけで、そうじゃなかったら鎮圧されてると思うぞ。出る機会を伺わないとならない。じゃないと出た意味がなくなる可能性が高い。

 「その権利は投票という形で示されている。君たちの抗議は解散だ。言いたいことは十二分にわかった。まだ間に合う、帰り給えこれ以上は鎮圧対象となる。これ以上は許されるわけではない。我々は議会の要請で来ている。」
 そういえばダキア、イスパニアの間で動員数が多くなったことで可決された男子普通選挙法があったな。帝国もダキアなども大きく変わった数年だった。だが、社会の変革は痛みを伴う。その結果が彼らなのだろう。ラッダイト運動と代わりはしない。しかし、気になるのは議会が何故そんなに都合良く軍に依頼できた?普通は警察にまず鎮圧させるはずだが……もしや、これは……。

 路地の角から建物の上部を伺う、月明かりが瞬くと反射光。つまり、これは作られた危機じゃないか?彼らの支持母体は財政出動と金融政策により失業者の吸収と旧政党2つを叩いて、マッチポンプ的に議席を伸ばそうとしている国民の麦側の政党だろう。彼らは国内の弱小無産政党、ナショナリスト、社会主義者などを吸収した。その上で陸軍と皇帝を主軸にした社会主義などを掲げてるらしい。であるならば、それらを支持する団体が軍と衝突すれば解党令からの一斉逮捕になるかもしれない。それが軍に要請したものの狙いか?

 そういえば、皇帝制陸軍社会主義はバークマンが絶賛していた。しかし、貴族が多い海軍軍人や議会には否定されていた。

 「これは俺の責任だ。」
 ダキアもイスパニアも結局は皇帝派を増やす結果になり、戦争に勝ったと支持を集めたのもバークマンやバークマンの見えている隠し武器と不名誉に噂される俺の存在が彼らを追い詰めたのか、こんな事を牽制としてさせたのかもしれない。であるならば止めねばならない。持った石を術式を展開して投げるとガラスの割れる音が響く、そして反射光はなくなった。

 「なんだ!」
 中尉が叫ぶとピカピカの新人が水平射撃に移ろうとしていた。やはり、お前はスパイなのか。ベルトを引き抜き宝珠を起動させて近づくと軽く回してから銃身をめがけてベルトを投げる。

 「あっ!」
 新兵が痛みなのか驚きなのか声を上げる!手に受けた衝撃であらぬ方に銃弾を飛ばす。石に穴が空いた!こいつ、実弾だな!市民に実弾を水平射撃とか戦争をしたいのか?コイツはぁ!あの中尉が振り返り、新兵に拳銃を引き抜いたが新兵は体を低くした。あれはバヨネットアタックだ。しかし、それは届かない、横から飛んできた兵士が体当たりをして弾き飛ばすがまだ勢が足りない。機動はずらしてるが俺はすかさず宝珠を起動させて間に割り込む。


 「ッ!!」
 衝撃は殺しきれないが防殻の作る障壁が刃から身を守る。バヨネットが曲がった。そのまま膝を抱えるようにして少しだけ空に飛翔してから、雪崩式朽木倒しを石畳の上に決める。やはりこの反応……こいつも宝珠をもっていた。咄嗟のことに起動できなかっただろうが、この一瞬で防御を固めた。雪崩式で放り投げた形なので、頭がザクロになっていてもおかしくはない。が、よく見ると自らの宝珠を最高回転させている。コイツ、気絶しそうな淵で最大級の成長をしたのか?サイヤ人かなにかか?戦闘民族かよ!とするならばやりやがったってことだ。主導は反対派なのか議会なのかはしらないが内戦をしようとしていた。つまりそれは明確に意図がある。そうまでして主導権争いをしたいのか!その結果、何人死ぬかわからないだろうに!奴らは何も考えていないということだな。

 大義のためなら小事と命を粗末に扱っているのだろう。でなければこうもなるまい。それにしても、誰が主導者だ?相手のブーツから紐を引き抜くと親指を中心に編み込むように腕を縛り、ズボンのベルトを引き抜いて捨てる。これでサスペンダーをつけていないから動けないだろう。ついでに逃げても見つかりやすいように上半身を裸にさせる。ナイフを隠していたか。

 「いきなり何者だ!名前を名乗れ!」
 一斉に銃を向けられる。月が雲から出てきて一段と明るくなった。今の俺は階級章がないが大丈夫なのだろうか?まぁ、全然問題はないだろう。宝珠を一気に出力を上げる。防殻も起動している上にこれで戦闘になっても首都警備隊かそれが来なくても近衛軍がやってくるだろう、もう少しだけ待ったら良い。話などで伸ばせば良い。

 「まさか、ヤン・ジシュカ将軍?」誰かがそう言うと周りにいるのが「あぁ。」と納得の声を上げた。いや、納得?の声かこれは使える。問題として彼らが衝突しないようにしないとならない。

 「なるほど、つまるところ巡察をしていたのですか。なるほどだからか。」
 勝手にこの中尉が納得している。勝手に納得させておこう。そちらのほうがちょうどいい。足止めが必要だからな、両方を見比べる顔や手の動きを見るにどちらの味方かわからないからこそ、両方ともにこちらの味方だと思っているのだろう。

