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銀河日記

作者:SOLDIER
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第四次イゼルローン要塞攻防戦

それは帝国歴四七八年、夏の事であった。
“叛乱軍、イゼルローン回廊にその触手を伸ばす気配あり”
フェザーン自治領を経由して銀河帝国本国に齎されたこの報は、イゼルローン回廊の向かい側にいる“叛徒ども”こと自由惑星同盟によるイゼルローン要塞攻略作戦の実行を示唆するものであった。

その報告を受けた銀河帝国軍首脳部は直ちにイゼルローンへの増員を帝国軍三長官会議にて決定。遠征艦隊一万二千隻をイゼルローン回廊へと派遣することとなった。
その艦隊の中にはウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ少将麾下の分艦隊二千五百隻も混じっていた。

艦隊がイゼルローン回廊へと向かう中、分艦隊旗艦である戦艦ビスマルクⅡ(ツヴァイ)の艦橋で、メルカッツは一人、考えにふけっていた。
その思考の向かう先は、自分の副官の事である。
士官学校の同期であるグレゴール・フォン・ミュッケンベルガーの甥である事は履歴書で知っていたが、少々拍子抜けしていた。彼がよく知る伯父に似たがっしりとした体格ではあるが、素行も表情も柔らかい。伯父と反する部分が多かったからだ。

昨年、千隻の艦隊を率いて同盟側回廊外延部に進撃せよとの命令を受けたメルカッツ分艦隊は進撃を開始したが、同盟軍の警備艦隊七百隻と遭遇。メルカッツはこれを御得意の戦闘艇、雷撃艇を効率よく活用した用兵で撃破した。

だがその際、アルブレヒトはメルカッツに敵先頭集団への一点集中砲火戦法を進言した。一点集中砲火の戦法は、士官学校でも時折議論になる戦法であり、反対する者と賛成する者の間で意見が分かれた。アルブレヒトは賛成派であった。

メルカッツはその意見を棄却した。彼が効果の確実性に疑問がもたれている戦法を、差し迫っている戦闘に適応するのを危険と判断したからだ。反対の意見があったからではない。

意見が棄却された時、副官は一言も言わず、不満そうな表情でも無かった。そこが不思議であった。まるで、何かを吸収しようとしているようだった。

メルカッツ分艦隊はイゼルローン要塞に帰還後、再編の事後処理に追われ、それが完了すると、メルカッツは少将に昇進した。アルブレヒトは補給及び策敵など敵の早期発見と戦前維持に功ありとされ、この第四次攻防戦の後、少佐への昇進が決まっていた。

実際、アルブレヒトは補給や策敵など、裏方の仕事に関しては良く手が回った。古来より、飢えた軍隊や情報収集を軽視した軍隊に勝ち目がない事を、知識としてではあるが、知っていたし、電波妨害が凄まじいこの時代における策敵の大切さも、同様にして知っていたからだ。
だが、知識として知っていてもそれを現実において実行に移すには、人それぞれではあるが、少なからずの距離が生まれるというものだった。アルブレヒトもその例に紛れ込んでいた。
これらの実行の手段は、辺境警備第三警備艦隊時代、新任士官であったアルブレヒトが当時准将であったライナー・ハンス・ハイデッカー少将に教わり、経験した事である。彼の上官であったハイデッカー少将は、少尉として任官する前の帝国軍士官学校では兵站専攻科の、ある程度優秀な士官候補生であった。だが、大佐時代に参戦した第三次イゼルローン攻防戦の際に搭乗艦であった分艦隊旗艦ハイデルベルクが戦闘中に被弾し、指揮官を含めた司令部が完全な麻痺状態になったのを、先任士官であった彼が事態を収集し、戦線を維持した。その功績により、彼はその攻防戦以後、後方士官よりも実戦指揮官として軍務につくようになったのだ。

帝国歴四七八年八月十日、メルカッツ分艦隊を含めた遠征艦隊はイゼルローン要塞に到着した。メルカッツ分艦隊はイゼルローン要塞左翼側のハッチに麾下の艦艇を収容することになった。これは、戦闘の際、左翼に布陣することを示唆するものである。

「大尉、卿は戦局の展開をどう見る。意見を言ってみたまえ」
両軍の衝突。その時が刻一刻と近づく中、メルカッツが不意に、自分の隣に立つ副官に尋ねた。
「はっ。私見を申し上げますに、先ず、叛乱軍は我々に要塞主砲(トゥールハンマー)を打たせない様な戦法を取ると小官は推測いたします。」
「・・そうか、確かに此方の戦術的優位を支えている要素の一つに要塞主砲の存在がある事に代わりは無いな。ならば、敵はどうするべきか」

