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銀河日記

作者:SOLDIER
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卒業と任官

帝国歴四七五年十月の夜間歩哨の出会いから、早くも六カ月が流れ、アルブレヒト達四年生は士官学校を巣立つこととなった。

その年の卒業生の席次はアーダルベルト・フォン・ファーレンハイトが次席、コルネリアス・ルッツは三位と先ず順当な順番だった。アルブレヒトは五十五位と、ギリギリ優秀と言われる範囲に留まっていた。一位は、とある門閥貴族の縁戚にあたる士官候補生だそうだ。名前を、アルブレヒトは忘れてしまった。覚えていてもどうしようもないと思っていたからである。

歩哨の担当で一緒になった日から、コルネリアス・ルッツとも面識を得たアルブレヒトは、戦略研究などで額をつき合わせて、学問に励んだ。ファーレンハイト、ルッツの二人のおかげで、アルブレヒトの戦術理論などの成績は僅かながら向上したと言っていいのだが、門閥貴族と高級軍人の子弟用の枠に押されたため、本来よりも十五ほど順位が下がってしまったのである。
しかし、それでも、アルブレヒト本人にとっては、今の成績に不満などはまったくと言って差支えないほどになく、むしろ十分といっていいほどのものだった。二桁、つまり百位を超えていれば、彼としては御の字を二つぐらい与えてもいいぐらいだと、彼は考えていたのである。伯父のミュッケンベルガーは首席卒業だが、それに負い目を感じるほど、アルブレヒトは自信家でもなかった。四年間を総合してみれば、学年が上がるごとに段階的にではあるが、着実に順位が向上していたので、満足していた。

「卿らは、名誉ある銀河帝国軍の新進気鋭の士官として、今日より神聖不可侵の人類唯一の統治者たる皇帝陛下の御為に、その身を不逞なる叛乱軍との戦闘に投じて行くわけであるが、それに際して、私が卿らに望むのは・・」
士官学校の大講堂では、アルブレヒト、ファーレンハイト、ルッツの三名を含めた四七一期生の卒業式が行われている。先程、壇上に上がった校長のクレーフェン中将に続いて、副校長のシュテッケン少将、その次に教官長ハルトシュミット准将が訓示という名の長ったらしい演説を続けているが、それに興味を示す参列者は殆どいない。言葉こそ違うが、要約すれば内容がほぼ一緒なのだ。個人差はあるが、飽きが来て然るべきというものだろう。今は教官長ハルトシュミット准将が訓示を述べている

参列者は卒業生を含めた全学年、そして、軍務省、統帥本部、宇宙艦隊などを代表した軍の高官や、退役高級軍人などが来賓としてこの卒業式に参列している。それぞれに祝辞の原稿が与えられており、長短の有無はあるにしろ、参列者である生徒たちを退屈させ、そして同時にうんざりさせるのに、これ以上の存在はなかった。来賓たちが一人一人、壇上に登る。その光景を黙視するたびに、生徒たちは皆、内心にしろ、顔の表情にしろ、少なくとも、一度は眉を顰めざるを得なかった。

だが、アルブレヒトなど大胆にも、教頭の段階で眠りの世界に旅立とうとしていた。一応、彼はこの式の前に眠気覚ましのためのブラック・コーヒーなどを飲んでいたので、まだかろうじて意識はあるが、睡魔への降伏は時間の問題だと彼の周囲の人間は思った。興奮剤の一種であるカフェインも、今回の事態はその仕事の許容量を超えていたらしい。

帝国軍士官学校の第四七二回目の卒業式は、何事もなく、無事に終了した。今年の卒業生三〇五五人が、士官学校の校門を一人、また一人と去っていく。彼らは、卒業式の前日に軍務省人事局からの配属通達を手渡されており、これからは任地への出立など、卒業生はそれぞれ何かしらの準備に追われることだろう。士官学校卒業生全員が少尉に任官される。同じく帝都に存在する、帝国軍幼年学校の卒業生は准尉任官だ。