 たしかに航空魔導歩兵が着いたほうが勝つだろう。制空権は絶大だ。どちらについてもこの戦いは終わりだ。両者ともにこの国を割るかもしれないのだ。

 「この場にいる全員を私の預かりする!今から全員を拘束する!」
 こう言えば治安部隊のどちらが来ても問題はない。これで有耶無耶に出来ないはずだ。内紛をしてる暇があるわけがない。結束しなければこのままだと世界大戦が始まるというのに……悠長がすぎる。

 「拘束!?なぜ!」
 そう叫ぶやいなや空から音がする。

 「来たか!」
 空を見ると目に映るのはあの識別章は参謀部付き!しかし、この帝都のここの区画は近衛師団のハズ、それに隣の区画は参謀部ではなく陸軍の首都統合防衛部隊のはず。1年も前に議会で絶対防空国防区域が決まった時にそうなったはず。陸軍と海軍と空軍から抽出された顔も家柄も良いとされる広告塔に選ばれたパイロットたちと航空魔導師が所属してる部隊だ。主な仕事は債権の販売とプロパガンダ映画やプロパガンダ写真などに動員されていたはず。彼らのお陰でイスパニア内戦の国債も飛ぶように売れたから俺もお世話になっている。だから、覚えていた。

 『君たちは包囲されている!投降しろ!』
 いやおかしいな。巨大な魔力反応が多数。コイツら、吹き飛ばす気か?いや、そもそも参謀部付きなのか?参謀部付きの軍服の中古は帝都の古着屋を巡れば一式揃えられるだろうケーペニックの大尉事件なども前世では良く聞いた話だ。参謀部を騙っているのだろうか?確かにここで始末するなら、すれ違うであろう2部隊を誤魔化す事ができるので、それも悪くはない。だとすると奴らは本当に帝国軍人なのだろうか?もしかして、連合王国の特殊部隊か?そんな訳はないか。いや、しかしあの格好は……。

 「そちらの所属を聞きたし!小官の名はフリードリヒ・デニーキン・ジシュカ!少将に任官されたものである!帝都の中心の果てよりこの場へ来た!貴官たちは中央の第601試験技術大隊所属か!」
 まだ203大隊もないし、601もあるわけがない。つまりこれに引っかかるのなら偽物ということだ。偽物にしても奴らは何のためにやっているかだ。宝珠に撮影をさせる。

 野獣的な直感ではあるが陰謀の匂いがする。明らかに抑揚が緊張の色を帯びていたように見える。偉いのなら人にそれを誇示するのも慣れているはずだ。この陰謀の淵も深いところだ…それならば噛み砕いて陰の謀を晒してやる。そちらのやることはわかっているのならば、こちらもやるだけだ。どの地点の謀かは知らないが「能や芸や慰め、何もかも要らず。 ただ武略、計略、調略が肝要に候。 謀多きは勝ち、少なきは負け候と申す。」とある。

 敵に大内義隆、尼子経久、毛利元就並の知謀の徒がいる可能性もあるが大内義隆はともかく、尼子経久、毛利元就級が居たのならば一般人の俺ではどうすることも出来ない。力だけが強くても吉川興経や本城常光のような末路に至ることもある。

 驕れる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。である。実際にこのままだと帝国は朝露の如く消えるだろう。その点においては間違いない。軍部と議会が責任と義務を押し付け合い、権利を主張し、国民も責任と義務を軍部と議会に押し付け、権利を求めて、それを享受するのが今の帝国。主軸がない。

 そんな軸足がないのにパンチをしたところで、拳が出す衝撃、インパクトというのは劣る。だが、強いリーダーが現れても議会、軍部、国民が責任と義務を押し付ける相手を得ただけで国の強さには繋がらない。全部は民度により強さが決まるのだ。

 単純な武力だけで見れば、蛮族思考も近代意識もあるバランスが取れたこの帝国は強いのだろうがそれは積み上げてきた蓄積の強さであって、常時出力される国力などは合州国に劣る。工業力も何もかもが合州国には勝ってはいないのだ。富国強兵ができてない国がなぜ勝てるのだろうか?強兵富国ではなく、富国強兵という並びが示しているだろう。

 『私達はその通り!小官は601試験技術大隊所属、クラウツ・フォン・ウント・ツー・ロブリン中佐である。少将であろうとも監査は受けていただきたい。』
 なるほど、ユンカーなどと呼ばれる東側領主の名前を名乗るが訛が実に西側だ。違和感の内容はそういうことか。

 反乱部隊かテロリストか外国の差し金か、本当に議会からの刺客か。敵には違いない。向こうは自分たちが優位だと思ってその足を上げている。揚げ足は掬われるから揚げ足取りと言われるのも知らずに…。

 「では、監査をしてもらいたい。代表者は降下してもらいたい。」
 中尉に目配せをすると察した様子を示した。中尉もここに展開する以上はどの部隊の区画かは理解していたのだろう。

 反撃の狼煙は夜明けよりも早く上がるのだ。
  
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