「司令官閣下。先ず考えられますのは、並行追撃戦法です。敵は過去に三度、このイゼルローン要塞へと攻略部隊を派遣しております」
「うむ。私も過去に二度参加しているが、これまでは敵が要塞主砲の射程限界を読み間違えてその餌食となるなど、尽く失敗している」
「はい。ですがそろそろ、叛乱軍は要塞主砲の射程限界を読んでくるかのではないかと。過去の戦闘データを分析すれば、完全ではないにしろ、ある程度の予測は立てられるはずです。それと、これまでの我が帝国軍のイゼルローン防衛戦における基本戦術は“敵艦隊の要塞主砲射程内への誘因とその撃破”です。そろそろ、それへの明確な対策を講じてくるでしょう。」
「・・成程。並行追撃作戦はそれを逆手に取るものだと、卿は言いたいのだな」
メルカッツは副官の言葉を咀嚼すると、発言者に確認した。それに頷いて、彼はさらに発言を進めた。

「左様です、閣下。これまでの戦闘で、我が軍は要塞主砲の使用時に際して、何れも艦隊を後退させております。それに呼吸を合わせて敵艦隊が食いついてくれば敵味方入り乱れての乱戦状態になり、同士撃ちの危険性が発生するため。要塞主砲が使用不可になるでしょう。その間に敵は要塞の表面に肉薄する事が出来ます。その場合、要塞の一角に無人艦艇を突入させるなどで穴を穿ち強襲揚陸艦を用いた陸戦部隊の投入で内部の制圧を図ることが可能です。近接戦となれば、戦闘艇も繰り出してくるでしょう。」
「・・・確かに、その場合は拙いな。・・だとしても、デューラー大尉。敵がその並行追撃を囮にすることは、可能性として考えられんかね。」

「その場合は、要塞主砲射程限界まで艦隊を展開し、我が帝国軍の注意をそちらに集中させ、その間に、回廊外延部の危険宙域ギリギリを迂回させ、要塞主砲の死角よりミサイル艦艇などの分艦隊で攻撃を仕掛けるという作戦が考えられるでしょう。ですが、その作戦は、分艦隊による攻撃が失敗した場合、作戦そのものが一気に瓦解する危険性を多分に含んでいます。早期に撤退しなければ決め手を欠き、消耗戦に陥ります。それに叛乱軍ミサイル艦艇は防御面に難のある艦艇で、進軍ルートの途中で予備兵力なりの艦隊と遭遇した場合、長期に渡って戦線を維持することが出来ません。同程度の兵力を差し向けられれば、彼我の差が表面化し、直ぐに前線が崩壊します。孤立無援の戦いを強いられることになるでしょう。成功の確率は低いと小官は考えます。それがこの作戦の脆さでもあります。以上です」
アルブレヒトは上官への説明を終えた。

「わかった。御苦労。参考にさせてもらおう。一時休憩を許可する」
「はっ、では、小官は一旦、失礼いたします」
自分の上官に敬礼をして、アルブレヒトは艦橋を辞した。タンクベッド睡眠を取るためである。彼は補給の手配などでメルカッツの補佐に勤しんでいた。同盟艦隊との間で要塞攻防戦が開始されれば、軽い食事は取れても、睡眠は順番が回ってこない限りは中々取りにくいものとなる。本能的な睡眠でも、機械的な睡眠であっても、ちゃんとした休息は取っておくべきものであった。

年若い副官が去ると、ビスマルクⅡの提督椅子に座ったまま、メルカッツは小さく、近年、数えられる皺の数が増え始めた眉間を数回、ゆっくりと揉んだ。

確かに、アルブレヒトが辺境勤務時代に鍛えた補給や事務に関する能力などは、まず有能と言っていいだろう。目の前の戦闘に対しても大きな視野での見解を持って対策を考えている。貴族と言っても最下級の帝国騎士の生まれの故か、平民出身の士官たちとも気兼ねなく話すフランクなところもあり、勤勉さなど、問題点はあまり見受けられない。

ただ、一つ問題があるとすれば、少々勤勉すぎるところであろうか。提督である自分の職務を己が出来る限り支援し、常に万全の態勢で戦闘に臨むように手配を惜しまない。食事を取る事を忘れていた、なんて事も幾度とある。少々、焦り過ぎているように感じたが、若さに反して昇進や功績にかなり無関心であった。

あれは一種の凝り性だなとメルカッツは思い、苦笑を浮かべた。彼にとって裏方の任務は官舎の掃除と同じなのだ。使用者が出来る限り快適に使えるように準備する、自らはその為に徹底的に働いて汗を流し、達成感を得る。それが終われば存分に使う事が出来る。その対象、つまりは使う人間が上司でも自分でもいいのだ、と。かつて、帝都オーディンの佐官用官舎を使っていたメルカッツはそう思った。もう、十五年以上昔の、独身時代の話である。