「俺は統帥本部勤務だが、卿は何処に派遣されるのだ。デューラー」
「俺は、辺境警備第三艦隊戦術参謀だ。宇宙海賊の討伐が中心になりそうだな」
ルッツがそう言うと、アルブレヒトは少々がっかりしたような声で返す。てっきり、自分がイゼルローンなりの前線に飛ばされるかと思っていたのだが、前線には変わりないにせよ、どことなく危険臭の漂う任地だと彼は感じた。
「そうか、俺は宇宙艦隊で当分、オーディン周辺の警護に当たる事になるようだ。新米だから仕方のない事だが」
ファーレンハイトも、少し肩をすくめて言った。
「まぁ、いつかはこのオーディンに戻ってくる。その時には、3人で、一緒に酒を飲もう」
「ああ、デア・シュプリンガーでな」
「必ず」
アルブレヒトの言葉に、頷きながら、三人は校門から出て、拳を軽く突き合わせ、それぞれへの家路についた。


銀河帝国軍士官学校を帝国歴四七六年六月六日に卒業した、アルブレヒト・ヴェンツェル・フォン・デューラーは少尉任官後、辺境警備第3艦隊戦術参謀として派遣される。戦略研究科を卒業した新任士官でも、人員調整などの理由が重なれば、辺境警備艦隊に派遣されることもあるのだ。

だが、同年十二月十五日、艦隊後方主任参謀ロベルト・フォン・ツォレルン大佐の十二指腸炎による予備役編入により、辺境警備第三艦隊司令官、ライナー・ハンス・ハイデッカー准将の命令で急遽、中尉に昇進し、戦術参謀の任務の傍ら、後方参謀を兼務することとなったが、それが彼の疲労の日々の始まりであったのだ。

この警備艦隊後方参謀部は、ツォレルン大佐一人が支えていたと言ってよい現状であり、他の士官は兵站専攻科出身や戦略研究科出身と言っても、門閥貴族出身の士官で、特別枠出身者がほとんどであった。ツォレルン大佐は、貴族とは名ばかりの貧しい帝国騎士の出身であり、相手が幾らボンクラと言っても実家の権力と武力を傘に恐喝されては、仕事を一人で受けるしか方法が無かったのである。十二指腸炎を引き起こすような疲労の蓄積も納得がいくというものだ。

その日から彼の激務の日々は続いた。現状を直ちにハイデッカー准将に報告し、帝都の軍務省とその長である軍務尚書エーレンベルク元帥に該当士官の予備役編入と、それに前後した新たな人員の追加を要請させた。しかも、そこに軍管区内部の汚職と言う重しが降りかかってきた。予備役編入要請への該当士官も含んだ基地内の公金横領が発覚し、すぐさま、駐留するモルト大佐指揮の憲兵隊一個連隊との連携捜査でその一掃が行われた。

もっともこの第三警備艦隊の担当区域は、その前任者であるミュッケンベルガー中将、メルカッツ准将によって大規模な殲滅作戦が数度実行されているので、他の区域と比較すれば、遥かに宇宙海賊の数は少なかった。その分、年間を通しての弾薬やエネルギーの消費量も少なく、予算が余っていたのである。退屈な士官達が余った金子に目が眩んでも、余り不思議ではなかった。

その間、アルブレヒトは空白となった艦隊の後方参謀部を実質的に仕切る立場となっていた。人員が彼とツォレルン大佐しかおらず、主任者は予備役編入されて軍病院で病気療養中であり、残された士官は若手の中尉殿とその他56名ほどしかいなかったからである。

それから六カ月後の、帝国歴四七七年七月一日を持って彼は戦術参謀の任と、後方参謀の任を解かれ、大尉に昇進した。また、アルブレヒトの昇進と同時に後方主任参謀ツォレルン“准将”も予備役より復帰し、人員が刷新された後方課を取り仕切ることになった。ハイデッカー准将、モルト大佐もそれぞれ一連の騒動の収束に功ありと申告され、一階級の昇進を果たす事になった。

彼はその後、七月一九日にオーディンに帰還し、その翌日の七月二十日、軍務省人事局に出頭し、人事課長よりメルカッツ分艦隊所属艦隊司令官付副官の役職を任命されたのである。
 
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