それから時間が流れ、八月二十二日、自由惑星同盟艦隊三万五千隻はイゼルローン要塞の前面に艦隊を展開させた。それに対する帝国軍も、遠征艦隊も含めた二六〇〇〇隻の艦隊をイゼルローン要塞から発進させ、展開させる。メルカッツ分艦隊は左翼の一部を担当することとなった。

同盟軍艦隊の砲門が開かれ、咆哮する。それに応じるように、帝国艦隊もすぐさま迎撃を開始した。第四次イゼルローン攻防戦の始まりである。瞬間的な恒星が両軍の各地で生まれ、その置き土産として、虚無の空間が両陣営で大量に生産され始めた。

同盟艦隊はトゥールハンマーの射程外に展開し、帝国軍はその射程内に展開し、砲火を交えていた。トゥールハンマーの存在があるので両軍とも近接戦闘を行い辛い状況に会った。そのため、艦艇による長距離砲の撃ち合いが続いていた。

数の上では大きく勝っていた同盟軍ではあったが、帝国軍には一個艦隊を消滅させるほどの破壊力を持った要塞主砲、トゥールハンマーの存在があり、数的有利を利用してゴリ押しに敵を押し込む事が出来ないでいた。

帝国軍の基本戦術は敵の要塞主砲射程圏内への誘因であるため、後退と突出を繰り返していた。そんな展開が二日ほど続き、消耗戦の様相を呈していた。

「司令官閣下、中央部のアルフレット・フォン・ベルカ准将の艦隊三五〇隻が突撃を開始しました!!」
「何?」
戦闘が開始されてから三日目になった八月二四日、帝国軍中央部を担当するベルカ准将麾下の艦隊三五〇隻が突如敵陣への突撃を開始した。

「これでは中央部に間隙が生まれてしまいます。司令官閣下、如何致しますか」
アルブレヒトはその光景を見て、確かな怒りを覚え、そう呟いた。
「大尉、我々が動いても間に合わんよ。中央は中央に任せるしかあるまい。だが、敵があの艦隊を攻撃した後は、全面攻勢に転ずるだろう」
「はい。では目前の相手、敵右翼の撃破に専念なさるということでしょうか」
「そういうことだ。それと大尉、司令部からの命令を見逃さぬようにしておいてくれ、後退命令を見逃しては我々が孤立してしまうのでな。」
「はっ」
メルカッツは若い副官を宥めるように言うと、アルブレヒトは落ち着きを取り戻し、上官の言わんとする処を悟った。

左翼を担当する彼らでは中央部のフォローは出来ない。敵が全面攻勢に転ずる前に、敵の戦力を少しでも削ぐことに専念するべきだ、と。

それから四時間後、ベルカ准将の艦隊は損害率八割となって、ほうほうの体で要塞内に逃げ帰った。全滅といってよかった。敵の中央艦隊が半包囲の陣形を取り、ベルカ准将の艦隊に砲火を集中させたからである。それでも八割で済んだのは帝国軍中央艦隊の救出があったからであるが。

その打撃を機に帝国艦隊は本格的な後退を開始し、同盟軍艦隊は艦列が乱れた好期を逃すまいと前進を開始した。だが、それ以前からほんの少しずつ後退していた帝国軍の艦列に食らいつこうとした時、同盟軍の先鋒はトゥールハンマーの射程内に足を踏み入れていた。

要塞司令部がそれを確認し、各艦隊司令官が天頂方向への急速退避を命じた。同盟艦隊もそれに倣おうとするが、間に合わず、トゥールハンマーから放たれた光の剣が夜空を裂き、刹那の流星と恒星の天の川を戦場に浮かび上がらせ、同盟軍艦隊の先鋒のほとんどはその剣の新たな錆と化し、多大な打撃を被った。

同盟軍艦艇が今回の攻略作戦に投入した戦力の約一割を失い混乱を見せている内に、トゥールハンマーの第二射が発射され、帝国軍艦隊は反撃を開始、メルカッツ分艦隊も全面攻勢に転じ、敵右翼を確実に押し込んでいた。

それからさらに四日後の八月二八日、九時三〇分、投入兵力三万五千隻の二割を上回る八九五一隻を失った自由惑星同盟軍艦隊は全面撤退を開始。これにより第四次イゼルローン攻防戦は終幕を迎えた。

ビスマルクⅡの艦橋、いや、そこだけに限らず、帝国軍各艦の艦橋で兵士たちが手に入れた勝利の喜びを分かち合う中、アルブレヒトは一人、終幕を迎えた戦いの跡を艦橋から眺めていた。メルカッツは、副官の様子を、どこか懐かしげに見つめていた。

第四次イゼルローン攻防戦の終結から三週間後の九月二一日、メルカッツ分艦隊を含む帝国軍増援艦隊は、帝都オーディンに約三か月ぶりに帰還した。
 
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